第59話 ある夜のこと
その夜、変な夢を見た。
いや、変というより悪夢だ。
目の前で血まみれの少女を抱きしめ、泣き崩れる男の背中。
その男と少女のそばには、勇者がいた。
見ず知らずの顔ではない。ラインハルだ。
なぜか彼の持つ聖剣が血に濡れていた。
あの少女の血なのか?
俺はゆっくりと三人へ近づき、何が起きたのかを確認する。
そして、後悔した。
血まみれだったのはエリーシャだった。
虚ろな瞳のまま、彼女は死んでいた。
そして、彼女を抱きしめているのはロベリア――俺自身ではないか。
あまりの惨劇に、俺はその場で吐いた。
エリーシャが死ぬ?
そんなこと、あるはずがない。
信じない。絶対に信じない……!
――これは、いつか起きる未来の話だ。
声がした。
振り返ると、そこには俺の腰ほどの高さしかない、黒髪の小さな少女が立っていた。
青い瞳でじっとこちらを見つめている。
――運命の少女を、必ず旅に連れて行け。
エコーのように響くその声を最後に、俺は目を覚ました。
部屋はまだ暗く、どうやら夜中に目が覚めたらしい。
大量の汗をかき、涙まで流していた。
漏らしてはいないよな?
「ロベリア……どうかしたの?」
ベッドの隣には、心配そうにこちらを見つめるエリーシャがいた。
またいつものように、彼女は添い寝をしていた。
魘されて急に起き上がれば、そりゃ不安にもなるだろう。
「ひゃっ!」
衝動的に、俺はエリーシャを抱きしめていた。
生きている。ちゃんと生きている。
あれが夢だと分かっていても、あまりにリアルで、これが夢ではないかと必死に願った。
もう二度と、彼女を失わないと誓ったのだ。
「い、痛いよ」
「っ……すまない」
かなり強く抱きしめてしまった。
慌てて彼女から離れ、謝る。
「ううん、別にいいよ。悪い夢でも見たんでしょ?」
「……ああ」
「突然だったからビックリしちゃったけど、怖い夢を見れば誰だってそうなるよね。ほら、仕切り直そ?」
そう言って、エリーシャは両手を広げた。
その意味は、説明されずとも分かる。
俺は再び彼女を抱きしめた。
硝子を扱うように、優しく。
お互い、顔が赤くなっていた。
恋人としての関係は以前より進んでいるが、こういう場面ではエリーシャも俺も初心に戻ってしまう。
それでも、できれば彼女と何か――二人の愛の結晶を残したいと思っている。
毎晩、エリーシャはもしかしたらその気かもしれない。だが、近いうち遠征が控えている。
夢の中の少女は、エリーシャを旅に連れて行けと言っていた。
信じたくはないが、従った方がいい予感がする。
エリーシャを遠征に加えるとなると、子作りは彼女を危険に晒す原因になるかもしれない。
「……エリーシャ、話がある」
あの夢が、いつか現実になるなら、なおさらエリーシャと離れるわけにはいかない。
絶対に死なせない。
————
ロベリアの研究室にて。
閉じていたはずの黒魔術の魔導書が開いていることに、ロベリアはその後気づくのだった。




