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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第173話 武の領の姫様


 造船所の一員になってから、半年後。

 ジークは立派な船大工に成長していた。


 たったの半年で頭のフウカと並ぶ腕をつけたのだ。

 ジークことを毛嫌いしていたケンシンだったが、二人で作業していくうちに彼のことを認めるようになっていた。


「ジーク、最初っからもう一度読むぞ?」

「うん……」

「”涙の雨粒に濡れ、墨で滲んだ手紙を”」

「なみだ、のあまつぶ……」


 貧民窟で彷徨っていそうな見た目をしていながらケンシンは頭が良かった。

 手の空いた時間は読み書きができないジークに、率先して文字を教えていた。

 嫌な顔をせずにだ。


「勤勉ですねジークくんは」

「ああ、お前と違ってなサブロウ」


 口が見えないぐらい太い首巻きをしているサブロウが覗き込んできた。

 難しい顔をしており、あまり読み書きが得意ではなさそうだ。


「実家が山の中にありましたので、あまり必要な能力じゃないんです」

「俺だって元々山賊をやっていたさ。けど、書けなくても読めるぐらしなきゃ世の中不便だぜ?」

「はは、僕とケンシンでは考え方が根本的に異なることが理解できました」

「そうかい、じゃ邪魔なんでどっかに行けや。しっし」


 ジークは二人のやり取りを尻目に勉強を続けた。

 皮肉が言い合えるほど仲がいい証拠だ、とフウカが言っていた。

 ケンシンとジークの場合は、仲がいい一歩手前な関係である。


「おうおう、やっているな二人共! ハッハハハハ!」


 せっかく静かな時間を取り戻せたと思うのに、うるさいのが来た。

 畳んだ大きめの風呂敷を手に、フウカは近づいてきた。


「食料が尽きそうだ、買い出しに行って来い!」


 食料は一週間ごとに海鳳の町で買い出しに行っている。

 フウカは金遣いが荒く関係のない物まで買ってきてしまうため、ケンシンとセイラとサブロウの輪番制で行われている。

 先週はサブロウだったので今日はケンシンが担当である。


「しゃーねーな。悪ぃなジーク、帰ったらまた教えてやるから」


 ケンシンは申し訳無さそうに言い立ち上がる。

 フウカから風呂敷を受け取ろうとしたが、彼女は渡さなかった。

 視線をジークの方に向けていた。


「ジーク、今回はお前が行ってこい!」

「は……?」


 突然のことで、その場にいた全員に衝撃が走る。

 一体、この人は何を言い出すのかとサブロウが肩をすくめていた。

 この半年間、ジークは一度も買い出しを頼まれたことがない。

 それもそうだ、世間知らずの子供だからだ。


「おい大将! コイツにはまだ早ぇって! 簡単な字なら読めるけど勘定はからっきしダメだぞ!?」

「だから経験を積ませようとしているのだ。こういうのは早い方がいいに決まっている」

「確かにそうだけどよぉ……」


 ケンシンが抗議するが、フウカの意思が曲がる様子はない。

 勘定もそうだがジークは会話が下手で、相手にちゃんと伝えられるのか定かではない。

 一人で買い出しにいかせるには不安要素が多すぎるのだ。


「それなら私が一緒に行きます。ジーク君はまだ造船所から出たことがないから、私が案内するわ」


 セイラが手を上げて言った。

 昼食の片付けをしたばかりなのに、元気いっぱいだ。

 家事、炊事、洗濯を毎日一人でこなすだけあって底しれぬ体力の持ち主である。


「そうだな、このあとケンシンに手伝ってもらいたいことが山程あるしな。では、ジークのことを頼んだぞセイラ」

「ふふ、合点承知」


 そういう感じで、ジークはセイラと共に初めての買い出しに行くのだった。







 ―――――――






 そこは人出の多い昼下がりの海鳳の市場。

 行き交う人々の波に流されてジークは呆然としていた。

 大きく目を見開いて、迷子の子どものように文字通り流されていたのだ。


「ジーク! もう馬鹿っ! 離れないでって言ったじゃない!?」


 戻れなくなってしまう前に間一髪セイラに手を引かれる。

 それでもジークは同じような表情のまま固まっていた。

 それもそうだ、鬼尾街の劣悪な環境で育ってきたジークにはこの町は広すぎるのだ。


 人の数、物、音、すべてが初めてで脳が追いついていなかった。

 それを察してかセイラは買い出しの途中で、ジークを”紅葉風”という看板がたてられた蕎麦屋に連れ込んだ。


「おう、久しぶりじゃねーかセイラ!」


 気の良い店主に出迎えられ、セイラは蕎麦を二人分頼んだ。

 店の中にはそこそこ客がいたのだが、セイラの要望で人気のない隅っこの席で食事をとることになった。


「もしかして、こういった賑やかな町や店は初めて?」

「……うん、狭いところに兄とずっと住んでたから」


 ジークは造船所に運び込まれたばかりの頃のように膝を掴んでソワソワしていた。

 都会に初めてきた田舎っぺのあれだ。


「それに、皆……」


 角が生えていない。

 自分が鬼族であることをジークはまだ誰にも明かしていない。

 ケンシンからこの和の大国に三つの領が存在することを教わった。

 兄を失ったあと鬼の領の”童王”に向かっていたのだが契の領の”海鳳”まで歩いてしまっていたらしい。

 しかし都合が良いことに角のないジークは契の領の住人として、造船所の一員として、人族として生活することを決めたのだ。



「言いたくないなら無理に言わなくてもいいわよ」


 セイラは気を遣ってそう言った。

 人の過去を詮索しないのが彼女のポリシーである。


「私も田舎出身でね、初めて都会に来たときなんか酔って吐いたのよ?」

「……え?」

「なに引いてるのよ」


 素で引かれてショックを受けるセイラを見たジークは、小さく吹き出した。

 彼女の経験談に比べたら自分の方がマシだ。

 そのあとも蕎麦を食べながら二人は雑談して、次第にジークの顔から緊張がほぐれるのだった。





 買い出しを終わらせた二人は落ち着きを知らない海鳳の市場から抜けるために、人混みを避けながら帰路につこうとしていた。

 セイラにとって何気ない一日だったが、ジークにとっては大きな収穫だった。

 物を買うという経験をして勘定を覚え、通貨の種類と計算方法を知る。

 造船所にいるだけでは学べないことをこの町を通して学ぶことができたのだ。

 初めて来たときは緊張で動けなかったジークは、また来てみたいと思うのだった。


「お土産も沢山買ったし、これならフウカさんにゴネられないで済むわ」

「……フウカのお土産ってなに?」

「お酒ね」


 ジークは顔をしかめた。

 酒は嫌いだ、嫌いな連中が毎日のように飲んでいたからだ。

 飲んでいる奴らの気がしれない。


「ジークは大人になってからじゃないと飲んじゃダメよ?」

「飲まないよ、そんなもの」


 酒を飲む人間は嫌いだが、フウカは別だ。

 自分は死んでも飲まないとジークは心から誓うのだった。


「そうならいい…………?」


 通りを行き交っていた人々が一斉に立ち止まっていた。

 道先からこちらにやってくる行列があった。

 セイラは顔色を変えてジークの手を引き、周囲と同じように道の脇へと避ける。


「おい、どうしたんだよ急に」

「お偉いさんの行列が道を通るわ。説明はあと、今は周りと同じように頭を下げて」

「お偉いさん……?」


 家紋の旗を掲げた従者、甲冑と刀を下げた武士、馬に跨っている老人と美青年。

 この町の庶民たちと比べ物にならないほど小綺麗な身なりをしており、行列に思わずジークは見惚れてしまい頭を下げるのを忘れてしまう。

 棒を持った従者に「こうべを下に!」と怒鳴られて、我に返ったジークはすぐに頭を下げた。


「……ヒラナギ・ワタツミ」


 セイラがジークに聞こえるように小さく言った。


「誰だ、それ……?」

「先頭で馬に跨っている男の名よ。契の領、現頭領カイシュウ・ワタツミの子息にして次期頭領の座を継ぐ御方。二月に一度、著しい経済の発展をみせる海鳳に家臣を引き連れて視察しに来るの」

「暇なんだな、そいつ」

「遊びにきてるわけじゃなくて、これも仕事よ。それに……」


 セイラは言葉に詰まった。

 ジークは気になって彼女の顔を横目で覗いてみるが言い難そうにしていた。

 何故かは分からないが、言いたくないなら無理に言わなくてもいいとジークは思った。

 先ほどの彼女も同じことを言っていた。


 馬の蹄の音がすぐそこまで近づいているので、ジークは黙って頭を下げることに専念した。

 ここで問題を起こして造船所の皆に迷惑をかけたくないからだ。


 しかし、頭を下げたジークとセイラの前で蹄の音が止まった。

 馬の鳴き声がすぐ傍まで聞こえ、ジークは背中に悪寒を感じた。


「ヒラナギ様、その者どもがいかがなされましたか?」


 自分たちを見つめているのがヒラナギだと分かった瞬間ジークに緊張が走った。

 何故、丁度自分たちの目の前で馬を止めたのだろうか?

 もしかして鬼族であることを看破されたのか?


 冷や汗を流し、横にいるセイラに視線を向ける。

 彼女はこれっぽっちも慌てているように見えなかった。

 怖いぐらい冷静である。


「なんでもない、行くぞ」

「はっ」


 ヒラナギは特になにかをするわけではなく、そのまま馬を歩かせた。

 行列が数十秒止まったことで周囲がザワつくが、進行を再開するとすぐに静まり返った。

 緊張の糸が切れたことでジークは深い呼吸を繰り返す。


「ジーク、大丈夫よ……」


 様子に気付き、セイラはジークの手を握った。

 ジークも赤子のように強く握り返した。






 買い出しを終え、造船所に帰ると知らない顔が二つあった。

 食料を包んだ風呂敷を背負ったまま、茂みに隠れるように身をかがめる。

 造船所にいる人間以外、この場所を知らないはず。


 船を造っていることを部外者にバレてはならない。

 居場所を失うかもしれないとジークは敵意を放つ。


「警戒しないでジーク、あの二人は私たちの知り合いよ」

「知り、合い?」

「半年に一回しか来ないものだから、会ったことなかったわね」


 セイラは警戒するどころか嬉しそうに二人を見ていた。

 肩に梟をのせた穏やかな男性と、その横には目を引くほどの色彩豊かな着物を羽織った少女がいた。

 少女はこちらに気づくとパァっと表情を明るくして駆け寄ってきた。


「セイラ殿ー! 久しぶりなのだ!」


 セイラに飛びつくように抱きついた。

 船造りで鍛えていたセイラは抱きついてきた少女を軽々と受け止めてみせた。


「アマネちゃん大きくなったわね〜、元気にしていたかしら?」

「勉強ばかりで楽しくなかったけど、元気満タンだぞ!」


 すごく仲良さそうにしており、それを見ていたジークは敵意を消した。

 本当に知り合いのようだ。


「ハッハハハ! 相変わらず騒がしいジャリだな!」


 造船所からもっと煩いのが顔を出した。

 ケンシンやサブロウも続々と外に出てきて、謎の男性と少女を出迎えた。

 ジークは初対面に対してかなりの人見知りなので、一旦距離を取ろうとこっそり離れよとしたが、誰かに腕を掴まれてしまう。


其方そなた、見ない顔だな。またフウカに拾われた孤児みなしごか?」


 アマネと呼ばれた少女だった。

 初対面なのに掴んでくる馴れ馴れしさに驚きながらも、ジークは彼女の手を振り払わなかった。


「……そうだ……です」

「ふむ、なんとも覇気のない声だな。目を合わせんし、何かやましい事でもあるのか?」


 そう言ってアマネは興味津々にジークに顔を近づける。

 同世代ぐらいの女の子と接したことがないジークは、微笑ましそうに見てくるフウカに視線で助けを求めるが、ウィンクを返されるだけだった。


「アマネ様、いけませんよ。もっと上品に振る舞ってください」


 呆れた声で、高身長の男性がアマネを注意した。

 するとアマネは「はーい」と答えてジークから離れた。


「申し訳ございません。アマネ様は、かなり活発な御方でして」


 男性はジークに近づいて申し訳無さそうに頭を下げる。

 アマネの親なのか、それとも兄なのか一目では判断できないほど若々しいのだが、彼女の保護者であることには間違いないようだ。


「気にしなくてもいい、子供が元気なのは良いことだ!」


 フウカは大きな手でアマネの頭を撫でた。

 アマネはセイラに抱きついていた時よりも嬉しそうに笑い、頭にのったフウカの手を両手で握りしめた。


「アマネよ、こいつはジーク。歳は十三でお前と同じだ」

「ほう、同い年か」


 アマネのジークを見る目が、怪しげに光った。


「半年前に造船所の一員になったばかりの自慢の弟子だ」

「そうそう、ジークはすげーんだ」


 フウカの言葉にケンシンが誇らしげに同意する。

 自分を認めてくれる造船所の仲間たちの言葉にジークは若干照れてしまう。


「ジークよ、彼女の名はアマネ・ツウゲツ。武の領のお姫様だ」


 とアマネは手を差し出してきたが、ジークは信じられないといった顔をしていた。

 放心状態のままアマネを凝視している。

 それもそうだ、フウカが当然のように彼女を『武の領の姫』だと口にしたからである。


 アマネ姫は唖然として動かないジークを見かねて、右手をとって勝手に握手をした。

 いたずらっぽく笑いながら、彼女は曇りのない澄み切った声で言った。


「ふふふ……妾を気軽にアマネと呼んでくれたまえ。ジーク殿」


これが、ジークの生まれて初めての親友との出会いだった。

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