第186話 狂乱
俺たちは武の領の城下町から少し離れた場所で、遠くにそびえる城を見据えていた。
月明かりに照らされた城は、巨大な石垣と天守閣の威圧的なシルエットのせいで、まるで闇に潜む巨獣のようである。
「武の領、頭領の根城。柳月城だ」
正門では松明の光が揺らめき、城壁の上には櫓が規則正しく並んでいる。
兵士があっちこっち行き来していた。
「警備が厳重だ。正門に兵士がうじゃうじゃいて、櫓の弓兵も厄介そうだ……」
ジークが膝をつき、城を観察しながら呟いた。
「師匠、どうする? 警備の目が届いてない場所を探すか?」
死地に向かっているというのに、うずうずしているのかアルスは燃えたぎる目でこちらを見上げていた。
しばらく城を見つめ、俺は作戦を口にする。
「正面突破あるのみだ……潜入のような回り道は時間の無駄でしか過ぎないからな」
俺の言葉に一同が、疑いのない視線を向けてくる。
信頼してくれているようで嬉しい。
サカツマが相手ではない限り、そこら辺の兵士は特に問題にならない。
そんな俺にミクマリがにやりと笑い、槍を肩に担いで一歩進み出た。
「ほう、妖術使いの腕前を拝見できるとはな……拙僧もその豪胆さ、乗った。共に正面から突入しようぞ」
「了解した。行くぞ、お前ら」
いつでも戦闘できるよう魔導書を手に持って森を飛び出す。
背後で仲間たちが俺の決断に従い、緊張しながらも付いてきてくれる音が聞こえた。
さあ、ジークの過去の因縁とやらを解決しに行こうじゃないか。
城の正門前に広がる石畳の広場に、俺たちは堂々と姿を現した。
正門は高さ五メートルを超える鉄の扉で固く閉ざされ、その両脇には石造りの櫓が威圧的に聳えている。
門を守る兵士は三十人以上で、槍や刀を手に整然と並び、櫓の上では弓兵が矢を番えてこちらを見据えていた。
戦場そのものの雰囲気だ。
俺たちが正門に向かって動き出した瞬間、警報の鐘がけたたましく鳴り響き、兵士たちが一斉に戦闘態勢に入った。
「貴様らぁ! 此処がどこだと心得ている!? 貴様らのようなゴロツキが来るような場所ではない!」
門番の隊長らしき男が大声で叫び、槍を構えて威嚇してきた。
俺は一歩も退かず、冷ややかに応じる。
「名乗る必要はない、用があるのは……貴様ら有象無象ではないからな」
「背中を預けるぞ、ロベリア」
ジークが小さく笑いながら大剣を抜き、戦闘の準備を整えた。
アルスも剣を握って、剣士らしい構え方をする。
ジェシカはドールシリーズを発動して、戦力を増やした。
「それじゃ私の可愛いドールたち! 存分に暴れるんだよ!」
「「「イエス、グランドマスター」」」
軍隊かよ。
「“漆黒槍”」
俺は魔導書を掲げ、無数の黒い槍が放った。
正門にいた兵士たちにめがけて、雨のように降り注ぐ。
漆黒の槍は兵士たちの手や足を掠るように貫いてほとんどがが戦闘不能になっていく。
残った者たちは恐怖に顔を引きつらせて呆然と立ち尽くしている。
「ひっ、何なのだこの妖術は!?」
「一瞬で我々の戦力の大半を削ったぞ!」
隊長らしい男も叫びながら後退していたが、追撃を緩めなかった。
一方、櫓のほうから弓兵どもが慌てて矢を放ってきたが、広範囲の魔力障壁を展開して、軽々と防ぎきった。
「師匠、やっぱすげぇな!」
アルスは向かってくる兵士を次々と薙ぎ倒しながら尊敬の眼差しを向けてくる。
いや、お前も十分すごいんだが。
「やはり規格外だな、我らの大将は! ロベリア、お前が来てくれて、本当に心強いぞ!」
警備が薄くなったのを確認すると、ジークは大剣を思いっきり振り上げて斬撃を放った。
“鬼狂断裂”
ジークの高威力な斬撃が巨大な正門の鉄扉に直撃し、轟音と共に扉が粉々に砕け散った。
爆風が広場を揺らし、残った兵士たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
よし、侵入成功だ。
————
正門が破壊され、俺たちは瓦礫を越えて城内に突入した。
中庭は広大で、石畳の道が本丸へと続いている。
しかし、門の崩落音で城全体が警戒態勢に入り、中庭にはさらに多くの兵士が駆けつけてきた。
五十人を超える武装した男たちが、俺たちを包囲するように陣を組んだ。
「侵入者だ! 殺せ!」
指揮官の叫びと共に、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
「ふん、“呪打撃”」
拳から放たれた黒い衝撃波が扇形に広がり、兵士たちを吹き飛ばした。
十数人が一瞬で気絶し、残りは怯んで後退する。
「こすい真似しやがって。上からじゃなく正々堂々降りてきて戦えよ! ズルいだろ!」
上の櫓からふたたび矢の雨が降ってきたのをアルスは鬱陶しそうにしながら、飛んできた矢を正確に矢を弾いていく。
ジェシカは鋼鉄で作られたドールの”熱血”の後ろで身を屈めて、矢の雨を退けていた。
「お前も魔術を使って応戦しろよ!?」
「無理。ドールシリーズに全魔力を注ぎ込んでるから、少しも無駄にできないの」
「言い訳じゃねぇだろうな……?」
「おいアルス、あまり俺っちのグランドマスターに意見すんなよ? 殴るぞ」
ジェシカを守っていた”熱血”が鬼の形相でアルスを睨みつける。
「いや、やっぱ何でもないです……」
「よろしい!」
と、何故か勝った気でいるジェシカだった。
しかし、彼女が油断している隙を狙って、足元に倒れていた兵士が突然起き出して、刀でジェシカを切ろうとする。
「———させんぞ」
刀はジェシカの顔の前で止まった。
ミクマリが刀身を踏んで阻止したのだ。
会ったばかりのジェシカを助けてくれたとは、意外だ。
「あ……ありがとう」
ジェシカは気まずそうに感謝を告げると、ミクマリは彼女の頭に手を置いて、穏やかな笑みを浮かべた。
「よいよい! 味方を助けて当然だ! 拙僧も参戦するぞ! 天沼矛の舞を見よ!」
ミクマリが槍を舞うよう振り回すと、彼女の周りを水の球体がいくつも出現する。
水の球体は彼女の動きに合わせるように、兵士を次々と飲み込んでいく。
呆気に取られていたジェシカは自分の頬を叩いて我に返る。
そして、複数展開したドールシリーズに集合をかけて、大声で命令した。
「みんな! 敵は柳月城にありだよ! 私たちの邪魔をする悪い人たちを全員、倒しちゃえ!」
「「「おーーーー!!!」」」
ドールが兵士に突撃し、小柄ながらすばしっこい動きで敵を翻弄していく。
仲間たちの連携により中庭は混乱に陥り、俺たちはついに本丸への道を切り開いた。
階段を駆け上がり、本丸の入り口に到達。
巨大な木製の扉が閉ざされているが、些細な障害に過ぎない。
「ここからだ。決して油断するなよ、皆!」
俺の合図と共に、扉を粉砕して本丸内部へと突入するのだった。
————
「ここが本丸か……広いな」
修学旅行で京都を観光した時と同じ心境で、城内を見回しながら静かに呟いた。
背後では仲間たちが俺に続いて中に入ってくる。
「外に比べて、中は静かだな」
アルスが広間を見回しながら言う。
ここは武の領本丸で頭領がいる場所、警備が手薄なはずがない。
兵の殆どを外に敷いたのか、それともヒラナギと同様に今夜、契の領に戦争をしかけようとして戦力を出陣させたのか。
「妖術使いよ、この広間だが……何か怪しき気配を感じるぞ。油断ならぬな」
ミクマリが険しい口調で呟きながら鋭い視線を広間の奥に投げかける。
鋭い直感だ、俺も先ほどから何かを感じ取っていた。
空気が微かに震え、魔術の残滓のようなものが漂っている。
だが、それが何かを特定する時間はない、何かが起きても進むしかない。
「頭領の居室は……とりあえず上に行くぞ」
偉い人は大抵、上の階に住んでいるはずだ。
きっとそうだ。
俺がそう指示を出すと、一行で広間を進み始めた。
足音が木の床に反響し、まったく人の気配がない城内に響き渡る。
しかし、数歩進んだところで異変は起きた。
突然、視界が歪んだ。
まるで水面に波紋が広がるように、空間そのものが揺らぎ、俺の足元が一瞬ふらついた。
「何だ?」
俺は即座に周囲を確認する。
だが、その時にはすでに異変が進行していた。
「ロベリア、何か変だぞ……!」
ジークの声に反応して振り向くが、彼の姿が薄れ始めていた。
アルス、ジェシカ、ミクマリも同様に、まるで霧に溶けるように輪郭がぼやけていく。
「おい、ロベリア! 何だこれ――」
ジークの声が途切れ、姿が完全に消え去った。
「えっ、どこ!? やだやだ~!」
ジェシカの慌てた叫びが遠ざかり、
「む、これは――」
ミクマリの緊張感のない声も途中で途絶えた。
俺は一人、広間の中央に立っていた。
仲間たちの気配が完全に消え、静寂が再び広間を支配する。
「……魔術か」
慌ててもあれなので、冷静に状況の分析に取り掛かる。
手始めに“魔力感知”で周囲の魔力を探ってみる。
微細な魔術の気配が空間に残っており、転移系の魔術であることは間違いなかった。
敵が仕掛けた罠か。
気づかぬうちに発動し、仲間たちを別々の場所に飛ばしたのだろう。
かつて、ノアから貰った魔術道具の指輪と、ラケルの転移魔術を思い出す。
(懐かしいな……)
いや、そんな事より一刻も早くどうにかしなければ。
一旦、外に出るために進んできた道を戻って、先ほど破壊して入ってきた扉から、城の外へ出る。
「………ん?」
しかし、扉を通ると、広がったのは外の風景ではなく城の中だった。
意味がわからずもう一度扉を通ると、城の中。
何度繰り返しても、やはり外には出られなかった。
無限ループである。
あれ、かなりヤバい状況ではないか……?




