04 初戦闘
人間の腕とは違い、ロボットの指を動かすサーボモーターは指に付いている。
だから人間の様に、指用の動力を三の腕の中に入れる必要が無い。
ここで疑問視されるのは『強度が保てれば、ロボットの【三の腕の中身】は必要か?』と言う点だ。
では、そこに何を入れるか?
ガンダムでは、初代より疑問がある。
多くのモビルスーツの手が人間に似せてあるのは、様々な武器を持てる様にだろう。
だが、戦術的に手放したくない武器も少なくはない。
エネルギー供給さえできれば、ビーム式の銃とサーベルは手放したくない。
バルカン砲すら頭に内蔵なのに、この二つは何故に手放せる様になっているのか?
確か一部のモビルスーツは、ビームサーベル内蔵の隠し腕を持っていたりする。
では、モビルスーツの空いている三の腕に、ソレを内蔵するのは、どうだろうか?と言う話だ。
ネオ・フューチャー社の人間は、テキサスコロニーのシステムにも手を加えていた。
コロニーのセキュリティやコントロールにバックドアを付けて、偽装や介入ができる様にしていたのだ。
『宇宙港のセキュリティは、ダミーに置き換えた。貨物用エレベータに乗ってくれ』
「ジクス了解」
モビルスーツ形態で宇宙港まで来たジクスに無線が飛ぶ。
シミュレーターとコロニー内での重力下訓練を終えて、アキラ・リアノフ曹長は宇宙空間での実機訓練に出向くところだった。
『万が一にもジオンと遭遇したら、手筈通りに頼むぞ』
「しかし、ここにも攻め込んで来るかもしれないじゃないですか?」
『攻め込まれても、データを消せば、ジクスの機能は渡らないよ。そのデータもパイロット教育用の概要だけだから、たいして使い物にならない。人員も、責任者に警備、整備士と訓練用ジムのパイロットだけだから、拷問されてもろくに答えられないさ』
ジクスの機能試験が終わった段階で、開発者は設計図や重要資材と共に月の本社へと帰っているのだ。
襲われても、残った者は抵抗すらしないで捕虜になるのだろう。
『開発データのコピーは、ジクスコアにもあるから、できるだけコアファイターは残して欲しい。だが、やむを得なかったら自爆させてくれ』
「自爆タイマーは1時間以内まででしたね」
ネオ・フューチャー本社が襲われても、コアファイターを連邦のジャブローに届ければ、目的は達成できる。
コアファイターには、設計図やソフトウエア以外にも、積み重ねられた戦闘データが蓄えられているのだ。
だがそれも、敵対勢力に負ける様では意味がないので、自爆システムが登載されている。
「しかし、重装備だな?」
エレベータに乗ったアキラが愚痴を溢した。
『万が一の為のフル装備と、生命維持ユニットだからな。バックアップできる戦艦が有れば、生命維持ユニットは必要無い』
生命維持ユニットには、パイロットが二週間生きて居られる装備が入っている。
全ては、考え抜かれた危機管理の結果だが、何も無いに越した事はない。
『推進器のリミッターは三段階ある。自動回避システムが起動しているからパイロットが失神しても避けるし、索敵グリーンの一分後に自動停止する』
「シミュレーターでは推進器のMAXが体験できませんでしたからね」
当然、安全機構は解除もできる。
エレベータが止まると、ジクスの指先からマニュピレーターを出してエレベータのコントロールパネルに近付ける。
コックピットで操作すると、サブモニターがマニュピレーターカメラに切り替わり、左のレバーが位置コントロール、右手のグローブが先端に連動する。
「モビルスーツから降りずに、宅配便のサインができて受け取れるなんて、凄いよな」
マニュピレーターカメラを使えば、自分の機体の表面を見る事もできるし、小さい物なら付けたり外したりもできる。
何より、自分の右手と同期しているのが素晴らしい。
気圧調整が終わると、扉が開き、宇宙港への通路が見える。
ジクスを前進させると、壁にあるセンサーが反応して、後ろの扉を順番に閉じていった。
「一気に飛んで行けないのが、まどろっこしいな」
戦艦やユニットの搬出口では無いので、車輌レベルの速度に対応しているのだ。
床はマグネットを使わないと浮いてしまうがスペースコロニーでは標準仕様だ。
宇宙港のメインシャフトに出ると、バーニアで機体を浮かせてジクスを宇宙モードに切り替える。
両方の足裏が浮いているだけで、自動で切り替わりはするのだが。
変形と言っても、単に脚を抱える様にするだけだが、表面積が小さくなるのは、被弾確率が落ちて実戦向きだ。
ジクスは、新型と言うより改良型ゼータガンダムだが、変形機構が簡略化されている。
元々ある、ロボットとしての足腰の稼働範囲が広がっているだけなので、故障も少なく、メンテナンスも容易だ。
変形プロセスや時間も短い。
「シンプル・イズ・ベストだな」
量産化を考えれば、かなり重要なファクターだ。
「ジクスよりNFコントロールへ、これより宇宙空間試験に出る。通信不能になるが光学センサーで追ってくれ」
『NFコントロール了解。気を付けてな、ジクス』
「ジクス、微速前進する」
スラスターで宇宙へ出ると、宇宙港の内部ハッチが閉まりだした。
「機体を譲渡しても、流石に推進器まではゼータやメタスと同じ訳じゃないらしい。さて、デトネーション11エンジンのお手並みを拝見しましょうか」
ゼータやメタスに使われている推進器は、アナハイムが独自に開発したもので、宇宙でも大気圏内飛行でも使えるものだ。
これはアナハイムが特許も持っており、他社が使うのは難しい。
そこで、ネオ・フューチャー社がジクスに使った推進器は、デトネーションエンジンと呼ばれる物で、西暦2013年にロケットエンジンとしての飛行実証に成功している。
このエンジンは、更に改良され、大気を取り込んだジェット燃料での飛行も実現し、現在でも一部では地球から宇宙へのシャトルに使われている。
大気圏での燃費は良いが、燃料タンクが二種類必要となるデメリットもある。
アナハイムの推進器は、原子炉を使った推進器なので、燃料タンクが一つで済むが、大気圏行動も考えたジクスは三種類の燃料タンクが必要だ。
原子炉用、ロケット推進用、ジェット推進用の三種類だ。
これを、解決する為にジクスは、外部にプロペラントタンクを二種類装備できる様にした。
一つは宇宙戦闘の追加燃料としてのタンクで、一つは大気圏内用のジェット燃料だ。
勿論、機体の中にも推進器用タンクはあるので、プロペラントタンクを付けなくても活動はできる。
だが事実上、格闘戦が無ければ、プロペラントタンクの有無はメリットこそあれ、デメリットは無い。
アナハイムの仕様だと、推進器を多用し過ぎると主動力源が尽きて、動かぬ的になるが、ロボット動力源と推進器燃料が別であれば、飛べなくなっても攻撃や防御はできるのだ。
生き残れば助けが来るかも知れない。
「デトネーションエンジン起動!」
ジクスは徐々に加速し、テキサスコロニーを離れたのだった。
テキサスコロニーの周辺で、モビルスーツの噴射光がきらめく。
「宇宙でのマニュアル変形も問題なし。推進器リミッターも、直線的なら問題ないな」
実際に、何度もの機能テストを終えている機体なので、パイロットが慣れる為の飛行でしかない。
加速もいきなり全開ではなく、徐々にシフトアップしていけば問題はなかった。
高速で高機動をしなければ、パイロットの負担は軽減できるのだ。
「宇宙空間でのテストも、ほぼ終えた。試しにウェーブライダー状態での宇宙航行を試すか?」
メタスという変形モビルスーツに乗っていた彼には、当たり前の事だが、この会社では違うらしい。
「変形のオートを解除して、マニュアルでWR形態に変形っと。燃料の変更をキャンセルしないとエンストしちまうな」
ジクスの頭部が戦闘機の様に変形し、真後ろを向く様になる。
脚は折れ曲がったままだが胸や肩のユニットが、多少移動する。
腕の動きを邪魔しない様に折り畳まれていたWRの翼が平たく戻り、背中の部分にウェーブライダーが出来上がる。
モビルスーツとしては、腹のある方が地面に向くが、大気圏突入や重力圏での飛行の時にはWR側が下になり、ロボットとしては背泳ぎの様な状態で飛行形態になる。
ゼータから流用した補助翼が飛び出して飛行形態が完成する。
「コロニー内と宇宙空間で、どれだけ違いがあるものかな?」
何らかのメリットが有れば、それは戦闘や量産化に役立つからだ。
それに製作陣が考えない様な事をするのが【テストパイロット】の仕事と言える。
宇宙空間での速度は浮遊するデブリ、いや、相対的に接近するデブリなどの相対速度が、己の推進速度として測定される。
観測点も目標物の位置も、常に変わるので、それすらも正確とは言いにくいが。
「ジクスでは、宇宙でWR形態に変形しても、速度の変化は無い様だな」
ジクスは、メタスともゼータとも仕組みが異なるので、一概に言えないだろうが、変形によって推進器の向きや数が変わるとは思えない。
例え変形によりスラスターの向きを合わせても、根本的に原理も出力も違うスラスターを総動員したところで、推進力の変化は一割も無いだろう。
慣性飛行に移ったジクスの中で、リアノフ曹長は結果を呑み込んでいた。
「そろそろ、帰投するか?」
やりたい事が終わって、その結果を持ち帰ろうとした時、ヘルメットにアラームが響く。
ピピッ!ピピッ!ピピッ!・・
「衝突警報?いや、索敵警報か!数は2だと?」
索敵警報は、感知した敵の数を5以下のアラーム音で知らせる。
敵の数が4なら『ピピピピッ、ピピピピッ』と言った具合いだ。
敵の数が6以上の場合はうるさくなるのでアラーム上限は5となっている。
バイザー越しに表示を探すと、下方2時方向からの接近が表示されていた。
「チクショウ!ザクか?」
自動でジクスが回避行動をとり、リアノフの頭が揺れる。
モニターに幾つかの光が見えて衝撃が伝わった。
「被弾した?被害は・・・皆無だと?ちょうどWRが盾になったか!」
WRの耐熱面は、ゼータガンダムの盾としても使われた物だ。
大気圏突入の時は、地上からのビームにも対応している。
「迎撃は・・・もう離れてしまって無理か?」
移動方向が一致していないと、宇宙では秒刻みで距離が離れる。
宇宙での急停止も事実上無理だ。
更にはジクスが回避行動で加速したものだから、スキャナーからも消えている。
「厄介な事に、テキサスコロニーからも離れてしまっているな」
ジクスをロボット形態にして、大きめのデブリ目掛けてワイヤーアンカーを発射した。
デブリの質量をブレーキ代わりに使用するのだ。
逆向き推進で速度を落とすのは燃料を消耗するので、燃料を使わない減速方法を選んだのだ。
このワイヤーアンカーは、姿勢制御の他にも近距離武器としても使える。
「コマンド!スキャニング、テキサスコロニーの位置」
音声コマンドでコンピュータが移動履歴と天体図から、目標の位置を視界に表示し、マップも添付してくれる。
「コマンド!映像拡大、テキサスコロニー」
視界のマーカーが、ウインドウを開き、テキサスコロニーを拡大投影してくれた。
コロニーの近くに戦艦らしき影が見えている。
「研究施設の方にも行ったか?時間の問題だろうし、さっきのザクを含めて複数相手じゃ無理が有るな」
敵の総数が分からない上に、単体では作戦行動も取れない。
戦場でのヒーロー願望は、死に直結する事を、彼は幾つも見てきた。
アキラ・リアノフ曹長は、コントロールグリップを強く握って、唇を噛んだ。