迷いとは立ち止まらず歩き続けている証拠である4
そうだった。
俺は今の状況を理解した。
(鏡がある・・・)
目線の先程の鏡がある。
一点集中で見つめていた自分の姿。
ふと、鏡に映る俺以外の物体。
そこからゆっくりと少しずつ視野を広げていく。
人が九名。円卓を囲み座っていた。
(厳格な顔つきだ・・・)
俺と同じ服の人間が五名、軍服を着た人が四名だ。
殺伐として重苦しい雰囲気。
「何を突っ立っている。席に座れ」
「は、はい」
俺は空いていた上座の椅子を音を立てずに引き、座った。
「では、続けよう。・・・戦争に賛成の者は挙手をしてくれ」
向かいに立っているローブを着た老人がそう聞いた。
向かって左に居る人間はスッと手を挙げ、右側に居る人間は、顔を背けたり俯いたりとして仕草で反対を表す。
当然俺も反対の意思を見せた。
「・・・」
誰もが口を紡いでいる中、始めに立ち上がり声を上げたのは手を挙げていたローブ姿の男だった。
「か、神を愚弄する愚者共に裁きを!!」
「その通りである!!」
手を挙げた一同が強く拍手をし、それに続いて発する。
「奴らは神に反旗を翻した。即ち幸福に反逆したのだ!!!」」
「神は不届き者への制裁を望んでいる!!」
「償ってもらおう!地獄落と同等の価値を以って!!」
賛成派のボルテージが一気に上がり、部屋中に熱気が籠った。
「私は神託を授かっている。幸福を今一度勝ち取るべく、戦争を行う。信者の犠牲を善とし天国への道が開かれる。我々という絶対的存在を今!」
老人の言葉で熱中症にでもなってしまいそうだ。
「うぉおお!!!」
そう雄たけびを上げる姿のどこが崇高なのか。
(まるで獣だな・・・)
「よろしいでしょうか」
と、そこにスッと手を挙げる男が居た。
彼は俺の隣に座っていた。
彼は・・・。
「・・・申せ」
老人は眉を顰め、彼を睨んだ。
手を挙げている人間達も老人と同じ表情で彼を見ていた。
「信者の幸福を一番に望む神様が何故・・・。信者の死を望むのでしょうか?」
彼は手を下げ、一息をついた後、老人の目を真っ直ぐ見て淡々とそう話す。
(彼は・・・)
俺はそんな彼の事を徐々に思い出す。
彼はこの時。
俺の一番の友人で、そして教祖反対派のリーダーだった。と思う。
情に厚く、平和を望む心優しき青年だった。
「神の為に死ぬ行為は幸福であろう?信者であれば、必ず天国へと旅立てる。どこに矛盾があるというのだ?」
「生でしか幸福は表現出来ない。我々の聖書にはそう記述されております。お答えください。神様は何を望んでおられるのですか?」
「死だ!」
「違う!生だ!!神様の望みを無碍に天国へ?・・・必ず?違う・・・違うな!!それは貴方の都合の良い解釈であり、ただの思想だ!!」
彼が机をダンッ!と叩き怒りを露わにしている。
俺は彼のこんな姿を見たのは初めてだった。
「ええい!煩い蠅めが!私こそが神の分け御霊だ!お前は今神に盾をついているのだぞ!即刻お前を地獄に落としてやってもいいんだぞ!!」
両者ともにボルテージが上がり、先に痺れを切らしたのは老人の方だった。
老人は裾から拳銃を取り出し銃口を彼に向けた。
その行為には流石に手を挙げた人間共を含め、全員がざわつき始めた。
「我々の慕う神様がお前みたいに我儘で傲慢な訳がない!お前は神様ではない!お前こそ!ただの高慢な愚か者だ!!!」
老人の痴態に彼の我慢も限界だ。
「私を・・・この私を愚弄したなっ・・・!!!」
老人はプルプルと全身を震わせ、セーフティーガードを外した。
「お、おやめください!彼を撃てば内乱に・・・!!」
周囲の人間全員が老人を止めに入る。
しかし、感情に支配された老人に不安の声は届いていない。
老人は躊躇なくトリガーを引いた。
バンッ!!
軽い音に煙。
床に殻の薬莢が落ちた。
騒然としていた辺りが静まった。
全員が床に溜まった血を眺める。
けれどそれは友人の血ではなく―――
「なん・・・で・・・?」
俺の血だ。
彼は撃たれる覚悟で、分からず屋の頑固者に最後の言葉を放ったつもりだったのだろう。
自らの生を犠牲にし、老人の心に存在している脆弱な『情』や『思いやり』に望みを託したのだろう。
(・・・届くはずがないだろ)
両者共に感情的になってしまえば、心は感情の支配下である。
感情は『自ら』を優先させる。つまり、我だ。
我を剝き出しにする両者に相手の言葉を聞く耳など皆無である。
だから。
だから、第三者が必要なのだ。
火に油を注ぐのではなく、両者の意見を冷静に受け入れ、尊重すること。
俺が撃たれれば、場は冷静になる。
俺は中立の立場に居たことを思い出した。
全員の意見の尊重。自分の意思は伝えど、言動を否定する事も肯定する事も無い。
裏表がなく、否定のない俺の意見は、彼らにとって安心できる材料だったんだ。
だから俺なんだよ。
「「なぜ庇う!!」」
二人が同時に俺を見て、口を揃えてそう言った。
友人は俺に駆け寄り、俺の体を抱きかかえる。
老人は、銃を床にガシャンと落とした。
「二人ともが重要だと思うからだよ。師よ」
「なんだ・・・」
「お前も」
「・・・なんだ」
「何を求めてるんだ?何を望んでるんだ?俺はここに居れただけで幸せだったよ。発言が出来て、行動が出来て、感情があって、喜びを実感出来て。俺はこれ以上何も望まない。・・・『ある』って事。当り前じゃなかったんだ。もう一回聞くけど、何を求めてんの?神様が望んだ?自分は?幸福ってなんなんだ?」
俺は言うだけ言った。
けれど答えは聞けなかった。
多分、彼らは答えていた。
しかし俺は聞けなかった。
俺はもうその時、その場所には存在していなかったから。