100話 運び込む死の祭典2
「今のは、何でしょうか…?」
突如地面を巻き込むように円状に抉れた地点を感覚で把握しつつも世喰へと意識を向けますが、世喰は何やらクチャクチャと何かを咀嚼するかのように口を動かしています。
何がどうなったかはわかりませんが、もしかして離れた位置を喰らう能力を持っているのでしょうか?そうだとしたら、あの口の動きには注意した方がよいですね。
あれは明らかに噛みつき攻撃に似た何かのように感じましましたしね。それにそのタイミングで足の拘束が引きちぎられ、同時に沼もなくなってしまったのでここからはさらに警戒をしないとです。
「グルッ、ウォオオオンッ!」
「…っ、今度は何を…!」
私は世喰を先程よりも警戒をしてその感覚で見定めていると、世喰が突然遠吠えをしたその次の瞬間には、世喰の周囲の地面にドンドン闇が広がっていき、その闇の中から無数の獣や虫、人型のゾンビやスケルトン、ゴーストなどの死霊系のモンスターたちが次から次へと湧き出てきました。
「離れた位置を喰らう能力だけではなく、無数の死霊を生み出す力も持っていたのですか…!」
世喰だけならまだしも、今は私とその後方にいるラーニョさんたち四人を含めた合計五人しかいないので、これは結構やばそうですね…!
「…ドラコー、スカー、回復の済んだ貴方たちはプレミアの邪魔をさせないように周りの死霊をお願い。ルルはすぐさま仲間を呼んできて。私はドラコーとスカーと一緒に雑魚の相手をする」
「了解!」
「わかりました」
「わかった!いま呼んでくるね!」
ラーニョさんの指示を聞いた三人は早速とばかりに行動を開始して、無数に生み出された死霊へと向かっていきます。
なら、私は世喰の相手をしますが、あちらの警戒はしておきましょうか。
「ガゥ!」
「……!危ないですねっ!」
私が周囲をチラリと把握していると、再び世喰が遠隔の噛みつきをしてきたので、私はそれを深くしゃがむことで避け、そのまま空いていた距離を詰めるように一気に駆け抜けていきます。
その道中では無数の死霊が道を塞ぐかのように出てきますが、足装備である黒翼フューゲルのスキルである〈飛翔する翼〉を混ぜた不規則な立体起動で死霊たちを超えて世喰の元まで向かいます。
そんな私を見た世喰は何となく楽しそうな雰囲気を出しつつも、私を先程までとは違ってしっかりと好敵手として認めたようで、死霊を呼び出す前よりも激しい攻撃をしてきます。
ですが、私はそれをゆらゆらとして不規則な動きで回避して、細かい足捌きも駆使することで動きのフェイントを入れて全ての攻撃を紙一重で回避していきます。
「〈デルタスラッシュ〉!」
「グルッ!」
そしてその攻撃をして出来た世喰の一瞬の隙に【刀剣】スキルの三十レベルで覚えた三連撃の斬撃を放ちますが、世喰もそれに即座に対応して振るった両手で相殺されてしまいました。
それでも、僅かなダメージにはなっているようでHPゲージが少しだけ減っていきます。
「ガゥ!」
そんな相殺したすぐ後に世喰は交互にその両腕を振るって攻撃をしてきたので、初めの振り下ろされた一撃は横にステップすることで避け、続けて振るわれた横薙ぎの一撃は空中に跳んで躱し、空中で動けないと思ったのか先程も見せた遠隔による噛みつき攻撃は、〈飛翔する翼〉で空中を一瞬のみ足場にすることで一気に世喰に向かって跳躍することで回避に成功します。
「〈剣気解放〉!」
そしてそのままリキャストタイムが終わっていた黒十字剣クルスのスキルを再び発動し、一気に接近したその勢いをつけた全身の力を込めて細剣を振い、世喰の右目辺りへ攻撃を放ちます。
しかし、それは咄嗟に瞼を閉じることで防がれましたが、その一瞬が命取り、です!
私は防がれるのをわかっていたように、そのまま攻撃をした瞬間に息つく間もなく連続して黒十字剣クルスを振るって世喰の身体を無数に切り付けますが、それでやっと一本目のHPゲージがある程度減っているのが確認出来ました。
やはり、凄まじい強さのワールドモンスターとはいえ無敵ではないようで、攻撃を繰り返していればHPはちゃんと減ってくれるみたいです。
「今まではHPの減りも感じれませんでしたが、私もキチンと成長出来ているみたいですね!」
そんなことを呟きつつも一瞬のうちに連続して切り付けて地面へと着地すると、すぐさま瞼を開けた世喰がその目に愉悦の感情を宿らせた状態で、私に向けてさらなる激しい攻撃を放ってきました。
それらをフェイントを混ぜた不規則な動きで回避しながら反撃の攻撃をしていると、突然私の後方から鋭い糸の刃のようなものが飛んできました。
世喰はそれに対してその両腕を振るって相殺はしましたが、その隙に私は一度後方に下がります。
「…プレミア、お待たせ」
「ラーニョさんですか。そちらはもう大丈夫なのですか?」
「…あっちは仲間が来たから大丈夫。それよりも、こっち」
そんなラーニョさんの声が私に向けてかかってきたので振り向かずにそう返すと、ラーニョさんはそんな言葉と共に私の隣に寄ってきました。
ベールで強化された感覚からも、ラーニョさんの仲間らしき人たちが意外と来ているのであちらは問題ないようです。
「なら、ラーニョさんもお願いします」
「…わかった」
私とラーニョさんは二人で世喰へと意識を向けますが、世喰は私だけではなくラーニョさんに対しても少しだけ警戒しているようで、その瞳には愉悦だけではなく警戒も浮かばせています。
「では、私が前に出るのでラーニョさんはサポートを頼んでもよいですか?」
「…大丈夫。じゃあ、任せる」
「それでは、行きますっ!」
私はラーニョさんに任せることで後方を一切気にせず、世喰まで地面を強く蹴ることで肉薄していきます。
世喰も先程まで争っていた私を一番意識をしているようで、そのままあちらからも近づいてきて、その右腕を振り下ろしてきます。
ですが、それに対して私は世喰に接近しつつも空中へと跳び上がり、身体を回転させることで僅かにズレ、スレスレで避けた後にそのガラ空きの頭へと手に持っている黒十字剣クルスを力一杯振り抜いてその頭部へと攻撃を放ち、HPを削ります。
そこへラーニョさんの飛ばした糸による攻撃もしっかりと命中し、さらに世喰のHPを削っていきます。
「グゥ、ガァアアッ!」
「……!」
そこから続けて攻撃をしようとすると、突然世喰が遠吠えを上げ、その勢いで空中にいた私は少しだけ距離を取られます。
しかも、そこに何やら特殊のデバフなのか、装備のせいで封じられている視覚以外の五感が鈍くなり、先程までよりも遥かに感覚が分かりづらくなってしまいました。
後方にいたラーニョさんも、私ほどではないですが同じように五感が鈍くなっているのか、表情には変化はありませんが、何だか苦しそうな雰囲気を出しています。
…特殊なデバフなのでしょうし、このスキルが一番良さそうですね。
「…〈黒の十字架〉」
自身に向けてシスター服についているスキルである〈黒の十字架〉を使用すると、先程までかかっていた五感の鈍さが収まり、普段通りに戻ります。
ラーニョさんにも使いたいですが、これは一人にしか使えない上にリキャストタイムも一分あるので、タンクの代わりをしている私へ先に使わせてもらいました。
「〈スピードスラッシュ〉!」
そしてそんなラーニョさんの代わりとして、私は【刀剣】スキルの二十五レベルで覚えた高速で移動して斬撃を放つ武技を使用し、世喰に一気に接近してその剣を振います。
それのおかげで世喰の意識は私に向いたので、その間に直ってくれると嬉しいですね。
「ガルゥ!」
「っと!しっかりと警戒をしていないとですね…!」
一瞬だけラーニョさんへ意識を向けたタイミングでまたもや遠隔の噛みつき攻撃をしてきたので、それを横にズレることで避けた後に再び剣による攻撃を繰り返していきます。
そうして世喰からの攻撃を捌きつつも反撃をしていますが、この攻防を繰り返すことでやっと世喰の一本目のHPゲージの七割を削れたところです。
やはり一人ではどうしても時間がかかってしまいますし、今のところは大丈夫ですがMPの消耗にも気をつける必要があるので、やはりワールドモンスターみたいな強大な敵の場合にはしっかりと意識しないとですね。
「グゥ…!」
そんな思考をしつつも飛んでから無数の攻撃を捌いて反撃を繰り返していると、突如世喰が先程からずっと広がったままだった闇の中へと沈むように消えます。
しかし次の瞬間には、私の足元から飛んでくる攻撃をベールで強化された感覚が感じとり、即座に全身をバネのようにすることで空中へと高く跳び、その攻撃を回避します。
その攻撃はどうやら闇で出来た世喰の口のようなものらしく、空中に跳んだ私の足元ギリギリで口が閉じられ、何とか食べられることはありませんでした。
ですが、追撃として世喰の口が出てきた地面の辺りから無数の黒色をした魔力の塊が連続で飛んできたので、それは〈飛翔する翼〉で空中を蹴ることで避けました。
が、その回避先を読まれていたのか、避けた先の地面から再び世喰が一気に飛び出してきて、そのまま私へと喰らいつこうとしてきます。
咄嗟に躱そうとはしましたが、〈飛翔する翼〉のリキャストタイムもまだほんの数秒だけありますし、戻ったとしても明らかに速さが足りません。
仕方ないですが、足の一本くらいは覚悟する必要がありますね…!それでも、反撃くらいはさせてもらいます…!
「… 〈引き寄せる糸〉」
私が噛み付かれるのを覚悟して剣を構えた瞬間、横から飛んできた糸が私の身体を掴み、そのまま引っ張られていきます。
「ラーニョさん!」
「…ごめん、動くのに遅くなった」
その糸を飛ばしてきた者の正体はラーニョさんのようで、武技らしきもので私を引っ張ってくれたおかげで何とか被害なく躱すことが出来ました。
その手助けがなければ今頃私の足は噛みちぎられていたでしょうし、とても助かりました…!
ラーニョさんも五感の鈍さがあったはずですが、それもすでに解けているようで問題もなさそうですね。
「グルゥ…」
そんな私とラーニョさんを見て、世喰は感嘆したかのような感情を乗せた瞳で見つめてきます。
ですが、それも一瞬です。その次の瞬間には世喰はまたもや地面に広がっている闇の中へと沈んでいったので、私とラーニョさんは互いに警戒をして地面に意識を向けます。
「ラーニョさん、そちらにいます!」
「…わかった。〈罠の斬糸〉」
強化されている感覚と【第六感】スキルによる反応があった場所を示しつつ私が声をあげ、そのタイミングでラーニョさんが糸による罠のようなものを張り巡らせたそのタイミング。
闇の中から全身の力を込めて飛び出してきた世喰が、その罠にかかります。
ラーニョさんの仕掛けた罠はどうやら鋭い糸が仕掛けられたものらしく、その糸に引っかかった世喰はそのまま鋭い糸によって身体を切り裂かれ、さらにその糸たちが締まることで続けて動きを止めるかのように拘束されます。
しかし、ワールドモンスターというだけはあるようで、すぐさまその縛られた身体を動かして糸がブチブチと切られていきます。
「が、その一瞬が最大の好機です…!」
私は即座にリキャストタイムが終わっていた〈剣気解放〉を使用して、手に握る黒十字剣クルスを強化した後に一気に剣の間合いまで踏み込み、そこから一瞬のうちに剣を高速で振るってダメージを与え、HPを削っていきます。
「ガルァ!」
「……っ!」
そんな私による連続した攻撃を受けた世喰でしたが、すぐさま拘束されていた糸を引きちぎり、私に向けてその鋭い爪が生えた両腕を振るってきます。
ラーニョさんはそれを見て糸による攻撃で私のサポートをしつつ、再び飛ばした糸で拘束しようとしますが、それらは全て両手の爪や口に生えている鋭利な牙に寄って切り裂かれ、意味をなしていません。
それでも、そちらに世喰の意識が僅かにいっているおかげで戦いやすくはなっているので、助かってはいますけどね。
そうして世喰が繰り出してくる無数の攻撃をゆらゆらとした不規則な動きで回避して、ラーニョさんの糸によるサポートを受けながらもフェイントを混ぜた攻撃を繰り返して世喰のHPゲージの一本目が全て削れたタイミングで、世喰は突然私たちから離れるように後方に跳躍し、距離を取りました。
なので、私はすぐさま息を整えて世喰へと意識を向けますが、世喰はどうやら私たちに感銘でもしているのか、その瞳に楽しさを宿しつつも何やら名残惜しそうな感情を僅かに出しているようにも感じます。
「グォン」
そして世喰が軽く吠えたと思ったら、地面に広がっていた闇の中へと再び沈み込みます。
しかし先程までとは違って襲いかかってくるわけではないようで、そのまま気配や魔力などがここから離れていくのを私は強化された感覚に感じました。
何となくですが、こんな穢らわしい場所ではなくもっとふさわしい場所で再びやり合おう、とでもいうような感情も私の感覚に伝わってきました。
そんな伝わってくる感情からして、どうやらこれで戦闘は終わりのようですね。
『称号〈世喰の玩具〉を獲得しました』
『ワールドクエスト【世を喰らい尽くすは征服の死】が発生しました』
終わったのを確認したその瞬間、そのようなシステムメッセージが突然流れ、私はそちらに一瞬だけ意識が向きます。
が、世喰によって生み出された死霊のモンスターたちは新たに生み出されてはいないようですがまだ結構な数がいるようで、私たちを邪魔しないように未だに戦っていました。
なので確認は後にして、私とラーニョさんはそちらの手伝いへと向かいます。
「これで、終わりですっ!」
そこから残っていた死霊のモンスターたちを皆で手分けして倒していき、私が振るった黒十字剣クルスで首を刎ねられたゾンビがポリゴンになることで、残っていたモンスターたちは全て片付きました。
ふぅ、ロールプレイの練習もかねた散策をするつもりでしたが、突然現れたワールドモンスターの相手をすることになってしまいましたね。
まあワールドモンスターはいずれ全てを倒しにはいきたいですし、新たなワールドクエストに称号も獲得出来たので悪いことではないのでいいですけど。
それに今戦った世喰は、おそらくそこまでの力を使ってはいなかったとは思いますが、それでも私も前よりも成長しているようで意外と戦うことが出来ましたし、なかなか良い体験でしたね!
「…プレミア、ありがと」
「ふぇ?」
そして私が一息ついて思考を巡らせていると、ふとラーニョさんからそのような言葉をかけられたので、私は思わず変な声を返してしまいました。
突然感謝の言葉をかけてきましたが……何故でしょうか?
「…私たちはこのままだったら多分何も出来ずにやられたと思うから、その感謝」
「…ああ、そのことですか。別に私は気にしていないので大丈夫ですよ。それよりも、ラーニョさんたちは何かをしにきていたようですが、そちらは大丈夫なのですか?」
「…他の仲間が片付けてくれたから、問題ない」
ラーニョさんたちは何をしにここに来たかはわかりませんが、まあ特に問題もないみたいですし良いですね。
ついでにチラリと腰元に隠すように存在している懐中時計を確認したところ、今の時刻はまだ九時半を過ぎたくらいでした。
クオンとの予定は十二時なので特に急がないといけないことはありませんが、ここにずっといても意味はありませんし、私はこの辺で去るとしましょうか。
「…では、ここにはもう世喰もいないみたいですし私はいきますね」
「…わかった。じゃあまたどこかで」
「はい、またどこかで」
そうラーニョさんに声をかけた後、私は荒れ果てているこの空間からここに来た時の道を戻っていき、さらにある階段を登って地上の街へと戻っていきます。
とりあえず時間には余裕がありますし、この微妙な間は狩りにでも行きましょうかね。




