11 追撃戦
ジクスの受動的センサーに、複数の能動的センサーの反応がある。
多方向からジクスを探している様だ。
「アクティブセンサーカットを再確認。相対位置記録と光学観測で、別動隊の位置を・・・っと発見」
ここでジクスがアクティブセンサーを使えば、それを逆探知されかねない。
だが宇宙では、ある程度の目安がないと光学観測での索敵は無理だ。
ただ、前回の接触後のジクス自身の移動は計算できるので、逆算して別動隊の位置が予測できる。
姿勢制御と推進で、先程遊撃した別動隊にとって斜め前方から向かうジクス。
人間には、下手に学習能力があるので、前回攻撃された後方へと無意識に注意が向かっているだろうから。
リアノフは、段階的に加速して、最高速に到達させた。
先程までロボット形態だったジクスだが、脚を縮めWRを展開して【見た目】を変えている。
「これで接触後には、複数の敵に狙われていると勘違いするだろう」
超音速で通過する物の映像を詳細に観測するのは難しい。
一見して、別のモビルスーツとモビルアーマーに見えるだろう。
複数の敵を相手にしていると思い込むと、目前の敵だけに集中できずに攻撃が散漫になるものだ。
敵に近付くにつれ、光学観測で、より正確な情報が入ってくる。
「敵も予備を出したか?早く片付けないと他が戻って来るか」
ジクスの攻撃から残ったモビルスーツ七機のうち、三機がジクスの追撃に出た筈だった。
残りは四機の筈だが実際に観測すると、モビルスーツは六機になっている。
宇宙での効率的旋回には多くの時間を要するので、敵が準備できるのも仕方がない事だ。
勝算もなく、無理な急旋回をすれば、推進用の燃料が尽きて格好の的となるのだから。
「でも、これでモビルスーツは全部だろうな。二隻の戦艦に六機づつと言ったところか?目一杯積んできたんだな」
調査では、戦艦ムサイにモビルスーツは六機しか積めないらしい。
「あとは少しだけローリングを掛けて、前回と違う見え方を演出・・おっと、目が回るな。モニターで調整しよう」
スラスターを調整し、ジクスを野球の投球の様にゆっくり回転させながら、戦艦を目指す。
ジクスのセンサー撹乱塗装は全面に塗られている訳ではないので、多方向からのセンサーには、回転する事で現れたり消えたりして見える筈だ。
前回と同じように、ブースター起動を最小限に抑えて、遠距離から慣性移動で接近していく。
ブースターを完全停止させないのは、点火の失敗をしない為と、加速への移行をしやすくする為だ。
また、今回の回転運動への変更は、センサー反応の他にもメリットがある。
回転運動は、隕石やデブリに有りがちな動きで、コンピュータでも判別が難しくなるのだ。
それは、通常のモビルスーツや戦艦は、この様な非効率なローリングをしないからだ。
この方法は、宇宙での慣性移動だからできるもので、元は戦場で破損したザクを見て真似た戦法だった。
こうすると、光学観測で移動物体として見付けられても、隕石やデブリとの判別は難しい。
特に地球と月の間である現在地は、特に隕石が多いからだ。
21世紀でも地球には、毎年二万個前後の隕石が突入している。
地上まで到達するのは僅かだが、引力に引かれて地球圏に来た総数は、その数倍に及ぶ。
単純計算でも毎日百個前後の隕石が、この地球の近くをうろついているのだ。
「光学観測で戦艦のエンジンと艦橋に二発づつターゲットロックオン。攻撃プログラムをセット、射程距離到達一秒前にスラスターで姿勢制御。自動照準でヒューマントリガー設定。攻撃後の回避運動も自動にセット」
【ヒューマントリガー】または【ヒューマン インザ ループ】とは、攻撃の最終実行を【全自動】ではなく【人間の手で行う】という物だ。
これは誤射防止や中断できる様にする為だ。
現在は、緩やかな回転をしながら飛んでいるジクスだが、モニターのコンピュータ制御により、コックピット/VRゴーグルでは真っ直ぐ進んでいる様に見える。
「この速さでも、やはり船酔いみたいになるな」
宇宙パイロットは、船酔いに耐える様に訓練もしている。
だが、決して気分が良い物ではなく、行動が鈍るのは間違いないので、その為の【半自動化】でもある。
モニターが、射程距離までのカウントダウンを表示し始めた。
「3・2・1(姿勢制御)・シュート、シュート、シュート、シュート」
回転を止めてビームライフルが四回の砲撃を終えると、プログラム通りにスラスターとブースターが回避行動の為に起動する。
姿勢制御をして動きを止めなくとも攻撃はできるが、攻撃後の回避行動の効率を高める為だ。
「クソッ!回転の相殺が不十分か」
まだ、少し回転しているジクスを、マニュアル操作で直していく。
回転運動の修正は、宇宙パイロットの基礎なので、短時間で修める事ができた。
「(ズズン)」
その直後、攻撃のビームが何発が飛んで被弾して振動が伝わる。
「危なかったな」
背中に盾代わりのWRを背負うジクスは後方からの攻撃に強いが、プロペラントに当たれば被害が出るところだった。
『接近警報!』
「なにっ?」
後方を振り向くと、ピックアップウィンドウが炎にまみれたザクを写し出している。
「プロペラントと追加ブースター付きを用意していたか?ジクスの最高速は知られていなかった筈だが」
兎に角速い装備を用意していただけかも知れないが、その速度はジクスの最高速を上回る様だ。
「クソッ!しつこい奴は嫌われるぜ」
何度も逃げようと、高速でのドッグファイトを繰り返すが、徐々に距離が縮まる。
「だが、こんな速さを求めれば、無理が生じているだろうな」
徐々に加速したジクスと違い、明確に無理な急加速をした追い付き方だった。
恐らくだが、無理な初速度でパイロットは失明か失神しているだろう。
急加速前にセットした自動追尾で追っているに違いない。
その証拠に、追尾していても攻撃してこないのだ。
「戦艦は二隻とも轟沈したから、自爆覚悟か?」
これで、本隊までやられたら、彼等に帰る術がない。
捕虜の収用限界も有るから、降伏しても受け入れられるか分からないだろう。
「死んでも強敵を潰しに掛かる気か?だがなっ!」
ジクスは直線運動の途中でバルブが少し開いたままのプロペラントを切り離し、脚を伸ばして蹴り出した。
当然、真っ直ぐ追ってきたザクへと向かう。
自動追尾で特攻覚悟のザクは、本体とプロペラントの区別がつかないので避ける事はしない。
空気抵抗も無い宇宙で、御互いの相対速度も方向も大差無いので、見た目にゆっくりと接触した所に、慣性移動で振り返ったジクスがビームライフルでプロペラントを撃ち抜く。
「まだ半分以上残っていたんだがな」
ロケット燃料に引火し、ザクがバラバラに崩れていく。
時間差でザクのプロペラントも誘爆していく。
爆発の反動で、ジクスも衝撃波を喰らってグルグル回りだした。
「クソッ!クソッ!クソッ!」
通常のモビルスーツなら、この状況で宇宙の彼方へ吹き飛ばされて終わりだが、高出力推進器を持つジクスは予定外の動きに自動で対応して姿勢を安定させる。
しかし艦隊から、かなり離れてしまった上に、姿勢制御で燃料をかなりの消耗をしてしまった。
「現在位置を再計算。艦隊の位置を予測。クソッ!離れていくな」
コンピュータの表示する艦隊との距離が、次第に大きくなっていく。
噂の【ニュータイプ】ならは、こんな位置計算など要らないらしいが。
地球の位置と推定される艦隊の位置から、コンピュータにランデブープランを作成させる。
「時間が経つにつれて状況が悪化するか?直ぐに実行!」
宇宙での生存は、時間と燃料の勝負だ。
決断と行動が遅れれば、それは死に繋がる。
悩んでいる時間は無い。
ジクスのスラスターが作動し、推進器が唸りを上げる。
「まさか、巡回艦隊が全滅してないだろうな」
まだ、艦隊の位置とは距離が有るので、状況は掴めない。
「おっと!敵味方識別装置を起動しとかないと、面識の無い仲間に攻撃されちまう」
IFFも電波を発するので、隕石に化ける為に止めておいたのだ。
二次加速、三次加速と速度を上げ、ジクスは慣性飛行へと移った。
最大加速まで持っていけば、ランデブーは早まるが、著しく燃費が悪いのだ。
「推進燃料は、まだ余裕があるな」
寸前までプロペラントを使用していたので、加速後も機体内タンクには八割以上残っている。
「ランデブーまで3時間か?後は、できるだけ酸素の消費量を抑えておくか」
艦隊全滅という最悪の状況に備えて、リアノフは目を閉じたのだった。