161話 リンネの…
「…お嬢さん方。用意が出来ましたが、準備はよろしいですか?」
そうしておじさまが裏世界の住人たちを集めてくれたらしく、準備がよいかと聞いてきました。
「もちろん、大丈夫です!」
「私も問題はないよ」
「私もです」
ソロさんは当然のように落ち着いていますが、リンネさんも同様に意外と落ち着いているみたいです。まあ見た目は若く見えても年齢は結構重ねてきているみたいですし、このくらいは大丈夫なのでしょうね。
「では、転移で運ぶので、後はお願いします」
「わかりました!」
おじさまのその言葉を合図に、私たちは転移の光に包まれることでおじさまの用意した舞台らしきところの上に転移が完了しました。
…ちょっとだけ緊張してしまいますが、これはこの裏世界の問題を解決するためにしているのです。頑張るんですよ、レア!
「おい、あれって…」
「まさか…」
「嘘…」
転移が完了したことで私たちが立っている舞台の周りにはたくさんの住人たちがおり、皆が一様に敵意のようなものが混じった視線をソロさんとリンネさんへと向けているのがわかります。
やはり、ここの住人からは敵意を向けられてしまっていますし、少しだけ二人に申し訳なく感じてしまいます…!
「あの子って…」
「何かされたのか…?」
しかし、私には狼人族だからか敵意の混じった視線ではなく、心配そうな視線が集まってきています。やはり、おじさまの言っていた通り迫害や差別に対しての感情が強いようで、私もそれに関する人物だと思われているみたいですかね?
なら、そんな私から言葉にさせてもらいましょう!
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます!もしよければ、今からほんの少しでいいので私たちに時間をいただかせてください!」
その言葉を聞いた住人の皆さんによる視線が私へと集まってきたのでわずかに怯んでしまいますが、それでも私はこの問題を解決するべく言葉を続けます。
「貴方たちの心配している現世には、すでに差別も迫害もありません!」
私の言葉を聞いた住人の皆さんはザワザワとしており、それを聞いても皆さんは警戒を解くつもりもないようで未だにソロさんとリンネさんへと敵意のようなものを秘めた視線を送っています。
…やはり、普通に伝えるだけでは納得も、理解も、承服もしてくれないみたいです。それに敵意のようなものを依然として視線に宿しているので、思った通り私だけではこの問題を解決するには至れません。
「では、ここからは私が変わりましょう」
悩んでいる私を見て、ソロさんは私と変わるかのように前に出てくれるようなので、ここは交代させてもらいましょうか。ソロさんなら、私よりもキチンと納得させられるでしょうしね。
「今の世界において、私のような人間と他の種族との関係は良好であり、今は争いも一切ありません」
「それはお前のような人間目線で、だろ!」
ソロさんの言葉に魔人らしき男性がそう噛みつきますが、ソロさんはそれを聞いても動じることはなく言葉を返します。
「確かに、これは私目線なのは否定しません」
「なら…」
「ですが、ここにいる彼女を見れば、その思考も覆ることでしょう」
そう言ってソロさんはリンネさんへと視線を向けると、それに釣られるように周囲で話を聞いていた住人たちの視線も同様にそちらに向きます。
流石のリンネさんも無数の視線を受けるのには慣れていないようで、私と似たように少しだけ怯んでしまっているのが確認出来ました。わかりますよ、その気持ち!ここまで視線が集まったら緊張しますもんね!
「わ、私はハーフエルフです。これを聞けば、納得は出来るでしょうか?」
「ハーフエルフ…!?」
リンネさんの言葉を聞いた住人の皆さんはとても驚いた様子で先程よりも強くザワザワしているのがわかります。
ハーフエルフということはエルフと人との子供というわけですし、これ以上にないほど納得させれる要素なので、住人の皆さんもこれでもう心配することはないと伝わると良いのですが…
「おい、それは本当なのか?」
そんなざわついている中、一人の男性の声がはっきりと私たちに聞こえてきました。
そちらへと意識を向けると、そこには身長190cmはありそうなほどに大きい鬼人らしき男性がいました。
皆を代表するかのように聞いてきたこの男性はどうやらここのリーダー的存在のようで、この人を納得させることが出来れば周りの皆さんも納得させられるでしょうね。なら、しっかりと現世の安全さを伝えるとしましょう!
「本当です。私の母親がエルフで、名前がリリーナと言います」
「リリーナ……まさか、あの【風姫】と呼ばれていたあのリリーナか!?」
「え、お母さんを知っているのですか!?」
鬼人の男性はリンネさんの言葉を聞いてそう問いかけていますが、まさかの知り合いだったのですか…!?
「ああ、なんせ俺たち"百鬼夜行"の娘みたいなものだったからな。ただ、リリーナが幼い時に生き別れてしまったが……あのリリーナの娘か。なるほど、確かに顔に面影があるな」
鬼人の男性はそう呟いていますが、名前を知っているとはなんて偶然なのでしょうか。
リンネさんの母親であるリリーナさんという方と鬼人の男性は知り合いということですし、これは偶然ではありますが連れてきて正解だったかもしれませんね!
それにリンネさんの母親の小さい頃に面識があるということは、それだけ時が経っていたみたいですね。それはもう、リンネさんが生まれて大人になるくらいには。
「そのリリーナの娘ということは、ハーフエルフなのも、今の現世では迫害がないのも、真実なのだろうな」
「本当に、現世ではもう差別も迫害もないのか?」
「ええ、世界中を旅してきた私にはそのようなものを見つけることはありませんでしたよ。まあ、悪さをしている者は当然存在しますがね」
「そこは当然だろうな。だが、そうか。もう警戒し続けなくてもいいんだな…」
鬼人の男性はそう言って身体から力を抜いているようなので、今まではずっとリーダーとして警戒をし続けて気を張っていたのでしょうね。
ですが、それも今日までです。今の世界は、悪人はいても差別的なことをする人は存在しません。なら、もう安心してくれても大丈夫です!
「お兄さんも、もう気を緩めて大丈夫ですよ」
「…そうだな。これまではずっと警戒をしていたが、それも今日までみたいだな」
鬼人の男性は私の言葉を聞いて自然な笑みを浮かべているので、これまではずっと皆を守るべく戦い続けていたのだとわかります。
私は詳しくないうえにまだ子供なのでその全てを知り得ることは到底出来ませんが、それでもこの言葉を送らせてもらいます。
今まで、お疲れ様でした!
「…とりあえず、これで問題は解決でしょうか?おじさま」
「…バレていましたか。ええ、これでもう裏世界と現世との関係は直すことが出来たでしょうし、助かりました」
ひと段落したようで、もう敵意も抱かれていないリンネさんとソロさんが鬼人の男性を混ぜた裏世界の住人たちと会話をしているのを確認しつつ、私はいつのまにかそばに来ていたおじさまへとそう声をかけます。
今の私は目が見えない代わりに感覚が強化されているので気づきましたが、それがなければ気づかなかったかもしれませんね?
まあ危害を加えてくるわけではないので、気づかなくても問題はなさそうではありますが。
「改めて、ありがとうございました。お嬢さんが手伝ってくれなければ、もっと面倒だったでしょう」
「いえ、今回はリンネさんとソロさんのおかげですから、私は特に何もしてませんよ。感謝なら、リンネさんたちにお願いします」
「ふふ、そこまで謙遜しなくても大丈夫ですよ。まあともかく、お嬢さんにはお礼としてこれを渡しておきますね」
私の言葉に苦笑しつつも、おじさまはそんな言葉と共に何やら大きめの箱のような物を手渡してきました。
この箱は見た目よりも重さはないらしく、力があまり強くない私でも持てますが、これはなんでしょうか?お礼と言ってましたし、なんらかのアイテムですかね?
少しだけ遠慮しちゃいますが、お礼ということなのでありがたく受け取るとしますか。ですが、しっかりと感謝は返しますよ!
「ありがとうございます!」
「いえいえ、このくらいは当然のことですからね」
『ユニーククエスト【裏世界との絆】をクリアしました』
おじさまからの言葉と共にシステムメッセージであるクリア報告が流れたので、これでキチンと終わらせることが出来たみたいですね。ふぅ、ちょっとだけ緊張しましたが、なんとかなりましたね!
今回のMVPは間違いなくリンネさんですし、ソロさんも含めて二人には感謝してもしきれませんね!
「…では、私たちはこの辺で失礼しますね」
「ああ、今度は俺たちの方からもその教会にでも寄らせてもらうな」
「リンネちゃん、また会おうね!」
リンネさんは鬼人の男性とその仲間らしき住人とそう言葉を交わしており、顔馴染みの娘だからかまた会う約束までしています。
「私も、これでお暇させてもらいますか」
「そうですか。なら、また会った時にもっとお話を聞かせてください!」
対してソロさんも魔法使いらしき住人たちと仲良く話してまた会う約束もしているので、今回裏世界に連れてきた二人には悪いことしたかと思っていましたが、杞憂だったみたいですね。
「レアさん、お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、もうお話はいいのですか?」
「はい、あちらで会おうとも話したので、これでお別れではないですからね」
どうやら鬼人の男性はここ、裏世界と現世を移動出来るみたいですし、そこまで心配しなくてよよさそうですね。
鬼人の男性はリンネさんともっと話したい様子でしたので、現世で教会に遊びに行けばまた出会ったりもするかもしれませんね?
「ソロさんも、もういいのですか?」
「ええ、私はリンネとは違って魔法についてや現世の知識などの相談だけだったので、問題ありませんよ」
ソロさんももういいみたいではあるので、それならそろそろここから元の現世へと戻りますか。戻るのは、またおじさまに頼むのが良いでしょうか?私の通ってきた空間の狭間では時間もかかりますし、すぐさま元の場所には戻れないですしね。
「おじさま、元の場所に戻すのをやってもらえませんか?」
「もちろん構いませんよ。では、転移を行いますね」
おじさまは何やら懐から私の着けている物と似たような懐中時計を手に取り、それに魔力を流し始めます。
あの時計は、おじさまの転移の力の秘訣なのでしょうかね?私と似たようなのは、クロノスさんの影響……とか?
「リンネ、また会おうな」
「ソロさんも、お元気で!」
「お嬢ちゃんも、わざわざありがとな!」
転移が発動するまでの間に裏世界の住人の方たちからそう声をかけられたので、私たちは各々が反応を返したところで転移が発動したようで、私たちは光に包まれます。
「…っと、戻ってきたみたいですね」
「だね。時間はそこまで経っていないようかな?」
そうして皆に見送られる形で、元いた場所である応接室に戻ってきた私たちでしたが、ソロさんとリンネさんは流石に精神的に疲れたのか一息ついているのがわかります。
まあいきなり私によって連れてこられたわけですし、疲れるのも無理はありませんね。少しだけ、申し訳ないです…!
「ひとまずレアさん、今回は連れていってくれてありがとうございました」
そんな一息ついているタイミングで、リンネさんが私に向けてそう言葉をかけてきました。
ありがとうございました、と言われましたが、それは本来こちらが言うべきセリフですよ!二人のおかげで裏世界の問題もおそらくは解決出来ましたし、こたらからも感謝をさせてほしいくらいです!
「それはこちらのセリフですよ!お二人のおかげで解決出来ましたし、逆に私から感謝させてほしいです!」
本当に、私一人では信じてくれなかったでしょうしね。今回はリンネさんがいたためスムーズに出来たので、むしろ何か感謝の贈り物を渡したいです!…間違いなく受け取ってくれるとは思えないので、それを実行する気は起きませんけど。
「レアさんのおかげでお母さんの知り合いとも出会えましたし、やっぱりレアさんはすごい人ですね」
う、うーん、そこまでベタ褒めされては少しだけ恥ずかしくなってしまいます…!別に私の力ではないですし、リンネさんの行動力のおかげなので私に感謝することはないのですけど…
「まあまあ二人とも。今回は皆の力で解決出来た、ってことでいいでしょう?」
「…そうですね。なら、これ以上は何も言わないでおきますね」
ソロさんのあげて声を聞き、リンネさんは私に向けて放っていた褒め言葉の数々を一度止めてくれました。
ふぅ、助かりました、ソロさん!褒められるのは嬉しいとはいえ、流石にあそこまでベタ褒めされては私の心が持ちませんよ…!
「とりあえず、これで用事は終わりですか?」
「はい、お二人にお願いしたいことはこれで終わりました!あ、でもソロさんには伝えておきたいことがあります!」
「おや、そうですか。それはここで聞いても?」
「大丈夫です!」
私がソロさんに伝えたいこと。それは、ワールドモンスターを討伐したことについてです。そのためリンネさんに聞かれても問題はないので、私はそのように言葉を返しました。
今までに聞いたり見たりしたことからも、この世界の住人にもワールドモンスターのことは伝わっていると感じるので、もしかしたら新たな目線の情報も得ることが出来る可能性もありますしね。
「じゃあ、リンネ。もう少しだけここにいさせてもらうね?」
「わかりました。私は子供たちのところにいるので、何かあれば呼んだください」
リンネさんはそう言って応接室から出ていったので、私は改めてソロさんへの視線を、というか意識を向けます。
さて、ワールドモンスターの討伐について伝えるとしますが、どんな反応をされるでしょうか…
 




