ある女騎士の話
直接的ではないですが、軽く残虐なシーンがあります。
ご注意ください。
この掌の奥に流れる赤き烙印に刻んだ全ての誓いを
あなたは嘘だと嘲笑うのでしょう
初めて出会ったあの日から
命を拾われたあの瞬間から
あなたへと送った数々の言葉に
一片の偽りなど在りはしなかったのに
偶然だった
少し時間が空いたので
外の空気でも吸おうかと廊下に出た
なんとなく中央ではなく
廊下の端にある階段を使おうと思い立った
その気まぐれが何者かに操られたものだったとしても
私はこの時の自分の行動を褒め称えよう
二階の踊り場に降り立つと
ぼそぼそとした声が聞こえた
声の主は隣国の貴族だったか
こういったモノに関わる趣味は無い
さっさと踵を返し、次の階段に向かおうとすると
ある言葉が聞こえた
「――――――!」
次の瞬間
私の身体は固まる思考とは逆に
すでに動き出していた
気が付くと血にまみれた身体と
赤く染まった部屋
そしていくつかの肉塊が残っていた
その後の記憶は曖昧だ
殴られた気もするし
罵倒された気もする
泣いていた者もいたかもしれないし
嫌悪に眉を顰めた者もいたような気もする
とにかく、よく覚えていないのだ
ただ一つ鮮明に脳裏に刻みつけられているのは
時に剣を交え
時に冗談をかわし
時に慰め合い
時に本気でぶつかり合った
性別を越え、身分を越え
心を分け合った親友
たった一人と定めた私の主
あなたの
怒りと
絶望と
侮蔑と
そして悲しみの入り交じった瞳
隣の国と今夜
この国にとって重要な条約を結んだばかりだったのだ
多くの労働と長い時間を掛けたこの案件は
今日、私の手によって全て無駄なものへと変わってしまった
こうなってしまったことに後悔は無いけれど…
あなたの瞳が私を攻め続ける
傷つけてしまった
今から私が何を言おうと
あなたは聞き流して、信じてはくれないだろう
この件を一番気に掛けて
誰よりも考え、悩み、行動してきたのはあなただった
私もそれを応援していたから
あなたはきっと裏切られたと
私があなたを裏切ったと思っているでしょう
鎖に繋がれ
鞭打たれ
汚い言葉をぶつけられ
私の覚悟は固まった
優しく勇敢なる私のただ唯一と定めた主
表情豊かで癇癪持ちの私の大切な親友
私はあなたの一生の相棒で在りたかった
昼も過ぎ、闇の気配が色濃くなった頃
その知らせは王の耳に届いた
【反逆者が脱走した】
かなりの数の兵を捜査にあたらせたが
結局、彼女が見つかることは無かった
そんな中広がる戦の魔の手
彼女の存在は忘れ去られ
国は 王は 大いなる戦いへと身を躍らせたのだった
結果は散々
周りは敵兵に囲まれ兵力も最初の約2割にまで落ち込んだ
我らはこのまま滅びてしまうのだろうか?
国は絶望感に包まれる
王がふと顔を上げると、目の前に
かつて親友だと思っていた女の顔があった
【…とうとう俺も終わりか。嫌な幻覚が見えるぜ】
【素敵って言ってちょうだい。それに私は貴方を終わらせたりしないわ】
【よく言うぜ。俺を見捨てていったのは何処の誰だよ】
【私の話をきちんと聞かなかったのは貴方でしょ】
【……本当にお前なのか?】
【信じるのは貴方であって私じゃないわ。しっかりしなさい。まだ終わらせないわよ】
【…………悪魔か、お前は】
【勝利の女神よ。お馬鹿さん。さぁ立って!全てを諦めるのはもう少し頑張ってからにしなさい】
【もう十分頑張ったっての】
【貴方まだ最終手段使ってないじゃない】
【……アレはお前がいないと使えない】
【…………誰か変わりの人間を置けばよかったのに。無理じゃないでしょう?】
【お前じゃないと意味がない。俺が唯一と決めた相棒はお前だけだ】
【…まだその言葉を言って貰えるとは思わなかったわ。
私を跪かせることのできる、ただ一人の私の主。
私の全ての力をもって、この状況を覆してみせましょう。
さぁ、我が君。ご命令を】
【俺に勝利を】
【この命に換えても】
後にガーデスの奇跡と呼ばれる大逆転が起こるまで
残り数時間