67話 暗殺者
ナンテさんに案内されるままに家の中をついていくと、ナンテさんは一つの部屋に入っていきます。
それに続いて私も入っていきますが、その部屋はおそらく応接室なのか大きめのソファとテーブルが置かれており、他にはたくさんの本が置かれている本棚のようなものもおいてあります。
「ここでいいね。まずはお前さんが気になっていた謎の感覚についての説明をするかね」
私とナンテさんは置いてあるソファに対面するように座り、そう言って私の感じたそれについての説明をしてくれます。
「まず、領域というのは知っているかい?」
「一応軽くなら知っていますが…」
「それなら話が早いね。あの感覚は、あたしが現世に固定化した領域に入った証なのさ」
普通の人は感じることも出来ないはずなんだがね、とナンテさんはさらに続けて言葉にしますが、私はそれに少しだけ疑問が浮かびます。
私はそれを何故か感じ取ることが出来たようですが、特に変なスキルなども持っていないですし何故でしょうか?
まあ今考えてもわかることではないですし、それは置いときましょう。
「それで、その領域内ではあたしの知覚能力が強化されてあらゆるものを把握することができ、それらを自在に操ることも出来るのさ」
ふむふむ、ナンテさんの領域ではそのような力があるのですね。前に見たサルファ君の精霊領域とは違って何か特殊な能力が強化されるようですし、やはり人それぞれで効果などは違うみたいです。
「たとえば……そうだね、こんなのとか」
そう言ってナンテさんが軽く手を上げると、突如周りの本棚から無数の本が勝手に浮かび上がり、私たちの周囲をグルグルと回るように浮遊し続けています。
「これがあたしの領域の効果の一つ、【支配術】だよ」
これがナンテさんの領域の効果ですか…!ですが、なんというか少し地味に感じてしまいますね…?
「今地味と思ったね?」
「…そ、そんなことありませんよ?」
「誤魔化さなくてもいいんだよ。あたしの領域は固定化する性質上、あまり目立った効果には出来なくてね。それにあたしの本業からすればこれはこれで使いやすいからねぇ?」
ナンテさんは私の反応を見てもそこまで気にしてはいないようで、カラカラと軽く笑いながらそう続けてきました。それと…
「本業ですか?」
「さっきは話せなかったが、それについても話すとしようか」
私がその言葉に疑問を持って聞いてみると、ナンテさんはそれについても一緒に説明をしてくれます。
「あたしは、普段は暗殺の仕事をしていてね」
「暗殺ですか…!?」
「ああ、なにも手当たり次第に殺しているわけではないよ?ちゃんと依頼を受け、それを審査してから初めて暗殺の仕事をするからね」
そこからもナンテさんが語ってくれた説明によると、どうやらこの迷宮都市にある冒険者ギルド本部に隠れて存在する暗部というところにナンテさんは所属をしているようで、そこで時々暗殺関係の仕事を受けてそれをこなしているみたいです。
暗殺者という言葉に少しだけ驚いてしまいましたが、自分たちの好きなようにしているわけではなくキチンとした依頼で行動をしているらしいですね。
「さて、世間話はこれくらいにして、ここに連れてきた目的を話すとしようか」
「そういえば、私に何かあるんでしたっけ」
ナンテさんは一度周りに浮かせていた無数の本を元の場所に戻した後、口を開いて話し出します。
「実は、あたしは暗殺者としての弟子を探していてね。それでさっきみたいに良い人物を探していたんだよ」
先程は教えてはくれませんでしたが、今は家に二人きり、いえ肩にクリアもいるので三人きりですね。まあとりあえず、私たち以外はいないからか今度はちゃんと理由を教えてくれました。
それにしても暗殺者の弟子、ですか…
「…もしかして、私をその弟子にするためにここに連れてきたのですか?」
「おや、話が早くて助かるね。まさにその通りだよ」
私が暗殺者の弟子にですか……銃ではありますが、他のゲームなどでも似たようなことはしてきたので慣れてないわけではないですが、それでも私に出来ることなのでしょうか?
「人柄についても、あたしのこの領域内に入れたのなら問題はないようだしね」
「ナンテさんの領域はそんなこともわかるのですか?」
「知覚能力の強化の副次効果でね。その人の性質などもわかるのさ」
そんなこともわかるのですね。ですが、私の性質はそんなに大丈夫なものなのですかね…?それに疑問に思ったことも出来たので、ついでに聞いてみますか。
「…ナンテさんは、何故弟子を取ろうと思ったのですか?」
「それについては、そろそろいい歳だからあたしの後継者として暗殺者を育てるのも一興かと思ってね。それに暗部の上層部のメンバーにもせっつかれてたしタイミングもよかったからねぇ」
なるほど、だからこうして見定めた私を自分の家にまで連れてきて、それを教えてくれたのですね。
「それで、レア。お前さん、あたしの弟子として暗殺者にならないか?」
「んー……私なんかで良いのですか?」
「もちろんだ。実力に人柄もよくてこんな可愛い子なんだ、否定する理由がないよ」
「…では、弟子にさせてもらいたいです!」
「よし、決まりだな!」
私がそう答えると、ナンテさんは嬉しそうに破顔しながら言葉を発します。
『称号〈蟲惑の暗殺者の弟子〉を獲得しました』
次の瞬間、そのようなシステムメッセージが流れて、私は新しい称号を獲得したようです。
確認については今度するとして、今はナンテさんとの会話を続けましょう。
「じゃあ師匠と弟子の立場になるし、改めて自己紹介をさせてもらうね。あたしはナンテ、【蟲惑の暗殺者】と呼ばれている暗殺者さ」
「私はレアと申します。〈時空神の祝福〉を受けた異邦人です」
「おやまあ、神の祝福も受けていたんだね。やはり、良い拾い物をしたみたいだねぇ!」
というか獲得した称号にも書いてありましたが、ナンテさんは【蟲惑の暗殺者】という二つ名を持っているのですね。
ナンテさんの家に来る前にも思った通り、レア系のイベントだったようです!これはまた悠斗や兄様に言ったら驚かれそうですね…!
「さて、ではまずは…」
「あ、すみません。そろそろ元の世界に戻らないといけない時間なので、一度戻らせてもらってもいいですか?」
「おや、ちょっと腕前を見せてもらおうと思ってたが、時間か」
この家に来てからさらに時間が経っており、今の時刻はすでに七時を僅かに超えていました。
兄様とのご飯もあるのでもうログアウトしないといけない時間なので、私はナンテさんにそう伝えると、ナンテさんは理由に納得したのか頷いてから声を出します。
「じゃあ見るのはまた次にだね。なら、この部屋の右隣が空いてるからそこで戻ると良いよ。ついでに弟子になったんだし、その部屋は好きに使ってもいいからね」
「わかりました!それとありがとうございます!ではちょっと元の世界に戻るので、こちらに来れるのはまた少しだけ後でしょうし、その時に先程の話を聞かせてください!」
「わかったよ。あ、それとこの暗殺者になったことは誰にも言わないようにするんだよ。じゃあ、また後でね」
「わかりました!では!」
続けて言ってきてナンテさんの言葉にそう返事を返してから、私は今いる部屋から出て右隣にある部屋の扉を開けて中に入り、そのままそこでメニューを開いてからログアウトを選択して現実世界に戻ります。
「…よし、戻ってきましたね」
意識が戻ったと思ったら、すぐに自分の部屋の天井が視界に映りました。
現実世界に戻ってきた私はベッドから降りてすぐにストレッチを済ませ、その後に部屋から出てリビングに向かいます。
「美幸か、遅かったな」
「兄様!すみません、すぐに夜ご飯の用意をしますね!」
リビングに降りるとすでに兄様はリビングで待っていたようなので、私は急いで夜ご飯の支度を開始します。
すでに夜ご飯の下拵えは済んでいるので、さっさと作りましょうか。
そこから私はササっと料理を作って皿に移すのを何度かして、用意はすぐに終わりました。ちなみに、今日の夜ご飯は豚カツで、後は揚げるだけにしてたのですぐに終わったのです。
「兄様、出来ましたよ!」
「お、早いな。わかった、今行く!」
そして箸や料理が乗ったお皿なども用意して、私たちは席についていただきますと言ってから食べ始めます。
「今日は悠斗との試合をすると言ってたが、どうだった?」
「ん、そうですね、今回は悠斗に勝つことが出来ましたね!ですが、それはこちらがユニークアイテムやスキルなどを多数持っていたおかげのようにも感じましたし、あちらも何個か持っていれば結果は変わったかもしれませんけどね」
私は食べていた手を一度止めてから、兄様にそう返します。
悠斗は、そんなことはないと思うとは言ってましたが、やっぱり装備の質なども試合では結構響いてきそうなので、勝ったとしてもそれで一番とは思えませんしね。
それに、これから悠斗が私のように特殊なスキルやアイテムを入手してきたらどうなるかもわからないのもありますしね。
「そうか。まあ美幸は今のままでも十分強いし、俺たちが特殊なアイテムなどを獲得して強くなっても美幸もそれ以上に成長しているだろうから、基本的に勝ち続けることは出来ると思うぞ?」
兄様も悠斗と同じようなことを言ってますが、そう言われてもどうしても自分に自信は持てないのですよね….
「そうだと良いのですけどね。あ、それとその試合の後に迷宮都市を散策していたのですけど、そこで北東のダンジョンも軽く見てきたのですよね」
暗殺者の弟子になりましたが、それを言うのはナンテさんから人に言うのはやめるように言われているので、それに対しては触れないでその前に行っていたダンジョンについての会話を豚カツを食べながらついでに続けます。
「確か北東は山タイプのダンジョンだったか。そこは美幸一人ではキツい感じだったはずだな」
「前に兄様が説明してくれた限りでは、北西の森タイプのダンジョンなら私一人でも大丈夫そうなんでしたっけ?」
「ああ、そこはまんま大森林の姿のダンジョンだから、木々を高速で飛び回れて尚且つ反射神経や思考スピードの速い美幸ならおそらくは一人でも情報通りならいけるとは思うぞ」
悠斗とそのパーティの皆さんと一緒にダンジョンに行く予定ではありますが、今度一人の時に腕試しとしてそこに行ってみましょうかね。
そこからも兄様と会話をしつつもご飯を食べ進めていると、いつのまにか食べ終わっていたので、私は流しに皿や箸などを置いて後の片付けは兄様に任せ、先にお風呂と洗濯などを済ませてきます。
お風呂で身体を洗い終わったので、ゆっくりと湯船に浸かりながら考え事をします。
「ナンテさんの弟子にはなりましたが、この先私も暗殺系の仕事をしたりするのですかね…?」
ナンテさんの言っていた限りでは好き放題殺しまくっているわけではないようなので、特に罪悪感を感じるような依頼は頼まれることはないでしょう。
それにゲーム世界とはいえほとんど現実と同じような世界ですし、悪人だとしてもそこまで人殺しをしたくはないですが……まあ、そこは仕方ない部分と割り切りますか。
「それでもその力で悪逆の限りを尽くすというわけでもないですし、そこまで気を張らなくても良いかもしれませんね」
そんなことを考えながら湯船に浸かっているとだんだんのぼせてきたので、私は湯船から上がって諸々を済ませてから自分の部屋に戻っていきます。
あ、洗濯もその間に終わっていたので、それらもキチンと干してますよ。
「今の時刻は八時ですね。では、また少しだけログインするとしますか!」
やることを全て済ませてきた私は再び頭にヘッドギアを付け、ベッドに横になってゲーム世界にログインします。
「ここは……ああ、ナンテさんの家でしたね」
再びログインをすると、見慣れない部屋だったので一瞬不思議に思いましたが、そういえばナンテさんの家でログアウトをしてたのを思い出したので、その疑問はすぐに解消されました。
それとクリアも自動的に送還されていたようで、今はいませんね。
「とりあえず、ナンテさんのところに向かいますか」
私はそう呟きつつ、【気配感知】スキルと【魔力感知】スキルに反応がある方に向かいます。
そうしてナンテさんらしき反応のあるところへ移動をして、一つの部屋に着きました。
「おや、レアじゃないか。戻ってきたんだね?」
「はい、一時間くらいはこちらにいれるので、また来ました」
反応があったその部屋に扉を開けて入ると、そこはリビングのような部屋となっており、ナンテさんはそこに置いてある椅子に座りつつ自身の武器であろう黒色の短剣の整備をしていました。
「今度こそ時間はあるようだね?なら、今からお前さんの腕前をしっかりと確認をしたいんだけど、いいかい?」
「大丈夫です」
私がその言葉に返事を返すと、ナンテさんはじゃあついてきな、と言ってリビングから出てこの建物の奥に向かって歩いていくので、それに私も言われた通りについて行きます。
「そういや聞いてなかったが、お前さんの使う武器は双銃なのかい?」
「はい、それと少しではありますが細剣と短剣も使います」
「ほう、剣も扱うのか。器用なもんだねぇ」
まあ武器のジャンルがかなり違うので使用感覚も変化しますし、普通は銃と剣の二種類を別々で使う人はまずいないでしょうからそう言うのも不思議ではありません。
私も銃はともかく剣では、兄様からしっかりと教わるまではカムイさんなどの動きを参考にした完全独学でしたので、そこまで上手くはなかったですしね。
ですが今はもう特訓や慣れもあり、自信はつかなくてもそこそこは出来るとは思いますが。
「じゃあレア、暗殺者としての時は基本銃ではなくその剣を使うようにするといいぞ」
「剣ですか?まあ問題は特にないのでいいですけど、何故です?」
「目立たないなら銃でもいいとは思うが、レアは異邦人だろう?なら暗殺者の姿で目立ってしまったら人目が集まって大変になるんじゃないかい?」
うっ…確かに今の段階でも既に目立っていますし、そこに暗殺者としての姿まで特定されては、人目について今よりもさらに面倒臭い状態になりますね…
しかも明らかにこれはレアそうなクエストのようですし、それについても質問責めになって歩くことする出来なくなりそうですね。
「そうですね、なら暗殺者の時は基本は剣を使うことにします」
「それがいいよ。っと、話しているうちについたようだね」
そんな言葉と共にナンテさんは立ち止まったので、私もそれに倣って止まります。
立ち止まった場所は何らかの場所に続く扉の前のようで、ナンテさんはそこにあった扉を開けて中に入って行きます。なので私も先程と同じようにナンテさんの後ろについていき、その扉を潜っていきます。
その扉を潜るとわかりましたが、扉はどうやら特訓場のような大きめの庭のようなところに繋がっていたようで、かなりの広さを誇る草の生えた地面と黒い壁で仕切られた場所が視界に映ります。
ソロさんの図書館でも合ったように、ここにも特訓や戦闘などをしても問題ないくらいの広さの場所があるみたいですね。
「さて、レア。今からお前さんの実力をもう一度確かめさせてもらうよ。今度は銃ではなく、剣も使ってくれ」
私はその広場の中心辺りでナンテさんと向かい合うと、ナンテさんはそのように言葉をかけてきました。
「わかりました。なら、胸を借りさせてもらいますね!」
「ふっ、師匠としてお前さんを立派な暗殺者に育て上げてやるから、覚悟するとよいぞ!」
なので私はそのように言葉を返すと、ナンテさんはそんな私を見てニヤリと笑い、続けてそう言葉も発します。
なら、もっと強くなれるように兄様やカムイさんだけではなく、ナンテさんからも技術を学んで強くなりましょう!