第34話 迷宮の奥に潜む異形
エリーシャがラインハルと出会ったのは、禁忌とされている森の最奥にある祠だった。
千年にわたり封印され、青い光に包まれ眠る彼女を、ラインハルが不憫に思い封印を解いたのが物語のプロローグだ。
エリーシャには、世界をひっくり返すほどの力が宿っているとされている。
それを悪用しようとする輩は少なくない。
一人にすれば攫われるか、道中の魔物に殺されるかだ。
この土地では後者の確率が圧倒的に高いため、そうなってしまったら世界が滅んでしまうかもしれない。
彼女は、この世界の均衡を保つ存在の一人だ。
それを失えば、どのみちバッドエンドである。
幸い、足跡がまだ残っているため、辿ることはできる。
落ち着け、自分にできることをやるんだ。
絶対に死なせはしない。
————
目を覚ますと、私は砂まみれになっていた。
ここは迷宮なのだろうか。
人工的に作られたような広間にいた。
私を助ける理由を明かさないロベリアさんが、私の中に眠る力を欲する悪い人たちのように見えて、逃げ出してきたのだ。
私が眠るまで監視していた彼が、珍しく目を閉じてくれたので、音を立てずに離れることができた。
だが、失敗してしまった。
夜の砂漠はあまりにも暗く、足元が見えなかったせいで穴に落ちてしまったのだ。
かなり深い穴で、気づいたら体はボロボロだった。
元の道を引き返す手段もあるが、落ちてきた穴は十メートル以上高い天井にあり、半人前の魔術師である私には到底届かない。
地上に通じる別の通路を探さなければならない。
視界を少しでも確保するため、手のひらに炎の球体を生み出し、周りを照らす。
不安な気持ちを抑えつつ、私は進むことにした。
「ひどいことを言って、ごめんなさい、ラインハル……ごめんなさい」
こんな時でも、脳裏に浮かぶのは最愛の人の姿だ。
この状況になれば、彼はいつでも駆けつけてきてくれる。
そのわずかな奇跡を胸に、歩き続ける。
助けに来てくれるかもしれない人の名前を、何度もつぶやきながら。
————
数時間後。
魔物とは一度も遭遇しなかった。
奥に進んでも、気配すら感じない。
普通、こうした場所は魔物の生息地になるはずなのに、遭遇しないなんてあり得るのか。
できるだけ壁には近づかず、通路の中央を進む。
空気が薄い。本当に地上に向かえているのか、疑問だった。
結局、私は一人では何もできない弱い存在だ。
仲間がいたからこそ、どんな困難も乗り越えられただけ。
どうしてこんな遅くになって、そのことに気づいてしまったのか。
「うぅ……」
怖い。
怖いよ。
誰か、助けて。
「……え?」
一瞬、大きな揺れが起きた。
すぐに収まったが、何者かの手によるものなら、こちらの存在に気づいているかもしれない。
死にたくない一心で、私は走り出した。
泣きながらラインハルや仲間たちの名前を叫び続け、ある空間にたどり着く。
今まで通ってきた広間より数倍広い、空間だった。
その中央で、何かが蠢いていた。
「い、いや、来ないでっ!」
後ずさりするも、さっき通ってきたはずの道が、巨大な扉で閉ざされていた。
その蠢くものは、人間の形から大きくかけ離れた姿をしていた。
数えきれないほどの目玉が体中に生え、無数の腕が地面を這っている。
開かれた大きな口の中の歯だけが、人間のものと同じ形だったが、それが逆に不気味さを醸し出していた。
ここは迷宮だ。
そして、遭遇してしまったのだ——迷宮の主に。




