第179話 大剣豪
契の領、”地鳳城”の天守閣。
武士やら侍女たちに囲まれながら、豪華な一室に連れ込まれる。
用意された座布団があったので、あぐらをかいて座った。
こういった場所への作法はからっきしなので、内心ドキドキ中である。
酒も出されたが、酔わないし別に好きではないので口を付けない。
毒でも入っていたら嫌だしな。
「待たせてすまない、外国からの訪問者に家臣どもが騒ぎ立ててな」
数分後に、ヒラナギが別の入口から入ってきて目の前に座った。
同じようにあぐらをかいていたが、やはり殿様だけあって威厳を感じる。
「あのような奇妙な者を城に上げるなど、殿は何を考えておられるのか。とな。煩いから護衛はすべて控えて、二人だけの場を設けた」
そういえばヒラナギの周りには、家臣の一人も付いていない。
敵対の意思はないことを証明する為かもしれないが、肝が座っているなこの頭領は。
「言っておくが、俺は話しを聞きに来ただけであって、協力するとはまだ言っていない」
「無論、承知している。ロベリア殿にも有益になるよう尽力しよう。しかし、これから私が語る事情に見合うかどうかは、正直に言うと自信がない……」
この国を背負っている男とは思えない、項垂れた姿を晒すヒラナギ。
家臣がいないことで気が抜けているのだろうか。
「其方は、海鳳の噂を耳にしたことがあるか?」
蕎麦屋でトウの言っていたことを思い出す。
———”鷹麗岳”という名前の山に、過去亡くなったはずの偉人の”亡霊”が目撃された、なんて噂が最近広まってるみたいなんですよ
「ああ、それで頭領の貴様も動き出した、とも聞いたな」
「やはり噂というのは、広まるのが早いな。死人が生き返るなど根も葉もない噂、事実無根だと言いたいところだが……事実だ」
頭領ヒラナギは、断言するように告げた。しかし実際に目撃したことがないので、薄い反応で返してしまう。
魔術が存在するこの世界で、いちいち驚いていたらキリがないからだ。
「十三年前、海鳳近辺で墓荒らしが立て続けに発生したのが始まりだ。当時の我々は、墓を掘り起こし遺体を盗む犯人の手がかり、目的を掴むことができなかった。しかし”鷹麗岳”で過去亡くなったはずの者たちが、麓に住む人々に目撃されたことで、ようやく我々は真相に辿り着くことができた」
「その墓荒らしによって、何かしらの方法で亡くなった者たちが蘇った。ということか……」
「その通りだ。墓荒らしは今日に至るまで、千件以上も発生している。単独で行われたとは思えない、膨大な件数だ。これらを実行するには相当な人手が必要だったに違いない」
「犯人に心当たりがあるのか?」
そう尋ねると、ヒラナギは眉をひそめた。
そして顔をある方角へと向けた、海鳳の町の方向だ。
「十五年前……武の領から契の領の”海鳳”に、何度も忍び込んできた小娘が一人いた。その小娘の正体は、現在の武の領を治める頭領、アマネ・ツウゲツだ」
「アマネ……」
聞いたことがある名前だ。
ゲームでの”和の大国”は、あまり深堀りされていない。
ジークの出身地、という情報しか知らない。
「そいつが犯人であるという確証はあるのか?」
「武の領の頭領なら、権力で幾らでも家臣を動かすことができる。しかも”鷹麗岳”は武の領、契の領を隔てる巨大な山ゆえに我々の管轄でもあり、武の領の管轄でもある。そこに蘇らせた亡霊たちを隠し、準備が整い次第この城を攻め落とす気なのだろう。予想の範疇でしかないが情報を収束させた結果、我々はこの結論に至ったのだ」
ヒラナギは険しい顔を上げ、こちらを見た。
焦りと怒りの混じった表情をしている。
「蘇った者たちの殆どが、名を残すほどの武士。加えて武の領の軍勢も侵攻してくるだろう。とてもではないが我々、契の領の戦力だけでは不足過ぎる。このままでは兵だけではなく、関係のない民草まで犠牲になるかもしれない。多くの血が流れてしまう。どうかロベリア殿……この戦は、我々に助太刀してくれ。其方のその強大な力をもってすれば無駄な血を流さずに済むはずだ……頼む……!」
ヒラナギは懇願するように、土下座をした。
契の領を治める頭領が頭を下げている。
この姿を家臣たちに見せたくないからこそ、誰も部屋に入れなかったのだろう。
(すごい覚悟だ)
彼は、踏ん反り返って好き勝手する権力を振りかざす頭領ではない。
ヒラナギは心から、契の領の人々を想っている。
「最後に聞きたい、ヒラナギ。アマネがここまで大掛かりなことするには相応の理由があるはずだ。彼女の目的は、何だ?」
「それは……」
ヒラナギはゆっくりと頭を上げて、渋々と答えた。
「この国では、大昔”神霊”と呼ばれる神が存在していた。神霊は”八岐の白鱗首”という神物を四つ、和の大国に残したとされている。神物は各領が一つずつ厳重に保管しており、それらを一つに組み合わせることで”白き神霊”が現世に顕現し、その領の守り神として絶大な武力と豊穣をもたらすと信じられてきた。そのせいで神物を他領から奪取すべく、三領間で幾度も戦が起きたのだがな……」
なるほど。
在り来りな話しではあるが、そういった神秘的なものを信じ込むのは仕方ない、とは思う。
裕福な暮らしを送りたい、誰よりも強くありたい、だから人は命をかけて戦う。
この時代じゃ、普通のことだ。
「それなら武の領頭領のアマネが選りすぐりの遺体を集め蘇らせる、大掛かりなことをした理由にも納得がいくな。契の領だけではなく、鬼の領にも保管されているであろう”八岐の白鱗首”を全て手にして、和の大国全領地を手中に収める……それが奴の計画か」
契の領の抱える深刻な問題、武の領の目的。
これから起きる大きさ戦を、ようやく理解することができた。
”八岐の白鱗首”というのがどんな代物なのかは知らないが、その力が果たして和の大国内だけで治まるのだろうか?
アマネが和の大国だけではなく、全世界を巻き込もうという考えに達する可能性もある。
そうなってしまったら、他人事ではなくなってしまう。
しかし、俺たち理想郷陣の目的はノーヴァリアス王国でリアン姫とラケルを救うことであり、他所の問題に首を突っ込むことではない。
だけど、俺は、頭を下げたヒラナギを、助けたいと思っていた。
仲間たちも巻き込むことになるかもしれない、でも知らんぷりをすることが俺にはできなかった。
「この戦は……」
この後の、俺の一言ですべて決まる。
理想郷陣がヒラナギ達に協力するか否か、俺の答えで決まるのだ。
「―――――!!」
気付けば俺は、隣の部屋へとヒラナギを風魔術で吹き飛ばしていた。
廊下の方から、血の臭いがしたのだ。
きっと部屋の外は、夥しい数の死体が転がっている地獄絵図になっている。
直後―――広範囲の蒼い斬撃が、廊下の方から飛んできた。
ヒラナギを風魔術で吹き飛ばしたことで、壁に大穴を空けて隣の部屋に避難させることができたが、伏せた俺は右耳を斬られてしまった。
右耳が床に落ちて、激痛が走るが痛がっている場合ではなかった。
斬撃を飛ばしてきた存在が、すぐそこにいた。
いつの間にか部屋に侵入してきていたのだ。
俺よりも一回り年上であろう男だった。
見た目は典型的な侍っぽい見た目で、かなりの風格が漂っている。
そいつと視線を交えた瞬間、悪寒が走る。
十二強将と遭遇した際に生じる危機感を、無意識に募らせる自分がいた。
目の前にいる男は、危険だ。
明らかな殺意をもって、斬撃を飛ばしてきたのだ。
しかし、直前まで気づけなかったなんて、おかしい……。
こいつが城に侵入した時点で存在に気付けたはずなのに、これっぽっちもコイツの魔力を感知することができなかった。
殺気を放たれていなかったら、確実に致命傷を受けていた。
「貴様……何者だ?」
そう尋ねると、男は刀を肩の上に置いて、もう片方の手を腰にあてて、無防備な格好で笑みを浮かべた。
瞳孔が真っ白いな。
「いやぁ〜若いの、やりおるな。殺意を消したはずの某の不意打ちに勘付き、ヒラナギを隣の部屋に移動させ、剰え避けてみせるとは……感心!感心! お前さんのような強者は好きだぞっ!」
風格は何処へやら、男は二カッと笑いかけてきた。
口調も敵というよりフレンドリーといった感じで、警戒心が解けそうになる。
既視感、いつかの女魔王みたいな物腰の柔らかさだ。
「不意打ちして御免なぁ。剣士として、恥ずべき行為なんだが、某の任務はヒラナギの生け捕り。動けないよう、ひと思いに腕を飛ばすつもりだったんだ。しっかし、お前さんのような狂犬を用心棒にしていたとは。良い心掛けではないか……じゅるり」
ご馳走を前にしたかのように唇を舐めて刀を構える男。
俺も魔導書を開いて、戦闘態勢をとる。
この男、妖精王アレンや帝国の鬼人カルミラとは比べものにならないほど実力であることが肌で感じる。
下手したら古の巨人ベルソルを前にした時に近い感覚だ。
「本当は素性を口にしては駄目なんだが、不意打ちした詫びだ。某の名は”サカツマ・ドウデン! かつて和の大国一の”大剣豪”と謳われた最強の剣士である! さてさて〜、妖術使いよ! 尋常に勝負といこうではないか―――!!!」




