99話 運び込む死の祭典1
「…さて、散策の続きといきますか」
私はラーニョさんと別れた後も目的もなくブラブラと街中を散策し、屋台の料理も食べたりしながら歩いていきます。
その道中ではシスター風の服だからか、屋台の料理を買う時にプレイヤーだけではなく屋台の人からも、え、その姿で食べるの?とでもいうかのような視線を向けられましたが、別にこの服でも食べてもいいじゃないですか!
ま、まあそれは置いといて、そこからも散策をしていると次は裏通りへ向かう青年の姿を見つけ、なんだか様子が変だったので気配と魔力をスキルで、音などを自身の技術で隠しながらシスター服のままついていきます。
今も追いかけているその青年は、どうやら私に気づいていないようでドンドンと裏通りの奥へと走って向かっていきます。
「一体、どこに向かっているのでしょうか?」
追いかけている青年には聞こえないようそう呟きつつも後を追い続けますが、裏通りを移動すること数十分。やっと目的地に着いたのか、走っていた青年の動きが歩きに変わります。
そして私は距離をとりつつもその青年の動きを確認しますが、どうやらその青年は目的地らしき建物の前に立って何やら手をついたと思ったら、その壁が細かく分かれることで通路らしきものが現れました。
それを見た青年は普段から見慣れているのか大した反応も見せずに中へ向かっていき、その次の瞬間には通路が再び壁に戻ってしまいました。
「なるほど、隠し通路ですか」
私はすぐさま先程青年が見せた通りにその壁に手をつくと、僅かに魔力が吸い取られてMPゲージがほんの少しだけ減少してから再び通路が現れます。
なので私は先に行った青年を追いかけるべく、その通路の中へと入り歩いていきます。
中に入ってわかりましたが、通路はどうやら地下へと続く階段となっているようで、結構深くまで続いているようです。
「一体、ここはなんなのでしょうか?」
見た限りはなんとなく悪の秘密組織の根城、みたいな雰囲気ではありますが、様子が変とはいえ普通そうな青年が入っていきましたし、本当に何なのかはわかりませんね。
そうしてしばらく階段を降りていくと、やっと地面が見えてきました。
私はスキルを使って気配と魔力を探って問題がないことを確認した後、そっと階段からその空間へと入っていきます。
階段を降りた後に広がっていた空間は、なんだか先程も思った通り悪の組織のような雰囲気を出している部屋となっていました。
その部屋には奥に一つの扉がついてあり、そこを通れば良いのでしょうね。
私はその扉の元へと躊躇いなく向かい、そっと扉を開けて奥の空間を隙間から確認します。
すると、その先の空間はまさしく悪の組織の研究室といった見た目のようになっており、かなりごちゃごちゃと物が置かれたりしてはいますが結構な広さをしています。
しかしそんな中でも一番目につくのは、かなり広い空間の中央にある何らかのモンスターが入っていると思しき巨大な水槽らしきものです。
「あれは、何でしょうか…?」
その水槽の中にいるモンスターは、遠くから見た感じでは巨大な黒い狼のようにも見えますが、はてさて何なのでしょうか?
巨大な狼といえば、前にソロさんから聞いたワールドモンスターである世喰のエルドムンドが頭に浮かびます。
ですが、そんなワールドモンスターがこんなところにいるはずはないとは思いますが、それでも見た目からはそれなのかと思ってしまいますね。
「…ここから見ているだけではわかりませんし、中に入って……」
私がそのような思考をして扉を開けようとしたその瞬間、ふと辺りに死臭のようなものが漂い、さらに水槽の影が揺らめいたのを私が見て何だろうと思ったら、突然その影から一軒家くらいはありそうなほどの巨大な狼が現れました。
その狼は全身が闇のように真っ黒な見た目をしており、前に私が戦ったことのあるワールドモンスター、深森のアビシルヴァよりも遥かに強いであろう凄まじい威圧感が空気を震わせながら扉を挟んでいる私の元まで飛んできました。
「まさか、世喰のエルドムンド…!?」
視界が一時的になくなっているせいで【鑑定】スキルが使えないですが、これほどまでの凄まじい威圧感ですし、私の考え通りあれはワールドモンスターである世喰のエルドムンドなのは間違いなさそうではあります。
私は即座に扉を潜って世喰がいる空間へと侵入し、逃げ惑う研究者とすれ違いながらも武器である黒十字剣クルスを手元に取り出し、一気に世喰の元へと駆けていきます。
空間内は突如現れた世喰のせいで阿鼻叫喚となっていますが、巨大な黒い狼のモンスターが入っていた水槽を破壊した後は周りに視線を向けるだけで特に暴れてはいません。
それでも辺りは大惨事ではありますけどね。というか、破壊して露になった巨大な黒い狼は即座に霞となって消えましたが、あれは本当に何だったのでしょうか?
「ちっ、現れたか…!だが、それも想定内だ!」
世喰目掛けて駆けていた私ですが、突然空間内に響いた声に思わず足を止めてそちらに意識を向けます。
すると、この空間内の奥にあった通路から男性が出てくるところでした。しかもその後ろの通路からは続々と武装した人たちも現れ、先頭にいた男性の声と共に魔法や弓、銃などの攻撃を片っ端から世喰に向けて放ちます。
さらに世喰を拘束でもするためか、魔法によるバインドまで放っています。
しかし、世喰はそんな攻撃たちを視界に入れてますが特に躱す素振りもせず、その身体に全て命中します。
「くくく、これは私の……」
何やら自慢でもするかのように言葉を続けようとした男性ですが、一切の傷もなく拘束も出来ていない世喰を見て酷く驚いた表情をその顔に浮かべます。
そしてその次の瞬間、世喰が一度吠えたと思ったら、男性の頭上から先程まで水槽に入っていたのと同じ見た目をした巨大な黒い狼が現れ、そのまま男性とその周りにいた人たちを一気に蹴散らしたと思ったら、すぐさま霞となって消えました。
私はそれをベールで強化された感覚で把握していましたが、世喰はその男性ではなく私に視線を注視して警戒を強めていたせいで助けにはいけません。ですが…
「…貴方たちはアレの拘束を。私とルル、ドラコーとスカーはアレの対処をする」
「わかりました!」
男性が出てきた通路とは別にあった通路から、一人の幼なげな少女とその仲間らしき人たちが出てきて、世喰によって蹴散らされていた男性の方に向かう人たちとこちらに向かってくるメンバーに分かれて行動をしています。
なので、あの男性は多分大丈夫でしょう。まあリーダーらしき少女の言葉からすると、助けるのではなく捕まえるためにここに来たのだとは思いますが。
「先程ぶりですね、ラーニョさん」
「…プレミア、貴方はなぜここに?」
こちらに寄ってくるその少女、ラーニョさんへとそう返すと、私と初めて出会った時と同じように表情を変えずにジッと見つめつつそのように問いかけてきたので、私は隠すことでもないので素直に答えます。
「私はたまたまここに来ただけで、目的は特にありませんよ」
「…そう」
ラーニョさんは私の言葉を一切信用はしてないみたいですが、本当なのですけどね。
まあラーニョさんは何か目的があってここに来たようですし、私のことを怪しむのも仕方ありません。
「ラーニョ、この人は?」
そして後ろから来ていた三名のプレイヤーらしき人からそのように問いかけられたラーニョさんですが、ラーニョはそれに対して振り返らずに答えます。
「…ここに来るまでの時に出会った人」
「…マーカーを見るにこの世界の住人みたいですが、この人もここの組織を潰すために来たのでしょうか?」
「…知らない」
何だかこちらを見つめつつもコソコソと会話をしてますが、何でしょうか?
っと、それはいいですね。今はそちらよりも世喰です。今はまだこちらをジッと見つめてきているだけで特に行動はしてませんが、それでもこちらを警戒しているのがわかります。
「というか、ベールみたいなののせいで顔はハッキリとはわからないが、絶対に美少女なのはわかるな!」
「…スカー、それよりもあっち」
「お、おう、すまん」
突如声を上げた赤髪赤目のスカーと呼ばれている男性プレイヤーに、ラーニョさんはそう小言を漏らします。
スカーさんはその言葉を聞いた後に自身の武器である大剣を手元に取り出し、ラーニョさんの言葉通り世喰に視線を向けます。
「…プレミア、貴方もあれと戦うの?」
「そうですね、あれはワールドモンスターと呼ばれる存在なので、今ここで倒してはおきたいです」
「…ワールドモンスター?」
私の言葉に、ラーニョさんは表情こそ変わりませんが不思議そうにしている雰囲気を出してそう聞いてきたので、私はそれについて簡潔に教えます。
「…世喰のエルドムンド」
「それにワールドクエストなんて、初めて聞いたよ?」
「そんな特殊そうなクエストが出るということは、あの狼モンスターはそれだけ強いのでしょうね」
「なら、俺たちだけで戦えるのか?」
ラーニョさんたちはそう言葉を交わしていますが、今までの経験からしてワールドモンスターの相手は人数よりも質の方が大事なので、ラーニョさんたちは結構な腕前だと感じるので大丈夫だとは思います。
ですが、だからといって油断は出来ませんけどね。それに私が見たことがあるワールドモンスターは深森のアビシルヴァと人業のメラスクーナの二体だけですが、それらと比べると今目の前にいる世喰のエルドムンドは明らかに威圧感が凄まじいので、今まで出会ってきたのとは違って間違いなく本物だと感じます。
代わりの身体だったメラスクーナさんはともかく、深森のアビシルヴァも今思えばあれは分身か何かだったのでしょうね。
「…グルゥ」
「……!来ますよ!」
そうして睨み合いが少しだけ続いていましたが、待ちきれなくなったのか世喰がそう唸り声を漏らしつつこちらへと飛びかかってきたのを感覚で把握したので、私はそう声を上げてから横へと大きく跳ぶことで、飛びかかり攻撃を回避します。
私の声を聞いたラーニョさんたちも即座に回避に動いたので被害はありませんが、私たちが元いた場所にはハッキリとした爪による斬撃後が残っています。
やはりワールドモンスターなだけはあるようで、凄まじい攻撃力です。
「…ドラコー、スカー、前衛」
「任せてください!」
「俺も行くぜ!」
そしてラーニョさんの指示を聞いたドラコーと呼ばれている茶髪に茶目の女性プレイヤーとスカーさんはそのまま武器を構えつつ世喰へと駆けていきます。
なら、私もこの姿では剣と魔法のスタイルですし、一緒にいかせてもらいますか。
「〈ダークアロー〉!」
私は手に持っていた黒十字剣クルスをしっかりと握り直した後に、【闇魔法】スキルのレベル五で覚える闇属性の魔力の矢を放つ魔法を使用しながら先の二人と同様に世喰へと駆けます。
世喰は私の放った魔法を特に躱すこともしなかったおかげでしっかりと命中はしましたが、やはりダメージにはなっていません。
「…なら、この剣で、ですね」
誰にも聞こえないくらいの声でそう呟き、世喰に向けて魔法を乱射しながら接近していきます。
ですが、先に近づいていたドラコーさんとスカーさんは自身たちの武器の間合いに入った世喰に向けて己の武器を力一杯振いますが、それに対して世喰は放たれる攻撃をその右腕で防ぎ、そのまま振るうことで二人を弾き飛ばします。
「…〈切り断つ糸〉」
吹き飛ばされる二人を見ていたラーニョさんですが、それをチラリと見つつもユニークスキルらしき武技で飛ばした糸による攻撃を放ちます。
その攻撃を世喰は先程と同じように右腕で防ぎますが、それは前の二人の攻撃よりも強かったのかその右腕に糸による傷を残します。
それを見て世喰は少しだけ驚いた様子ですし、あの糸は間違いなくユニークスキルですね。ワールドモンスターである相手に傷をつけれていますし、ラーニョさんもなかなかの腕前と見て取れます。
「…なら、私も…!〈パワースラスト〉!」
私はその間にも近づいていき、世喰が剣の間合いに入り次第即座に剣による武器を放ちます。
この武技は【刀剣】スキルが進化した後の【細剣】スキルで覚えた武技で、強力な突きを放つ技です。
そんな武技による攻撃を、身体をひねることによってつけた勢いで一気に世喰に向けて突き刺します。
その攻撃はしっかりと世喰の左足へと命中し、魔法よりもしっかりとダメージが入ったようで赤いポリゴンが僅かに舞い散ります。
ですが、それでも世喰のHPゲージはあまり減ってはいません。しかも今チラリと目ではなく感覚で確認をしましたが、なんとHPゲージが一本ではなく四本も存在していました。
それに突き刺した感覚からするに、赤いポリゴンが舞ってはいますが今与えた傷も浅いようでしっかりとは刺さっていません。
「…グルッ」
「……!くっ…!」
それを見て一旦離れようとして瞬間、私の頭上から振り下ろされた左腕が迫ってきましたので、それをゆらりとした動きで回避します。
その後はそのまま後退すると後方にいるラーニョさんたちに攻撃が飛んで行ってしまうと思い、連続して振るわれる黒色の剛腕を避けつつ手に持つ黒十字剣クルスで連続して切り付けていきますが、それでも少しずつしかHPが削れず、結構ジリ貧になってしまっています。
「…〈縛りつける粘糸〉」
「〈マッドプール〉!」
しかしそこへ私の後方から飛んできた糸が世喰の右足を縛り、続けて縛られた方とは逆の足元に沼のようなものが生み出されることで世喰の動きが鈍ります。
今が好機ですね…!なら、スキルも使用して一気にいきましょう!
「〈剣気解放〉!」
私が黒十字剣クルスのスキルを使用すると、その刀身に黒いオーラのようなものが纏わされ、強化されたのがベールのスキルのおかげで把握できます。
効果時間は一分しかありませんし、さっそく行動としますか!
「はぁ!」
そこから世喰の足元が不安的になっている間に、強化された剣による攻撃を連続して放つことで徐々に傷を与えていきますが、それでも何だか手応えが感じられません。
「…間違いなく、まだ力を一切使っていないのでしょうね。なら、それを使わないといけなくなるくらいまで攻撃を繰り返すまでです!」
そう一瞬の思考のうちにさらなる攻撃をしていきますが、世喰は先程までよりもハッキリと私へと視線を向け、何やらニヤリと笑ったかのような感情がベールで強化された感覚に伝わります。
私は強化された【第六感】スキルの感覚にも嫌な予感を感じたので一度後方へと大きく跳び、それと同時のタイミングで世喰が口を開けたと思ったら、私が元いた場所が突然円状に破壊されたかのように抉れました。




