第54話 素直になること
虚構獄門が発動するギリギリのタイミングだったが、なんとか海に飛び込むことができた。
魔術の発動範囲外へと逃れるため、できる限り水中の深いところまで潜ったが、アルスが溺れるといけない。
なけなしの魔力を使い、風属性魔術で周囲に渦巻きを作り、体を海上へと押し上げる。
海から顔を出し、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
本当に死ぬかと思ったが、火事場の馬鹿力でなんとか生き延びることができた。
元人格のロベリアなら、もっと合理的にこの窮地を切り抜けたかもしれない。
俺ではまだ、ロベリアのようにはなれないか。
ふと、どこからか大勢の声が聞こえてきた。
声のする方へ視線を向けると、わずかに離れた先に二隻の漁船を見つけた。
「ロベリア!」
そこには、目を覚ましたエリーシャがいた。
目を真っ赤にして泣いている。
みんな無事だ。
俺は近づいてきた漁船へ手を伸ばした。
引き上げられ、船の上で仰向けに倒れ込む。
さんざん暴れた回った後に奥義を放ち、アルスをここまで運んできたのだ。
嫌でも疲れてしまう。
深い呼吸を繰り返しながら空を眺めていると、視界に空を飛んでいるボロスが映った。
生首を掴み、こちらに手を振っている。
よく見ると、それはエリオットの首だった。
逃がしたと思っていたエリオットを、俺の見ていないところで仕留めてくれたのだ。
あれでは宣言通り、役に立ってしまったじゃないか。
ボロスのことは、まだ信用できない。
だが確かに貢献してくれたのだから、冷たくするのは少し控えてやろう。
「……終わったな、全部」
まだこれからだというのに、呑気なことを言ってしまった。
英傑の騎士団と精霊教団が船と共に行方不明になった。
バミューダトライアングルに迷い込んだとか、アズベル大陸の連中が勝手に勘違いしてくれれば楽だが、そう上手くいかないだろう。
それでも、今この瞬間だけは、終わったという達成感に浸りたい。
「……良かった。生きててくれて!」
エリーシャに抱きつかれて、胸の中で泣かれてしまう。
「俺が死ぬはずないだろ、バーロー」なんて格好いい台詞を吐ける状態ではないので「……ああ」とだけ返す。
ユーマも、他の戦士たちも、ほっとした顔をしていた。
涙を流す者までいる。
俺が生きていただけで、この反応は嬉しい。
「間に合わないかと思って……心配で心配で……ロベリアのいない人生なんて考えられない……」
「……ラインハルがいるだろ?」
そう言うと、頭を小突かれた。
冗談のつもりだったが、乙女心には響かなかったらしい。
「私は、これからもずっとロベリアと一緒に生きていきたい……何度突き放されても絶対に諦めない……だって」
震える声でエリーシャは言葉を紡いでいく。
気づいていた。ずっと前から気づいていた。
だが、彼女の言う通り、いつも突き放そうとしてきた。エリーシャには、彼女を必要とする主人公がいるからだ。
だから、俺も諦めていたんだと思う。
それでも、彼女は決して諦めなかった。
「だって、ロベリアのことが好き……だから」
頬を赤く染めたエリーシャに、告白される。
彼女を失うことが、どれほど恐ろしいことかを知ってしまった。
だから今度こそ、素直に彼女の想いに応えよう。
じっと返事を待つエリーシャの頬に触れ、そっと撫でる。
「……好きにしろ」
「っ……はいっ……好きにさせてもらいます!」
涙を拭いながら、エリーシャは嬉しそうに言った。
――ひとまず、戦いは幕を閉じた。




