第41話 裏切りの可能性
「お、お待ちを! 敵対する意思はございません! どうか死滅槍を納めてください!」
【死滅槍】を脳天に突き刺そうとした瞬間、両手をジタバタさせて降伏するボロスに驚き、思わず手を止める。
こいつの言う通り、敵対するなら先手を打つか、敵意を剥き出しにするはずだ。
無防備に跪いて自己紹介なんて、普通はしない。
しかも、自分を倒した敵であるはずの俺に敬語だ。
「貴様、なぜ生きている? 《虚構獄門》に呑み込まれる瞬間を、確かにこの目で見たんだが……」
「えっとですね……詳細に話すと複雑なので、要点だけ説明しますと、ロベリア様の魔導書が私に選択肢を与えてくれたのです」
「……選択肢だと?」
「ロベリア様に忠誠を誓い、生涯仕えるか。あるいは中に潜む悍ましい何かの一部になるかの二択でした。理性を失い、耐え難い苦痛を味わう地獄のような後者を選ぶことなど、私にはできませんでした。ですから! 心から貴方の配下として仕えることを決心したのです!」
なるほどな、怖いから俺に仕えるってわけか。
だが、それだと本物の忠誠心があるわけではなく、恐怖で仕方なく従ってるだけだ。
つまり、いつ裏切るか分からない状態ってことだ。
「そう言って、俺が油断した隙に立場逆転を企んでるんだろ? 騙されんぞ」
「いえいえ、《虚構獄門》から解放されるには『心から忠誠を誓う』という条件が必要なのです。それは解放された後も変わりません」
ふむ、それなら安心だな(その話が本当なら)。
「もし貴様の言う忠誠心が偽りだったと発覚したら、どうなる?」
「門の内部に潜む何かの一部にされるでしょう。それだけは何としても避けたいのです」
「……ふん、だとしたら貴様は門に潜む存在に怯えただけで、本心では俺に仕えたいわけじゃない、としか思えんが?」
ボロスは小さく笑い、首を振った。
「まさか。元より竜族は強き者に従う掟があるのです。ロベリア様、私は心の底から貴方に惹かれたのです」
うわ、なんか、嬉しくねえな。
だってこいつ、根っからの悪党じゃん。
配下にするメリット薄いし、ボロスと一緒にいるところを誰かに見られたら、カンサス領の支配を裏で操っていたと誤解されちゃう。
「――還れ」
ボロスの顔に魔導書を押し付ける。
お前の忠義とやらに微塵も興味はない。魔導書に戻れるならさっさと戻れ。
てか、その「何かの一部」とやらになっとけ。
「お、お待ちを! 私が役に立てることを証明してみせます! どうか猶予を!」
ボロスが悲しそうに訴えてきた。
内心で舌打ちしながら腕を組み、奴を見下す。
「……なんだよ。何ができるってんだ?」
女好きのロリコンなんぞ信用できるか。
期待せずに待っていると、ボロスは倒れているジャイピッグの死骸をひょいと持ち上げた。
あまりにも軽々と。
なんて怪力だ、こいつ。
腐っても竜族ってわけか。
「理想郷の連中に食べさせる肉ですよね。いやあ、持ち帰るのに困っていたようですな。私が代わりに運んで差し上げましょう」
奴は笑顔で振り向いてきた。
「あ、ああ……」
「では、帰りましょう!」
「……」
「私が一緒にいるところを見られると困るのでしょう? ご安心を。いつでも魔導書に戻れますので、周りにバレないよう運ばせていただきますな!」
なにこいつ、便利すぎだろ。
是非ともウチにも一台……いや騙されないぞ。
信用しきったところで不意を突かれ、裏切られるかもしれない。
だが、今はまだ不確かな段階だ。手を出すわけにいかない。
役に立つって言うなら、その時が来るまで利用してやろう。
鼻歌を歌いながら死骸を運ぶボロスの背中を見つめ、そう思うのだった。




