迷いとは立ち止まらず歩き続けている証拠である
分からなかった。
何が?
何もかもが。
俺は今、どこを歩いて、どこに居るのか・・・。
空間は真っ新というか真っ白。
二百色中の一色で染められている為、前後左右などあったものではない。
どの白なのかは、あ〇みかにでも聞いてくれ。
それ以外に情報はない。
自分は充てもなく歩いていた。
歩く事は出来たから。
・・・いや待て。
「俺、何したん?」
どうして色のない場所で歩いているんだよ。
「・・・うん」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
直前の記憶を辿ると俺は大学に居た。
それは体感、ほんの数分前。
何度思い返してみても間違いなく大学に居た。
授業は退屈だと下に見ていた。
本来、答えのない事柄の回答など人の心それぞれの筈だろうが。
なんて思っていた。
彼らは自身の価値観で俺の意見を遠回しに否定し、価値観を強制する。
そしてそれが我々の価値観になるのだ。
俺の考えはゴミか何かか?
・・・なんて思っていた。
肘を机に突き立て、眉間に皺を寄せながら教授を見る。
反抗的な態度を取っていたら講義はいつの間にか終わっていた。
(・・・時間を浪費しただけだな)
まだ話している教授の言葉を遮るチャイムと共に俺は教室を出た。
それは別に教授の話が聞くに堪えなかったから、という理由ではない。
・・・漏れそうなの。
俺はダッシュでトイレへと向かった。
「ッ!!」
間に合った!
「?」
・・・間に合った??
よな?
俺はトイレに一目散に駆け込んだ。
だろ??
でも。
「ト、トイレ・・・。トイレはっ!?」
直近も直近にトイレを開けた覚えがある。
「・・・綺麗ぇ」
だったら何故、俺の目には汚トイレではなく、お空が映っているのか。
頭の中が真っ白だった。
真っ白だったから、一歩前に足を運んだのか。
何を考えているのだ俺。
何も考えられなかったのだ。
上を見上げれば空。左右見渡せば空。
下を覗けば空だった。
「ん?」
つまり一歩歩いた先は天空。
「うぉおおおあああああああ」
俺は落下する。
一瞬、驚きはしたが、恐怖心は無かった。
それどころか空の上って安心するんだな。ソファで寛ぐオッサンの体制になるくらい。
どうやら俺にも問題がありそうだ。
「・・・なんだ???」
落下して五分程度経った頃、不意に違和感を見つけた。
俺は空中で頭を逆様にし、違和感を凝視する。
よくよーく目を凝らすとそれは小さな小さな光の粒だった。
注視しなければ気付かない程の大きさで眩しさも感じない。
けれど、光から目が離せなかった。
「・・・」
いつ頃から幾ら経過したか分からない。
落下するに連れ、光の粒は俺どころか空間を眩く包み込んでいった。
そして俺の視界を奪い、染めたのだ。
そう真っ白に。
そして気づけばここに居た。
「いや、どういうこと!?」
考えても仕方のないこと。
「でも、どういうこと!?」
宛もなく歩いている・・・。
「わぷゅ!」
突然、何かに身体が押し返された。
「んだこれ」
弾力が凄い。何度もペタペタと触ってしまう。
「・・・透明な壁・・・?」
自分の手が届くギリギリの高さ以上にそれはありそうだ。
「えっ?」
引き返して、数歩歩いてまたその感触だ。
「さっきまでなかったのに・・・」
左に行ってみるも、またそれに阻まれる。
頼りの綱の右。
「そこは通れるんかい」
壁があると思っていた場所に壁が無かった所為で、転びそうになった。
どうやら見えない壁が俺の進路を制限しているようだ。
進む。そして、
「・・・迷子った」
どこを目指しても、どこへ行っても、行く手を阻む壁に俺は立ち止まってしまった。
(いやぁ、どうしたもんかなぁ。歩く意味あんのかなぁ・・・)
どうやら思考回路の方も袋小路の様だ。
迷って、迷って、迷って・・・。
(迷っているってなんだ?)
ゲシュタルト崩壊が発生した。
いや、そもそも迷っているのか?
目的や、やりたい事があっての『迷い』じゃないのか。
俺はただ何もない世界で歩いているだけ。
(迷う事すら出来ていないのか・・・)
「人生、詰みやんけ」
(そう考えると形から目的まで何もかもが『ある』ってのは頗る贅沢なんじゃないか?)
ふとそんなことを思う。
いや、いた。
そう思っていた時だった。
俺の目の少し先に動画で使うフェードインの様に重厚感ある茶色の扉が現れたのは。
「えっ?」
上擦った声が出た。
「やっぱり、目に見えるって凄いな・・・」
俺は嬉々として扉を目指し、また歩みを進める。
そこへ行ったとて、出口であるかは分からないのに。
形があるだけで意図があるように思えてしまう。
しかし、透明な壁が行く手を阻み、真っすぐには進めない。
この透明な迷路を突破しなくては辿り着けないようだ。
それでも、足取りは先程の何倍も軽い。
「余裕、余裕」
勢いでスキップまでしてしまう。
俺の悪い所は直ぐに調子に乗ってしまう事だ。
「あぁ・・・」
そして直ぐ後になって馬鹿だなと天を仰ぐ。
「一向に着かねぇえええ・・・・」
俺はスキップしていた足を三十秒後には止め、結局、体感一時間程普通に歩いていた。
「辿り着けるなんて言ってませんけど?」みたいな事をドアが言ってそうだ。
距離が縮まらない。
そして俺はまた立ち止まる。そして、その場に座り込む。
「はぁ・・・」
溜息も外に漏れてしまうよ。
「なんなんここ・・・」
また。
「いつ着くんだぁ・・・」
もう一度。
「どうしろって??」
更に。
「もう・・・わけわかんねぇ・・・」
何度も。
溜息を吐いた。
溜息を吐いた。
溜息を、吐いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「はぁ・・・」
溜息を吐いた。
パリンッ!!
そして、鬱憤は外界に淀み溜まった。
バリンッ!!!!!!!
背中からガラスが砕けるような衝撃音がした。
俺はハッと息をのんだ。
「・・・」
そして、恐る恐る後ろを振り向く。
「!?」
背中側が唯一通れる道だった。
前、左右は見えない壁が通せんぼ。
つまり、どうしようも無かったのだ。
立ち上がって目を大きく開くのが俺の行動の限界。
先程言っただろう。
鬱憤が外に溜まったと。
溜まりに溜まった鬱憤はいつか決壊し、一気に溢れ出す。
かの如くだった。
壁を粉砕する音が徐々に大きくなっている。
それは凄まじい勢いと量の真っ黒な濁流だった。
真っ白な世界を尋常ではない速さで黒く染めていく。
「影・・・?」
床に俺の影が無い。
何かに・・・いや、濁流の影に吞まれたのだ。
(こんなに早く・・・!?)
刹那、高く上がった濁流が俺の全身を覆い、俺を一瞬にして取り込んだ。
「うぷっ・・・」
(苦・・・しい・・・)
速い流れの中では、小さく藻掻く事がやっとだった。
巨大な高波からしたら俺なんてプランクトン並みに些細な存在なのだろう。
次第に酸素が枯渇していき、考えるのは最悪の想定だ。
(死・・・)
自ら生み出した不安や恐怖は波なんかの何十倍も恐ろしい。
「・・・」
ただ、そう感じ、考えられるのは意識のあるうちだけ。
意識が朦朧とし始めれば、恐怖は消え、安心することだろう。