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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第175話 母親の死


「我を説教しに、わざわざ海鳳まで赴いたというわけか。別れを済ませた時も言ったはずだ。我の求めるものは地鳳帝ちほうていの城には無いと」


 ”地鳳帝”とは北部にある頭領カイシュウ・ワタツミが城を構えている”契の領”の都、ヒラナギとフウカが生まれ育った故郷である。


「しかし、姉さんには”頭領の座を継ぐ”という大義名分がありました。僕ではなく、貴女にです。しかし天命を放棄してまで成そうとしている事が和の大国内で全面的に禁止されている造船とは。頭領の娘が法律違反を犯していることが民草の間で広がってしまったら、我々ワタツミ家の威厳と印象がどうなるのかを、一度でも考えたことがありますか?」


 十年前、姉であるフウカが自室に忍び込んできて「ヒラナギよ、我は夢を追うからな」と言い残し夜逃げしたのが、まるで昨日のことのようにヒラナギの記憶に残っていた。

 思い出しただけでも、刀に手が伸びそうになる。


「はっきり申し上げて貴方のした事は迷惑の極み、後継者が夜逃げするなど一大事もいいところです……」

「ハッハハハハ! 父上の顔を拝みたかったものだ!」


 いつの間にか盃を手にして、フウカは顔を真っ赤にして笑っていた。

 真剣な話しをしている最中に酔っ払っていたのだ。


「笑い事ではありません! 立てた青筋から流血されたのですよ!?」

「別に良いではないか。父上は元から男児を後任にしたいとボヤいていた。我がいなくなることで弟であるヒラナギが頭領の座を獲得できる。父上にとっても我にとっても好都合ではないか」

「いえ、まったく。貴女のせいで、却って代々から重んじられてきた家法に、我らの代が背くことになったのですよ。姉さんは”嫡女”僕は”妾の子”僕が先に産まれたとしても、正室の貴女が頭領を継がなければならなかったのです。確かに父上は後任に男児を望まれていましたが、掟に背くことができなかったのです。ましてや妾の子である僕を頭領にするなど由々しき事態」

「ならば物心がつく前に我を亡き者にすれば良かったのでは?」

「先ほどから仰っているではありませんか、父上は家法に背くことができなかったのです。本妻とは一人しか子供をもうけてはならない。たとえそれが女児であろうと頭領の継承権を剥奪することはできない。子を殺めてはならない。幾ら不満があろうと父上は掟を守り抜こうとした。だというのに姉さんは、父上を僕を、裏切って地鳳帝から逃亡した。斬り捨てて当然の犯罪者なのです」


 空気が冷たくなる。

 ヒラナギから殺気が放たれたのだ。

 浜に上がった波を押し戻すほどの圧を、全身に浴びたフウカは盃を置いた。

 姉弟の再開を平和的に行いたい彼女だったが、どうやら叶わないらしい。


「姉さん、我らと共に地鳳帝に戻りましょう。僕が頭領の座に就くことで、姉さんに下される処罰を軽減させることをお約束します。だから、どうか……」


 ヒラナギは撫でるように刀の柄に手を添え、身をかがめた。

 抜刀すれば、間合いの中にいるフウカの首を落とせる。

 言葉で従わないなら強硬手段に出るまでだった。

 彼女を殺す気は微塵もないが、返答次第では足の一本を折ることになる。

 そうすればフウカを連れ戻せるとヒラナギは期待していた。



「———お主は、われが頭領を継ぐことを”天命”だと口にしたが。我はそうではないと思っている。人は皆、平等な死を迎えることができるが、平等な生を謳歌することはできない。今を生きる者たちが、先人たちの残した掟と価値観に囚われ続ける限り、決してな」


 質問の答えになっていないことにヒラナギは困惑して、刀に置いた手が緩む。


「何を……」

「人は望まないことを押し付けられるために生まれたのではない。幸福になるために生まれてきたのだ。種族に囚われ、家柄に囚われ、金に囚われ、見えない巨大な鳥籠に囚われている。そこに自由など無ければ、幸せなどありはしない。アマネ姫の言う通り、このままでは和の大国は滅びの一途を辿ることになるだろうな。だから我は、自由を証明したい。これから完成させる夢の船で、海鳳の荒れ狂う大海原を超える」

「……」

「ヒラナギは正しい、我は逃亡者だ。これからも逃げ続けることになるだろう、契の領から、和の大国から。恥ずべき行為だと罵っても構わない。しかし、大海原を乗り越えた暁には、和の大国全土に轟くことになるだろう。自由を手にすることができたとな! 我の夢が叶えば、自由を求めてその足跡を辿る者たちも現れるはずだ! そして和の大国が開国されれば、人は真の平等を得られると我は確信している! 我がその象徴になってみせよう!」


 変わらない。

 部屋に忍び込んで夢を宣言した、あの夜から何一つ変わらない志だ。


「秩序と均衡が保たれてきたのは先祖代々から掟を厳守してきたからなのです。少数が犠牲になることで、多くの民草は幸せを矜持することができている。平等とは無秩序。不平等があるからこそ人は安心を得られるのです。子どものような世迷い言だけでは世渡りできない、姉さんの考えは間違っておられます」


 フウカの語る理想は現実味がない。

 頭領にあるまじき発言、和の大国を開国などありえない。

 アマネ姫と密かに会っていることをヒラナギは知っている。

 目を瞑って見過ごしてきたが、あの小娘の思想が姉に影響を及ぼしてしまっている。


 武の領の姫がいること自体が法律違反、斬るか人質にすれば、契の領にとって好都合になる。なのに、ヒラナギは躊躇っていた。

 フウカがアマネ姫と楽しそうに過ごしている姿を目にして、とてもじゃないが彼には斬ることができなかった。


(すでに元服を済ませ、あと二年すればアマネは晴れて頭領の座に就くこととなる。お忍びで契の領まで赴き、この刀の届く距離にいる。またとない好機……しかし)


 ヒラナギは大きく息を吸い、諦めたように吐き出した。

 刀に当てていた手を離し、険しい顔でフウカを睨みつける。


「それが貴女の信じる道ならば、どうぞお進みください。ただし”後悔”だけは残さないとお誓いください。僕たちを裏切り、剰え自身さえも裏切るようなら、僕は姉さんを決して許しません。その時は遠慮なく斬り捨てる事を、努々お忘れなきよう……」

「ああ、肝に銘じておこう」


 ここまで姉に執着する理由が、自分でも理解できないヒラナギは腑に落ちないまま頭を下げ、踵を返した。

 海鳳の町で用意された館を抜け出し、造船所まで足を運んだが、無駄足だった。

 粘って説得を続けたとしても、あの様子では考えを改めることは決してないだろう。


(他領に、契の領頭領の娘が船造りをしていることが広まってしまったら、立場が危うくなる。本来なら、このような事はこれっきりにと、釘を打つべきだが。望まないことを押し付けられるために人は生まれてないか……面白いことを言う)


 歩き去ろうとしたヒラナギは立ち止まって、造船所の中へと向かおうとしていたフウカに向き直る。


「一つご忠告を。近頃、海鳳を中心に、近辺の墓場にて”墓荒らし”が発生する報告が立て続けに上がっております。下手人の動機は不明ですが、何か心当たりがあるようでしたら、報せてください」


 二年前、ヒバリ姫が毒殺されたと同時期に、各領で名のある武士や大名の墓が荒らされるという事件が多発している。

 荒らされた墓の遺体と遺骨は盗まれ、その行方は未だに掴めていない。

 フウカには関係のない事かもしれないが、予感がしたヒラナギは忠告しておくことにした。


「バチ当たりなことをする輩もいるのだな」

「ええ、まったくですよ。物騒な世の中になったものです……」

「呑むか?」

「この後、海鳳の御所で評定がございますので、お断りします」


 すでに一回断ったのに懲りない姉に、ヒラナギは手で制す。

 酒を呑むと執務に支障をきたすため、祝いの場以外は極力嗜まないようにしているのだ。


「餞別だ、一本持っていけ」


 そう言ってフウカはまだ栓を開けていない酒瓶を投げ渡した。

 人の話しを聞かない彼女に呆れ果てたヒラナギは酒瓶を受け取ると、ふたたび踵をかえす。


「我の造船所にある一番強いやつだ。呑めば、嫌なことをすぐに忘れられるぞ?」

「その時が来ないことを祈っておきますよ……」


 フウカは嬉しそうに二カッと笑った。

 裏表がなく建前で話さない、大胆かつ愉快な船大工の女頭。

 家柄も法も彼女の前では何の意味も成さず、幾多の弊害が待ち受けようと弱音を吐かない志。


(無茶苦茶だが、尊敬に値する)


 ヒラナギは、密かにフウカを認めていた。





 ―――――――




 二年の年月が過ぎた。

 たまに造船所に尋ねてくるアマネ姫と目付役のアカタニと交流して、フウカの技術を教わり、買い物で金銭や計算を覚えながら、肉体的にも精神的にもジークは成長していった。


 年に一度、海鳳の守り神である”海鳳神”のために催される祭りがある。

 常日頃から仕事ばかりの造船所の仲間たちのためにヘソクリを貯めていたフウカは、祭りで使うようにと仲間たちに金を分配した。


 酒を呑んだり、食べ物を食べ歩きしたり、打ち上げられる花火を眺めたりと、仲間たちとのかけがえのない時間を過ごしていたジークだったが、帰路につこうとすると、酒癖の悪い与太者集団に絡まれてしまい、全治一ヶ月の重傷を負ってしまう。

 フウカが駆けつけてくれていなければ、死んでいた。


 一ヶ月後。

 重傷から復帰したジークはすぐに仕事に戻ろうとすると、何故かフウカに止められてしまう。

 代わりに遠い山に連れていかれ、わけが分からずフウカに質問をすると。

「自力で帰ってみろ」と言い残し、山の中で一人取り残されてしまった。


 魔物に襲われながらもジークは死物狂いで一週間かけて、命からがら造船所に帰ると気絶するように眠った。

 起きて速攻、置いてきぼりにしたフウカに殴りかかるが、力に差がありすぎてジークは返り討ちにされてしまう。

 初日みたいに机に叩きつけられたのだ。


 その日、傷を負いながらジークは造船所から飛び出した。

 弱い自分を恨んだ、弱いから大切な人に守られ続けるのだ。

 亡き兄も、自分を庇って殺された。


 その日を境にジークは山籠りを始めた。

 自給自足の山中生活。食料は現地調達で、一日一回魔物と戦うようにした。

 死にそうな目に遭いながらも、ジークは造船所に帰ることなく自分の手で傷の手当をした。

 もしもフウカが、仲間たちが危険な目に遭って、何もできない自分のままではいたくないとジークは強く願った。


 一ヶ月後。

 フウカと互角にやり合えるまで強くなったジーク。

 フウカは幼い頃から城の武士に鍛え上げられた経験があるため、そこらの武人よりも腕が立つ。

 そんな彼女と同等の実力を身に着けたジークの成長速度は規格外そのものだった。


「ジーク、お主今年でいくつになる?」


 手合わせの最中、フウカからの質問に戸惑いながらもジークは答える。


「十五になる、らしい。それがどうした?」

「どうしたもなにも立派になったと思ってな。身長も生意気に越して……成長したな。我は嬉しいぞ」

「っ! 恥ずかしいこと言ってんじゃねぇ!」


 手を伸ばしてきたフウカに頭を撫でられ、ジークは戦意を削がれた。

 代わりに羞恥心が湧いてきて、手合わせを中断した。


 年齢など、ジークにはどうでもよかった。

 十歳になる前から大人と同じくらい働いている大人がいれば、大人になっても怠ける奴はいる。

 鬼の領に住んでいたときに学んだことだ。


「お主と出会えてよかった。セイラ、ケンシン、サブロウ。四人がいなければ我はきっと、どこかで挫折していただろうな。無計画に海鳳の海辺に拠点を作って、大した技術もないのに船造りを始めて。知っているか? 我の最初の船は、小舟だったのだぞ。しかし小舟と呼ぶには曖昧で、どちらかというとイカダのような縄で大木をつなぎ合わせた、不器用な船のようだった。沖に辿り着く前に、小さな波に飲み込まれて沈んだがな。流石に技術を身に着けなくっちゃならなくなって、町で大工を始めてな」

「大工の親方だろ? 以前、聞いたよ」

「あの人から色々と教わったものだ。船造りをするって言ったら金槌を投げつけられたがな。そこからケンシンと出会った。親に莫大な借金を擦り付けられたせいで借金取りに追っかけ回されてな。仲間になる代わりに我がやつの借金を肩代わりして、こないだ全額返済したばかりだ」

「そんなことあったのかよ……」

「セイラは契の領の北端の土地を治める大名の娘でな。縁談が嫌で海鳳に逃げてきたらしい。親近感が湧いてな、それで拾った」

「え、あいつ、すごい家の出なのかよ」

「あとはサブロウだな。あまり掴みどころのない奴だが、親方に頼まれて育てることにした。よく働くやつで頼りになる。たまにサボったりするが悪いやつではない」

「掴みどころがないのは同感だ」


 夢を追って、城から逃げ出したのはいいものの、かつてのフウカは右も左も分からない小娘。一人で生きていくには過酷すぎる土地だ。

 人が簡単に死ぬことが常識のこの世は、平和とは言い難い、血生臭いものだ。


「我は、仲間たちとの出会いを仕組まれたもの、あるべき運命だったとは思わない。人の人生とは、神が決めるものではなく当人が決めるものだ。歩むべき道も、夢も……ジーク。お主は、お主がこれから先やりたいと願うことをすればいい。我の夢を受け継ぐのも良いが、人生はまだこれからだ。お主は我ら以上の仲間と巡り合うかもしれんし、新たな目標ができるかもしれない。好きなことで生きていくべきなのだ。しかし、歩むことだけは辞めないことを、約束してくれ」

「……」


 鬼の領で兄を失い、故郷を捨て、居場所のない自分をフウカは受け入れてくれた。

 鬼の血を流しているのに”角無し”と呼ばれた曖昧な存在の自分を救って、生きていく理由を与えてくれた。


 恩人であり師。だけどそれ以上に、ジークはフウカを母親として見ていた。

 感謝を言いたいのは、むしろこっちの方だった。

 だけど、照れくさくてジークは口にすることができなかった。

 だけど、きっと――――


(―――いつか)


 そう誓うのだった。




 だけど、その日。

 フウカは帰らなかった。

 仲間たちの姿もなく、造船所の中は荒らされていた。

 二年かけて造った船は、すぐ近くの海上で燃えていた。



 嫌な予感がして、ジークは海鳳の町へと向かって走った。

 履物も履かずに森の中を駆け、石や枝で足裏が傷つこうと、石につまずいて倒れようと、すぐに立ち上がり。

 道中、遭遇した魔物に攻撃されて重傷を負おうと構わず。

 血まみれになりながら、ジークは何度もフウカの名前を叫んだ。







「ふ……ウカ……?」


 野次馬に囲まれた広場に到着するが時すでに遅し、実の弟ヒラナギの手によってフウカは打首にされてしまったのだ。

 恩人であり師匠、母親だと慕っていた大切な人が目の前で、殺されたのだ。


「あっ……ああ……ああ……」


 ジークは、かつて兄が殺された時に抱いた底しれない憎しみが蘇り、何もかもを壊したいという衝動が湧き上がり、眼前のすべてが血の海のように染まる。


「あああああああああああああああああ!!!!!!」


 気付けば、ジークの額に燃えるような鬼の角が発現し、ヒラナギに襲いかかっていた。

 しかし、契の領で最も腕の立つ大剣豪と謳われた次期頭領のヒラナギに敵うはずがなく、ジークはいとも容易く斬り捨てられた。


 胸から腹部に激痛が駆け巡り、口から大量の血反吐が溢れ出す。

 反撃することができず、ジークはたった一振りで倒れてしまった。


 何故、造船所が荒らされたのか。

 何故、汗水流して造った船が燃やされ。

 何故、フウカが殺されたのか。


 何もかも分からず終いのまま、自身の血で真っ赤に染まった視界で空を仰ぎながら、ジークは重々しい瞼をゆっくりと閉じていった。


 大切な人を、守ることができなかったのだ。

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