05 漂流記
確かに、変身や変形はカッコいい!
だが現実的には、その為 にボディの負担や変形機構の重さ、邪魔さが、どれだけ【変身によるメリット】より小さくて済むかが重要になる。
映画やアニメのトランスフォーマなど見てると、『変身の為に、何万個の小型サーボモータが必要なんだろう?』って考えてしまう(笑)
ゼータは主に大気圏突入の為に変形するが、これはWRでないと大気摩擦に耐えられないとする為だ。
しかし良く見るとゼータの足って、はみ出ている。
以後のダブルゼータやリ・ガズィに至っては『変形さえすれば隙間あっても大丈夫』みたいになってる。
このレベルの耐熱強化が本体側に出来るなら、変形って必要無くない?
モニターで見る限り、テキサスコロニーに爆発や交戦の光は見えない。
ミノフスキー粒子の為に、通信できないのが歯痒い。
「軍としては皆殺しが楽なんだが、異変に気付いたコロニー公社が惨状を調べれば、問題になるだろうな」
抵抗した形跡もなく殺されていれば、コロニー公社とジオンの関係は悪化する。
「想定通り、全員が捕虜で決りだろう」
全てにイレギュラーは存在するが、可能性の低いものだけを気にしていても進まない。
少なくとも交戦の形跡が無いと言うことは、想定通りに進んでいるのだろう。
「研究員達の【犠牲】を無駄にしない為にも、俺は【予てからの手筈通り】に動くのが正解か!」
【犠牲】と言っても死ぬ訳ではないが、捕虜になれば色々と苦労するのは間違いないだろう。
「先ずやるのは、地球側の連邦軍の巡回ルートを検索して、フライトプランを立てないとな」
【予てからの手筈通り】とは、予見されたジオンとの接触があって、研究所が襲われた場合、ジクスは単独で脱出して巡回中や地球近くの連邦軍と合流し、地球のジャブローに向かうとの計画だ。
ジャブローには地球連邦軍の総司令部があり、勿論だがネオ・フューチャー社のMSZ開発も知らせてある。
コンピュータが、現在位置から最適なランデブーコースとスケジュールを算出する。
月と地球の間にあるサイド5付近には、月と地球を往復する連邦軍の巡回ルートが幾つかある。
その巡回艦隊と合流できれば、安全面でも補給の面でもリスクが減るのだ。
「ただ、連邦軍の巡回ルートは、時間的予定が秘密だから、最悪は地球付近までの単独飛行も想定しないとな」
当たれば直ぐだが、タイミングが外れれば遭遇は不可能だ。
宇宙で電波が使えない現代でモビルスーツと戦艦の接触は、海岸の砂から針一本を見付けるくらいに不可能だと言われている。
流石に地球付近まで行けば、連邦軍の戦艦は居るだろう。
コンピュータに他にも幾つかの条件付けを追加して、再計算させた。
「データをオートパイロットに転送してスタート!・・・おっと!もう動き出したか?」
スラスターが起動し、推進器が唸りをあげはじめる。
「一応は、加速中に敵味方識別装置をオンにしとくか。忘れがちだし、味方に撃たれたりしたくないからな」
IFFを起動しておけば、味方に発見されやすくなる。
勿論、それは敵にもだが、デメリットよりもメリットを優先すべき時だ。
後の戦闘を考慮して、加速は二次加速までで終了して慣性飛行に移った。
推進器の燃料は無限ではないのだから。
「今の内に、生命維持ユニットと繋いでおくか。何しろコレは初めてだからな」
宇宙に居る限りは、WRに変形する事はない。
ユニットとの接続部である胸が動く事は無いはずだ。
アキラ・リアノフは、パイロットスーツを点検し、コックピットを減圧してジクスの外に出た。
生命維持ユニットは、いざと言う時に切り離す必要があるし、保険として積んでいたので、システムに未接続だったのだ。
超音速で移動していても、空気抵抗の無い宇宙空間では、相対速度が全てだ。
命綱を付けて、自分の呼吸音だけが響く中を彼は、ジクスの胸部に追加装備された生命維持ユニットへと向かう。
ハッチを開き、手首程もある太いホースを引き出して、ジクスの鎖骨にあたる部分まで引っ張った。
「これが、もう少し美味いと良いんだがな」
非常食の味に愚痴りながらもホースをジクスへと繋ぎ、再びコックピットへと戻る。
「これで酸素も水も、食料も何とかなるな」
生命維持装置はジクスにも有るが、外部の生命維持ユニットと繋げばジクスの物資を温存できるし、総量も増える。
リアノフは、コックピットに戻って加圧を済ませると、シートベルトを付けてヘルメットを脱いだ。
次に壁にあるパネルを開いてチューブを引っ張りだすと、ソレを口にくわえて先端にあるプラグを歯で噛む。
少し水圧の掛かった水が、彼の口に流れ込んだ。
「もう、喉がカラカラだったぜ」
漂流を想定して、コックピットでは空気の除湿や排泄物の濾過などを使っても、ジクス本体では一週間分の水しか無い。
空気もフィルタを使って十日はもつが、そこまでだ。
だが、生命維持ユニットを使えば、一ヶ月はもつと言われている。
「原子炉は、レベル1のままだな。これなら一ヶ月以上もつだろう」
アナハイム製の推進器と違い、ジクスは推進器に原子炉は使わない。
ジクスの原子炉は電力供給のみをしていて、ロボットの動きと電子制御、生命維持にのみ使われている。
なので、特に力技を使わなければ最低稼働で燃料の消費も少ないのだ。
機動訓練で原子炉の燃料が減っていれば、最悪の場合は連邦軍と合流する前に電力を失い、生命維持や敵味方識別装置すら止まって死ぬ時期が早まってしまうだろう。
だがジクスの場合、推進燃料が尽きても生きて漂流を続けられるし、原子炉燃料が尽きかけならば最大推力で仲間の居そうな所へ急ぐ事ができる。
何より戦闘が無ければ、これ以上の推進器燃料の消耗も防げる。
地球の森などとは違い、宇宙には酸素も水も食料もなく、保温ができなければ凍死する。
人間は、酸素がないと3分で死に、保温ができないと3時間で死に、水がないと3日で死に、食料がないと3週間で死ぬと言われている。
生命維持の物資は、大変重要なファクターなのだ。
巨大な推進器を使ったアポロ宇宙船は、月まで行くのに5日程を要したらしい。
サイド5の位置は地球との間にあるが月寄りであるし、モビルスーツの推進力と速度はアポロと比べるほどではなく、とても遅い。
つまりは、長丁場になるのだった。
◆◆◆◆◆◆
数日後、彼はパイロットスーツを脱ぎ、シートベルトをゆるく締めて、パイロットシートの上に【浮いて】いた。
口にはゼリー食品を送り出すチューブをくわえたまま、惰眠を貪っていたのだ。
アンダースーツのままなのは、簡易トイレはパイロットシートの下に有り、パイロットスーツを着たままでは使いにくい為だ。
「ぐぁぁぁ~」
する事もなく、さりとて敵襲を用心して睡眠薬を使う事も危険な状態で、する事と言えば浅い居眠りくらいだ。
戦闘機に、暇潰しの娯楽が積んでいる訳もないのだから。
狭いながらも好きな時に飲み食いができ、監視も労働も無いのは、監獄よりは良い生活と言える。
モビルスーツパイロットは、実戦に出る前に漂流訓練を受ける。
まさに、今回の様な無重力の個室で二週間を過ごすのだ。
だからリアノフ曹長も、慌てる様子が無い。
考えても【無駄】なのだ。
遭難して、ひたすら待っても物資の枯渇で助けが間に合わない場合に備え、一応は致死量のモルヒネもコックピットには用意されている。
だが、多くは酸欠や保温不全で眠るように死ぬと聞いていた。
しかし今回は、生命維持ユニットがある上に、航行面にも不安は無く、巡回に遭遇できない場合の安全策までとっている。
不安な要素は無いのだ。
わずかな震動で体が動き、軽くシートに頭をぶつけたアキラが、目を覚ました。
「システムに異常無し・・・・地球も視界に見えてるな」
コックピットのコンディション表示とフロントモニターに目をやって、リアノフは小さく口にした。
首に付けたバイタルチェッカーが、リアノフの覚醒時だけ表示をしてくれる。
また、薄暗くなるコックピットで、彼は再び眠りについていった。