張子、そして目撃
屋内に入った途端長雨にさらされ冷え切った体を温い空気が包み込み、一時的に安心感を感じた。しかし、ホテル全体に張り詰める緊張感が私を現実へと引き戻す。
ホールに飾られた生花も心做しかプラスチックで造られた造花のように機械的で冷たい印象を与えていた。細部まで凝られた装飾や煌びやかな照明も張りぼての様に見える。
なおも降り続ける雨に覆われた市内から目を背け、エレベータの扉に映る自分の姿を眺めながら目的地へと登っていく。
「到着しました。」
廊下を進み扉を開く。ざっと40畳の宴会場には20人ほどの人が思い思いの場所に腰を掛けており、一斉に私たちに注目をむけた。
視線に耐えかね口を開く。
「検事の守矢だ。今回の事件を担当することになった。捜査が終わるまで迷惑をかけてしまうことを謝罪する。では早速本題に入らせていただく。この中で現在不在の四名を16時ごろ見かけた方はいらっしゃるだろうか。もしいれば話を聞かせてほしい。」
そういってまず名乗りを上げたのは、いわゆる「チャラい」風貌の男であった。金髪に耳にはピアス。そして、私には以前も今後も着ないであろう朱色のハイビスカスが描かれたシャツに膝の破れたジーンズを着用していた。もっとも、その見た目とは裏腹に彼のまとった雰囲気は重く冷たいものであったのだが。
「緒方と俺は男だけで観光に来たんっす。」
意外でもなく、同じく金髪の行方不明の男性の友人のようだ。
「彼を最後に見たのは?」
「16時頃は2人で卓球してたんっすよ。だからあいつは犯人じゃないっすよね。受付に卓球場の予約票があったんで情報は確かっすよ。」
「何か彼に気になった点は?」
「ないっす。けどあいつたまたまこの旅館で再会した元カノに呼び出されたらしくて。そのまま帰って来てないんすよねー。今頃多分よろしくやってるんじゃないすかね。」
「なるほど。では新しく彼の動向がつかめたら報告してほしい。」
私がそういうと彼は取り繕うような笑顔を私たちに向けて部屋の隅に戻っていった。
次に証言をしてくれたのはこのホテルの仲居二人だった。
「あなたがたはいつ、だれを、どこでみかけたのかな?」
「私は高橋様を丁度16時ごろに大浴場から出てきたのを目撃いたしましたわ。おそらくおひとりで、だと思います。チェックインの時もおひとりでしたし…。」
「自分は田中さんが部屋に入っていくのを見ました。彼氏さんと旅行しに来たみたいで幸せそうでしたよ。206号室にお二人で泊まっています。」
「ご協力に感謝する。」
「目撃者は…以上のようだな。これで柏木以外の人の情報は得られた訳だ。さて証言を聞くに私たちはどうやら206号室へ向かう必要があるようだ。」
「ええ。田中さんの彼氏さんがまだわかっていませんからね。」