第一話「カルミアという少女」
夢を見た。
断頭台跡に、黒髪の青年が立っていた。青年の後ろには広場とアイリス城が有った。
後は、あれだ。王様が座る玉座も。
つまり、この男は処刑されるのだろう。でも、男しかいない。この国の民度的に沢山の見物客が居ても良い筈なのだが――。
「――!!―――!!!」
玉座の方向から、誰かの怒号――いや、嘆きの叫びが聞こえた。玉座を見ると、一人の女性が透明な壁を必死に叩いていた。
王冠に、白いドレス、もしかして女王なのだろうか?
でも、この国に女性が国を統べた事は歴史上一度も無い。なら、あれは誰なんだろう?
黒髪の青年は女性に振り向いた。
青年の表情は、決意に染まっていた。女性を数秒見つめて、こう言った。
「僕は、あなたが好きでした」
*
さっきのは夢、だったのか……?
でも、不思議だ。誰かの最期を見届けた――そんな気がした。悲しくもあり、誇らしくもある。
何を言ってるんだろう……、初めて見る人に対して。
「ア――目――よ!!」
聞き覚えのある声が必死に叫んでいる。オレの頬に水滴が何度も垂れていた。もしかして、オレは生きてるのか……?
「アイビー……!お願いっ……!」
漸く声がカルミアだと理解出来た。
ゆっくりと、目を開けるとカルミアの泣き顔が目の前に有った。
「……オレ、生きてる……?」
カルミアはオレの瞳を見ると、涙を流しながら激しく頷く。まるで、頭が揺れる人形の様だ。
「うん……!!生きてるよ"ぉ……!うわあ"ああ――」
「カルミアアアァ!!アイビーを安静させろと言ったであろうがっ!!病室で大声だすなっ!!」
「いだあ"いいいぃ!!」
あの、アザミ国王。
あなたがうるさいです――。
そんなツッコミを引っ込めながら、アザミ国王に耳を引っ張られて病室を去るカルミアを見送った。
*
暫くして、外から聞こえたカルミアの泣き声が止んだ。そして、アザミ国王が再び病室に入ると申し訳なさそうにしながら話始めた。
「色々と、すまなかったな……。そして、娘を――いや、愛娘を助けてくれた事に感謝するっ……」
「いえいえ……、娘さんが無事で良かったです。ところでオレは何故助かったんですか……?」
オレは胸元を見る。いつも着ている服は大きな穴が開いていて、周りが真っ黒だ。しかも、鉄の臭い付きだ。
身体にこんな巨大な穴が開いていたのに、起きた時には嘘の様に穴は塞がれていた。一体どんな魔術なのだろうか?
アザミ国王は言いづらいのか、渋い表情しながら暫く黙った。しかし、沈黙の間が苦手なのか、古びた天秤を渋々取り出した。
「……内緒だぞ。これは『ユーカリの天秤』と言って、代々アイリスの血筋が受け継いでいる唯一の魔導具だ」
「オープマトゥですか……」
アザミ国王はゆっくりと、頷いた。
『オープマトゥ(OOPMATO)』――正式名称『Out of place magic tools』
時代や場所に合わず、また現代の魔術では再現出来ない魔術道具の総称だ。
大概は発掘で見つかるのか、その国の王族が家宝として保管している事も有る。
前者はおいといて、後者はオープマトゥを持っていると他の国に知られたら戦争になりかねない。
例をあげれば、アンモビウム王国の南に出来た連邦国がそうだ。従わない近隣の国からオープマトゥを奪う為に戦争を仕掛けている。
他国にバレない為にも、オープマトゥを露骨に使う訳にはいかないのかもしれない。だが、理由はそれだけでは無かった――。
「この魔導具には曰く付きでな、太古に居た完全なる予言者が警鐘をその時代の王に促したそうだ。『遠い未来、アイリス家の血筋では無い者に新世代の女王が天秤を使う時、それは終焉に直結する。終焉を望まぬなら、天秤を使うな』とな。今回は王が天秤を使ったから大事に至らないだろう。どうか、カルミアが使わない様に健康で居てくれ、では……」
「待ってください……」
アザミ国王は後ろを向いて去ろうとした所を、オレは呼び止めさせた。アザミ国王の後ろ姿が何処と無く哀愁を感じたから、何か気が利く言葉を捻り出した。
「大丈夫ですよ。カルミアはオレを恋人として見ないでしょうから」
すると、アザミ国王は振り向き苦笑いしながらこう言った。
「人というのは、変わるものだぞ?特に好意はな……」
「……はい?」
*
数日間、何度もカルミアがお見舞いに来るようになった。それは嬉しいが、カルミアは毎日の様に重そうな本を持ち込んで来た。興味が無い、と言ってるのに……。
「やれやれ……、君も熱心だな」
「ふふ、そうでしょ――じゃなかった、そうであろう?私は、大切な……友だちとは仲良くする様に決めてるから!」
オレの苦笑いにカルミアは得意げな笑みで返すと、机の上に本を乱雑に置き始める。
本のタイトルは……汚れていて読めないが、カルミアは丁寧にも一つずつ紹介しだした。
「この本は『宇宙五分前仮説』と言って、世界が実は五分前に出来たものではないかという思考実験のお話。過去に有った歴史も、実は五分前に作られた物かもしれない――面白いでしょ?こっちの本は『模擬実験理論』で、私達の住む世界が実は誰かの模擬された実験なのではないかというお話。何者かが何かの実験の為に世界を何度も模擬実験で繰り返し作り変えてるかもしれない――ちょっと怖いよね。で、こちらは『宇宙人と地底人――」
「分かったっ!もうオカルトはお腹一杯だ……!」
カルミアはふて腐れながら、本を机から下ろした。オレは興味無い長話を聞かない事にほっとしながら、汚れた机を布の切れ端で拭いた。
カルミアはオカルトの類いが大好きな様だ。昨日なんか、見知らぬ老人を連れてきて『アルミ』という金属を生成させた。「悪ーいテレパシーを遮断する効果があるそうだぞ!」と言ってオレに無理やり被せ様としたり――まあ、カルミアという少女はかなり変わっている。
「ところで、傷はどう?」
「ああ、お陰様で良くなったよ。アザミ国王には感謝しかない……」
すると、カルミアは頬を膨らませて睨み付けてきた。なんか変な事言ったのだろうか?
カルミアは顔を近づけさせると、病室で反響する位の声量で不満をぶちまけた。
「私のお陰だよっ!?私の魔力をお父様の天秤で分けて、自然治癒力を上げたのっ!!少しは感謝してよっ!!」
アザミ国王の魔力ではなかったのか……。カルミアはそっぽを向きながら、震えた声で呟く。
「で、でも……、わた――我のせいだけど……」
罪悪感を感じているのだろうか……。
正直、オレはカルミアに怒ってはいない。寧ろ、互いに無事だったことに安心しているんだ。
だから、オレはカルミアの頭を撫でた。どう慰めれば良いか、なんて分からない。ただ、今頭に思い浮かべた言葉を必死に繋ぎ合わせて、放った。
「カルミア。君が生きていれば、それで十分だ。だからさ、君らしく俺の側で笑ってくれ……」
ど、どうだろう?
なんか、告白みたいで心がこそばゆいっ……。
すると、カルミアは顔を赤く火照らせながら、こちらを見た。
怒りでもなく、恥ずかしさでもない――そんな赤色に顔を染めながら、俺に言った。
「うん、笑うっ……。だから、アイビー。私の笑顔を側で、守ってね。ふふっ!」
カルミアの見せた微笑みは、オレの鼓動を加速させるのには容易だった。そして、脳裏に消えないように焼き付くのも――。
それが、恋だと気づいたのは暫くしてだった。