08 連邦軍
ガンダムワールドでは、ミノフスキー粒子設定で、兵站の心配が無い様になっている。
だが、そんな物は現実にはあり得ない。
兵站の心配が無いのはリアリティに欠ける。
ビデオ版のガンダムでは、一部にプロペラント付きモビルスーツが、やっと登場してきた。
コレがマトモだと思う。
ネオ・フューチャー社が手配した巡回艦隊が、ユリシーズ号に近付いてきた。
【手配した】と言っても、少し巡回ルートを変更してジクスを回収させるだけだ。
だが、何事も無ければ、このまま地球圏まで安泰となる。
「識別信号に問題なし。船長、短い間でしたが、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。御陰様で地球の近くまで安全に来れましたよ」
負けた海賊が情報を流したのか、ジクスの発する軍のIFF信号に恐れをなしたのか、あの後に海賊の類いは一切近付かなかった。
艦隊の常駐する地球に近付くほど、サイド5寄りよりも安全と言える。
生憎と、ユリシーズでの燃料や物資補給は出来なかったが、特に問題にはならなかった。
実質的にジクスの食料と酸素の消費量は半分に抑えられたのだから。
艦隊と合流すれば、その心配も無用となるが。
リアノフはヘルメットを被って、乗り込んだのと同じエアロックに潜り込む。
本来はメンテナンス用のエアロックなので、とても小さい。
船外に出ると、パイロットスーツに取り付けた二つの安全帯を交互に使い、輸送船の外壁をジクスのアンカーの所まで向かう。
物資も質量も空間も限られる宇宙では、多くの物が兼用される。
今回の牽引に使われているワイヤーアンカーは、機体の固定や牽引だけでなく、紐付き矢の様な長距離攻撃にも、大質量物体に刺して振り子のロープの様にも使える。
先端には有線で動くロックファングや充填式のスラスターが付いている。
そのワイヤーを辿ってジクスに戻ると、コンソールを操作してアンカーを輸送船から外して回収した。
「艦隊の位置と距離を確認。相対速度と方向を測定し、コンピュータに入力してランデブープランを作成っと」
慣性運動の為に、ジクスとユリシーズ号の位置は変わっていない様に見える。
主観的には、後方から艦隊が迫ってきている感じだ。
衝突を避ける為に、横を通り抜ける感じになる。
「地球連邦軍巡回艦隊オネアミスへ。こちらはネオ・フューチャー社所属の試験機【MSZ-009X-NF3】ジクス。これよりランデブープロセスに入る。オーバー」
中継器圏内なので無線も使える。
『こちら巡洋艦オネアミス。命令は受けている。ビーコンコードアルファ4、ウェルカム!オーバー』
「試験機ジクス了解。加速を開始する。オーバー」
コンピュータがスラスターとプースターを操作して、ジクスをユリシーズ号の相対的右上を進んでいく。
「(ありがとうユリシーズ。お陰で天国だったよ)」
コックピットで、ユリシーズ号の映る股間の辺りを見ながらジクスは加速を続ける。
少し離れると側部のスラスターが起動して、ユリシーズに対してジクスが傾く。
宇宙自体には【水平】という基準が無いので、同じ方向に飛んでいても、各自の【水平】の向きが同じではないのだ。
ジクスは着艦の為に【戦艦の水平】に合わせる必要が有る。
コックピットで振り返ると、後方に三隻の戦艦が見えてきた。
戦闘時や艦隊の中での着艦は、IFFで帰投艦を識別し、ガイドビーコンで着艦ポートを確認する。
新しい艦や知らない艦の場合に着艦場所が分からないからだ。
また、複数の着艦ポートが存在するのも少なくはない。
着艦ポートに来ると、ガイドレーザーにより自動着艦もできるのだ。
艦名とポートを確認しながらジクスをガイドレーザーと同調させる。
モビルスーツが着艦すると、モビルスーツ専用のケージに入って固定される。
モビルスーツケージの規格は連邦でもジオンでも統一されているので、特別仕様以外のモビルスーツの大きさは、このケージに収まる様になっている。
ジクスが無事に固定されるとゲートが閉まり、空気が満たされて士官やメンテナンススタッフが姿を現した。
「アキラ・リアノフ曹長、到着致しました」
無重力の中をジクスから降りながら、士官らしき軍人に敬礼をする。
「オネアミスへ、ようこそリアノフ曹長。試験機と共に歓迎する」
返礼を受け、上官が下ろすまでは敬礼を維持するのが決まりだ。
「しかし、これがガンダムの後継機か?かなりイメージが違うな?」
「ゼータを元に作られてはいますが、アナハイム製ではありませんから」
「白くは無いのだな?顔なんか黒いし」
「これは試作機です。でも、本採用されても、顔は黒いままかも知れませんよ(アレが白ければメインカメラがハレーション起こすだろ)」
ジクスの顔が黒いのは、機能からくる物なので、変わらない可能性は大きい。
少なくとも白くはならないだろう。
「これは変形するのだろう?モビルアーマーに」
「変形と言っても、単独の大気圏突入の時にウエーブライダーになるくらいですよ」
連邦軍のモビルスーツは、殆どがジムやボールで、ゼータやメタス等の変形モビルスーツは皆無だ。
だから、詳しい情報は伝わっていないのだろう。
ただ、ジムしか見ていない者は『ガンダムなのに目が無い』とか言われないだけましだった。
変形しない事に、途端に興味を無くしたのか士官は、そのままリアノフを艦長室へと案内した。
艦長への挨拶が終わると、個室を案内され、それからリアノフは再びジクスの有る格納庫へと向かった。
ジムが配備されているとは言え、昨今の整備士にはアナハイムの息が掛かかった者が少なくはない。
下手に情報を探られては、ネオ・フューチャー社に顔がたたないからだ。
「待機モードでシステムロックを掛けておいて正解だったな」
案の定、メンテナンススタッフが燃料補給も出来ずに手をこまねいていた。
「整備の責任者を呼んでもらえますか?それとも先に艦長に苦情を言いましょうか?」
「い、今すぐ主任を呼びます」
その場に居た整備員の一人が、携帯無線で呼び出している。
「何かあったのですか?艦長がどうとか」
駆け付けた初老の男性が顔を歪ませた。
「何かじゃないですよ!あなた方の機密管理は、どうなってるんですか?下手すれば賠償だけじゃ済みませんよ?」
いきなりのクレームに、呼ばれた責任者は目を丸くしている。
「いったい、何が起きたと言うんですか?」
「この船には、このモビルスーツが試験機だと伝えている筈です。つまりは軍の機密扱いだと」
「おっしゃる事は分かりますよ。でも、燃料補給くらいは必要だと思って作業しようとしたんです。確かに無断で始めようとしたのは悪かったですが」
「そんな事じゃありません。これを見て下さい」
リアノフは、ヘルメットを情報パッドに繋いで、画像ライブラリーから写真を表示した。
「こ、これは・・・・・」
「モビルスーツの識別に必要な画像は提供している筈です。しかし、ここの作業員は、機密扱いモビルスーツの各部を詳細な写真に何枚も撮っている。例え同じ軍の中でも、機密扱いの物を無断で調査する事は許されません。私もこの事は艦長と開発メーカーに連絡の義務がありますから」
アナハイムの関係者でなくとも、研究心や好奇心旺盛な技術者が、でき心で写真を撮ったのかも知れない。
「確かに・・・・早急に処置します」
軍人でも、知る事が許されている情報は限られている。
特に未公開の試験機ならば尚更だ。
それは、軍の内部でもスパイ行為として扱われ、十年以上の禁固刑か死刑になる事すらある。
曰く『好奇心は猫をも殺す』のだ。
映像を見た主任は、一目散に詰め所へと飛んでいった。
格納庫は無重力なので、文字通り【飛んで】行ったのだ。
「全天モニターで、周囲の全てが写っていて助かったな」
待機モードでパイロットが不在な時に、何者かに細工されない様に全ての開口部がロックできる様になっている。
更には爆弾などを仕掛けられても分かる様に、全天モニターを使って人型の画像をAIが認識し、不在中でも録画しているのだ。
西暦二千年代には携帯カメラにも顔認識機能が付いていたと言うから、この時代なら容易だろう。
これらのコントロールや報告は、パイロットヘルメットによって行われ、報告されている。
そのヘルメットも、パイロットのバイタル登録があるので、ネオ・フューチャー社でなければ容易にはセキュリティ解除ができない。
それだけ、ネオ・フューチャー社はこの試験機のセキュリティには気を使っているのだ。
翌日、リアノフは艦長室と無線でネオ・フューチャー社へ、同じ様な話をするのだが、それは割愛しよう。
こうして、図らずもリアノフは、軍との合流直後にイニシアティブをとることとなったのだった。