第37話 偽りの理想郷へと
エリーシャからあまり警戒されなくなった。
自分から魔術を教えてほしいと頼んでくるほどだ。
悪い気はしないが、上手く教えられる自信はなかった。
黒魔術関連を教えるわけにはいかないので、はぐれてしまった際に使える攻撃魔術を教えることにした。
強力な魔物にもダメージを与えられる【炎爆】【圧水粒】【風拡散】の三属性だ。
エリーシャは覚えが早い。
教えた翌日にはしっかり覚えている。
やれと言えば、嫌な顔せずにやってくれる。
魔術を教えている時のエリーシャは、どこか生き生きしているように見えた。
思えば、彼女が戦う姿なんてゲーム本編では見たことがなかった。
唯一、仲間を強化する術を持っているが、それは魔術ではない。
彼女自身の固有能力だ。
おかげで、エリーシャの攻撃魔術の才能がどのようなものなのか、ゲーム本編では最後まで明かされなかった。
————
理想郷に到着した。
海の近くに位置する、廃墟のような町だ。
一応、高さ四メートルほどの木材の柵で囲まれているが、心もとない。
魔物の群れが押し寄せたら、あんなもので守り切れるとは思えない。
「ひゃっ！？」
俺とエリーシャのすぐ前方の地面に、矢が突き刺さった。
柵の上を見ると、弓を構えた人間が十人以上。
先住民のような恰好をしていた。
人族も魔族も、皆瘦せこけている。
やはりな、と呆れながら、俺は両手を挙げた。
「何者だ！ ここに何をしに来た！？」
理想郷の戦力などたかが知れている。
こちらが本気を出せば、全員を無力化するなど簡単だ。
だが、恐怖で相手を従わせる気はない。
そんなのは竜王ボロスのような小物しかやらない。
「戦争で故郷を失った。ここに来れば住める場所を提供してくれると聞いた！」
「まさか、お前らも……」
「はい！ ここまで遥々やってきたんです！ ここで追い返されたら、もう私たちには行く当てがありません！ どうか助けてください！」
「そうか……撃ち方、やめ！」
真ん中にいる男が全員に指示を出す。
その一言で、皆は大人しく弓を下ろした。
敵意が一斉に消えた。
どうやらエリーシャの懇願が届いたらしい。
「我々と同じだな。長旅、ご苦労だった」
嘘をつくのは気が引けるが、入れてもらうには仕方ない。
エリーシャは寂しそうだったが、耐えてくれ、弟子よ。
これも彼らを救うために必要なのだ。
柵の扉が開かれ、男が入ってくるよう促してきた。
町の中は、まるでスラム街だった。
修繕されていないボロボロの建物、慢性的な食糧不足で瘦せこけた住人たち。
見るに堪えない光景だ。
特にエリーシャはショックを受けていた。
本来、ラインハルが管理すべき場所なのだから。
この現状では、さすがの彼女も失望したかもしれない。
