第55話 それぞれの始まり
誰一人欠けることなく、理想郷に帰還することができた。
生き残った人々へ勝利宣言をしたが、心から喜ぶ者はやはり一人もいなかった。
ただ、自分にできる仕事を分担し、黙々と作業を進めるだけ。
瓦礫を運び、負傷者を治療し、まだ使えそうな建物を修復し、遺体を町の中央にある広場に集める。
俺も手伝った。
他の皆には休むよう言われたが、周りが働いているのにまだ動ける自分が休むわけにはいかない。
一人部屋でじっとしていることなどできなかった。
そして夜になり、生き残った者たちは全員広場に集まった。
俺は松明を手に、遺体の山を囲むように組まれた木材に投げ込んだ。
火は瞬く間に広がり、遺体を焼き尽くしていく。
その光景を前に、人々は涙した。
泣き崩れ、叫ぶ者もいれば、それを堪える者もいた。
悲しみに沈みながら、俺は亡くなった者たちを見渡す。
知っている顔ばかりだ。
つい先ほど同じ飯を食い、語り合い、夢を語った者もいた。
弟子のルイも、近所の老人も、子供も、若い連中も、みんな。
あの時、俺が町から出ていなければ、誰も死なずに済んだはずだ。
思い返せば、反省と後悔ばかりだ。
だが、後悔してももう遅い。
生き残った俺たちにできるのは、亡魂たちのためにも生き続けることだ。
これからも、ずっと。
————
火葬を終え、一通り町をきれいにした後、俺はある場所へ向かった。
町から少し離れた小高い丘。
そこには、待っていたかのようにボロスが立っていた。
こちらがやってくるのを見つけると、満面の笑みで手を振る。
「犬か、貴様は」
「主がわざわざ来てくださったのに、喜ばない配下などいませんよ?」
「犬だな」
こんなやり取りでも油断は禁物だと警戒していたが、今回の一件でボロスは大いに貢献してくれた。
あの時、いつでも俺に不利な状況を作れたはずだ。
なのに、逃がしたエリオットを代わりに討ってくれた。
「まあ……その、なんだ。貴様にしては役に立ってくれた。不本意だが、正式に配下として認めてやろう」
「ふふ、光栄の極みです。して、ロベリア様、この先どうなさるおつもりですか?」
ボロスは背筋を伸ばし、右手を胸に当てて尋ねてきた。
あまりにも洗練された執事のような仕草に、思わず驚かされる。
「……理想郷に残る。エリオットのような脅威が町を襲わないとは限らないからな。そうならないためにも、理想郷を復興し、戦力を拡大させる」
アズベル大陸から人魔大陸の東端にある理想郷へ最短で航海できる船は、ブレイブギア号しかなかった。
物資を届ける(という建前で)理想郷に向かった英傑の騎士団と精霊教団が戻らないとなれば、行方不明として扱われるだろう。
英傑の騎士団や精霊教団が、行方不明のメンバーを捜索しに理想郷へやってくるかもしれない。
痕跡のほとんどは【虚構獄門】で飲み込んだつもりだが、完全に消えたとは言い切れない。
できれば来てほしくない。
「魔王軍と人族の戦争は現在進行形で続いている。両陣営の戦いが終わらない限り、戦災孤児や難民は増える一方だ……そのような境遇に陥った人々に救いの手を差し伸べなければ、これからも多くの罪なき命が失われる。だからこそ、俺は理想郷を復興したい」
「人魔大陸で国作りとは無謀な考え……しかし、私を倒し、英傑の騎士団の精鋭を退けたロベリア様なら成し遂げられる気がしてなりません。数々の困難を乗り越えた貴方様なら、きっと……。おそばで手助けできないのは悔しいですが、裏でなら何でも協力します! なんなりとご命令を!」
「ああ、そのつもりだ」
ボロスが、いずれ表舞台に立てるよう、何か策を考えねば。
「計画がある。二年後、ある場所で今回の惨状を公開する」
「ある場所、ですか?」
『浮遊要塞聖都市アーカシャ』
山脈ループスの頂にそびえる、空に浮かぶ要塞都市。
五年に一度、全世界の主要国による会議が開かれる。
王族、貴族、教団、機関、企業、影響力のある人間が百人以上も集まるその場で――
「それについては、また今度話す」
「……そうですか。では、いずれ」
ボロスが一瞬言葉に詰まったが、すぐに何事もなかったかのように了承してくれた。
「そういえば、あの小娘……エリーシャ嬢と親しいようで」
何をニヤついてんだ、否定はできないが。
時間が空くたび、エリーシャは何かとべったりしてくる。
周りからはそう見えるかもしれない。
離れようとすると寂しそうな顔をするし、寝るときはベッドに潜り込んで添い寝してくるし、彼女からのスキンシップも増えてきた気がする。
めちゃくちゃ可愛い子に好意を寄せられるとは、我が生涯に一片の悔いなし。
いや、このまま死んだらエリーシャとの甘い時間がなくなる。
それだけは嫌だ。
「なんだ、冷やかしのつもりか?」
死滅槍したろか?
と脅すと、ボロスは慌てて言う。
「ま、まさか。ただ、エリーシャ嬢と交際なさっているなら、式はいつになるのだろうと……気になりまして」
「式? さすがに早くはないか?」
「ご冗談を。交際するなら結婚を前提にするのが普通でしょう?」
へ? そうなの?
この世界じゃ、結婚前提の交際が普通なのか?
それともボロスの一族特有の文化か?
つまり、エリーシャのあの大胆な行動の数々は……そのつもりで……。
「結婚……って、どうすればいい?」
「……マジですか?」
「マジだ」
なんかボロスにすげえ目で見られた気がするが、この世界に来たばかりで常識が身についてないんだよ。
現実世界での結婚知識も皆無だしな。
エリーシャを待たせるかもしれないが、近いうちに余裕ができたら、彼女と結婚しよう。
さらに一週間後。
心に余裕ができた町の人々で、祭りを開くことにした。
理想郷の再起を祝う祭りだ。
「ロベリア! 早く行こっ!」
エリーシャに手を引かれ、家から飛び出す。
同じ家で暮らすようになったアルスとジェシカにも引っ張られる。
最近、ぐっすり眠れるようになったせいか、寝坊が多くなり、必ず最後に起こされる。
まだまともな準備もできず、太陽の下へ引きずり出されたせいで憂鬱な表情を浮かべていたが、会場に集まる町の人々の賑わいを見ると、への字だった口も、しかめていた眉間も、いつの間にか綻んでいた。
この平穏を、いつまでも守っていこう。
そう、心から誓うのだった。
————
英傑の騎士団本部、団長室にて。
エリーシャが行方不明になってから半年が経つが、音沙汰はない。
ラインハルは部屋の隅に縮こまり、虚ろな目で佇んでいた。
そんな彼を見かねて部屋に入ってきたのは、一人のメイドだった。
銀髪の、ほっそりとしたメイドだ。
「ラインハル様、お加減はいかがでしょうか?」
「……最悪だよ」
「皆、貴方様を必要としています。このまま部屋に閉じこもっていては、英傑の騎士団の機能は永遠に止まったままです」
「分かってるよ……そんぐらい」
「だったら――」
「黙れよ!」
感情を抑えきれず、ラインハルは壁を叩いた。
彼の力なら、壁が無事で済むはずもない。
精神的にも肉体的にも弱り切っているのだ。
そんなラインハルを、哀れむように見つめながら、メイドは近づいた。
「もう嫌なんだよ……現実を見るのが……もしエリーシャが酷い目に遭っていたら……もう生きていけない……だから、ほっといてくれよ……!」
「ラインハル様らしくありません。あの日、私は買い物で出かけておりましたので、何が起きたのかは見ておりません。情報も不確かな今、エリーシャ様を見つけ出すのは極めて困難でしょう」
「だったら……」
「しかし、勇者ラインハルがここで諦めるようなら、それはエリーシャ様を殺すに等しい行為です」
彼女の言葉に、ラインハルは顔を上げた。
「勇者に不可能はない。諦めずに探し続ければ、いずれきっと見つけられるはず。なのに、ラインハル様はそれすらしようとしない……そんなのは間違っていると、私は思います」
「……」
「立ってください。私はいつでもラインハル様の味方です。貴方様が私を救ってくれたあの日から……ずっと」
メイド、エルの言葉に感銘を受け、ラインハルは抑えきれず涙を流した。
薄暗い部屋で孤独に震えていた彼を、エルは優しく抱きしめる。
――密かに、うっすらと笑みを浮かべながら。
第五章 終




