06 民間船
この話に出てくるデトネーションエンジンは、2024年現在に実在します。
現在も改良が続けられ、ロケットや飛行機のエンジンへの実用を目指しています。
詳しくはWEBで(笑)
何日目になるだろうか?
一週間を越えた辺りでアラームが鳴り、リアノフは目を覚ました。
アラームを止めてモニターを見ると、ピックアップ画面には光の点滅が幾つか映っている。
「戦闘か?敵味方識別は・・・民間船と正体不明?ジオンか?海賊なのか?」
宇宙では、民間船もIFFを使って軍に登録している。
点滅は威嚇の光だったのだろうか。
望遠で見たところ、民間の輸送船には目立った被害は無いようだった。
「画像解析では・・改造されたシャトルとリペアされたザクか?」
そうなると、恐らくは海賊だろう。
見えたのは、数隻の宇宙船と二機のザクだった。
ザクと言っても上半身だけの物で、プロペラントタンクを付けている。
機動力も、落ちている様だ。
これがジオンや他社の罠だと言う可能性を考えて、広域に光学スキャニングをかける。
「海賊で間違いない様だな。連邦としては機密のジクスだが、広い所で寝たいしな」
エコノミー症候群にはならないが、漂流訓練で閉所恐怖症になる者は出るらしい。
無事でもパイロットにストレスが溜まらない訳ではない。
「オートパイロット解除。脚を伸ばしてロボットモードに」
脚を縮めた状態のジクスは、破損している様にも見える。
機動力に変化は無いが、それが知らない者には弱味に見える事はあるだろう。
どこかのモビルスーツ技術者が『脚なんて飾りですよ!お偉いさんにはソレが解らんのですよ』と言ったとか言わなかったとか?
「さて、人助けといきますか?」
実質的には、他人ではなく自分の精神を助けたいのだが・・・
センサーでは、特にミノフスキー粒子を散布している訳ではない様で、ある程度近付くと脅している無線が傍受できた。
「あ~、海賊に告ぐ。こちらは地球連邦軍だ。海賊行為をやめて退去せよ!今なら見逃してやる」
相手の無線に、割り込みをかける。
少なくとも、IFFと姿は補足されていた筈だ。
『助かったぁ~、こちらディアリス社の輸送船ユリシーズ。救助を求む』
『なぜ、連邦軍が?しかし、一機で勝てると思うな』
雑音混じりだが通信が届く。
IFFで、本物かどうかは区別がつくだろうに。
無線の直後にザクから攻撃があった。
ザクマシンガンの数発と、ビーム光がジクスの横を抜けていった。
既にスラスターと推進器を小出しに使って、揺れ動く様なコースを飛んでいたジクスに当たるはずも無い。
まだ距離があるので、威力も減衰している。
「交戦の意思有りと見た。しかし、照準が甘いし腕も悪いな」
ジクスはビームライフルを構えて、リペアザクの一機を一発で撃ち抜いた。
戦場で相対的に止まっている奴など、蝿よりも落としやすい。
プロパイロットと十分に整備されたジクスを相手に、小さな海賊のセミプロとリペアザクでは相手にならないのだ。
力量の差を知った海賊達は、全力推進で輸送船から離れてく。
「良い判断だ。下手に粘られると、こっちも消耗するからな」
ザクのコックピットを狙い撃ちできるモビルスーツを相手に勝算は無いと判断したのだろう。
近くまで接近すると、ユリシーズは、かなり大きな輸送船だった。
「連邦軍よりユリシーズへ。被害は無いか?」
『こちらユリシーズ。船長のティアーズです。ありがとうございました。被害は軽微です』
威嚇で、ザクマシンガンを撃ち込まれた様だ。
「質問だが、ユリシーズは地球へ向かっているのか?」
『仰有る通りです。地球へ向かっています』
リアノフは少し考えるふりをする。
「あ~、恩着せがましい様だが、可能であれば地球の近くか、巡回艦隊と遭遇するまで、牽引してもらえないだろうか?実は本隊とはぐれてしまってな」
『牽引なら大丈夫です。よろしければ、直接に御挨拶もしたいのですが?』
「それは有りがたい。コックピットは狭くてな」
宇宙船には、寄港固定用に幾つかの固定フックとアンカーが外部に着いている。
輸送船にもジクスにもだ。
ジクスは後部推進器近くの邪魔にならない場所のフックに、自らのアンカーを引っ掻けた。
民間と言えど、下手にジクスを触られるのは困るからだ。
ユリシーズの方も、格納庫に武装した物を入れるのを嫌がったのか、スペースが無かったのか。
「やっと、一息つけるぜ」
リアノフはパイロットスーツを着込み、アンカーワイヤーにセーフティフックを引っかけて、輸送船ユリシーズへと向かった。
ユリシーズの船体では、ランプの点滅があり、入り口を示している。
「連邦軍パイロットの【アキラ】だ。作戦行動中なので詳細は話せない」
「本当に助かりました。改めまして、船長のティアーズです。空いている部屋も食事も有りますから、ゆっくりしていって下さい」
輸送船から見れば、ジクスも海賊の仲間と勘繰る事もできるが、リペアと言ってもザクを丸ごと失うのは割りに合わないだろう。
だから一味ではないと考えられるし、船長としては安い費用で護衛が頼めるのは、儲けものだと言える。
実際に海賊に襲われた痕跡もあるので、会社でも必要経費として落とせる。
失う筈だった物資の信用や、保険の評価ダウンに比べたら、英断と評価できるだろう。
「すまないな、一応は銃を携帯させてもらう」
用心するのはリアノフの方も同様だった。
これが新兵器略奪の手段である可能性も考慮して、ジクスのリモコンでもあるパイロットヘルメットを持ってきている。
ジクスのセンサーは活きているし、いざとなれば呼び寄せたり自爆もできるのだ。
「構いませんよ。連邦軍の制服が有れば、英雄として皆が理解してくれるでしょう」
見も知らぬ者が銃を携帯していれば恐れるが、警察や英雄と認識できる者が銃を携帯していると心強いものだ。
共に名前も人柄も分からない相手であるが、人間とは不思議なものである。
「こちらの部屋を御使い下さい。食事をお持ちしましょうか?あまり船内を動き回られるのは困るのですが」
「船内時間は・・・あぁ、まだ昼前か?いや、船の定時で構わない。少し仮眠もしたいしな」
案内されたのは、簡易重力ユニットの部屋だった。
船の中ではファーストクラスと言える。
輸送船の方も、荷をいじられたり、見られたりするのは避けたいのだろう。
ひょっとしたら、密輸品とかが有るのでリアノフを隔離したいのかも知れない。
どちらも、探られたくない腹を持ち、お互いを利用しようとしているのだ。
「(この関係を利用する為には、下手に動かない方が良いな)」
部屋にはテレビがあって、録画された番組や映画を見る事ができて、ジクスとは段違いだ。
ベッドに横になってテレビを見ていたリアノフは、いつの間にか深い眠りについていたのだった。
チャイムの音にリアノフは目を覚ました。
宇宙船は気密性を高める為にノック音が伝わりにくくなっている。
ドアは、内外の気圧の変化に機械的にロックすら掛かるのだ。
部屋にあった時計を見て、それが食事の配給だと気が付いた。
『軍人さん、食事を持ってきましたよ』
インターフォンから声が伝わった。
「もう、そんな時間か?ジクスで十分に寝ていたと思ったが」
一応は銃に手を掛けて、扉を開く。
恐らくは雑用係りなのだろう。若い青年がトレーに乗った食事を持って立っていた。
リアノフは、ドアから顔を少し出して周りをうかがったが、他に誰も居ない。
「恩人に対して申し訳ないんですが、こんな物しか無いんでね」
トレーに乗っていたのは、市販の宇宙食だ。
無重力で食べる事を前提とした、ゼリー中心の保存食。
「いや、こんな立派な部屋を使わせてもらって済まないな」
「こんなゲストルームが有るなんて、平社員の俺等も知りませんでしたけどね」
たぶん、こんな男に配膳させたのは、下手に情報を漏らされない様にだろう。
情報を与えられていない下働きなら、口を滑らす事もできないからだ。
食事を受け取り、礼を言ってからリアノフは扉を閉めた。
トレーをテーブルに置いて改めて室内を見回す。
テレビに冷蔵庫、ミネラルウォーター、ベッドにクローゼットと棚、机に風景画。
「流石にパソコンや情報端末は無いな。・・・まさか、あれは?」
出入り口の他にも扉があるのに、今さら気が付く。
娯楽に飢えていた彼は、テレビに釘付けだったからだ。
「やった!頭が洗える」
扉の先はユニットバスだった。
シャワーとトイレ、洗面所がセットのタイプだ。
「食事の前に、スッキリできるぞ!」
無重力のコックピットでは、水を放つ事は許されない。
無水シャンプーも薬剤が機械に悪影響を及ぼしかねないのだ。
訓練でも、ひたすら頭の痒みと戦ったものだった。
可能なのはアルコールシートで頭を拭くくらいで、その為にパイロットは宇宙でのミッション前に髪を刈り上げている。
手間を省く為にスキンヘッドにする者も少なくはない。
「あ~ぁ、天国、天国」
リアノフは、久々の泡にまみれながら、自分の選択の正しさを痛感するのだった。