66話 謎の老婆
私はそのダンジョンの入り口らしきものに近づいていくと、その建物はダンジョンの入り口ではなく横にある冒険者ギルドの支部のようなものでした。
お目当てのダンジョンについては、その建物のすぐ横の場所に入り口がありました。
「ダンジョンの入り口は見た限り、ゲートみたいなところから行くのですね」
兄様は全てが自然迷宮と言ってましたが……なるほど、このゲートのおかげで街中でも自然型のダンジョンがあるのですね。
今私が見ている北東のダンジョンは、確か兄様の説明では山タイプのダンジョンで、山の麓から山頂まで登っていって攻略していく感じと聞いていましたね。
それに迷宮都市のダンジョンは第二の街の東にある、深界の大森林エルフェリンデと同じようにかなりの大きさと広さをしており、所々に転移ポイントまであるらしいので攻略をするならじっくりと腰を据えてやらないと時間がかなりかかりそうとのことでした。
まあモンスターは奥に進めば進む程に強くなっていくみたいなので今すぐに最奥に行くことは今のレベルでは無理ですし、ダンジョンについては気楽に攻略していくとしましょうか。
「とりあえず、横の冒険者ギルドの支部も一応確認しておきますか」
「……!」
クリアも私の言葉に賛成なのか、肩で震えて同意をしてくれています。では、行きますか!
私はダンジョンを見るのをやめて横にある大きめの冒険者ギルドの支部に入っていきます。
建物の中は外観の見た目通りかなりの広さをしており、ダンジョンのドロップアイテムなどを買い取るためかたくさんのカウンターが存在しています。
そしてカウンターの他には、食事をするためなのかファンタジーな世界によくありそうな酒場みたいな場所もあるようです。
まあ前に見た冒険者ギルドと大きさ以外はそこまで変化はないようですし、こんなものですね。
「それに私はお酒は飲める歳でもないのであまり寄ることはなさそうですが、ダンジョンを出た後の減った満腹度の回復では使用するかもしれませんね」
今もプレイヤーのような人たちがお酒を飲みながら何やら会話をしているのが見れますし、ダンジョンの近くなのでピークの時間では少しだけ混みそうですね?
「今は特による用事もないですし、見るのは終わりにして街の散策の続きに戻りますか」
私は軽く中を観察した後に建物から出て、再び迷宮都市を今度は当てもなく歩いて散策していきます。
「ふんふーん」
「……!」
そうして鼻歌を歌い、クリアはそんな私の肩でリズムをとるように震えているのを感じつつ大通りからも逸れて人がいなくなってきても歩き続けていると、何やら私の感覚が何かを捉えました。
スキルの【気配感知】と【魔力感知】には何も反応がしてませんが、【第六感】スキルと私本来の感覚が何かがこちらを見ているということを感じ取っているのです。
「…おや、気づかれたかね?」
一度クリアを送還してから警戒を強めた私に、突如後方からそのような声をかけられました。
その声のした方に振り向いて視線を向けると、そこにはショートの黒い髪に赤い瞳をした、160cm近くの身長のお婆様が立っていました。
そのお婆様は黒いローブを着て全身を隠していますが、その腰元には二本の短剣を装備しているのがわかります。
そして姿はお婆様ではありますが、ソロさんと同じようにヨボヨボではなくしっかりと鍛え上げた腕前をしているようで、体幹や姿勢も見た目よりしっかりとしており、さらには隙のなさまでもが今まで出会ってきた人たちの中でもトップレベルで高いのが見て取れます。
「…あなたは誰ですか?」
「あたしかい?知りたいなら、その実力で確かめなっ!」
そんな言葉と共に、お婆様は地面を蹴ってこちらに向かってきます。
私はお婆様を敵と認識し、即座にインベントリから取り出した双銃を構え、お婆様に狙いを定めてから連続で弾丸を撃ちます。
しかしそれは小刻みな足捌きで悠々と回避され、そのままフェイントを混ぜた無数の弾丸たちも避け続けつつ私の元へ踏み込んできました。
「ほらよっ!」
そしてその右手に持つ黒い短剣を私の首狙いで振るってきたので、私はそれを後ろに半歩ズレることで避け、続けて振るってきた左手の同じく黒い短剣も身体を僅かに逸らして回避します。
「〈第一の時〉!」
私はお婆様からの攻撃を回避した一瞬の隙に自身に武技を撃ち込んで動きを加速させ、次の瞬間にはお婆様のお腹あたりに向けて加速した左足で蹴りを放ちます。
「おっと、危ないねぇ?」
ですが、それもまた余裕そうな動きで後方に下がることで回避されました。
やはり最初に感じた通り、私とは比べ物にならなそうなくらいの強さを感じますね。
しかも今の戦闘からするとまだ本気でもなさそうだと思いますし、このままやっていても勝つことは難しそうですね…
「戦闘中に考え事とは余裕だねぇ!」
「っ…!〈第一の時〉!」
お婆様はそんな言葉を発しつつ、一瞬だけ思考を巡らせていた私に向けて一気に踏み込んできて、右手に持つ黒い短剣を、今度は心臓辺りに向けて刺突をしてきました。
それを見た私はいつのまにか切れていた〈第一の時〉を自身に撃ち込み、すぐさま加速した動きでそれを左手の短銃で逸らしてなんとか攻撃を捌きます。
そこからさらに連続して両手の短剣による攻撃を繰り返してきますが、それらは加速した状態を活かしてゆらゆらとした不規則な動きで回避し続けます。
「〈第二の時〉!」
そしてそんな攻撃の嵐の中、一瞬の隙にお返しとして動きを遅くする効果を持つ弾丸を至近距離から放ちましたが、お婆様はそれを左手の黒い短剣で切り捨てます。
「む…」
しかしそれはただの攻撃ではないので、そのままお婆様に効果を発揮して動きをガクンと遅くします。今がチャンスですね!
「〈第六の時〉!からの〈第一の時〉!」
私はそこからお婆様に〈第六の時〉を撃って遅延効果を四十秒に延ばし、続けて自身に〈第一の時〉を再び付与してからお婆様から距離をとるように後方へ跳んでから、周囲にある壁を飛び交いながら両手の銃でフェイントを混ぜつつ乱射して攻撃を繰り出します。
「ちっ、面倒だねっ!」
ですが、お婆様は動きが遅くなっているはずなのに四方八方から無数に飛んでくる弾丸たちを両手の黒い短剣で捌きつつ、巧みな足捌きでそれらを全て回避し続けています。
「なら、〈第七の時〉!」
私はさらに攻撃を増やすために自身に〈第七の時〉を撃って分身を呼び出し、そこからさらに分身と共に〈飛翔する翼〉も使用しつつ周囲を飛び回って銃弾を乱射しますが、やはりそれでもお婆様の肌を微かに掠めるくらいでなかなかダメージは与えられません。
そうしてお婆様は、そんな弾幕の嵐を動きが遅くなっているはずなのに細かい足捌きで避け、両手の短剣で切り捨て、身体を逸らすことで回避しながら本体であるこちらに肉薄してきます。
「お前さんの腕を見込んで、あたしも少しだけ力を見せてやるよっ!〈駆け抜ける影〉!」
お婆様が近づいている最中に何やら武技を使用したかと思ったら、お婆様の姿がブレていつのまにか目の前まで高速で移動してきて、その右手の短剣を本体である私の首元狙いで振るってきました。
〈第一の時〉を自身に付与してたのと、お婆様に未だに〈第二の時〉が効果を発揮していたおかげで、身体を逸らすことで羽織っていた焦茶色のクロークを短剣が掠めるだけでなんとか避けることができ、そのまま壁を蹴って横に再び跳ぶことで追撃に対しても回避出来ました。
そしてそれを回避したタイミングで分身がお婆様に連続して弾丸を撃って攻撃をしましたが、それは遅くなっているはずなのに悠々と回避され、その後に効果時間が切れて分身も消えてしまいました。
しかも本体狙いであったその攻撃で装備していたクロークが引き裂かれ、ポリゴンとなって破壊もされてしまっています。
私はそれらをチラリと認識しつつも、お婆様から少し離れた地面に着地してからお婆様に視線を向けます。
「おや、なかなか可愛らしい人物だったんだねぇ」
そして私の姿が顕になり、私を見つつお婆様は攻撃の手を一度止めてからそのような声を漏らします。
今まではクロークを深く被っていたおかげで見えなかったようですが、お婆様は私の姿を見てからニヤリと笑みを浮かべてこちらをじっくりと観察してきます。
というか、私が装備するクロークなどは毎回壊されてしまうのですね…
まあ周りに人がいるわけではないので別にいいのですけど。
「あなたは何故私を攻撃してくるのですか?」
「理由かい?そうだね、ある程度実力は把握したし、その質問に答えるとしようか」
私が再びそう問いかけると、お婆様は一度構えていた短剣を下げ、そう語り出します。武器は下げてますが、一応警戒はしておきつつ話を聞きましょうか。
「詳しいことは話すことは出来ないけど、あたしは実力を持って人柄も良い人物を探していたんだよ」
「実力と人柄ですか?何故またそんなことを…?」
「おっと、聞かれても詳しいことは語らないよ。まあ理由があって人の観察をしてたとわかればいいよ。それで、出会った中では一番実力がありそうだったうえ、異邦人でもあるお前さんを直接あたしが確認に来たというわけさ」
詳しい理由は話してくれませんでしたが、語ってくれた言葉からすると、どうやら実力と人柄を備えた異邦人を求めていたようですね。
「さて、聞きたいことはすんだかい?なら実力は確かめさせてもらったし、人柄を見るためにもあたしに着いてきてもらうよ!」
「えっ!?まだ私に何かあるんですか!?」
「当たり前じゃないか。なんせ今までに見た人の中ではお前さんが一番なんだし、ここで逃すわけにはいかないからねっ!」
お婆様はそう言って下げていた両手の短剣を腰の鞘に仕舞い、私の目の前に素早く移動してから腕を引いて連れて行こうとしてきました。出来るだけ抵抗はしているのですが、力が圧倒的に強くて簡単に引っ張られてしまいます。
はぁ……強引ではありますが何か特別そうな感じもしますし、大人しくお婆様に着いて行くとしましょうか。
私が抵抗を諦めて両手に持っていた双銃をインベントリに仕舞って腕を引かれるままに着いていくと、途中で抵抗をやめた私に気づいたのか一度腕を離してから何やら話しかけてきました。
「お前さん、名はなんというんだい?」
「私はレアと申します。お婆様のお名前はなんですか?」
「あたしかい?あたしはナンテって言うんだ。よろしくな?」
「よろしくお願いします。で、私たちはどこへ向かっているのですか?」
私はお婆様改めナンテさんの案内のままに着いていってますが、その道中は先程までいた小道からどんどんと外れていって、人の気配すらも感じなくなっていき、だんだんと暗い雰囲気を醸し出すところまで来ています。
なんというか大通りや小道と違ってダークファンタジーのゲームで出てきそうな感じの道となっており、少し怖くはありますがこれはこれで味があって興味が惹かれます。
「言ってなかったね。今行ってるのは、あたしの家だ。そこで色々と確認させてもらうから、覚悟しときなよ」
「帰るのは……ダメですね、わかりました」
帰ると言葉を発すると、ナンテさんからニヤリと笑みを浮かべて手を掴まれました。まあ今の時刻はまだ六時二十分くらいですからご飯までの時間もまだありますし、ここで逃げはしないで大人しくしておきましょう。
それにレアそうなイベントのようにも感じますし、少しだけワクワクしている自分もいますしね!
あ、もうナンテさんとの戦闘にはならなそうですし、クリアも一度呼び戻しておきますか。
私はナンテさんが手を離してくれたそのタイミングでクリアを私の肩に呼び出し、そのままナンテさんに着いていきます。
「おや、それは戦う前まで出していたテイムモンスターかい?」
「はい、ピュアメタモルスライムのクリアといいます」
「……!」
私の言葉に続けて、ナンテさんに向けて手を上げるかのように挨拶をしているクリアを見て、ナンテさんは少しだけ驚いています。
「珍しいモンスターをテイムしているんだねぇ。情報では知っていたが、この目で見るのは初めてだよ」
ソロさんもレアと言ってましたし、やはりかなり希少なモンスターなのでしょうね。そういえば鑑定結果でも王族や貴族などに狩られると書いてありましたし、人の目に出てくるのはほとんどないのでしょう。
「っと、そろそろだね」
「もう着くのですか?」
「ああ、ちょいと特殊なエリアになるから、ここからはあたしのそばを離れるんじゃないよ?」
「わ、わかりました。クリアもしっかりと掴まっていてくださいね」
「……!」
私とクリアはナンテさんから離れないように少しだけ近づき、その状態でさらに歩いていきます。
「……?」
すると、何かはわかりませんが僅かに肌をヌルッとした感覚が流れたと思ったら、すぐにその感覚が消えたので不思議に感じていると、ナンテさんがこちらを先程よりも驚いた表情で見ていました。
それと私の肩にいたクリアに対しては特に何も感じなかったようで、どうしたのー?とでもいうように少しだけ心配そうな感情をプルプルと震えて伝えてきます。
「…驚いたね、まさかお前さんが感じ取れるとは。これはいい拾い物をしたかねぇ…?」
「ナンテさん、今のが何かは知っているのですか?」
私はクリアに大丈夫、と伝えるように優しく撫でつつナンテさんにその感覚について聞いてみます。
「それは……そうだね、それについての説明はあたしの家についてからにするか。その方がわかりやすくもあるしね」
ふむ、今すぐに教えてくれるわけではないようですが、どうせすぐに着くでしょうしそれまで待ちますか。
そんな不思議な感覚を感じたところからさらに少しだけ歩くと、すぐに着いたようで一つの家らしき建物の前でナンテさんが立ち止まりました。
その建物は結構な大きさをしていますが、周りの背景に同化するかのようにこれといった特徴がなく、目的地だと言われなければ素通りしてしまいそうなほど目立たない建物です。
「着いたよ、ここがあたしの家だ。まあ入りな」
そう言ってナンテさんは扉を開けて中に入っていくので、私と肩にいるクリアは誘われるがままに扉を潜って家に入っていきます。




