36話 大蛇
「このまま逃げていても仕方ないですねっ!」
そう思考し、後ろから迫る丸呑み攻撃をなんとか横へ跳んで回避した後、その大蛇へと対面します。
そして私はそのまま両手の銃で大蛇へ弾丸を放ちます。ですが、殆ど効いていなさそうで普通にピンピンしています。
「鑑定も効かなかったですし、今の私では到底敵わないのでしょう」
ですが、この状況では逃げることも出来なさそうなので、精一杯足掻きますよ!
大蛇は、今度はその巨大な尻尾を振り下ろすように放ってきたので、私はそれを横へ跳躍して回避し、その勢いのまま生えている樹木に足を着いてそのまま木々の間を跳び回り出来る限り翻弄します。
最初から全力でないとすぐにやられそうなので、即座にユニークスキルも使います。まずは〈第一の時〉を自身に撃ち、動きを加速させます。
加速した状態で木々を跳び回りつつも無数の銃弾を大蛇の目、喉、頭部と立て続けに撃ちますが、やはりそこまで効いてはいなさそうです。魔力弾だからほんの少しはダメージは入っているようですが、【自動回復】スキルほどではない自然回復だけでもすぐに回復されてしまいます。
「なんで、この森にこんなやばいやつがいるのですかね!」
今までに来た時は出会わなかったですのに!そう愚痴を漏らしつつも、動きは止めません。しかしこちらの動きに慣れてきたのか、大蛇は高速で木々の間を移動している私の移動先へ尻尾を横薙ぎに振るってきました。
「…っ!」
それに私はなんとか気づき、切り札である〈第十二の時〉を大蛇に撃って三秒間のみ時間を止めたうえで加速し、地面へとぶつかるかの様な勢いで下側へ跳んで回避します。そして回避が完了したタイミングで効果時間が切れて大蛇が再び動き始めます。
動き始めた大蛇の尻尾の薙ぎ払いで周りの木々も薙ぎ倒されて、この辺りが開けてしまいました。このままだと木々を跳び回って回避するのは出来なくなってしまいそうですね。
「危なかったから、使ってしまいましたね…」
今使った武技はリキャストタイムが二十四時間もあるのでこの戦闘中ではもう使えませんし、回避には慎重になりましょう。
やっぱり近接での戦闘では強い人やモンスターなどには動きを読まれますし、早急に特訓は必要ですね。
そんな思考を一瞬しながらも地面に着地した私は、お返しにと回避もしない大蛇へ〈第二の時〉を撃ち、動きを遅くさせます。
撃たれた大蛇は動きが遅くなった自分の体に少しだけ不思議そうにしてましたが、それでも私よりも遥かに強いからか普通そうにしています。
その間に加速の効果が切れたので、再び自身に〈第一の時〉を撃ち、加速を維持します。
そして大蛇の動きが先程よりも遅くなっている間に、周りに残っている木々を足場に跳び交いつつ、私のユニークスキルの唯一の攻撃手段の〈第三の時〉をその頭へ撃ち込みます。この弾丸は防御無視効果を持っているからか、先程よりかはダメージを与えられているとは思います。…見えているHPゲージでは減っている感じはしませんけど。
「くっ、ダメージも殆ど与えられませんねっ!」
そうしてこの数分間、時々大蛇から飛んでくる尻尾や噛みつきの攻撃を回避しつつも無数に弾丸を放っていますが、これといったダメージは与えられません。
しかも周りの木々がなくなってきてしまったので、跳び回る事が出来なくなりました。
「なら… 〈第七の時〉!」
私は分身を生み出す武技を自身に撃ち、その分身と共に〈第一の時〉で加速した動きで、大蛇の攻撃のせいで開けたこの場所を動き回りつつ、大蛇へと無数の弾丸を放ちます。
大蛇はそれを見て、本体である私と分身の両方へと当てる様にもう一度横薙ぎに尻尾を振るってきます。
それに私と分身は焦らず、大蛇を挟むかの様に斜め上に跳んで回避した後にそのまま両側から両目へと弾丸を放ちます。
生物の弱点であるはずの目に攻撃をしますが、前に撃ち抜いた熊などとは違って弾丸が目に直撃しても弾かれてしまっています。
「目に当てても弾かれるって、どんな構造をしているのですかっ!」
私は思わずそう声を上げます。ですが仕方ありません。生物共有の弱点部位へ当てても攻撃が通らないのですから、こうも言いたくなります。
それにこれだけ格が違うのにここまで戦えているのは、あの大蛇がそこまで殺意を私に向けていないからでしょう。まあそれでも、トップ級の強さを持っていなければ一瞬でやられそうなほどの攻撃などはしてきてますが。
そして更に数分間、定期的に自身に〈第一の時〉を、大蛇に〈第二の時〉を与えながら大蛇の攻撃をなんとか回避しつつ弾丸を撃ち返してますが、どうしましょうか。分身を出すのも二回目に入って、それもすでに消えていてリキャストタイムもまだ残っていますし、このままではジリ貧ですね…
一瞬だけそのように思考しつつも大蛇へ攻撃を行っていると、その大蛇が私からの攻撃を完全に無視し、攻撃の手を止めてこちらをジッと見てきます。
行動パターンが今までしてきていた噛みつき、丸呑み、尻尾での薙ぎ払い、押しつぶし、巻きつきなどではなく、視線をこちらに向けるだけの新たな行動を取ってきました。
「急になに、がっ…!?」
その大蛇がこちらをジッと見てくるのと同時に、私の身体が突如重くなり、さらに足元に生えていた草木が私の足を縛ります。
「新しい行動パターンですかっ…!」
私は足を縛られたのを確認した瞬間、足元の草木の拘束へ弾丸を撃ちます。ですが、弾丸は植物に当たったのに何故か破壊出来ませんでした。この植物の拘束はその場に生えていたものが伸びただけだと思ったのに、とても頑丈な上に拘束の力も大きいようです。
すぐに行動に移りましたが拘束を解けなかったからか、大蛇が放ってきた尻尾の薙ぎ払いは回避出来ず、咄嗟に両手の銃で防御しますが、そのまま尻尾を叩きつけられて背後へ吹き飛ばされます。
「…ぐっ!」
尻尾による攻撃と背後の樹木に当たった衝撃で私のHPは一割まで減らされます。そして攻撃を受けて倒れている今も身体の重さは取れません。しかも、気づいたら状態異常の毒と恐怖に呪い、INTとAGIの弱体化がかかっていました。ですが、奇跡的に気絶状態になっていないのはまだ運が良かったようです。
弱体化はそのまんまの効果ですが、恐怖はその通り付与してきた対象へ恐怖が湧くようになりその対象へ与えるダメージを下げて自身が受けるダメージを増やすという効果で、呪いはシンプルで徐々にMPが減っていく効果です。なので呪いと毒が合わさってHPとMPの両方が減っていってます。
…しかし、マーシャさんたちは一撃で倒されていましたのに何故私はまだ生きているのでしょうか?ですがHPが残っていても、もう戦闘は不可能ですね。吹き飛ばされせいで装備していた漆黒のクロークは破れ、ゴスロリワンピースにも穴が空いていてもうボロボロです。
「もう、ここまでですね…」
そう言葉を漏らし、私は目の前へと来ている大蛇へと視線を向けます。まあ、これでも少しは持ち堪えましたし、無駄でしたが何度も攻撃を与えました。声にも出しましたが、精一杯足掻いた結果もう力も湧きませんしここまでです。
「鑑定も出来ませんでしたし名前も知らないですが、これだけは言わせてもらいます」
私は重くなっている身体を頑張って起こし、ペタンと座った女の子座りの状態まで戻しました。
「いつか必ず、あなたにリベンジをさせていただきます!それまで、首を洗って待っていてください!」
ビシッと大蛇へ指を指しながら放った私の言葉に、大蛇はニヤリと笑ったかの様な雰囲気を醸し出しました。…もしかしてこのモンスター、私の発している言葉を理解しているのでしょうか?だとしたら、かなりの頭の良さですね。
そして大蛇は止めとして一息にその口へと飲み込んできて、私はそこで一度意識がなくなります。
『称号〈深森の興味〉を獲得しました』
『ワールドクエスト【深森より見定めし異なる瞳】が発生しました』
意識が戻ったので瞼を開けると、そこはどうやら第二の街の噴水広場でした。
「初めての死に戻りですね…」
このゲームでは、死んでしまうと一時間全ステータスが半減になるデスペナルティというものが付くのです。他のゲームでは経験値やお金を落とすものもあるらしいので、ステータスが下がるだけなのは意外と優しいみたいですね。
それとPK…プレイヤーによって倒された場合は、所持金の半分と所持アイテムの一つをランダムで取られるみたいなので、PKプレイヤーには気をつけた方が良さそうです。
そんな事を考えつつも改めて自身を確認すると、装備もボロボロですし、精神的にもかなり疲れました。あ、そういえば、なにやらシステムメッセージが来ていましたね。ちょっとそちらも確認しますか。
まずは称号ですね。
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〈深森の興味〉
深森の興味を引き、好敵手候補として見定められた者に与えられる称号。採取する植物系の品質を上げ、不思議な力が獲得者に宿る効果がある。
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ふむふむ、今回得た称号にも特殊な効果があり、このような能力が発揮されるようです。それとあの大蛇は深森と呼ばれているようですね?
説明には不思議な力が宿る、とも書いてありますが、これは今の段階では一切わからないのでこちらは少し放置ですね。
そして、最後はワールドクエストというものですね。こちらは説明が一言もないのであまり分かりませんが、おそらくはあの大蛇に関係するクエストでしょう。
称号の方に好敵手候補と書いてあるのを見るに、あの大蛇を倒すのが最終的な目標なのですかね?
あ、もしかしたらソロさんの図書館にある本などに載ってたりしてたりしそうですね。今度聞いたり探したりしてみましょうか。
「とりあえず、今わかるのはこのくらいですね」
そうして確認を済ませた私は、まず今着ているボロボロの装備を初期装備に変えます。それと兄様たちに連絡もしますか。
そう思って兄様へ『私もあの大蛇にやられたので、一度合流出来ませんか?』とメッセージを送ります。するとすぐに返事が返ってきて、内容は初期の街にあるムニルさんのお店で待っている、とのことです。
私は了承を返し、第二の街から初期の街へ転移をした後に街の南にあるお店へ歩いて向かいます。
テクテクと歩いているとお店の前に着いたので、扉を開けて中には入ります。
「あ、レアちゃん!こっちこっち!」
中を見渡していると、私を呼ぶサレナさんの声が聞こえました。そちらへと視界を向けると、兄様パーティとクオンパーティの皆さんがテーブル席に座って手招きをしていました。なので私は店員さんに待ち合わせのことを伝えたあと、そのまま皆さんの座っているテーブル席に移動します。
「レア、遅かったな」
「すみません、少しだけ戦闘をしていて遅くなりました」
「え、あれと戦えたのか!?」
私の発したその言葉に、セントさんが思わずそう声を漏らします。それに、他の皆さんもとても驚いているのが見て取れますね。
「まあ殆どダメージは与えられなかったですし、最終的にはやられちゃいましたけどね」
「それでも数分は持ち堪えたんだろ?十分凄いぞ」
苦笑しつつ答えますが、クオンはそう賞賛の言葉をかけてくれます。確かにあれはやばいモンスターでしたもんね〜…
「あ、それとあの大蛇と戦ったからか、なんか称号とワールドクエスト?というものを獲得しました」
『はぁ!?』
私のその言葉に、ジンさんやライトさんのような落ち着いた性格の方も一緒に、皆さんでそのような声をあげて驚いています。
「称号はまだともかく、ワールドクエストってなんだ…!?」
「そんなクエスト聞いたこともないですよ!?」
「発生条件とかはわかっているのか!?」
「レアちゃん!それについて教えてもらえる!?」
「お、落ち着いてください!今言いますから!?」
皆さんが一気に喋るので上手く聞き取れませんよ!?
私は皆さんを落ち着かせてから、情報について続けます。
「えっと、詳しく書いてなかったから私もあまりわかっていないのですが、ワールドクエスト名は【深森より見定めし異なる瞳】と言って、おそらくはあの大蛇を倒すのが目的なクエストだとは思います。それと発生条件は多分、称号にて好敵手候補として見定められたと書いてあったので、これのお陰でワールドクエストを受けれたのだと思います」
なので、あの大蛇に力を示せば受けられるのかもしれないですね。
そう締めくくった後、私は兄様に言って取ってもらったメニューに視線を落とします。満腹度はそこまで減ってはいないので、軽食系のフライドポテトにしますか。
「あれに力を示すとか、殆ど無理な気がするんだが…」
「兄様くらいの強さなら、まともに攻撃が通れば普通に戦えそうですけど…」
兄様の言葉にそう返しますが、レアは出来た様だが俺には対面した場合でも無理だ。攻撃が通ったとしてもあの大きさだと半端な回避能力では無駄だしな、と返されます。
私はおそらく全プレイヤーの中でも単純なスピードならトップに君臨出来る程ですし、ユニークスキルで加速も出来るからこそ回避出来たのかもしれません。
あの大蛇の攻撃範囲は結構広いうえに視界内にいれた対象へ状態異常を起こす能力も持っている様に感じましたから、普通のプレイヤーでは相手にはならなそうですしね。ですが、兄様なら私と同じくらいはなんとかいけそうとは思いますけど…
兄様は小言で、やっぱり少し腕が鈍っているな、もう少し鍛えるか。と呟いています。…回避を追い詰められたのを少し気にしているのですね。
「…俺が始めに死んだから壊滅したのだろうな」
「それについては仕方ありませんよ。私やセントさんの【気配感知】スキルや私の【魔力察知】スキルにも反応はありませんでしたしね」
「そうそう。レアちゃんの言う通り、あれは理不尽な強さだったから仕方ないさ」
ジンさんの自身を責める言葉に、私とセントさんは慰めの言葉をかけます。あれは気配や魔力を消す能力を持っていたうえに攻撃力も凄く高かったようですし、明らかにいま戦って勝てる相手ではないようなので仕方ありませんよ。
「それと今気づいたんだが、服は初期装備になっているんだな」
「そういえばそうだね!もしかしてあの大蛇の攻撃でやられちゃったの?」
そんな会話をしていると、クオンとメアさんが目ざとく今の私の見た目に気づいたようです。まあいつも着ていた装備をしていなければわかりますよね。
「そうなんですよ、実は攻撃を受けてボロボロになってしまったのです。なので、今度修理に行ってみようとは思ってます」
そう問いかけられ、声を上げる前にフライドポテトが届いたのでそれを摘みながら答えます。
「今日はもう遅いもんね〜。じゃあまた次の時に、だね!」
「はい。まあ新しいレア素材は持ってないですから、本当に修理をしてもらうだけですけどね」
ポテトを食べながら私はそう返します。それに早めに直してもらわないと、顔を隠せなくて兄様たちの言っていた通り目立ちそうですしね。
そんな思考をしつつも、ふと今の時刻が気になって懐中時計を確認すると、もう七時半くらいになっていました。
「そろそろ時間もいいですし、この辺で解散にしませんか?」
「ん、そうだな。時間も結構経っていたみたいだしな」
「もう少し一緒に居たいけど、仕方ないわね」
「そうだね〜…」
「ならそういうことで、解散だな」
兄様の締めの言葉で、私たちは席を立ってレジで会計を済ませてお店を出ます。
「じゃあ、俺たちはここで落ちるな」
「オッケー!俺とジン、それとライトとヴァンはまだログインしているからここでお別れだな!」
男性組はなかなか仲良くなっているみたいでいいですね。クオンも私たちと同じくログアウトをするようで、一緒ではないみたいです。
「レアちゃんにゼロも、また会いましょうね」
「また遊ぼうねー!レアちゃん!」
「はい、マーシャさんたちもお気をつけて!」
そうして会話を交わした後に、私と兄様、そしてクオンはメニューのログアウトを選択して一度ゲーム世界からいなくなります。