03 ジオン
推進器はブースター。
姿勢制御や微速はスラスタ ー。
宇宙で使う推進力は、全て二つ以上の薬剤を反応させています。
核融合も、重水素と三重水素の二種が必要です。
反応比率が一定なので、宇宙時代には二種を一つのタンクにユニット化して、規格統一されることでしょう。
ガソリンの様にパイプで補給とかにはならないと思います。
サイド5ルウムにあるスペースコロニーの残骸に、ネオ・ジオンのムサイが隠れていた。
『サイド5は非武装条約が結ばれていたんじゃないですか?大丈夫なんですか?』
「正確には【協議によるテキサスコロニーにおける非武装・非交戦】な。つまり、サイド5でもテキサスコロニー以外はOKって訳だ」
ムサイと共に隠れているザクIIは、いつでも出撃できる様に待機モードで準備している。
『でも、こんな所で新兵器の開発も無いでしょう?』
「だが、未確認のモビルスーツらしき目撃がサイド5付近で報告されている。動力も生きているコロニーとなると、限られるんでな」
過去の戦争の結果、サイド5にあるスペースコロニーは、テキサスコロニー以外は機能停止の状態にある。
仮に兵器の研究施設があった場合は明確な協議違反だし、違反者に先に撃たせれば正当防衛も言い訳に使える。
『テキサスコロニーには、数日前にコロニー公社の点検が入っただけで、特に動きは有りません。監視カメラの映像もチェック済みです』
「既に場所を移したか、たまたまサイド5を通過しただけか?まぁ、予定通りに、あと半月は現状維持だ」
ネオ・ジオンが情報を得てサイド5に来たのは、半月程前だった。
だが、一ヶ月前にはジクスの機能試験は終了し、地球連邦軍への資料提出と実戦パイロットの手配に、約一ヶ月を要していたのだ。
その時間差のお陰で幸いにもネオ・ジオンにジクスの姿を見られる事は無く、現在に至っている。
ムサイに搭載してきたザクは三機で、うち一機がムサイの中で二時間の休憩を取るローテーションをとっている。
パイロットは四人いるので4日に一度は休めるホワイト勤務だ。
『動きが有れば、掛けたカメラに反応がある筈です。待機任務だと考えて、ゆっくりやりましょうや』
「そうだな!何も無くとも、任務は任務だしな」
テキサスコロニーは勿論、周辺の何ヵ所かに監視用カメラをセットし、中継器を使って画像転送させている。
この周辺は、いまだにミノフスキー粒子の残存が多いので長距離の通信は無理なのだ。
だが、中継器を幾つも使えば、ある程度は可能と言える。
「手ぶらで帰れば、昇格はないが降格になる事もない。戦争とは実際、生き残った奴が一番偉いのだから戦闘が無いのが一番だ。どんなに昇格できても、死んでしまっては元も子もないからな」
このサイド5は、月の向こう側にあるジオンとは違い、月と地球の中間点にある、位置的には地球に最も近いラグランジュポイントだ。
存在が発覚すれば、ジオンに帰るにしても、途中で連邦軍との交戦は免れない。
更には、地球衛星軌道上に駐留する連邦軍も追ってくるだろう。
存在が知られないのが最良なのだ。
しかし、いくらポジティブ思考をしていても、現実は決して優しくなかった様だ。
『カメラで移動する光点を観測。画像解析に回します』
『コロニー公社の予定には有りません』
ムサイの艦橋に緊張が走る。
「シャトルかデブリであってくれよ!数と速度は?」
『数は1、速度はザクの3.5倍強と推測されます』
複数のカメラを通過するタイミングから、速度が予想できる。
「民間の速度じゃ無いな。兵器だとすれば、テキサスコロニーで決まりだろう」
『まだ、デブリの可能性も捨てきれません』
宇宙のデブリには、マッハ10を越える物もある。
「連邦軍だとすれば、流石に【赤い彗星】対策で速度は上げてあるか?」
ザクIIの推力リミッターを外せば、約三倍の速度が出せるらしいが、その速度を実戦で使いこなせる者が皆無と言われている。
この飛翔体も、軍のリミッター外しのテストなのかも知れない。
『再確認。近くに艦影無し』
いまだに、単独で長距離航行できる兵器の情報は無い。
戦艦から来ているとなれば、隠れている彼等が動く事はないが、サイド5からなら動かなくてはならない。
この半月の間に戦艦もモビルスーツも観測は無いので、半月以上隠れた戦艦があるとは考え辛い。
『テキサスコロニーの宇宙港に仕掛けたカメラで、飛行体の発進を確認しました』
「確かテキサスコロニーは無人の筈だよな?」
更に悪い知らせは続く。
『カメラがミノフスキー粒子の濃度変化を観測。目標は軍の兵器で間違い無いでしょう』
『画像解析の結果では連邦の変形モビルスーツと思われます。ただ、データに無い機種の様です』
動力源として、ミノフスキー式の原子炉を使っているのは、大型船とモビルスーツ等の兵器だけだ。
特に戦略以外でミノフスキー粒子をばら蒔く事はない。
「連邦軍で間違い無しか?クソッ!俺達の平穏をぶち壊しやがって」
ザクのパイロットも、否が応でも昇格したい訳ではない。
『会敵可能位置を算出、データを転送します』
「データ確認。ザク2011出撃する。最大推力30秒」
『2108、続きます。最大推力30秒』
待機モードを解除したザク2機が発進する。
宇宙空間では、容易に進行方向を変えられないので、相手の移動を計算に入れた先読みでコースを決めなくてはならない。
慣性の法則を使い、できるだけ推力や姿勢制御をしないように工夫する。
頻繁にコースを変える様では、すぐに推進燃料が底をつき、帰投できなくなるだろう。
この世に【無尽蔵なエネルギー源】など無いのだから。
「通信を中継器とリンク。011よりムサイ、聞こえるか?」
『こちらムサイ、感度良好。ザク2055の発進準備をさせています。オーバー』
「011よりムサイへ。055はムサイと共にテキサスコロニーへ向かえ。伏兵が有るかも知れない。内部だけでなく外部も再確認させろ。オーバー」
『ムサイ了解、テキサスコロニーへ向かいます。オーバー』
コロニーの外部に、見慣れぬユニットの形で、戦艦もどきや開発工場が付属しているかも知れない。
過去のテキサスコロニーの情報と再比較する必要がある。
「011より108へ。会敵までに注意しておく。相手が一機という事は、機能テストなどではなく、実戦パイロットの可能性が高い。で、速度もザクの3倍以上ときている。捕獲よりも遠距離撃破するつもりでかかれ」
『108了解。隊長は連邦の変形モビルスーツとの経験が有るのですか?』
「噂の贅沢ランダムとかレタスとか言うフザケタ名前の奴か?無いが、俺の歳になると戦闘機との交戦経験はある」
『確かゼータガンダムとメタスです。速い敵なら戦闘機みたいな物ですね』
無重力空間では、取っ組みあいや鍔迫り合いの様な近接戦闘は有り得ない。
攻撃の作用は、反作用として自らに帰ってくるし、相手も押し流されていくからだ。
更に慣性の法則も加わり、余程の計算能力か経験が無ければ、常に一撃離脱か航空機同士の様なドッグファイト、遠距離攻撃のどれかか、組み合わせになる。
「108へ。会敵した後は攻撃後に、右に回転旋回しながら奴の後ろを狙う。衝突しない様に注意しろ。推進は10秒だ」
『108、10秒了解。相対向きを合わせます』
宇宙空間には上も下も無い。
進行方向が同じ同僚の右が、自分の右とは限らない。
だからザク108は、011に頭の向き、相対向きを合わせる必要が有るのだ。
ザクのコンピュータが、右から接近する物体を認識した。
近付けば向こうにも察知されるが、噴射をしていない双方は、普通ならデブリとしか認識されないだろう。
こちらだけ、続けている観測により、高速のデブリとは区別できている。
今回携帯しているビームライフルは、過去のザクライフルの様に実弾ではないので、到達までの時間差を計算する必要は無い。
先読みしなくても、見える範囲を射てば良いのだが、距離によるビームの減衰は避けたい。
「011より108へ。攻撃のタイミングは合わせろ」
『108、タイミング合わせ了解』
敵のコースとザクが慣性飛行しているコースは、多少ズレている様だ。
だが、格闘戦では無いので、多少の距離がある事に問題は無い。
「あまり、近付き過ぎるのも察知されるか!108、再確認する。ビーム三連射の後に右回転開始、最接近と同時に最大推進10秒。軸線合ったら再度ビーム連射だ」
『108、了解』
「ターゲット、ロックオン!自動追尾セット!カモフラージュシート廃棄。カウントダウン、3・2・1・撃て!」
光学センサーで形状の特徴を見抜かれないように、シートを被っていたザクから飛翔体に向かって、6発のビームが飛ぶ。
横からの急襲に反撃は難しいのだろう。スラスターと単発の噴射で、飛翔体の軌道が多少変化した。
ザクが右から来る物体に対して、スラスターで右回転をするのは、フロントカメラで標的を見失わない為と、推進器の向きを横に変える為だ。
スラスターで進行方向は変わらないので、10秒の横向き推進でコースが弧を描く様に曲がる。
自動追尾が作動して、スラスターが制御される。
「連射しろ!」
『了解』
飛翔体の去り行く方向へ向かって、幾つものビームが飛んでいく。
「ちっ!外したか?逆方向スラスター作動!機体を安定させろ108」
『ちょっと待って下さい。隊長』
少しタイミングがズレたのか、108がかなり遠くに移動していた。
「011よりムサイへ!敵を撃ち漏らした。最終的な行き先はテキサスコロニーだろう。011と108もコロニーへと向かう。オーバー」
『ムサイより011へ。了解した。状況はコロニーへの派兵を完了。ムサイとザクで外壁を調べている。オーバー』
「011、了解」
ザクで、あの飛翔体に追い付ける訳が無いのだ。
テキサスコロニーから来たのであれば、奴もコロニーで補給が必要になるだろう。
先回りが有効だ。
『隊長。コロニー内部にザクを持ち込まなくて大丈夫なんでしょうか?モビルスーツが他にも居たら」
「心配するな。モビルスーツは対人攻撃には向かないし、突入部隊は、対モビルスーツ用兵器も持っている」
こちらに有利なのは、あの速度では、新型兵器も方向転換にも燃料と時間を消耗する事だ。
高性能は高性能なりに消耗して、再会の際には疲弊しきっているだろう。
余程の革新的技術開発が無い限りは、高性能になれば質量が増し、質量が増せば燃費も悪くなる。
補う為に燃料タンクを大型化して高性能を保てば、反比例して更に燃費が悪くなる。
小型化、高性能、軽量、高機動、強靱などを兼ね備えるのは、現実には不可能なのだ。
「011より108へ。推進器のリミッターを解除して、テキサスコロニーへ向かう。オーバー」
『了解です。テキサスコロニーの方向を確認しました。でも俺はリミッター外しは初めてなんですよね』
「まぁ、死にはしないさ」
直線的で、数回に分けた加速ならば、パイロットに対する負担も少なくて済む。
テキサスコロニーの位置は、中継器をナビ衛星の代わりにして、相対位置を割り出せるのだ。
「011よりムサイへ。帰投後に補給を頼む」
『ムサイより011。補給準備の件、了解』
二機のザクは、テキサスコロニーへ向かって一次加速を開始した。
「011より108へ。オートモードで失神しても大丈夫だが、二次加速の前に、バイザーを開けてゲロ袋を用意しておけよ」
『やっぱり、そうなりますか?』
「誰でも初めては有るさ」
星の中に消えていくザクから悲鳴が聞こえたかどうかは、定かでない。