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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第187話 化物


 視界が歪み、頭がぐらりと揺れた瞬間、俺のいた場所が一変した。


 ついさっきまで師匠やジークさんたちと一緒にいたはずの場所が歪んで、他の皆の姿が霧に溶けるように消え去ってしまった。

 次の瞬間、俺は石畳の地面に叩きつけられていた。


「うおっ、痛ぇ! 何だこれ!?」


 体を起こし、周囲を見回す。

 目の前には訓練場のような空間が広がっていた。

 石畳の地面に木の柱が並び、汗と鉄の匂いが鼻をつく。使い込まれた場所特有の重苦しい空気が漂っている。


 だが、ここにもやはり誰もいない。

 静寂だけに包まれ、逆にそれが不気味だ。

 師匠たちの気配はどこにもなく、ジークさんもジェシカもミクマリもいない。

 俺一人だけだ。


「くそっ、なんかの魔術か? ラケルさんが使ってた転移の魔術に似てるが……俺たちをバラバラにして戦力を分断するつもりか。いいだろう、上等だ」


 胸の奥で焦りが湧いてくるが、一度深呼吸して気持ちを抑え込む。

 師匠ならこんな時、「冷静に状況を把握しろ」とか言うだろうな。

 俺は一緒に飛ばされた剣を石畳から拾い上げた。


 ここは柳月城の本丸、敵の根城だ。

 敵の数は未知数。だからこそ、絶対に油断はしない。


「師匠、ジークさん、待っててくれ。絶対に合流するからな……」



「―――はっ、誰と合流するって? 侵入者野郎が」


 目的を決めるや否や、背後からドスッと重い足音が響いた。


 振り返ると、そこには短髪で筋肉質な女が立っていた。拳に布を巻き、関節を鳴らしながらこちらを睨んでいる。鋭い眼光、ギザギザの歯、ジークさんを彷彿とさせる自信満々の笑みを浮かべていた。


「テメェがアカタニのくそ野郎が言ってた侵入者の一人か? なんだよ、全然強そうに見えねぇな」

「は?」


 初対面でいきなり見下してくる態度に、思わず苛立ちが声に滲む。


「情報じゃ、契の領の刺客なんだろ、テメェ……目的は何だ? アマネ様の首か?」


 女が拳を構え、一歩踏み出すと、空気がビリッと震えた。外で戦った雑兵たちとは比べ物にならない。本能がこいつが格上だと警告してくる。全身から溢れる気迫に押されそうになった。


「違ぇよ。俺たちは説得しに来たんだ」

「説得だと?」


 女が怪訝そうに首を傾げる。正直、ジークさんの過去や三領間の争いの全貌を俺ら完全に理解しているわけじゃない。だが、一つだけ確かなことがある。


「アマネって奴が起こそうとしてる戦争を止めに来たんだよ……!」


 その言葉に、女は驚いたように目を見開き、次の瞬間、殺意を帯びた視線を俺に向けた。


「テメェらが先に仕掛けたから、アマネ様は契の領と鬼の領を潰すしかなくなったんだ。あの御方は本当は戦争なんて望んでねぇ……」


 突然、女の声に悲しみが混じる。アマネに同情しているような口ぶりだ。


「だが、テメェらがアマネ様の母上……ヒバリ様を毒殺さえしなけりゃ……!」

「……(何があったのかさっぱりわからねぇ。部外者だし)」

「アマネ様はな! 本当は誰よりも優しい御方なんだよ! 平和に暮らす権利が、彼女にはあったはずだ! なのに、いつの間にか……冷徹な瞳をするようになっちまって……とにかく!」


 女は俺を指差し、溢れそうになった涙を乱暴に拭った。


「俺の心はアマネ様一筋だ! あの御方の命を一寸たりとも危うくさせねぇのが俺の使命だ! だから侵入者、俺と尋常に勝負しろ!!」


 熱血すぎるその勢いに、こっちまで熱気が伝わってくる。


 実力よし、忠誠心よし。嫌いじゃないぜ、こういう奴は。


 俺は剣を構える。こいつがどれだけ強くても、師匠たちと一刻も早く合流しなきゃならない。負けるわけにはいかないのは、俺も同じだ。


 女は俺の剣を見て一瞬目を細めたが、すぐに哄笑を上げた。


「剣かよ! いいぜ、かかってこい、侵入者! そのナマクラなんざ、俺が叩き折ってやる!」

「だー! 侵入者侵入者ってうるせぇ! 俺にはアルスって立派な名前があるんだ!」

「ほう、アルスか。ならばこっちも名乗らねぇと無作法ってもんだ。俺の名前はトウカ! 武の領随一の武道家だ!」


 互いに名乗りを終えた俺とトウカは、一騎打ちを開始した。


 俺は一気に間合いを詰め、剣を振り下ろす。刃が風を切り裂き、トウカの肩を狙う。だが、彼女はニヤリと笑い、拳を振り上げ、信じられない速さで剣にぶつけてきた。


「ふんっ」


 ガキン! 金属が砕ける音が響き、剣が真っ二つに折れる。勢いよく飛んだ切っ先が天井に突き刺さった。


「はぁ!? 何だよ!?」


 呆然とする俺の眼前で、トウカが拳を振りかぶり突進してきた。


 咄嗟に後ろに跳び、距離を取るが、拳が頬をかすめる。その熱はまるで火をまとっているかのようで、かすり傷が焼けるように痛んだ。


「へぇ、今のを避けたか。中々やるじゃねぇか、カルス」

「アルスだ、この野郎……」


 折れた剣を捨て、俺は拳を握り直す。元々剣なんて得意じゃなかったし、魔力を込めるなら拳で十分だ。トウカとの間合いを詰めながら、雄叫びを上げた。


「うおおおお!」


 魔力を込めた右ストレートをトウカの顔面に叩き込む。防ぐか避けるかと思ったが、あっさり命中した。


 ガツン! 鈍い音が響き、彼女の頭がわずかに揺れる。だが、硬い石を殴ったような手応えに嫌な予感が走る。


 トウカはすぐに体勢を立て直し、殴られた顔に手を当てて得意げに笑った。


「まっったく効かねぇな」


 次の瞬間、トウカの左フックが俺の腹に炸裂した。息が詰まり、胃が締め付けられ、膝がガクッと落ちそうになる。痛みが全身に広がり、視界が一瞬揺れた。


「妖力はこうやって込めるんだよ!」


 優越感に浸ったトウカは笑いながら体を捻り、俺の腹に回し蹴りを叩き込む。吹き飛んだ俺は壁を突き破り、狭い部屋に倒れ込んだ。


 師匠に教わった魔力障壁で腹を守っていなかったら、致命傷か、あるいは死んでいたかもしれない。壁を突き破った際に切れた唇から流れ出た血をペッと吐き、立ち上がる。


「おいおい、とんだ興醒めじゃねぇか、サルス……こちとらまだ一割しか力を入れてねぇぞ?」


 トウカが壁の穴から入ってきて、ケタケタ笑いながら舌なめずりをする。ムカつくが、ムカつくほど強い。


 この領で一番の武闘家という言葉が、嘘じゃないことを痛感する。このままじゃ、俺は負ける。


 体を屈め、脚に力を込めて床を蹴る。一瞬でトウカの懐に飛び込んだ俺は、先ほどより数段も魔力を込めた拳を彼女の胸に叩き込んだ。


 だが、ゴッと硬い感触が手に伝わり、ダメージになっていないことが嫌でも分かった。


 即座にトウカが跳び膝で反撃してきた。咄嗟に腕でガードするが、衝撃で後ろに吹き飛ばされ、石畳に叩きつけられる。


「ぐはっ!」


 強烈な痛みに顔が歪む。受け止めた腕の骨にひびが入ったかのような感覚が走る。


「どうした! どうした!? 俺を倒せなきゃ、うちの大将の首は取れねぇぞ! このまま殺しちまうぜ!?」


 トウカの皮膚は岩のように硬い、いや、それ以上かもしれない。屈強な肉体と、魔力障壁すら容易く破る破壊力。攻守ともに最強だ。俺の得意とする魔力を込めた打撃すら通じない。


 このままじゃ、負ける。

 ならば、俺が俺じゃなくなればいい。


 左半身に巻いていた包帯を解き、侵食で黒く変色した左腕をさらす。トウカは驚きつつも興味深げに見てきた


「なんだぁ? それ? 病気か何かか?」


 悍ましいものを見せられた彼女が顔をしかめる。俺は唇から垂れた血を舐め、嫌味たっぷりに嘲笑った。


「師匠には使うなって言われてたけど、仕方ねぇよな。ぶち殺したくなる相手が目の前にいるんだもんなぁ……へへ、ははっ」


 かつてロベリア師匠が事故で俺の左腕に黒魔力を侵食させたことがある。それ以来、左腕には黒魔力が生きて循環している。


 黒魔力を使うには、自身の魔力を流し込んで混ぜ合わせる必要がある。だが、混ぜれば混ぜるほど、黒魔力に意識を乗っ取られる危険が高まる。


 このままじゃ理性を失う。目玉が飛び出しそうなほど目を見開き、呼吸が荒くなり、口から唾液が垂れ落ちる。


「なんだテメェ……それじゃまるで―――」


 左腕の黒い部分が胸の方まで広がっていく。


 ああ、これは死ぬな、俺。


 だが、もう止めることはできなかった。


「―――化け物じゃねぇか」


 敵であるトウカの戸惑った表情を最後に、俺の意識は深淵に沈んだ。

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