老人と盆栽とパンツ
田島は齢70を過ぎても、気が付けば女子高生を目で追っている自分に嫌気がさしていた。
すき好んでもどうするでもなく、どうなるでもなく、ただの物好きから抜けることが出来ず、ただついぞついぞ見てしまうのだ。
「田島どん、今日は良い天気だない」
「ああ……矢橋さんは今日も盆栽趣味かいな。好きだねぇ」
矢橋は田島の旧友であり、長らく同じ地区に住む物として交流が続いていた。
矢橋は盆栽に目がなく、暇さえあれば盆栽いじりに余念が無かった。
田島は特に盆栽とやらには興味なんぞ持っておらず、ただ不思議そうにその手付きを見ては、自分には向いてないなと外を向くのだった。
「回覧かい?」
「ああ。犬の遠吠えが煩いって。五代さんのところの、ほら……」
「ああー……。確かに夕方は凄いねぇ」
ひとしきり会話を終えた田島は、近くの寺澤家に回覧を置きに行った。
寺澤家は祖父と孫娘の二人暮らし。孫娘は今年から女子高生ともあってか、とにかく眩しかった。
田島はなるべくその事を考えないようにしていたが、窓から見えた制服の日陰干しが目に焼き付いてしまった。
「……いかんいかん」
つい、気を取られすぎた。
田島は頭を握り拳でゴツンと殴りつけ、寺澤家を後にした。
毎週火曜日は決まって集会所で老人会が開かれていた。簡単な体操や雑談、時にはゲームなども交えて日々の潤いを通わせるのが目的だ。
田島はその手の集まりを苦手とし、矢橋は盆栽いじりの時間を割いてまで行く気にもなれず。
仕方ないので田島は一人散歩へと出掛けるのだった。
「……矢橋どーん。いるかいなー?」
矢橋家の庭をのぞき込むが、そこに矢橋老人の姿は無かった。ただいつも通り丹精込めた盆栽の数々が並んでいるのだった。
仕方なしに田島はそのまま散歩を進めるが、寺澤家の前で、その足はピタリと止んでしまった。
「……いかんぞおい」
寺澤老人は老人会で出掛けている。田島はそれを知っていた。
人目を気にするように、田島はコソコソと寺澤家の庭へと住んでいく。その気は無くとも既に後戻りが出来ないと、脅迫めいた思考が頭の中を巡りに巡る。
「……」
玄関はすんなりと開いてしまった。最後のストッパーは案外そんなものなのかも知れない。田島の理性、良識はすんなりと突破され、得体の知れない罪悪感と背徳感がその老いた心を支配していた。
「……あった」
田島は素早く部屋干ししていた孫娘のパンツを二枚、ポケットへ捻じ込んだ。
「……あ……あ?」
「……よ、よぅ」
その時、田島は部屋の隅でひっそりとなりを潜めていた矢橋と遭遇した。矢橋はビニール袋を二つぶら下げており、中には小さな盆栽が一つずつ入っていた。
田島はすぐに理解した。コイツもか、と。
「……出来心か?」
「ああ。そうとも……だよな?」
「ああ。そうさ?」
すぐに意気投合した二人であったが、早くその場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
既に人に知られてしまった焦燥感は、立ち所に大きくなり、不安がドッと堰を切ったかの如く押し寄せてきた。
「それ、半分ずつにしないか?」
「え?」
「俺も二つ盗った。だから二人で一個ずつ。俺達は今から一心同体。運命共同体ってやつだ」
田島は盆栽の価値を分からずにそう発言したが、矢橋の盗んだ盆栽は一つ三十万はくだらない傑作だった。
一方、田島が盗んだ女子高生のパンツは、いくら採れたての天然物とは言え、元は一つ1500円である。付加価値をどうとるか、プライスレスと取るか否かで価値が大きく変わる代物だ。
矢橋は田島の申し出を承諾した。老い先短い人生に汚点など付けられない。今更地域を出て別な場所で暮らせるものか。田島がパンツを一つずつビニール袋へ押し込むと、矢橋は一つを田島へ手渡し、そしてコソコソと寺澤家を後にした。
家に戻るまでの間、ビニール袋の盆栽が見付からないかとヒヤヒヤしていた田島だったが、誰とも会うことなく自宅へと戻ることが出来た。
何故自分はこのようなデカ物を貰ってしまったのかと、今更悔いても仕方ないが、とにかく邪魔な木にしか見えなかった。
それよりもパンツだ。
田島はパンツを大事そうに手に取った。
繁々と眺め、ふと盆栽の上に置いてみた。
案外悪くないのでは?
盆栽にかぶせた辺りで田島老人の顔に笑みが漏れた。
時を同じくして、矢橋老人はどうしたものかと腕を組み頭をかしげていた。パンツのことである。
お目当ての盆栽は手に入ったが、パンツは要らない。即刻焼いて捨てるべきだと灰皿を手に取ったところで、矢橋老人にある閃きが訪れた。
「……ほほう」
盆栽の鉢にパンツをはかせた矢橋老人。案外いけるのでは?
矢橋老人は腕を組み、深く頷いた。
このまま品評会に出してみたい。悪魔の考えが矢橋老人の欲望を刺激した。
──それ以降、田島老人はパンツに合う盆栽を探す趣味を始めた。
矢橋老人は盆栽に合うパンツを探す趣味を始めた。
二人は決して交わる事が無かったが、近所では不審者認定され、一括りにされた。
近づいてはいけない。話しかけてもいけない。
毎週火曜日の午前中だけが、二人の時間だった。