41話 職人ギルド
「おっと、そういえば今は何時でしょうか」
サルファ君との試合もあったので結構経っていそうですが、どうでしょうか。
腰に着いている懐中時計を手に取って確認すると、すでに七時になっていました。
「夜ご飯もありますし、今日はもう落ちて散策をするのは明日にでもしますか」
そう考えて、私はメニューのログアウトを選択して一度ゲーム世界からログアウトします。
ログアウトが完了し、現実世界に戻ってきた私はベッド横のサイドテーブルにヘッドギアを置いてからストレッチを始めます。
今日のサルファ君との試合は、兄様との特訓のおかげでなんとか戦えましたし、ご飯を食べる時にでも感謝を伝えますか。
「よし、では降りますか」
そんな思考をしながらもストレッチを続け、済ませ終わったので私は立ってから階段を降り、リビングへと向かいます。
リビングに降りるとすでに兄様は降りてきていたようで、スマホを弄りながら椅子に座っていました。
「兄様はもう降りてきていたのですね」
「美幸か」
私がかけた声に気付き、兄様はこちらに視線を向けて来ました。
「今ご飯の支度をしますね」
「いつもすまんな」
「いえいえ、このくらいは任せてください」
私は早速冷蔵庫に仕舞っていたチキン南蛮とタルタルソースを取り出し、レンジで温め始めます。
「今日は少し遅かったが、何かしてたのか?」
そうしてやることをしていると、兄様からそう声をかけられました。
「実は、なんか特殊そうな住人と出会って試合をしていたのです」
「また特別なイベントらしきものをしてたんだな…」
ジトーっとした目でこちらを見つめてくる兄様ですが、あれはそこまで特別そうなことではありませんでしたよ?あ、でも称号は獲得したましたし、特殊なイベントなのでしょうか…?
「そ、その試合でなんですが、兄様との特訓のお陰でなんとか戦えました!」
「そうなのか?それならよかったが」
そう言って感謝も伝えると、兄様はそんな言葉を返してきました。兄様自身はそこまで意識するほどではなかったようですが、私にしてみればとても貴重な経験なのですよ!
そうした会話をしていると、料理を温めるのが終わったので皿に移して用意を済ませます。
「出来ましたし、食べましょうか」
「そうだな。それじゃ、いただきます」
そう言って私たちは料理を食べ始めます。
「特訓の成果は出ていたようだが、これからもちょくちょくやっておくか?」
「んぐ…そうですね!またしたい時はお願いしてもいいですか?」
黙々と食べているとそのように兄様に聞かれたので、私は口の中の食べ物を飲み込んでからそう答えます。
「勿論構わないぞ」
「ありがとうございます!」
そしてそこからもゲーム内での事を話しつつ食べ続け、食べ終わったので皿は流しに置いて兄様に任せた後に洗濯を始め、自分の部屋から着替えを持ってお風呂へ向かいます。
「ふぅ…」
お風呂場で頭と身体を洗い終わって湯船に浸かり、そこで一息つきます。
「特訓の成果が目に見えてわかると、なかなか嬉しく感じますね」
湿地のエリアボスにサルファ君との試合。サルファ君相手には負けはしなかったですが勝ってもいないので、そこまで自信を持てるわけではないですけどね。
「それでも、エリアボスくらいなら余裕に出来ましたし、これからも自分だけでも鍛えていきますか」
そう改めて決意を固め、そろそろのぼせそうになってきたので湯船から上がってお風呂場から出ます。
お風呂から上がった後はいつも通りのことを済ませてから、自分の部屋へと戻ります。
「今は、八時二十分くらいですね」
なら今日はもうゲームはやめて、九時までは勉強でもしてますか。
そうして時間までは勉強をして、決めて来た時間になったので片付けた後にそのままベッドに横になって就寝とします。
朝になりました。水曜日です。今日もいつも通り朝の支度をして、兄様に悠人と一緒に学校へ行きます。
そして午前の授業も終わり、お昼の時間になったのでお弁当を取り出してさあ食べよう、というタイミングで悠斗からなにやら聞かれました。
「美幸はMSOでは何か面白いことはあったか?」
「そうですね…面白いかはわかりませんが、精霊の旅騎士という職業らしき住人から試合を挑まれ、それで戦ったことくらいですかね?」
私はお弁当を食べながら、悠斗の言葉にそう答えました。すると悠斗はそれに少し驚いたのか、食べていた箸が止まります。
「精霊と出会ったのか」
「そういえば悠斗には言ってませんでしたが、前にも今とは違う精霊に会っていたのですよね」
「よくもまあそんなに会えるな…?」
確かに、こんなポンポン出会うのは驚きますよね。私が逆の立場だったら、ジト目で見てしまいそうですし。その悠斗の言葉に苦笑しつつも、続けて言葉を発します。
「それと今回出会った精霊は、その精霊から話を聞いて飛んできたようだったのです」
まあすぐに出会うとは思っていなさそうでしたけどね、と言って話を締めます。
「美幸は運がいい、のかな?」
「運はわかりませんが、そういうのに出会いやすくなる効果のようなものがついたアイテムを持っていますし、そのせいでしょうね」
「そんなのも持っているのか」
悠斗からの視線が更にジトーっとしてきます。し、視線が痛いです…!
「ま、まあ運が良いのでしょうね!うん!」
「…はぁ、まあいいか。それと、俺は今日帰ったら玲二さんと特訓をするから、また今度俺とも試合をしようぜ」
「いいですよ!では、また次に!」
登校中にそんな話を兄様としてましたもんね。悠斗も強くなれるといいですね!
そこからはMSOのことですが、他の話題についての会話もしているとお昼の時間も終わりのようでチャイムが鳴りました。ここからは午後の時間ですし、もう一踏ん張りですね!
そして午後からは特に何事もなく、学業も終わらせて三人で帰り道を歩き、途中で別れたあとにも歩き続けて家に着いた私は夜ご飯の作り置きを済ませ、再びMSOにログインしました。
「ここは、職人都市の小道ですね」
前回ログアウトしたのはここだったからですね。ここら辺には特にプレイヤーも住人もいないようで、特に目立ってはいません。
それとレーナさんからのメッセージが届いていたようで、修理が終わったからいつでも取りに来ていい、と書いてありました。
「では、まずは装備を受け取りにいきますか」
今は職人都市ですし、転移をして向かいましょう!
私はまず小道から大通りに移動してから街の中心へ歩き、広場にある水晶の柱まで近づいてからメニューを開き、そこから初期の街へ転移を行います。
そして転移が完了したので、早速レーナさんのお店に歩いて行きます。
テクテクと歩いているとレーナさんのお店が見えて来たので、そのままお店の中へ入ります。
カウンターにはレーナさんではなく住人らしき店員さんがいますが、フレンドリストにはログインしていると書いてあるので、カウンターにいる店員さんに言ってレーナさんを呼んできてもらいます。
その間にお店の中を見渡しますが、前と同じように新しいドレスやレザーの半ズボン、コートらしきものなど、他にも多種多様な装備たちが置いてありました。それにプレイヤーたちも結構いるようで、なかなか繁盛しているみたいです。やはりトップの生産者という立場にいるだけはありますね。
「レアちゃん、お待たせ〜」
そうしてお店の中を見渡していると、そんなレーナさんの声が聞こえて来ました。なので、私は見渡すのをやめてレーナさんに視線を向けます
「こんにちは、レーナさん。装備が直ったと聞いたので受け取りにきました。今大丈夫でしたか?」
「ええ、大丈夫よ〜。はいこれ、直したやつよ〜」
そう言ってインベントリから取り出してカウンターに置いたのは、前と同じの黒いゴスロリワンピースとソックス、編み上げブーツです。見た目と性能は壊される前と変わっていなさそうで、作ってもらったばかりのように綺麗になっていました。ですが、クロークは確認出来ませんね…?
「レーナさん、あのクロークはどうしたのですか?」
「あ〜…それはね、かなりボロボロになっていたからか、修理が今の私には出来なかったのよ〜…ごめんね、レアちゃん〜…」
そんな言葉と共に、レーナさんは破けてボロボロのクロークを出してきました。そうだったのですね…まあそのくらいで怒りはしないので、そこまで申し訳なさそうにしなくてもいいんですけどね。
「それは仕方がないですし、全然大丈夫ですよ!」
「そう言ってくれると助かるわ〜…」
そして私はカウンターに置いてあったゴスロリワンピースのセットと一緒にボロボロのクロークもインベントリへと仕舞い込み、代金をレーナさんに払います。
「いつかは、こういう防具も直したり出来るといいんだけどね〜…」
「レーナさんなら行けますよ!なんたって頂の生産者、なんですしね!」
「…ふふ、ありがとね〜?よーし、じゃあまた頑張っていくわね〜!」
「応援してますよ!では、私もそろそろ行きます!」
「わかったわ〜!レアちゃんも、無理はしないで行ってらっしゃい〜!」
そう言葉を交わし、私は手を振りながらお店を出ます。
「さて、次は職人都市の散策でもしますか!」
とりあえず私は再び転移で職人都市に戻り、特に目的を決めないでこの街を歩いて行きます。
「ふんふーん」
歩きながらも屋台を冷やかしたり、時たま気になった素材などを買ったりもしつつ歩き続けていると、ふと大きな建物が視界に入りました。
「これは……なんでしょうか?」
その建物は三階建で、現実でもあるようなスーパー並に大きめの姿をしています。
「…よし、入ってみますか!」
好奇心が湧いたので、私はワクワクしながらその建物の両開きの扉を開けて中へと入ります。
中はなかなか綺麗な様で、外観の見た目通りかなりの広さがあるのがわかります。それに何個かのテーブルと椅子も置かれてあり、ここから見える壁際にはたくさんの個室などに続いているとおもしき複数の扉も見て取れ、さらに奥には上に続いている階段も存在しています。
それにたくさんのプレイヤーたちもいるようで、結構私は目立ってしまっています。
ここがどういう場所か気になった私は、向けられる視線は無視して少し歩いた先のカウンターの中に座っている茶色の髪をした女性に話しかけてみます。
「あの、すみません」
「はい、どうされました?」
「ここってどんな場所なのですか?」
「ここは職人ギルドの本部です。登録している職人たちが物を作って売れる場所であり、素材やレシピなどを売買したりする場所でもあります。そしてここは本部なので、世界中からたくさんの職人が来てアイテムを作っているのですよ」
職人ギルドの本部でしたか。職人ギルドについて詳しくは知りませんでしたが、つまるところ戦闘系プレイヤーで言う冒険者ギルドみたいなもののようですね。ならもしかしたら、初期の街のギルドでも売買はあったのでしょうね。職人ギルドは物を作ることができる場所というだけで覚えてましたが、他にも出来ることはあったようです。
しかもこちらは、私は少ししか行ったことがないですが初期の街にもあったのとは違って本部のようです。通りで建物が大きかったわけですね!
「もしかして、そうとは知らずにここにきたのですか?」
私がふむふむとそんなことを考えていると、その様にお姉さんに問われました。
「そうですね。この街に来たのはつい最近ですし、散策をしていたらたまたま目に入ったので来た、というわけです!」
「そうなのですか、じゃあ、特に生産スキルを持っていたらするわけではないのですね?」
「あ、一応ですが、【錬金術】スキルは持っていますね」
「【錬金術】スキルですか。ならここのギルドに登録しておきますか?初めての登録には100Gはかかりますが、年会費などは特にないので生産スキルを持っているのなら入っておくと便利ですよ」
それに登録すれば素材やレシピなどを売買したりも出来ますしね、と続けて説明してくれるお姉さん。そういえば使用しただけで登録はしてませんでしたね。素材が買えるのは屋台だけではあまり良いのはありませんし、かなりのメリットもありますからこの機会に登録しちゃいますか。
ちなみに職人ギルドとは違い、冒険者ギルドの方に関しては特に登録することなどはなかったはずなので、そちらの本部には行っても特にすることはないと思われます。
「んー、確かにそれなら、登録だけはしておきましょうかね?」
「わかりました!なら登録をするので、こちらに手をついてください」
「こうですか?」
そんなことを考えつつも、私は言われた通り差し出された白色の石製らしきボードに左手をペタッとつけます。すると、少しだけ何かが吸われる感覚がしたと思ったら、いつのまにかお姉さんが持っていた同じく白色のボードに何かが書かれているようです。
「…レアちゃん、ですね。はい、これで登録は終わりましたよ」
「もしかして、吸い取られた気がする魔力で情報がわかるのですか?」
「そうです、魔力は人によって違いますし、これのおかげで個人の情報を登録出来るのですよ。それにしても、よく魔力とわかりましたね?」
おそらくは【魔力操作】と【魔力察知】スキルがあるからわかったのでしょうね。まあMPもほんの少しだけ減ってましたし、それでもわかったでしょうが。
「まあこれで登録は完了しましたが、このまま何か作られますか?」
そんなお姉さんの言葉に一度懐中時計で時刻を確認しますが、今は五時半くらいのようです。
時間もまだありますし、ついでに【錬金術】スキルの新しいアーツでも試しますか!
「そうですね、じゃあ使わせてもらっても良いですか?」
「良いですよ。ちなみに大部屋ですか?個室ですか?」
「個室でお願いします!」
「わかりました、なら一時間100Gがかかります」
「では、そこまで長くはやらないので一時間だけではお願いします。あ、それと錬金に使う道具って売ってたりしますか?」
「ありますよ。ではそちらも今はお渡ししますね」
そう言って100Gを取り出してお姉さんに渡し、その後に思い出して錬金の道具とガラス瓶も買います。そしてやることを済ませ、階段を登った先の二階全体が個室になっているらしいので、お姉さんに見送られながら階段を登って開いていた近くの個室へと入ります。
ちなみに個室は、前に借りたことのある初期の街のギルドよりも広いうえに生産系のスキルで使う設備などがたくさん置いてあり、さすが本部だとわかります。
「さて、とりあえずは〈錬成陣〉を試してみますか」
そう決めて私は新しい錬金の道具の確認の前に、始めに〈錬成陣〉のアーツを試します。すると、MPを一割近く消費して個室の床辺りのところに魔法陣が出現しました。
「なるほど、これの上に素材を載せれば良い感じですかね?」
大きな物を合成できると書いてありましたが、私は手始めに余っていた微毒ポーションに微麻痺ポーションと睡眠ポーション、さらにフロッグの唾液とビッグフライの血の五種を合成してみます。
すると錬成陣が光り、光が治ると何やら濃い紫色のポーションが出来てました。
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複毒ポーション ランク F レア度 一般品
微毒、微麻痺、眠り、溶解効果のあるポーション。中身を全て飲むと、それぞれの状態異常が一斉にかかる。
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鑑定してみると、そのような説明が出ました。説明を見るに、かなり凶悪なポーションが出来ましたね…?ですが、中身を全て飲まないと効果はないらしいので使いにくくはありますね…
「次は…ハイウルフの爪、牙、皮に、前に手に入れた時から売っていなかったウルフリーダーの牙と爪を使いますか!」
そして一度使ったからか消えていた〈錬成陣〉をもう一度出し、今度はそれらの素材を使って合成をしてみると、再び光ったのちに錬成陣の上にハイウルフらしきものの剥製が出来ました。
「剥製ですか……特に私は欲しくないですし、置く場所もないのでこれは後で売りますか」




