02 ジクス
子供の時は『可愛い、カッコいいは正義!』だったけど、大人になると『造形美』だけじゃなく、『機能美』や『倫理性』、『利便性』、『社会性』、『コストパフォーマンス』や『物理法則』なども重要視されていく。
特に、視聴者に金のかかるOVAなどには、後者の傾向がある。
いわゆる『小うるさい奴』な訳だ(笑)
幾つものセキュリティドアを経て到着した格納庫には、一機のモビルスーツが立っていた。
少し埃っぽい空気に、アキラはポケットからハンドタオルを出して口を覆う。
「これが、当社の開発したコード【MSZ-009X-NF3】。我々はジクスと呼んでいます」
警備兵の案内を聞いて灰色の機体を見上げると、【ZIXX-NF3】と小さくペインティングされている。
Z IX(9号機用) X(試作機) NF(ネオ・フューチャー社) 3(第三バージョン)の略らしい。
「プロト機にしては、随分と焼けているな?」
「見掛けない人だけど、パイロットかな?」
案内してくれた警備兵が、整備員の疑問に頷いて答えていた。
「これは試験飛行で大気圏突入を五回もやってますからね。塗り直したいですけど、色々と忙しくて」
作業員が、片手間に答えてくれた。
ジクスの横では、他のモビルスーツを解体している作業員が居る。
よく見るとジクスもだが、解体中のモビルスーツも、各所に資料で見たゼータガンダムのパーツに似たものがあった。
「確か、こっちは完成してるんだろう?いつから乗れる?」
「そうですねぇ。先ずは、機能説明とシミュレーターをやってもらわないと、ジムやメタスとは異なりますから」
前線では戦ってきた彼は、整備員の返事に少しカチンときた様だ。
「操縦系に汎用性が無いのか?」
「基本操縦は同じですし、オートモードがありますが、大気圏突入モードやマニュアル切り替え、特殊機能が有るので訓練が必要です」
確かに、いきなり乗って壊されては、かなわないのだろう。
「分かった。だが、コックピットに乗るくらいは良いだろう?」
「しかないですね」
整備員が搭乗用のリフトを稼働させた。
「コックピットは胸じゃ無いのか?」
「コイツは首の辺りですね。メタスより狭いですよ」
従来のモビルスーツは、コックピットが胸に付いていた。
リフトは更に上がり、頭部に近い。
「顔と言うか、目が無いんだな?」
「メインカメラは頭に有るでしょ?だいたいマルチカメラ使用で、ロボットに人間みたいな目や顔が必要なんですか?」
このジクスには、【ガンダム】と呼ばれる物に特有の【目】が無かった。
その部位に青いラインがあるだけだった。
「それを言ったら、頭も必要無いだろう?」
「そこは、軍部にゴリ押しされましたから仕方無く」
ジオンの方では、モビルアーマーと言う非人間型の兵器が有り、連邦でも【ボール】と呼ばれる物がある。
確かに思考制御やモーショントレースでもない限り、人間と同じ形である必要は無いのだろう。
人間の鎖骨にあたる部分のスイッチを触ると、頭部の前面が競り上がるり、首の部分が顕になった。
その、首の中にコックピットがあった。
パイロットシートには見慣れぬヘルメットが乗っている。
「コックピットは旧型なのか?全天型モニターじゃ無いんだな?何だか昔に乗っていた戦闘機を思い出す」
整備員が、明確な不快感を顔にした。
従来のジムなどのモビルスーツは、カメラアイをフロントモニターに映すタイプだったが、メタスなどは全天型モニターになっている。
「最新型ですよ。コックピットはコアファイターも兼用してますから。第一、スペースを取るし強度も落ちる全天型モニターなんて、駄作でしかありません。コレには予備にフロントモニターも有りますが、あくまで予備です」
コアファイターとは、RX-78ガンダムなど初期のモビルスーツに採用されていたコックピットシステムで、モビルスーツのコックピットと動力部が脱出用戦闘機に変形するものだ。
機体を三つのパーツに分けて個別の整備や入れ換えが可能なメリットがある。
コアファイターだけ見ても、モビルスーツと戦闘機の兼用が出来るが運用が難しく、脱出ポッドも兼ねた全天型モニターシステムにとって変わられた。
だが、推進力を持たない脱出ポッドでは、パイロットの生還率が低く、大きさも敵の標的にしかならないとの話が上がっている。
「兎に角、乗ってヘルメットを被り、バイザーを下ろしてみて下さい。待機モードですがモニターは使えますから」
コックピットの開閉ボタンは、メタスと同じ辺りにあった。
アキラが言われるままにコックピットを閉じると、フロントモニターが目に入る。
「幾つか見慣れない機器は有るが、操縦系はメタスと大差ないか」
次にヘルメットを被ってバイザーを下ろすと、事態は一変した。
「これはVRゴーグルなのか?」
モビルスーツの操縦系はバイザー越しにも見えているが、他の全てが消えた状態で、外が見えている。
格納庫の天井側は勿論、後ろも股の間にある床すら、首を動かすだけで見えるのだ。
操縦士自身の体が視界を遮る事もない。
「専用のグローブを着ければ、手だけは映す事ができますよ」
外に居る整備員の声が響く。
「これは凄いな。確かに全天型モニターは不要だ」
VRゴーグルは使い古された技術だが、確かに操縦系は相対位置が変わらないし、その状態はコンピュータが把握している。
ヘルメットのカメラが、コックピット内のリアルな状態も映しているらしく、異物(アキラが置いたハンドタオル)すらも見えている。
当然、モビルスーツのコンディションもゴーグルに表示されている。
アキラはニヤケながらヘルメットを脱ぎ、コックピットの開閉ボタンを押した。
「コックピットだけ見ても、凄いモビルスーツじゃないかコレは?」
「アナハイムなんかには負けてられませんからね」
称賛に勝利を確信した整備員が笑顔をこぼしている。
「じゃあ、さっそく説明とシミュレーターを受けないとな」
「いえ!曹長。個室の案内が先であります」
モビルスーツを降りるアキラを、案内係りの警備兵が笑いながら突っ込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
部屋の位置を確認したアキラは、小会議室でモビルスーツの説明を受けた。
機能試験の映像を、パイロットモニター側と随伴撮影班両方平行して見せてもらえるのは助かる。
「曹長はモビルスーツでの大気圏突入経験が無いですよね?姿勢制御などはオートモードが有りますから、可能な限りはソレを使用して下さい。シミュレーターではマニュアルで訓練して貰いますが」
「宇宙空間での変形はないんだな?メタスだと接近戦とか重力圏内以外はWR形態だったが」
「ジクスの場合は、WRになるのは大気圏突入時と、大気圏内高速移動の時だけです。大気圏内での戦闘にWRモードは不向きですから」
同じ変形モビルスーツと言っても、戦闘仕様がメタスとは違う様だ。
そもそもモビルスーツでドッグファイトをするのは本末転倒なのだ。
大気中で超音速の出せないモビルスーツは、地上からの標的に過ぎない。
「変形と言う程では有りませんが、無重力戦闘では脚を曲げた状態が基本になります。脚側に地面や異物がある場合は、自動で伸びますけど」
「推進力に変化が無いのであれば、確かに宇宙で変形は意味がないな」
宇宙空間では空気抵抗がある訳ではないので飛行機に似た形状に意味はない。
また、モビルスーツ形態で進む時も推進器の関係で、潜水で泳ぐ時の様に前傾姿勢になるので、敵からの被弾面積が増える事もない。
変形により、推進器の向きが統一される場合はメリットが有るが、変形しないと推進器の最大出力が出せないのであれば、モビルスーツ時の戦闘で不利となるだろう。
「戦闘時は、腕の動きの邪魔になるのでWR翼は折り畳まれています。基本的に仰向けで寝る事は出来ません。WR状態でなら仰向けで寝れますが、立つ時は強制飛行で起きる必要が有ります。簡易移送の時は四つん這いがお勧めですね」
メタスにも、仰向けには問題がある。
ただ、WRの時に俯せ状態のメタスやゼータに対して、このジクスは仰向けでWRになるのが特殊だ。
「常時WRを背負っているジクスは、変形の複雑さを解消していますので、その分強度が増しています。盾を、そのままWRにする案も有りましたが、重力圏内では構える腕の負担が大きくなるので、却下されました」
ジクスは、システムの簡略化と大気圏突入に重きを置いたモビルスーツとの事なので、重力圏内での仕様も重視されている。
資料映像によると、オリジナルのゼータガンダムは重力圏内でも空中変形をしているが、あのアームは質量や空気抵抗に抗える特殊仕様なのだろうか?
「プロトタイプは、コストパフォーマンス無視で作られる事が有りますが、ジクスは量産も考慮に入れた設計になっています」
このプロトタイプを採用しても、これがそのまま量産される訳ではなく、更に削ぎ落とされた物が再開発されるのだ。
だからと言って、ゼータの様な発注者の要望が無い限りは、量産を見越した開発が当然となる。
「ところで、ジクスの隣で作業中のモビルスーツは、何なんですか?」
アキラが見た範囲だと、作業員がモビルスーツを解体している様にも見えた。
「アナハイムの様な大手はいざ知らず、中小企業の我が社ではセキュリティは厳しくできても、防衛に関しては万全とは言えません」
大手でなければ裂ける予算に限りがある。
「連邦のモビルスーツを作る上では、連邦の軍事機密も幾つか織り込むのですが、敵に襲われた時にソレを奪われない為に、社内で不合格になったモビルスーツを解体しているんです。こんな秘密の研究施設にもジオンの残党らしき姿が目撃されていますので」
「まさか?こんな廃棄コロニーにまで?」
「社内で、何度も機能試験をしましたからね。モビルスーツは勿論、資料関係も複数の場所にあるボタン一つで簡単に消去できる様にしています」
整備員も、大気圏突入試験をしたと言っていたし、模擬戦も限界試験もやったのだろう。
コロニー公社の誰かの報告書に、謎の飛行物体や謎の怪光があったのかも知れない。
または研究施設に通う物資の搬送が知られたのかも知れない。
「ですから、できるだけ早く実戦試験を終えたい訳なんです」
数時間の説明の後に、数日のシミュレーター訓練が行われた。