長雨、そして始まり
秋霖の降り続く一日の終わり。
ホテルへと続く登り坂を、一人侘しく歩いていた。晩夏にしては薄寒く、電線から垂れ落ちてくる大粒の水滴が雨合羽を乾いた音で鳴らしていた。歩道脇の用水路は噂に聞く「渋谷のハロウィン」の人の流れにも劣らない激流へと様変わりしていた。
その殺人の現場は、竹林に護られ佇む人気の高級ホテルだった。機動捜査隊や鑑識が奔走し、警戒色のバリケードが敷かれており、その荘厳たる雰囲気は形無しであった。
「本件担当検事の守矢さんでよろしいですね?刑事課の古野道と申します。」
敷地へ一歩踏み入ると鈍色のコートに身を包んだ細身の野暮ったい男が声をかけてきた。一通り挨拶をした後事件概要を聞く。
「被害者は身元不明の女性です。死亡推定時刻は16時頃。死体発見時刻は本日19時、この旅館の外の森林で発見されました。」
「身元が不明というのは?」
そう聞くとその刑事は顔を顰めた。
「体をガソリンで焼かれているのですよ。そのせいで身元の確認が取れていないのです。しかし死因は焼死ではなく腹部の刺し傷だと考えています。」
「ほう。腹部に刺し傷が…。了解した。無論容疑者、そして被害者の候補は絞れているのだろうな。」
「ええ。客と仲居全員を集めて確認したところ、ホテル内にいなかったのは四名、そして全員まだホテルに戻っていないようです。」
「その四人について説明は頼めるか。」
「では見た目だけですが四人について私がまとめておいた物を…。」
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MEMO
ソース:仲居から
【柏木 智朗】
眼鏡の黒髪男性。
【高橋 三波】
長い茶髪の女性。
【緒方 和】
恰幅《恰幅》のいい金髪の男性。
【田中 花】
短い黒髪の大人しそうな女性。
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「よし。少し情報が心もとないが…、まずは四人の犯行時刻の行動について聞くとしよう。まだホテル内の全員は集めているのだろう。案内を頼めるか。」