163話 呪い人
「ここ、ですか?」
そうして女性に案内されるがままに着いていっていた私でしたが、連れてこられた場所は何やら高そうな雰囲気を醸し出しているオシャレなバーのようなお店でした。
う、うーん、流石にこのお店に入るのには勇気が入りそうですし、案内されてきたとはいえ子供である私が入っていいものなのでしょうか?
「シスター様、大丈夫ですよ。そのまま着いてきてください」
「…わかりました」
少しだけ不安が湧いてきますが、多分大丈夫でしょう!それに何かあれば建物を壊してでも逃げればいいですよね!…まあそんなことがないのが一番ですが。
そんな危ない思考をしつつも女性に連れられて中へと入ってみると、外装を見て最初に感じたイメージとは裏腹に中は落ち着いた雰囲気を感じられる、とても居心地の良さそうなカフェのような内装をしてました。
ちょっとだけ……いや、かなり予想とは違いましたが、これはなかなかいいお店とわかりますね!この女性に案内されなければ、見つけることはなかったかもしれませんし、これはいいものを見つけました!
何故なら、このお店があるのは港町の裏通りあたりだったからです!なら、普通に見つけるのは難しいとわかるでしょう?
「…よし、ここなら大丈夫ですね」
そんなカフェの中を歩いていき、一つのテーブルにお互いに着いたところで女性はこちらへと視線を向けてきます。
周りにはお客さんはいないようですし、やはりここは穴場のお店なのでしょうね。これなら落ち着いてお茶などを出来そうなので、また今度来てみるのも良いかもしれませんね。
「では、シスター様に聞きたいことがあるのですけど、いいですか?」
先程まで持っていた買い物袋をそばに置きつつ、 女性はそう問いかけてくるので、私は当然のように了承を返します。
私に対して聞きたいことがあるみたいですが、一体何について聞きたいのでしょうか…?
「シスター様は、世喰のエルドムンドを知っていますよね?」
「…よくわかりますね?確かに、私は一度だけ世喰とは対面していますし、知っていますよ」
あれは確か、迷宮都市を散策していた時でしたね。あの時も今と同じようにシスター服姿で世喰と対面しましたし、称号も同時に獲得もしています。
しかし、何故それを知られているのでしょうか?その場にいたのは数名のプレイヤーたちだけだったので、それを知る人はいないとは思うのですけど…
私はそんな女性に疑惑の感情を宿した視線を向けてしまいましたが、女性もそれはわかっているのか苦笑しながらも口を開きます。
「私がそれを知っているのは、この目のおかげなのです」
「目、ですか?」
確かにこの女性の目は不自然なほどに真っ黒な見た目をしてますが、それが関係していると…?
「私は呪い人という種族で、この種族には一つだけ特殊な能力があるのです」
呪い人……初めて聞く種族ですが、これはこの世界の住人、つまりNPC専用の種族なのですかね?それに特殊な能力を持っているとも言ってますし、私が世喰のことを知っているのがわかるのはそれの力なのでしょうか?
「その能力とは?」
「これは〈世喰の目〉と言って、その者に付けられた世喰の痕跡がわかるようになるものなのです」
なるほど、世喰の痕跡というものがわかるので、私が知っていたのも把握していたのですね。私は一度だけ対面もしてますし、世喰から与えられた称号も獲得しています。なら、痕跡とやらはバッチリ確認出来たのでしょう。
「それで、私に目をつけたと」
「そうです」
その目で私を見たから、ここに連れてきて世喰について聞きにきたのですね。しかし、そうだとすると一つだけ疑問が生じます。
「…周りで隠れて待機してこちらを見ている人たちは、貴方の護衛か何かですか?」
「…なんのことですか?」
「誤魔化さなくてもいいですよ。私はちょっとだけ気配に敏感なので」
そう、先程から敵意や殺意というほどではありませんが、複数の視線が私に突き刺さっているのです。
私はベールで感覚を強化されているおかげで気づけましたが、それがなければここまでしっかりと隠されている人たちには気づかなかったかもしれません。
「…はぁ、シスター様はやはりお強いんですね。皆、警戒は大丈夫だ。この人は敵ではない」
「…わかりました」
私の口にした通り周りには暗殺者らしき人たちがいたみたいで、女性の言葉を合図に隠れていた天井や壁の裏などから出てきて、私たちのすぐそばにあるテーブル席へと座り出します。
それにその人たちも女性と同じように不自然なほどに真っ黒な髪と目をしているので、同様に呪い人という種族だとわかりますね。
「シスター様、すみませんでした」
「いえ、このくらいは大丈夫ですよ。初めて会う人を警戒するのは当然ですしね」
私だって初対面の人には警戒心を持ちますし、おそらくこの女性は上の立場に立つ者なのでしょう。であれば、ここまで警戒するのも無理はありません。
「バレてしまったので言わせてもらいますが、実は私はとある部族の長の立場にいるのです。なので、仲間たちは初対面であるシスター様のことを警戒せざるを得なかったのですよ」
ふむ、部族の長ですか。つまり、国でいうところの王様と同じような立場の人と言えるわけですね。それなら、ここまで明らかに警戒をするのも当然のことですね。
それに先程の人たちを確認したことからもわかりますが、多分その部族の人たちは皆、呪い人という種族だとは推測出来ます。
それに特殊な目である能力も持っているみたいなので、その種族には間違いなく世喰が関わっているとも判断出来ますが、それは聞いても良いのでしょうかね…?
「…もしかして、その部族には世喰が関係してたりするのですか?」
私は思い切ってそのことを聞いてみましたが、問いかけられた女性は気を悪くした様子もなく素直に言葉を返してきました。
「やっぱりわかりますか。そうなんです、私たちの先祖が世喰からの呪いを受け、それによって今の種族へと変わってしまったのです」
…ちょっとだけ聞いたことを後悔してしまいます。女性は特に気にした様子もありませんが、明らかに簡単に聞いていいことではなかったです…!
受けた呪いによって種族が変わるなんて、ご先祖様は余程のことをしたのでしょうか?まあ流石にこれ以上は踏み込んで聞くのはやめておきますが、気になるのは仕方ありませんよね。
「なので、私たち呪い人は世喰の討伐を目指しているのですよ」
「それは、種族を戻すため……ですか?」
「それもありますが、今の目的は普通に世喰のことをもっと知りたいという要求もありますね。それのついでに討伐を、といった具合です」
どうやら世喰を狙っているのは御先祖様から受け継いでいる呪いを解くためではなく、興味本位が主なようですね。
確かにこの女性からはかなりの実力が伺えますし、周りにいる護衛をしていた人たちの腕前もなかなかのものだとはわかります。
しかし、そんな興味本位だけで勝てる相手ではないと思うのも、また事実です。…なら、私も世喰の討伐を目指しているのですし、いい機会なので私も討伐に参加させてもらえるか聞いてみるとしましょうか。
「もしよければ、それに私もご一緒させてもらってもいいですか?」
「やはりシスター様も狙っているのですね?もちろん、構いませんよ」
よし、これなら一人で相手をしなくてはいけないことはなくなりそうですね!実力に関しても女性とその仲間たちは頼りになりそうですし、間違いなく強力な助っ人になるでしょう!
自分で言うのもなんですが、私自身もなかなかの腕前はあるとは思うので、皆の力を合わせればきっと世喰にも勝てる……といいですね。
「では、私はそろそろ行くのですが、シスター様はどうしますか?」
「んー…そうですね…」
この女性と一緒に世喰を倒すのを目指すことにはしましたが、それはすぐに出来ることではないのでゆっくりとでも大丈夫ではあります。
それに私への要件ももうないみたいですし、今の時刻はまだ五時近くなのでログアウトをするには少しだけ早めです。
なら、南大陸の港町で聞こうと思っていた静海のリーブトスの情報を集めるのに動きますか!
「私はこの港町の散策でもしようかなと思います」
「そうですか。なら、いつかは私たち呪い人の集落まで来てください。シスター様なら見つけられるでしょうし、歓迎しますよ!」
「わかりました!その時はぜひ寄らせてもらいますね!」
その後に女性から聞いた情報によると、呪い人の集落はこの港町の東にある『ブローズ密林』というところにあるみたいなので、時間がある時にでも行ってみましょうか。
そうして女性は周りにいた護衛らしき人たちを連れてこの場から去っていくので、私もそれに着いていくように一緒にお店から出て、そのまま港町の表通りに向かって歩き出します。
とりあえず、表通りで食べ歩きをしながら情報を集めてみるとしますか。
「んー…よし、ご飯の用意をしますか」
その後は食べ歩きをしながらここ、港町ルーイを歩いていた私でしたが、ある程度の情報が集まったところで時間もいい具合になっており、ログアウトをして現実世界へと戻ってきました。
戻ってきた私は手始めにいつも通りストレッチを開始し、それが終わり次第自分の部屋から出てリビングへと向かいます。
「それにしても、意外と情報は集められましたね」
私はリビングに降りてから夜ご飯の支度をしつつそう呟きます。
やはり港町だからなのか、はたまた船乗りだからなのか。静海のリーブトスのことは意外にも知られているようで、思いの外様々な情報を住人から聞くことが出来ました。
まずひとつ目が、静海のリーブトスがいる場所の付近にはほとんどの魚や魔物などがいなくなるというもの。
私の予測ではありますが、これは静海のリーブトスが魚たちを食べ尽くしているからでしょうね。現に、私たちが遭遇した時もあのクラゲに食らいついていましたし。
続けて二つ目が、そんな静海のリーブトスの力の一端らしきものである嵐や津波を呼ぶというのものです。
これはたまたま襲われたが、運良く生き残れたという船乗りからの情報であり、その力は自然災害よりも遥かに危険なものだろうとは言ってました。
そして最後である三つ目が、複数の人たちから聞くことが出来た静海のリーブトスの姿についてです。それに関しては私も見た通り巨大な鮫のような姿であり、その表皮は強固な鱗のようなものが生えており、弓矢や銃弾を放った船員からは硬すぎてダメージも与えることが出来なかった、とのことでした。
まあただの船員の攻撃では効かないのも当然だとは思いますが、それでもその硬さは目を見張るものがあるとは聞いたので、討伐を目指す時は気を付けておくのが良さそうとは感じますね。
とまあ、このような情報を港町で集めることが出来たので、他のワールドモンスターたちと比べると住人たちにも知られているようです。やっぱり、生活に関わってくるタイプの場合は知られている人が多いのですね。
「…音がすると思ったら、美幸だったか」
「あ、兄様!もう少しで出来上がるので、少しだけ待っていてください!」
港町で集めた情報の整理をしながら調理をしていると、いつのまにかリビングへと降りてきていた兄様による声が背後からかけられたので、振り返って返事をしつつ、私は調理を続けます。
今も口にした通りもうすぐ出来上がるので、そこまで待たせてしまうことはないでしょう!
「で、美幸は今日何をしてたんだ?」
「んむ?」
その後はあれからすぐに出来た料理をテーブルまで持っていき、私たちは揃って食べていると、ふと兄様からそのように問いかけられました。
んー、別に隠すこともないですし、素直に言っちゃいますか。
「私は裏世界に行ったり南大陸に行ったりしたくらいですね」
夜ご飯であるハンバーグを箸で摘んで口の中に運びつつ、私は兄様の質問にそう返します。
うんうん、ハンバーグもなかなかジューシーに出来ていて美味しいですね!やはりお肉は人気なだけありますよね!
「裏世界に南大陸…?」
あ、そういえばその二つはまだ兄様にも教えていませんでしたね。なら、簡単に情報を伝えておきますか。
「…なるほど、美幸はすごい冒険をしていたのがわかった」
「裏世界は自分で見つけましたが、南大陸はアリスさんに誘われたから行ったのですけどね」
船に乗ることが出来たのはアリスさんがいたからですし、改めて思い返すと感謝の念が堪えませんね!
加えて裏世界に関しても、問題を解決出来たのはソロさんとリンネさんの力添えがあったのでなんとかクリア出来ましたし、やはり一人ではなく皆で力を合わせるのがこの世界に限らずに必要そうです。
私は、私に好意を寄せてくれるたくさんの人と関わりを持っているので、やはり人脈も大事ですね…!
「…そういう兄様は、今日は何をしてたのですか?」
「俺か?俺はパーティでアルシェル荒野の攻略を進めていたくらいだな」
アルシェル荒野……確か、荒地の西に広がる火山地帯のエリア名でしたっけ。兄様たちはあそこの攻略進めているようですし、私よりも先に行っていそうですね?…まあ私のエリア攻略が遅いのもあるかもしれませんが。
「ご馳走様でしたっと。じゃあ俺はまたゲームでもしているから、またな」
「はい、兄様もお気をつけて」
そんな会話をしている間にいつのまにか夜ご飯を食べ終えていたようで、その言葉と共に兄様は自分の部屋へと向かっていきます。
それと同じくして私も兄様に続くようにご飯を完食したので、まずはお風呂や洗濯などをするために動きだします。
よし、ご飯も食べ終わりましたし、いつも通りやることをさっさと終わらせるとしましょうか!




