07 通信網
【ロボットや怪物の目が光を放つ】と言う演出は、アニメに限らず、特撮でも使われる。
【鉄腕アトム】などは、目がサーチライトにもなるらしい。
だが、【目】が光学センサーであるならば、ソレ自身が光るのは内部で反射光が生じる為に効率がわるい。
【目】に見えている物が光学センサーではなく、照明や起動表示であるならば、目の形をしている事に意味はないし、ライトとしても小さくて効率がわるい。
そして日本では「悪役の目は赤く光る」というオキマリがあるらしい。
【機動戦士ガンダム】に登場する、ジオンのモビルスーツの頭部にある赤い光が、カメラではなくカメラ用の赤外線ライトだと言うのであれば、大変に理にかなってはいるのだが。
地球においての一般長距離輸送は、大きく二つに分けられる。
一つは、飛行機などを使った少量高速輸送で、輸送コストも高い。
もう一つは、船などによる大量低速輸送で、輸送コストは割安となる。
宇宙でもソレは変わりなく、ユリシーズ号も後者に該当する。
地球でも偏西風によって航海期間や燃費が変わる様に、宇宙でも地球と月の重力脱出速度が慣性航行の速度差となり、燃費と輸送速度の違いになる。
宇宙から地球への商品は割安で、地球から宇宙への商品は割高となるのだ。
さて、そうして宇宙に出た商業船は、軍の巡回航路と通信網を有料で使わせてもらっている。
軍の巡回航路には通信中継器が有り、そのお陰でミノフスキー粒子のある世界で、月や地球、巡回艦隊との通信が可能となるっているのだ。
ただ、輸送船の航行ルートが絞れて海賊などに狙われてしまう可能性がある。
それ故に、軍が巡回して安全確保をしていたりするのだが、通信中継器の回収と設置も平行して行っているのだ。
勿論、軍の航路を使わなければ利用料は不要になるが、通信が困難な上に、事故などの助けも来ない。
リアノフは、その通信網を使って、既に地球連邦軍とNF社へ、これまでの詳細を報告している。
【報連相】ができない奴は軍人として以前に、社会人として駄目な奴だ。
報連相が終わってからリアノフは、部屋のインターフォンで船長に交渉してみた。
「船長。御相談なんですが、こちらの顧客に相談して積荷の燃料などを購入させてもらう事はできませんか?」
『ユニット規格は大丈夫なんですか?』
昨今の宇宙燃料補給は、タンクユニット単位の交換が流行っている。
特に常温では扱えない物や高圧な物は、昔のガソリン車の様にホースで補給するのは事故の元だ。
そこでタンクごとユニット交換するタイプが増えている。
【メインタンク】と呼んでいても、それは複数のタンクユニットの集合体だったりするのだ。
しかし、燃料タンクや酸素タンクには、軍の規格というものがある。
多くは民間との互換性が無いのだが、非常時に民間から徴収する事を考えて、民間規格のタンクユニットも使える様になっている兵器もある。
プロトタイプであるジクスにも、民間規格に対応したシステムが存在する。
「ユニバーサル規格に対応していますから大丈夫です」
『なら、一応は交渉してみますが、期待しないで頂きたい』
あくまで下手に出ての交渉だ。
あまり、現在の関係を壊すのは、まだ芳しくない。
商品代金の方は、NF社本社からの許可を得ているので問題ない。
テキサスコロニーにジオンの影が見えていた段階で、ジクス単独の脱出は想定内で、その後のバックアップも資金的に用意されていた様だ。
リアノフが補給を考えたのは、このまま現状維持で待っていても、じきに巡回艦隊との合流はあるが、何時、戦闘があるか分からないので、ジクスを万全にしておくに越した事はないからだ。
残念な事に、海賊に襲われて発した救助信号に駆け付けているのは地球から来ている艦隊だったが。
地球へ向かっているユリシーズ号へは相対的に、月から追っ掛けるよりも、地球から迎え撃つ方が【燃費】が良いからだ。
広大な宇宙では、どのみち海賊の襲撃に間に合わない。
脱出した者の救助などが巡回艦隊の仕事となる。
「何事も無ければ結果も急ぎません。艦隊との合流も直ぐですし、月からの艦隊に合流できるのは、どのみち一週間後ですから」
『承知した。では失礼する』
インターフォンは切れた。
鈍足な大型輸送船と巡回艦隊は、基本的に速度が違う。
地球からの艦隊とすれ違うのは二三日後だが、月からの艦隊が追い付くのは一週間後になる。
海賊に関する事情聴取は、地球側から来る艦隊が行い、ジクスとリアノフの受け取りは月からの艦隊が行う事が、既に連絡で決まっている。
いまだに船長からの報告でも、ヘルメットに転送されてくるジクスのセンサーデータでも、艦影や機影は無い。
民間輸送船のセンサーより、軍戦闘機に搭載されたセンサーの方が精度は良いが、周波数の違うセンサーは索敵に有意だ。
「戦闘が無ければ、無理に急ぐ必要も無いけどな」
わずかな姿勢制御だけで兵站が維持できるのは良い。
それに、実質は軟禁だとしても、好きな時にベッドにシャワー、娯楽が楽しめるのは兵舎以上の待遇だ。
ただ、ジオンなどの大型組織との戦闘になれば、ジクス一機では戦力が不足と言えるだろう。
言うなれば【危機管理】だ。
何も準備しなければ【手落ち】だが、できる手段を講じたが果たせなければ【不可抗力】と言える。
「やるべき事と出来る事は、これで全部かな?」
思考を巡らしながら部屋を見回し、鏡で目が止まった。
写る彼の肉体は、少し太った様に見える。
「あとは、トレーニングセンターを使えればな。ランニングくらいはしたいな」
酸素と食料節約に加えてスペースの狭いコックピットでは、運動ができない。
この船に来て部屋での運動はしているが、メニューに限界があるのだ。
かと言って、食堂にも行けない状態は、完全に軟禁状態と言える。
「やはり、船長に相談してみるか?」
艦内案内を見ても、このゲストルームとトレーニングセンターは、さほど離れてはいない。
ほとんど無重力の長期航行貨物船にはトレーニングルームが必須だ。
希に乗る客も運動が必要だろうとの位置配慮だろう。
「船員の食事時間など使用時間を調整すれば、情報漏れも防げるだろう。少し融通してもらうか」
リアノフはインターフォンに手を伸ばしたが、今しがた頼み事をした直後なので、その手を止めた。
◆◆◆◆◆
それから二日後。
巡回艦隊は未だ遠くだが、軍のシャトルがユリシーズ号に到着した。
貨物船の周りを旋回してからの着陸だ。
リアノフはジクスに搭乗して待機している。
戦艦での接触でないのは、慣性航行の宇宙では大質量の戦艦に減速と加速をさせるよりは、小さなシャトルの方が燃費も良いからだ。
相対速度も向きも違う二つの物体では致し方無い。
宇宙では燃料切れが生死を分ける。
戦闘が有れば、それは直ぐに大量消費してしまうのだ。
だから、大型船を無闇に加減速などしない。
「識別信号に間違いは無いな。貨物船【ユリシーズ】と、ネオ・フューチャー社の【MSZ-009X-NF3】か?被害は少ない様だな」
「たまたま駆け付けてくれた軍人さんのお陰です」
「偶然とは有るものだな」
監察官は、ジクスの有る船尾方向に軽く視線をやるが、今回の監察にジクスへの権限は無いので、確認だけだ。
「まずこれが、パイロットから提供された資料です。続いてこれが、当船のセキュリティ画像です。オリジナルを御求めならば、管制室へ」
「いや、その必要はない」
船長から二枚のディスクと一枚のカードを受けとると、監察官はシャトルへと戻って行った。
どこの世界も【魚心あれば水心】という事らしい。
シャトルに戻った監察官は、パイロットに話しかける。
「試験機なのは確かなんだろうな?残党の新兵器とかだと問題だぞ」
「IFF偽装の形跡は有りませんし、ネオ・フューチャー社からの資料とも外観が合致します」
この監察官は、ジクスの存在を怪しんでいるのだ。
電波もろくに届かないし、移動に時間も掛かる宇宙で、【偶然に居合わせた】などは万に一つも無い。
何かの工作員か、海賊の仕込みだと考えるのが妥当だ。
しかし、軍の承認を受けている以上は無理に調べる事はできない。
「一応、権限範囲内での撮影とチェックは済ませた。あとは、我々の責任ではなくなる。では、帰投するか」
輸送船の被害状況確認と、入手可能な資料の受け取り。
これを、どう判断するかは、軍の責任者と保険屋の仕事と責任で、監察に来た彼等の仕事では無いからだ。
情報部から提示された情報に合致する限り、下手にジクスを調べようものなら、別の部所から苦情が来て責任を取らされるのだ。
「了解です。端からタッチアンドゴーのスケジュールですから」
この手の事件では、特に怪しい所を調べない限り長居はしない。
所属艦隊の通過時間に合わせて、到着時間などをスケジュールしている。
逆に、下手に時間を掛けると、艦隊が通り過ぎてしまうので、追い付くのにシャトルの燃料費が嵩んでしまうのだ。
ソレも、もし、シャトルの燃料を越える様だと、艦隊の方を止めなくてはならない。
時間を掛け過ぎると、監察官の責任問題にもなるわけだ。
「ユリシーズ管制へ。シャトルは出発する。エアロック閉鎖してくれ」
『ユリシーズよりシャトルへ。了解した。只今より減圧を開始する』
監察官のシャトルは、固定用フックをリモートで外して、出口のハッチが開くのを待った。