第36話 信頼されたい悪役
S級魔獣『ゴア・グロス』は、レイドを組んでようやく倒せるような個体だ。
奴らは時間が経つにつれ進化する。
長期戦に持ち込まれたら、苦戦を強いられるだろう。
ロベリアはすでに、対魔獣用の黒魔術を編み出していた。
遭遇した際に確実に仕留められる、威力抜群の一撃必殺技だ。
だが、やはり膨大に魔力量を消費してしまった。
フラフラになりながら、なんとか迷宮の外までたどり着いたが、すでに朝方だ。
「……」
肩を貸してくれているエリーシャは、罪悪感からかずっと俯いたままだ。
俺が話しかけるたびに「……ごめんなさい」と繰り返す。
「責める気はない」
いつまでも責めていても仕方ない。
怖いものは一つや二つ、誰にでもある。
俺だってそうだ。みんなに顔が怖いと言われる。
もし俺がエリーシャの立場なら、ロベリアが自分の身を案じるのは大切な実験体だからだと勘違いするかもしれない。
「でも、私はロベリアさんの言いつけを破って逃げて、迷惑をかけてしまって……」
「そうやって謝り続けることこそ、なおさら迷惑なんだが」
やれやれと肩を落とす。
この調子では先が思いやられる。
やはり、この子の信頼を一刻も早く勝ち取らなければ。
ただの怖い魔術師ではない。
君を仲間の元へ送り届ける正義の味方だと証明したい。
「貴様に死なれては困る」
「え……なんで、ですか?」
エリーシャはちらりと俺を見上げ、すぐに視線をそらして尋ねる。
答えは最初から決まっている。
「貴様を愛する者が多すぎるからだ。そんな貴様を死なせては、悲しむ者が多すぎる。違うか?」
「わ、私は、そんな大それた人じゃ……」
「自覚を持て、愚か者。貴様はそこらの凡人と違い、特別な存在だ」
「そう……ですか?」
エリーシャは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
彼女を死なせたら世界を敵に回すことになるが、過剰なプレッシャーを与えかねないので、それは黙っておく。
「その、ロベリアさん、ありがとう……」
エリーシャは遠慮がちに上目遣いで、小声だが女神のような笑顔で感謝してきた。
初対面なら一発で落ちていたかもしれないが、平常心を保つんだ、瀬戸有馬。
立場はわきまえている。メインヒロインに惚れるなんて、そんなことには……はは。
「“さん”はいらん。ロベリアでいい。あと、敬語もやめろ」
「え……うん?」
何言ってんだ、俺。
無理に距離を詰めようとするな。
だが、心なしか今のエリーシャなら大丈夫そうな気がする。
俺との旅は彼女にとって地獄のような経験かもしれないが、助けた借りがあるし、当分は言うことを聞いてくれるだろう。
「遠回りになるが、ある町に行きたい」
何も言わずに経由する道を変更したら怪しまれそうなので、伝えておく。
「ある町って……人魔大陸には国は少ないよね?」
「理想郷に行く」
それを聞いたエリーシャは目を丸くした。
勇者ラインハルが管理すべき場所なのだから、彼女が知っていて当然だろう。
ゲームのシナリオ通りなら、そこにいる住民たちは監督不行き届きで貧困状態に陥っているはずだ。
ストーリー終盤でラインハルがその事実を知り絶望する展開になるが、それが起きる前に対策を講じる計画だ。
「行くぞ、エリーシャ」
「う、うん……!」
力強く頷いてくれた。
心なしか、元気をもらえた気がした。
旅は、まだ続く。




