01 密航者
知ってます?
ガンダムとかモビルスーツは、昨今の戦闘機ぐらいの大きさしかないんですよ。
コアファイターなんて零式戦闘機より小さいんです。
人類がスペースコロニーを使った宇宙移民を始めて、百年近くが経っていた。
そのスペースコロニーの一つが地球連邦からの独立を目指して行った戦争も、一応の収束を見せたが、いまだに【平和】とは言い難い状況は続いている。
テキサスコロニーは、月と地球の間にあるラグランジュポイント1付近にあるコロニー群サイド5【ルウム】で、壊滅を免れた唯一のコロニーだ。
ミラー調整が不能な為に、気候が悪化して住民は退去したが、生存不可能な状況には陥っていない。
いまだに修復は先送りされているが、定期的にコロニー公社が軌道修正の確認に訪れている。
そんなコロニー公社の定期便が、テキサスコロニーの宇宙港に到着した。
格納庫のエアーロックが閉じると、ヘルメットを外した乗員が二人、船外へと降りてきた。
「船の固定は俺がやっとくから、お前はコントロールルームに向かってくれ」
「分かりました、船長!」
一人が奥に消えたのを確認して、船長と呼ばれた男が咳払いをした。
「ゴホン、ゴホン!」
空気で満たされた格納庫に、その音が響く。
その直後、シャトルのランディングギアの格納スペースから、鏡が少しだけ頭を出して周りを見回していた。
船長以外の姿が無いのを確認すると、中から民間用のノーマルスーツを着た人影が現れ、素早く換気用のダクトへと姿を消してしまったのだった。
シャトルに背を向けたままの船長は、視界の端でソレを確認すると、静かに溜め息をつく。
「(本当に物好きな奴だ。帰る手段は有ると言ってたが、それまで生きて居られるかも分からないのに。まぁ、俺は金を貰ってるし、発覚しても公社の保安部が処罰されるだけだしな)」
宇宙港には監視カメラも有るが、船長は気が付いたそぶりを見せてはいない。
彼は『密航者の存在に気が付かなかった』のだ。
船長は、シャトルの方には見向きもせずに、固定用フックを出す操作を続けた。
テキサスコロニー内では、砂ぼこりが舞っていた。
巧みに換気用のダクトを通り抜けてコロニー内へと出た人物は、20代後半の男だ。
既にダクト内で着替えたのだろう。男はノーマルスーツではなくゴーグルにマスク、リュックを背負っていた。
チョット見では、登山家や探検家にも見える。
「そんなに遠くじゃない筈だが?」
男は手持ちの機械で何かを探して歩き回る。
やがて辿り着いたのは、不自然に膨らんだ2メートル弱の砂の小山だった。
「これか?」
男は、砂山に手を掛けると、体重をかけて引っ張った。
すると、砂山・・否、砂山に偽装したシートの下から現れたのは、荒地用の電動カーだった。
「生体認証は右手で・・・OKっと。バッテリーは・・・まぁ、大丈夫だろう。あとはナビを起動して・・・」
車に乗り込み起動させると、男はナビに従って車を走らせ始めた。
砂ぼこりで視界は百メートルも無いが、これは宇宙港の近くだけだと聞いている。
ナビに従って小一時間も走ると砂ぼこりはおさまり、遠くに建物が見えてきた。
「ここは、飛行場か?」
ナビが示していたのは、放棄された飛行場で、三つある飛行機格納庫は全てに爆撃の跡が見てとれた。
管制塔や宿舎、幾つか見える倉庫には銃撃戦の跡もあり、とても機能しているとは思えない。
「向こうからも見えている筈何だが・・・・そうか、合い言葉があったな」
車に備えつけられている無線機のマイクを手に取ると、男はマイクスイッチを押した。
「あ~、パスコードNFZ。ノーベンバー、フォックストロット、ズールー。パスコードNFZ。ノーベンバー、フォックストロット、ズールー」
教えられた暗号をフォネテックコードでも発信してみる。
しばらくすると、壊れかけた倉庫の一つが静かに扉を開いた。
「あそこが入り口なのか!」
男が車を進めて倉庫の中に入れると、地面に車を停めるべき白い枠線が描かれてあった。
そこへ車を停めると、ゆっくりと扉が閉まる。
一見して無人の倉庫だが、すぐに銃を構えた数人の男が姿を現した。
警備兵の様だ。
「両手を上げろ」
言われるままに両手を上げると、背後から左手の手袋を外され、携帯バッドを当てられた。
「確認OK!クリアです」
警備兵達は、一斉に銃を下ろして敬礼をした。
「御待ちしてました、アキラ・リアノフ曹長。此方へどうぞ」
「お出迎え、ご苦労様です」
マスクとゴーグルを外して二人の警備兵に導かれるまま、倉庫内の輸送用コンテナの中に入ると、それはエレベータになっていた。
後ろを振り返ると乗ってきた車が、床から競り上がってきた壁によって囲まれ、コンテナへと偽装されていくのが見える。
床は埃にまみれていたが、あの印は、その為のラインだったのだろう。
エレベータの扉が閉まると、僅かな振動と共に、エレベータが降りていくのが分かった。
エレベータが止まって扉が開くと、通路ではなく小部屋があった。
「この部屋で衣服を脱ぎ、アナウンスに従ってお進み下さい」
見ると、部屋にはシャワーやタオル等が用意されている。
「砂ぼこりを落としたかったんで、助かるよ」
警備兵をエレベータに残して、アキラ曹長は小部屋へと入った。
小部屋には監視カメラも有るが、気にしていては兵士は勤まらない。
さっさと全裸になると、彼はシャワーを浴びて汚れを落とし、洗面台でうがいと吸水をした。
タオルで拭き終わった頃にチャイムと共に別の扉が開いた。
「先の部屋へお進み下さい。床の二重丸の小さい方に入って直立して下さい」
コンピュータ音声だ。
次の小部屋には、床に二重丸が描かれており、内側の丸は直径が1メートル少ししかない。
「CTスキャンを行います。両脇が競り上がりますので、目を閉じて動かないで下さい」
小さい丸の中に立つと、モーター音と共に外側の丸との間が競り上がってきた。
目を閉じて暫く待つと、やがてモーター音が止む。
「終了しました。目を開けて服を着用して下さい」
床は元の状態に戻っていた。
壁の棚を見ると、地球連邦軍の制服が用意されている。
手に取るとアキラ・リアノフのID付きだ。
彼には経験が無いが、新兵器開発の現場というのは、セキュリティレベルが異常に高い様だ。
一切の私物の持ち込みや、持ち出しを禁じて、体内までチェックされる。
着替えが終わると、チャイムが鳴り、別の扉が開いた。
「リアノフ曹長、所長が御待ちです。御案内いたします」
警備兵が、先に歩いて通路を進む。
「つかぬことを聞くが、ここには女性の案内係りは居ないのかね?」
「設備が倍に必要になりますし、トラブルの元なので、男性だけとなっております」
トイレ、更衣室、入浴時間、生理用品と、男女の混在は各々が二種類必要となる。
「それはそれで、逆に恐いな」
戦闘の前線でも、同性愛に走る者は居る。
ましてや、ここは、かなり閉鎖的施設の様だ。
何年も男ばかりの場所に閉じ込められていると、人間は変になるものだ。
「(早く仕事を片付けて、オサラバしないとマズイな)」
少し眉間に皺をよせて、アキラ・リアノフは歩を進めた。
「アキラ・リアノフ曹長がみえました」
『入室を許可する』
所長室のインターフォン越しに、年配男性の声がする。
室内に入ると、恰幅の良い軍人が机に座っていた。
「アキラ・リアノフ曹長、武器試験官として着任致しました」
気を付けをして敬礼をする。
所長は着座のまま敬礼を返してきた。
「ネオ・フューチャー社MSZ計画部門の所長・・・いや、監視官のカーネル・ジャミフ中佐だ。まぁ、楽にしたまえ」
「いえ!小官は、このままで結構です」
着座をすすめられたが、断るのが礼儀の場所もある。
何よりアキラは、早めにココを立ち去りたかったのだ。
所長の横に座っていた秘書官の男性が、小柄な体格で、薄く化粧をしているのが見えたからだ。
「そうか?まぁ、良い。聞いているとは思うが、君には開発した新兵器の実戦テストを頼みたい。企業側で既に性能テストは終えているが、更なる改良が必要かも知れないので、現場での使い勝手を報告して欲しい」
企業が新兵器の開発をする際に、軍部の監査が必要となる。
この中佐は、その監視役という訳だ。
新兵器の開発テストなので、人事部以外には前もって詳細を告げられてはいない。
開発内容が少しでも外部に漏れない様にする為だ。
試験官にも、移動途中で誘拐される可能性やリークする事を恐れて、詳細を教えられてはいない。
「【MSZ計画】と言いますと、新しいゼータガンダムですか?」
「そうだ。君は、戦闘機もモビルスーツも経験があり、メタスでも戦果をあげたとか?」
「エースパイロットではないですけどね」
「どうやら、そっちはアナハイムに持っていかれたらしい」
所長と曹長の両方に苦笑いが浮かんだ。
RX-78ガンダムとは、地球連邦軍がスペースコロニー/サイド3との戦争において開発した巨大な人型の有人兵器【モビルスーツ】だ。
MSZ-006ゼータガンダムは、そのガンダムの流れを汲み、地球の大気圏突入能力を持つ可変型の物だった。
曹長の乗っていたMSA-005メタスは、ゼータガンダムの可変機能を取り入れたモビルスーツだったが、量産型で大気圏突入能力は無い。
「(研究施設に左遷かと思いきや、面白い事になってきたな)」
リアノフ曹長の顔に笑みが浮かぶ。
「まぁ、何はさておき、現物を見てもらおうか?」
所長はリアノフ曹長の後ろに立っていた警備兵に合図して、退室を促した。
どうやらリアノフ曹長は、所長の好みのタイプではなかった様だ。
リアノフは、安堵の表情を隠しながら、所長室を後にした。