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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第182話 真実



 目の前にはヒラナギがいた。

 かつて自分の師、母を手にかけた男。


 憎むべき相手、仇を討たないとならない宿敵。

 かつての自分だったらそう思っていただろう、だが大人になった今のジークにそのような感情は湧いてこなかった。


 立場上、彼はそうせざる得なかったからだ。

 何処の世界で、姉を殺したがる弟がいるのか。


「昔のやせ細っていたチビとは思えない、逞しくなったな」

「まぁ、美味い酒と飯を食っていればな……」

「ふっ、君が食っていけるようになるとはな」






―――10年前



 造船所の長、フウカが処刑された日。

 ”鬼の角”を覚醒させたジークは、執行人であるヒラナギに襲いかかった。

 しかし、たったの一撃で斬り伏せられてしまった。


 幸いなことに傷は浅かった。

 それもそうだ、ヒラナギは彼を殺すつもりが微塵もなかったからだ。

 倒れたジークの死を偽造するために、動かなくなった彼の体を造船所へと密かに移動させて、そこで手当てをした。


 造船所は上役たちによって取り壊されたことで何も残っていなかった。

 しかし、ジークの帰れる場所はここしかない。

 頭領の息子に斬りかかろうとした罪人である彼を連れて行ける場所は、何処にもなかったのだ。


 城で習った方法で手当したことで意識を取り戻したジークはヒラナギを目にして、怒り狂う、のではなく諦めたように脱力していた。

 世界の終わりかのような絶望した顔で俯いて、一言も発しない。


 そんなジークに、ヒラナギは一通の手紙を差し出した。


「姉さん……フウカからだ」


 フウカが処刑される前日に残した、造船所のメンバー達へと宛てた手紙。


 ヒラナギにも一通『頼んだぞ』と短すぎる手紙を送られてきたが、彼女の言いたかった事がこの一言に込められていることが伝わり、彼女の言葉を胸にしまった。

 姉弟だからこそ、言葉にせずとも通じるのだ。


 手紙を受け取ったジークは、時々難しそうに目を細めながらも時間をかけて中身を読み込んだ。

 それを終えると、吹っ切れた表情で立ち上がり、何かを口にすることはなく瓦礫の山になった造船所の片付けを始めた。


 その様子をヒラナギは近くの岩場に腰掛けながら無言で見守る。

 心地の良い小波の音だけが響く、静かな場所だ。


 姉に船造りを辞めろと忠告した日に、受け取った酒瓶を取り出す。

 フウカは酒好きで四六時中酔っている時もあった、飲んでなくても酔っているような人だったが。

 ヒラナギは慣れない手つきで栓を抜いて、口に含んだ。


「不味いな……本当に不味いよ」


 姉を手に掛ける瞬間が、脳裏に焼き付いて離れない。

 血の臭い、感触、悲しみ、永遠に忘れることはないだろう。


 ―――『我の造船所にある一番強いやつだ。呑めば、嫌なことをすぐに忘れられるぞ?』

 ―――『その時が来ないことを祈っておきますよ……』


 嫌な記憶を少しの間でも忘れるために、酒瓶の中身を一気に飲み干す。

 視界がボヤケてくる、頭がふわふわとする、体が温かい。

 涙が止まらない。


「くっ……姉さん……」







 ――――現在。



「俺は、あの日のことを今でも後悔している。処刑を執行をするのではなく、姉さんの側に立っていれば、彼女は死なずに済んだのにと。しかし、やはり僕は血のつながった姉よりも国を選んでしまった。彼女のことよりも、次期頭領としての使命の方が重かった……」

「ヒラナギ、それは違う。言い方は悪くなるかもしれないが、あれはフウカの自業自得なんだ。許されていない船造りをして国にバレて処刑された。国の長の息子だったお前はそれに付き合わされた。ただ、それだけだ」


 自分自身の行いを嘆くヒラナギの肩に手を置いて、ジークは言った。

 十分に考える時間があった、ヒラナギは悪くない答えが出たのだ。


「ああいう結末になるぐらいフウカは覚悟していた。それでも命をかけて、自由を夢見て、諦めずに突き進もうとした彼女は、この世の誰よりも美しかった」

「……」


 フウカは死ぬことを恐れていなかった。

 鎖国した和の大国から自由になるため、それを証明する道しるべになるために大海原を駆けようとした。


 自分だけの為ではなく、みんなの為に。

 だけど失敗した、荒波に飲み込まれてしまったのだ。



「フウカの遺志は我が継ぐ。彼女の夢を途絶えさせる気は毛頭ない」


 ジークは幼い頃に兄を失っている。

 鬼族でも人族でもない異様な存在として扱われ、行き場もなく孤独に彷徨っていた。


(そんな俺を、フウカは救ってくれた)


 彼女が亡くなった後も、人知れず造船所を復興して船造りを続けた。

 どんな荒波だろうと物ともしない夢の船を完成させるため、密かに技術を磨き上げてきた。


 いつも笑うようになったのも、明るく振る舞うようになったのも。

 好きでもない酒を飲むようになったのも、フウカのように成りたかったからだ。


 どんな悲劇が起ころうと、人の人生は続く。

 その後のジークの人生も壮絶なものだった。


 和の大国にやってきた勇者ラインハルに『ギルドに入らないか?』と勧誘を受け、初めこそは突っぱねていたが口説き落とされ、英傑の騎士団に加入して。


 魔王軍という魔族を率いる強力な軍勢と対峙するようになり、何度も死にそうな目に遭い、ブレイブギア号という最高傑作の船を完成させて。


 いつしか”竜騎士ジーク”と呼ばれるようになっていた。

 敵勢力の竜種を討伐する能力がズバ抜けて高いかららしい。


 ―――『お主は、お主がこれから先やりたいと願うことをすればいい。我の夢を受け継ぐのも良いが、人生はまだこれからだ。お主は我ら以上の仲間と巡り合うかもしれんし、新たな目標ができるかもしれない。好きなことで生きていくべきなのだ。しかし、歩むことだけは辞めないことを、約束してくれ』


 ふとフウカとの約束が頭を過ぎる。

 それだけで涙が込み上げそうになるがジークは敢えて笑顔を作ってみせた。

 ヒラナギは、そんな彼の表情を姉であるフウカの姿と結びつける。


「和の大国がどうなっているかは知らない……だけど噂は耳にしている。死者が蘇る事件、近いうちに起ころうとしている和の大国三領を巻きほどの戦」


 ジークは真剣な眼差しで、ヒラナギの瞳を見つめた。


「教えてくれヒラナギ。一体誰が、これらを引き起こしているんだ……?」


 質問されたヒラナギは顔をそらして、唾を飲んだ。

 正直に答えれば、ジークを傷つけることになってしまう確信があった。

 数年前の墓荒らし、過去に亡くなったはずの死者、戦争。

 これらの首謀者は――――




「―――”武の領”頭領アマネ・ツウゲツだ」


 造船所の見習いだった頃のジークの友人だった”武の領”の姫様だ。

 目付け役のアカタニという男の神隠しの術で、武の領から契の領”海鳳”の造船所まで転移して遊びにくることが幾度もあった。


 それがいつからなのかは知らないが、ほぼ同時に契の領で墓荒らしが起きていた。

 ”海鳳”の墓地を中心にだ。

 しかし、これだけでは証拠にはならない。


「姉さん……”契の領”頭領の嫡女であり造船所の長フウカが処刑されたのもアマネが原因だ。和の大国では全面的に禁止されている船造りをしていたフウカを、彼女は”密告”したのだ。契の領の嫡女が船造りをしていたことが公にされれば、我々当家の立場が危うくなる。だからこそ僕はケジメをつける為に」


 これが、フウカが処刑された真実だ。


「―――血の繋がった姉を、手にかけたんだ」



 均衡が保たれてきた和の大国三領を手中に収めようと、アマネは幼いころから画策していたかもしれない。

 アマネの母である”武の領”先代の頭領ヒバリ・トオツキが毒殺された事件も、彼女が関与している可能性がある。


 かつて和の大国の主権を握っていたヒバリを”契の領””鬼の領”の二領は良く思っていなかった。

 実の母親であるヒバリを毒殺することによって、必然的に二領に疑いがかけられる。


 そして三領の間で保たれてきた均衡に亀裂が生じ、いつ戦が起きてもおかしくない拮抗状態を作る。


各領の、過去に亡くなった腕の立つ武人の遺体を墓地から掘り出して蘇らせて従わせる。


 そうすることによって”武の領”の戦力を向上させ、二領を潰し”和の大国全土”の主権の座を手に収めるという計画なのだろう。

 これらはヒラナギが立てた推測である。


「我々が討つべきなのは”武の領”頭領アマネ・ツウゲツ」


 ジークは何も言わないまま、唖然とした表情のまま固まっていた。

 衝撃どころではない、絶望、それどころかアマネに失望しているかもしれない。

 

 友達だと思っていた女の子が裏切り者だったという事実が、彼にとってあまりにも信じ難いものなのだ。









「―――違う、俺は信じない」


ジークは、ヒラナギの推測を否定した。

怒りでも憎しみでもなく、口調は至って冷静。

強い意志の宿った瞳で、確固たる意志で彼はそう返事したのだ。


「首謀者は他にいる……」

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