53話 時を刻み、空は観測する4
「ここからではなかなかダメージを与えられませんし、接近して近距離から撃ちますか！」
私は次々と飛んでくる瘴気を纏った触手の攻撃をゆらゆらと不規則な動きで回避しつつ、地面を蹴ってモンスターへ一気に向かっていきます。
その途中で自身に〈第一の時〉を撃ってから加速して、モンスターには〈第二の時〉を撃ち込み動きを遅くして回避をしやすくします。
しかし近距離に近づいたからか、先程よりも速くに攻撃が飛んできますが、思考能力が低くなったいるおかげで動きも読みやすく、そこまで必死にならなくても回避が出来ています。
「ガァアア！！」
モンスターは近づいた後も手当たり次第に触手を振り回してきますが、それらは全て紙一重で回避してその頭目掛けて弾丸を撃ち続けます。
頭狙いの弾丸は回避能力にも影響が出てるのか、それとも回避をする暇もないのか、はたまたそれをするだけの思考がないのか、避けずにその瞳に当たって撃ち抜きました。
「ギガァアア！！」
瞳はまだ複数も残っていますが、やはり弱点部位に攻撃を受けているせいかそのような叫び声を上げて怯んでいます。ですが分身と身体中の瞳を撃ち抜いた時とは違って、即座に触手を振り回して攻撃をされないようにしてきました。
「理性は殆どなくなってはいますが、獣のような本能のみは残っているようですね」
暴れ回る獣のような状態になっていますが、その分怪力や瘴気など、他の部分があって苦戦は必須です。
「まだ動きが読みやすいのが唯一の救いです、ねっ！」
モンスターは再びこちらをその無数の瞳で捉え、無数にある触手を連続して振り下ろしてきますが、それは右に左にとステップを踏みつつ回避して先程と同じようにその頭へと連続で弾丸を放ちます。
それらの弾丸も特に躱されずに頭部にある瞳たちを撃ち抜いていきます。…が、何だか先程よりも弱くなったように感じます。
確かに瘴気を纏う前よりは力も、頑強さも、素早さも強力になっています。ですが、それの代わりとして理性がなくなっているせいで単調な動きなのです。
「…もしかして、これは私を油断させる罠……！」
そして警戒しつつもモンスターの触手を回避して右手の長銃を構えて撃とうとした瞬間、突如モンスターから凄まじい殺気を感じます。
それと何となく嫌な予感もしたので即座に後ろに跳びましたが、そのモンスターのお腹辺りから食い破るように現れた、何かはわかりませんが黒い瘴気を纏った獣らしき頭部が出てきて、私の右腕の肘辺りまでを噛みちぎりました。
「くっ、〈第一の時〉！」
咄嗟に動きを加速させて後方に一気に移動したので、なんとか右腕を噛みちぎられる程度で済みました。
しかし、その攻撃で私のHPは半分近くまで削れ、状態異常の呪い、暗闇、幻覚、恐怖がかかっていました。
私は即座に〈第十の時〉を自身に撃ち込んで攻撃を受ける前の状態に戻します。これで削られたHPと状態異常たちは全てなくなって元通りになったので、インベントリに戻っていた長銃を右手に呼び出してモンスターへ視線を向けます。
そのモンスターはお腹辺りから生えている獣のような頭はそのままに、全身から瘴気を発しつつこちらを観察するかのような様子で見てきています。
…どう考えても突然現れたあの獣頭は理性がありますね。先程までと違って触手も手当たり次第に暴れるだけではなく、こちらへと向けつつもいつでも攻撃に移れるように構えています。
「あれが、このモンスターの本当の姿ですか…！」
元の頭に付いていた複数の瞳はいつのまにかなくなっており、その代わりとしてお腹辺りから現れた獣頭に無数の瞳が移っています。
間違いなく、あの獣頭が本体なのでしょう。なら、やるのは決まりですね。
「その頭、吹き飛ばさせてもらいますよっ！」
私は〈第七の時〉を自身に撃って分身を生み出した後、そのまま分身と共に連続して弾丸撃ちまくります。
モンスターは飛んでくる無数の弾丸を瘴気を纏った触手で弾きつつ、そんな中でもこちらへと複数の触手を向けてきます。
それらは分身と二手に別れつつ回避し、そこからモンスターに向かって〈第二の時〉を撃ちつつ接近し始めます。
近づいていくと徐々に攻撃は激しくなりますが、〈第二の時〉の遅延効果のおかげでなんとか回避は出来ているので、問題ありません。
それに飛んでくる触手には〈第三の時〉も撃って少しでもダメージを与えつつ、本体である獣頭にも同じように〈第三の時〉を撃ち込みます。
その弾丸たちは殆どは防御されたり弾かれたりとしてますが、少数はそれをすり抜けて獣頭の瞳を撃ち抜いていきます。
「ガァア！！」
それにモンスターは先程のような観察に向けていた雰囲気をなくし、そのような雄叫びを獣頭から発してさらに瘴気を纏った触手を連続して振り回したり薙ぎ払ったりと攻撃をしてきます。
ですが、それらはフェイントを混ぜた不規則な動きで回避しつつ、お返しとして両手の銃をその獣頭目掛けて構え、連続で弾丸を撃ち続けます。
もちろん分身にも触手による攻撃は飛んできてますが、そちらも本体と同じように回避しながら弾丸を撃っています。
「分身となら、飛んでくる攻撃が少しだけ分かれるのでやりやすいですね…！」
そうして無数に弾丸を撃っているとその間に分身が消えてしまいましたが、それまでにも複数の瞳を撃ち抜いてダメージを与えられているのでいい感じです。
モンスターの残りHPはここまでの攻防でおよそ三割近くまで削れているのでもう少しですが、最後まで油断はしません。
「グルゥ……ガアアアァ！！」
そんな雄叫びと共にモンスターは、身体中に生えている瘴気を纏った触手たちを一度自身の元へと戻し、再び出したと思ったら先程よりも深い黒色をして瘴気を纏った状態になりました。
「おそらくこれが最終形態でしょうね。HPもあと少しですし、頑張りますか…！」
「グガァアアッ！！」
モンスターは雄叫びを上げつつパワーアップしたような無数の触手をこちらへと振り回してきます。
叫び声を上げながら振り回してはいますが、獣頭が出る前までのように理性や知能は落ちていないようで、こちらの動きを読むかのような動きにフェイントも混ぜられています。
それに先程までより速くもなっているようで、手強くも感じますね。
私はそれらの触手攻撃に対してゆらりゆらりと不規則な動きで読ませないようにしつつ回避して、反撃として〈第二の時〉を撃ってから動きを遅くし、即座に獣頭の瞳へ普通の弾丸と〈第三の時〉を混ぜながら撃ちます。
それらの中でも普通の弾丸は簡単に弾かれましたが〈第三の時〉はその効果を活かして、パワーアップしているであろう瘴気を纏った触手を貫通してそのままその後ろにあった瞳も撃ち抜きます。
そこからも触手の攻撃を躱しつつドンドン瞳を撃ち抜いていると、ついに獣頭に残っている瞳は最後になりました。
「これで、最後です！」
私は〈第三の時〉を使って防御に使われた触手ごと貫通して、最後の瞳を撃ち抜きました。
「ギガァア！！」
モンスターもたまらずといった様子で叫び声を上げて暴れますが、瞳が全てなくなったからかこちらを捉えることは出来ていないようで、手当たり次第に触手を振り回しています。
当然私はそんな攻撃には当たらないで、後方へ跳んで様子を見ます。
「瞳は全て撃ち抜きましたが、まだHPは一割くらい残っていますね…」
弱点部位らしきものは残っていないですし、ここからは身体にダメージを与えていけば良いのでしょうか…？
そんなことを考えつつ観察を続けていると、何やらモンスターの様子が変化します。
モンスターが暴れるのをやめたと思ったら、お腹辺りから生えている獣頭の中心付近が縦に裂け、そこから身体中や頭に生えていたのと同じような瞳が一つ現れました。
しかしそれは他の瞳よりも二回り近くも大きく、何とも禍々しい雰囲気を醸し出しています。
「HP的に今度こそ最後でしょう。ラストスパートですし、後一踏ん張りですね…！」
「ゴガアァ！」
私はそう意気込んで〈第一の時〉を自身に撃ち込み、雄叫びを上げながら連続で放ってくる触手攻撃をゆらゆらとした不規則な動きで回避しつつ、その瞳目掛けて連続で弾丸を放ちます。が、それはさらに加速した触手で弾かれます。
「狙いが一つだけに絞られているからか、確実に防御を出来るように何本かは瞳付近に置いて警戒されていますね…」
やはり思考能力はあるようで、それを撃ち抜かれたら死ぬと分かっているから防御に意識を割かれています。
「一人ではなかなかキツイですし、ここはアレの出番ですね…！」
使うのは初めてですが、効果説明を見る限りこれは今の状況などには良さそうなので、早速それを使います。
「〈第八の時〉！」
それを自身に撃ち込むと、私のすぐ横にワールドモンスターであったあの大蛇が現れます。
〈第八の時〉は撃った対象が過去にやられたことのある敵を三十秒間生成する、という効果なので、私が倒されたことのある敵はただ一匹、あの大蛇です。
なのでこの武技で出るのは大蛇だけです。これならかなりの強さを持っているでしょうし、なかなか心強いと思います。
「シャァ！」
そんな声と共に大蛇は瘴気を纏ったモンスターへと肉薄して攻撃を与えていってます。どうやら呼び出した大蛇に瘴気による効果は効いていないようで、何の問題もなく攻撃を続けていますね。それにモンスターからのヘイトを大蛇がとってもいるようで、こちらには攻撃が飛んできていません。
やはりこの武技で生み出した敵は自身の味方として出てくるので、かなり強力な増援となりますね。
それとあの大蛇が出現していられる時間は三十秒のみなので、この間に一気に攻めましょう！
私は即座に〈第七の時〉を自身に撃って分身も生み出し、さらに切れていた〈第一の時〉も分身と共に自身に再び撃ち込んで加速した後、大蛇と戦っているモンスターへと両手の銃を撃ちながら接近します。
「ガアァ！！」
「シャアァ！」
大蛇はモンスターからの触手の攻撃を連続で受けつつも、それを気にせず攻撃を繰り返しています。
大蛇の攻撃は瞳狙いではないうえにオリジナルよりも弱いからか、そこまでダメージは与えられていませんが、その攻撃による衝撃で怯ませることは出来ているようです。
その怯んでいる最中にも私と分身は通常の弾丸と一緒に〈第三の時〉も混ぜて撃っていますが、それらは防御に使われた触手は貫通してはいるのですが束になっているせいで、瞳までは届かずになんとか防がれています。
そして持ち直して触手で攻撃していた獣頭が何やら大きな瞳を見開き、本体であるこちらに視線を向けてなんらかの攻撃をしようとした瞬間、呼び出していた大蛇の尻尾による攻撃が見事獣頭の瞳に命中し、その勢いでモンスターは攻撃モーションをやめて先程よりも大きく怯みます。
「今ですね！〈第十二の時〉！」
私はその隙を見逃さず、切り札の時間停止効果を持つ弾丸を放って動きを止めます。
そして止まっている間に、本体である私は止めとして〈第九の時〉を、分身は〈第三の時〉をその瞳へ撃ち込みます。
本体である私が使った〈第九の時〉はこの戦闘中に受けたダメージの全てを与える、という効果なので、ここまでに触手などに与えたダメージなどの合計も合わせて凄まじいダメージとなるはずです。
私と分身が撃った弾丸は時間が停止して動けなくなっているそのモンスターの獣頭についている大きな瞳を正確に撃ち抜き、一気にHPを削り取ります。
「ギァアアア！？」
モンスターについている効果時間が終わって再び動き出した時にはすでに撃ち抜かれていた状態なので、力の入らない身体と瘴気が消え去ったことに悲鳴のような声をあげ、そのまま地面へと倒れていきます。
それとそのタイミングで大蛇と分身の両方が消えていたので、巻き込まれている者は誰もいません。
「ガ、ガギァ…」
モンスターは最後の抵抗として数本の触手をこちらに振るってきましたが、それは速さも正確さも落ちており、余裕で回避出来ました。
モンスターは最後まで足掻くように瘴気の消えた触手をこちらへ伸ばしますが、ついに力が抜けて地面に落ち、足元から徐々にポリゴンに変わっていってます。
「ふぅ……これで終わり、ですね…」
私はインベントリに両手の銃を仕舞い、一息ついてからポリゴンとなっていくモンスターをチラリと確認しながらも考えます。
「もうモンスターは起き上がってはこないですし、次はどうしたらいいのでしょうか…」
私はモンスターから視線を逸らして周りを見渡します。すると、この広場の奥に置いてある、最初にモンスターが出てきていた黒い棺が目に入りました。
「とりあえず、あの黒い棺でも調べてみますか」
私はそう決めてから歩いて黒い棺へと向かいます。そして少し歩くとすぐに黒い棺の前に着いたので、まずは中を覗いてみます。
黒い棺の中には、何やら棺よりも深い色をした漆黒のアイテムがありました。
「これは……ゴスロリドレス、ですかね…？」
棺の中に入っていたのは、黒薔薇の髪飾りと漆黒色のゴスロリドレス、そして同じく漆黒色をしたブーツでした。
ですが、見た限り瘴気のようなものを纏っており、触るのはやめた方が良さそうに感じます。
なら、これは放置ですね。
棺の中の確認も済みましたし、とりあえずクエストについても確認しますか。
『お見事でした』
そうしてメニューを開こうとすると、突如そのような男性らしき声が聞こえてきました。
私は即座にインベントリから双銃を取り出し、警戒を強めます。
『そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ』
「…あなたは誰ですか？」
すると声の主はそのように言ってきましたが、警戒心を強めてそう問答を返します。
『私はクロノス。時と空間を司る古神です』
「神様ですか…！？しかも時と空間ということは…」
『レアちゃんの考えている通り、貴方に加護を与えた者でもあります』
まさかの神様の声でした…！それに時空神らしいので、私に加護をくれた本人でもありますし、知らない人？神？ではないですね。
「こ、これは失礼しました！つい新手のモンスターが現れたのかと思いました…！」
『警戒するのも無理はないですし、問題ないですよ』
その声の主、クロノスさんはあまり気にしていないのかそのように返してくれました。
「それで、神様であるクロノスさんはどうして私に声をかけてくれたのですか？」
『それはですね、この本の内容についてとそれを倒したレアちゃんへの報酬として、こうして声をかけさせてもらったのですよ』
本の内容はここまでの壁画などである程度は分かった気はしますが、それを知っているであろうクロノスさんから直接情報を教えてくれるのはありがたいですね。それに報酬もくれるようですし、とても嬉しいです…！
『まずこの本の内容についてですが、レアちゃんはどこまでの理解をしていますか？』
「一応はですけど……昔この世界で何らかのモンスターがたくさん現れて、それに人類と神様たちが協力して対抗し何とか撃退を出来た、というくらいは壁画を見て想像は出来ました」
まあ壁画を見ただけではこのくらいしかわからないですが、おそらくはそれがこの本に載っていた過去の記憶なのでしょう。
『その想像通り、この本は昔の記憶についての情報があの本の魂魄に付いていたのを、私がレアちゃんのユニークスキルも活かして生成したのがこの世界なのですよ』
なるほど、魂魄……つまり本に染み付いていた魂による過去の記憶を頼りに再現したのが、この特殊エリアなのですね。
「生成したということは、あのモンスターはこの世界の過去に無数にいた、ということですか？」
『流石に無数にいたわけではないですが、それでも結構な数はいましたね』
それは、かなりヤバそうですね。今倒したのは一匹だけだったから何とかなりましたが、それが複数となると今の私の強さでソロではかなり苦戦してしまうでしょう。
ですが、かなりの時間はかかりそうではありますが負けることはないとは思うので、パーティなどを組んで戦えばソロよりかは苦戦はしなさそうですかね…？
まあ、スキルなどを育ててさらに成長していけばソロでも問題はなくなりそうですが。
『過去については今はまだ全ては言えませんが、とりあえずはそのくらいについて知っていれば問題はありません。それにこの世界を冒険していけばきっとさらに知ることは出来そうですしね』
そんなことを考えていると、そう言ってクロノスさんは一度話を区切り、再び話し続けます。
『では、過去のことについてはこれから先に知ってもらうとして、そろそろ報酬としましょうか』
お、ついに報酬ですか！何が手に入るのかワクワクですね…！
『そうですね、報酬は……これにしますか』
そんなクロノスさんの声と共に、黒い棺に入っていた三点の装備が白と黒の光を纏って棺から浮かび上がり、そのまま一瞬眩い光に包まれたので私は腕で光を防ぎます。
そして光が収まったので腕を下げて瞼を開けると、そこには先程まで纏っていた瘴気がなくなり、本来の姿であろう漆黒の装備になっていました。
