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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第174話 頭領の娘


「姫にはいつも頭を痛くさせられますよ。人の上に立つに相応しい気品な立ち振舞に教育したつもりでしたが、あのように奔放に育ってしまうとは、お目付け役として不甲斐ない……亡きヒバリ様が草葉の陰で泣いておられる……」

「そう悲観するな、アカタニ殿。ご息女は立派育っていると我は思っているぞ。毒殺された母を目の当たりにして尚も笑顔を絶やさない逞しい心持ち。我が造船所のジャリ共も、是非に見習ってほしいものだ」


 アマネ姫と共にいた目付け役のアカタニとフウカの二人が酒盛りをしている。

 大人同士楽しそうで、なんか貶されている予感がしてジークは額に青筋を浮かべた。

 そんなジークは仕事に戻ろうとした時、同い年の姫様アマネに捕まってしまう。


 まるで犬を見つけた童子のように興味津々に近づいてきて頭を撫でられる。

 初対面の相手に馴れ馴れしく触れられることを良しとしないジークは彼女の手を叩いた。


「なっ! 其方、無礼であるぞ!」

「知るか、敬語も面倒だ。悪いけどお前と戯れてるほど暇じゃないんだ。生まれて初めて皆と造った船が先月、海の藻屑になってしまったのでな。見ての通り作り直さなければならなくなった」


 ジークが指をさした船渠ふなばりにはまだ船体の木型しか出来ておらず、この少人数で完成にこぎつけるとなると二年以上はかかる。

 暇ではないのは事実だがフウカから「さっさと完成させろ」と強要されているわけではない。

 結局は船大工たちのやる気次第である。


「そんなもの明日になれば手を付けられるであろう? 妾が遊べと言ったら喜んで遊べ」

「それは命令か? 僕はフウカの言うことしか聞かないことにしているからお断りだ」

「むぅ〜」

「姫様だがなんだが知らないが、同い年なら働け」


 必要な木材と工具を選びながら、ジークは鬱陶しく言った。

 その言葉にアマネ姫はキョトンとする。


「働く? 妾が? なにゆえ?」

「生きるために、やって当然のことだろ。働かないと金を稼げない、金が稼げないとその日を凌げない。そんな不思議なことは言ってないけど……?」

「いや、不思議でたまらん。働かせるのならアカタニにやらせるし、家臣もたんまりおる。食事だって勝手に出るが?」


 アマネ姫の発言に、ジークはキョトンどころか手に持っていた物を落としてしまうぐらい驚いていた。


「そんな都合のいい事があってたまるか……嘘をつくな」

「嘘はついておらん、昨晩だって間食をとった後でも豪勢な夕食が出て、腹いっぱいなのに母上に食べさせられて……こっちはダイエットをしておるのに」

「間食って何だ……?」


 ”間食”という概念がない環境で育ってきたジークには馴染がない単語だった。

 後半の、だいえっと?とやらも聞き慣れない。


「三食の間に食べるということだぞ? そんなことも知らんのか?」

「三食!?」


 一日二食しか食事をしていないジークには衝撃的すぎる発言だった。

 底辺暮らしと姫様暮らしでは思考が乖離しすぎている。

 住む世界が違うとは、正にこの事を言うのだろう。


「……さっきから妙なところに食いつくなジーク殿は」


 アマネ姫は腰に手を当て、呆れたように溜め息を吐いた。自分の常識が通じない相手と察したのが初めてだからである。


「来い、其方に色々と教えてやろう。人の人生は長い、一つのことだけに固執する必要はない」


 アマネ姫は、唖然とするジークの手を引いて、強引に造船所の外へと連れ出した。

 突如と造船所にやってきた破天荒な娘に振り回される日々が始まった。




「城の者には目付役のアカタニの屋敷で作法の指南を受けていると言っているのでな、武の領から抜け出しても誰も騒がないのだ」

「けど、ここから武の領まで距離がある。歩くと三日以上はかかる……とケンシンが言っていた」

「それも心配無用だ。なにせ、アカタニは妖術を使うことができるからな」

「妖術……?」


 妖術とは、不思議な力のことを言う。

 それもケンシンから学んだことがあるジークだが、実際に遭遇したことはなかった。


「妾は実際に使用したことがなくてな。アカタニからの教えを復唱することしかできんが、掻い摘んで原理を説明すると妖力を糧にすることで、術を発動することが可能とのことだ」


 妖術は鬼の領で、現在も一般使用されている。

 しかし、昔の武の領と契の領では”妖術使い”は畏怖の対象だったため、本格的に扱われるようになったのは最近である。


「武の領から契の領に、短時間で移動できる妖術をアカタニは秘めているのだ。その名も”神隠し”の術。指定した地点に瞬間的に移動する妖術とのことだ」


 にわかに信じ難い話しだが、武の領のお姫様が城を抜け出して、契の領へと気軽に遊びにくることができる理由が他にない。


「アカタニの奴、絵に描いたような過保護の堅物だからな。フウカに逢わせてくれる願いを聞き入れてくれるまで、説得に時間がかかったんだぞ? ま、こうやって半年に一度、遊びに来れるようになったから、手間と時間をかけた甲斐があるものだ」

「単に、お前のワガママにうんざりしただけだろ。あのおっさん」


 図星なのか、アマネ姫はせっかく捕らえることができたザリガニを川に落としてしまう。


「た、たわけ! 妾は彼奴あやつにとって唯一無二の宝物なのだ。妾の願いを聞かずにはいられなかったのだろう! きっとそうだ!」

「ふん、どうだが」

「かちーん」


 会ってからずっと無礼すぎる態度をとるジークに堪忍袋の緒が切れたアマネ姫は、川の中で身をかがめる。

 流れる水を、両手ですくってジークの方に向き直ると、


「とりゃああああああ!」

「ちょっ、おい!?」


 大声を張り上げながら水を飛ばした。

 濡れる気がなかったジークは、飛んできた水を避けきれず濡れてしまう。

 その無様な姿に、アマネ姫は小馬鹿にするように指をさして嘲笑う。






「フウカ殿と友人関係になったのは、武の領内で上げられた”三領会談”で初めて顔合わせをした時でな、いずれ領を受け継ぐ身として幼子の頃から母と共に参列させられたものだ」


 和の大国では三年に一度、三領による話し合いの場が設けられる。

 この会談が定期的に行われているからこそ和の大国の均衡が保たれているのだが。


「母がいるのか、お前……?」

「ああ、いたさ。だが、母上は何者かの卑劣な手によって毒殺され、御隠れになられた」


 当時、武の領の頭領だったアマネの母君ヒバリ姫は、和の大国の主要領としての統治権を握っていたが、二年前に毒殺された。


 この事件が争いの火種となり武の領は、契の領と鬼の領のどちらかが統制を担うヒバリ姫を妬んで毒殺したのだと結論づけて、数百年ぶりに戦争を引き起こしたのだ。


「すまない……」

「よい、気にするでない。終わったことをいちいち引きずる気は毛頭ない。戦乱の世となった今、妾は一刻も早く頭領の座に就かないとならんのだ。母上の為にも弱音は吐いていられん」


 親の死を経験してもアマネ姫は真っ直ぐだった。

 ただの五月蝿い小娘だと鬱陶しがっていたジークだったが、ほんの少し垣間見えた彼女の逞しい姿勢に見惚れてしまう。


「暗い思い出話はお開きにして、話を戻そう。フウカ殿と仲良くなったのは単純に評定がつまらなかったからだ」

「は?」


 アマネ姫はやれやれと頭を横に振りながら両手を上げる。


「母上とアカタニ曰く会談中はずうっとうたた寝をしておったらしい。小難しいことは性に合わないみたいでな、議題の内容をほとんど覚えたことがない。所詮、妾も幼子であったということだな。閉会された後、向かい側で同様につまらなさそうにしていたフウカ殿と意気投合して、この海辺で夢を語り合ったのだ」


 懐かしい思い出に浸るように、彼女は言った。


「フウカ殿は船を造り、大海原を駆けて自由になると語った。立派な夢だ。きっと妾は、フウカ殿の美しい信念に惹かれて、こうやって逢いに来ているのだろうな。いずれ、彼女の夢の実現を見届けるために……」


 ジークにも分かるような気がした。

 和の大国全土は船建造を禁止され、国を出奔することを許されていない。

 役人どころか町民にバレれば極刑は免れない。

 どう考えても無謀な夢だ、誰もがそう思うだろう。


 しかし、フウカは夢を実現させようと日々を、この造船場で過ごしている。

 数年かけて作り上げた船を沈ませようと、彼女の瞳から気力が消え失せることはない。

 後退りすることをせず、前進しようと踏みとどまり、フウカは着実に夢に近づこうとしているのだ。

 尊敬に値する人物だ、そしてジークの恩人である。


「妾も負けてはいられんと思ったぞ。武の領、契の領、鬼の領の間に生まれた深い溝。三領の関係を改善するための評定を上げようと、最後に行き着くのは自領が如何に優れているかを主張し合う中身のないもの。皆、目を背けているのだ。三百年前に勃発した”八岐やまた白鱗首はくりんしゅ”を巡る勢力争いから今日こんにちに至るまで、本当の平和というものを見ようとはせぬ。故に、妾の母上は殺されたのだ。過去から続く、わだかまりによってな」


 アマネ姫は母を殺した張本人を、敵国も、誰も憎んでいない。

 彼女が敵視しているのは、三領の蟠りである。


「妾は、その蟠りを取り除き、三領の溝を埋め、和の大国を一つの国に纏めたいと思っている。武力ではなく、ちゃんとした”話し合い”でな。そして、いずれ和の大国は開国してみせる」

「……!」


 アマネ姫の夢を語る姿が、ジークの大切な二人の姿と重なる。


 ―――口先だけで理想を語る気はねぇ。いつか、この国を背負って立つぐらい強い男になって、ジークや俺達のような境遇をもつガキ共が腹いっぱい飯が食える国にしてやる。


 追い続けていた兄の背中。


 ―――地獄から抜け出した先がまた地獄ならば、心の拠り所にたどり着くまで抗い続ければいい。我々も同じだ、古くから守られてきた和の大国の規律から逃れるために自由を夢見て抗い続けている。これから完成させる船はきっと、どんな荒波であろうと我々を海の先まで運んでくれるはずだ。


 尊敬するフウカの横顔。


 アマネ姫の覚悟は生半可なものではない。

 いつか実現させるんじゃないかという、確信のようなものをジークは感じた。

 信じて付いていきたいと、心が揺らいだ。


「それが、妾の思い描く、平和の道だ」

「……そうか」


 ジークは自分のことが精一杯で、アマネ姫たちのように大それた夢を、持ったことがなかった。

 ただ、自分という存在が生きていいのか、自問自答し続けていた。


 鬼なのに、角を生やしておらず。

 人の身でありながら、鬼の血を流している。

 曖昧な存在だ。


「いい夢だ、アマネ。羨ましいよ……」


 ジークは、心の底からアマネ姫を認めた。

 そして初めて誰かと、友達になりたいと思ったのだった。









 造船所に帰るため、川に沿って二人で歩いていると、突然ジークが声を上げた。


「そういえば、アマネ……」

「うん? 何だ何だ、素っ頓狂な声を出しおって」


 アマネ姫は眉を潜め、自分から声をかけてきてくれたジークを興味津々に見つめる。


「お前、さっきフウカとは三領の会談で知り合ったと言ったよな?」

「おお、そうだが。なにか気がかりでもあったか?」

「当たり前だろっ。だって、そういうのって身分の高い奴ら、頭領の血縁者か関係者しか参列できないはずだろ。なんで船大工のフウカがそんな場所なんかに……」


 そう聞くと、アマネ姫はさらに眉を潜めて、訳のわからない表情を作った。

 お前はバカか、という舐め腐った顔である。


「ああ……」


 しかし、何かをすぐに悟ったかのように納得した声を出した。


「もしかして其方、フウカ殿から聞かされておらんのか?」

「聞くって……何をだよ?」


 質問を質問で返すと、アマネ姫の表情が、今度は真剣なものへと変わった。


「其方にとってフウカ殿は船大工の頭という認識かもしれんが、かつての彼女は三領会談に参列できるほどの身分を持っていた。何故なら彼女は契の領”頭領カイシュウ・ワタツミ”の正真正銘の御子だからだ」

「なっ……!?」


 アマネ姫の口にした真実に、ジークは驚愕する。

 つい先程、海鳳の町で買い物をしていた時に遭遇した家紋を掲げた行列を思い出す。

 先頭で馬に跨っていたヒラナギ・ワタツミという高い青年が、契の領の頭領の座を次ぐとセイラは言っていた。


 ”ワタツミ”というのは、この領を治める頭領カイシュウの血筋を引く者たちだけに許された姓だ。


(つまり、フウカは頭領の娘なのか……?)


 信じられなかった。

 身分の高い人間とは到底思えない言動と、貧相な身なりをしたフウカが頭領の娘。

 しかし、アマネ姫が嘘をついているとは思えなかった。


 それが真実なら何故、彼女は身分を捨てたのだろうか―――







「ご無沙汰しております、姉さん」


 造船所で酒盛りをしていたフウカ達の前に、家紋の刻まれた刀を腰に差した、立派な羽織を着た青年が現れた。

 フウカは盃を置いて、立ち上がり青年と向かい合う。


「ヒラナギか、三年ぶりではないか。どうだ、お主も参加するか?」


 契の領、時期頭領のヒラナギ・ワタツミを前に、フウカは敵意どころか嬉しそうに笑いながら歓迎した。

 だが、その場にいた他の船大工と、アマネ姫の目付けのアカタニは険しい顔で、ヒラナギを警戒する。


「この後も仕事があるのでご遠慮しておきます。それより姉さん、重要なお話がありますゆえ他の者たちに席を外してもらってもよろしいでしょうか?」


 爽やかな声でそう告げ、自分は敵ではないことを示すヒラナギ。

 その言葉に、フウカは腕を組み、仲間たちに相槌をうつ。

 指示通りにフウカ以外が、その場から離れて弟であるヒラナギと二人っきりになる。


 海が息を立てるように発するさざ波の音を背に、ヒラナギは爽やかな表情を崩し、鋭い眼光をフウカに向けた。


「単刀直入に言います。これ以上、船づくりを続けるようであれば僕は姉さんを――――斬ります」

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