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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第99話 進め!大谷軍団

体育祭が近づいた。


 生徒会では種目を決めるのが大仕事となる。生徒会役員が勝手に決める訳ではない。

 各方面から集まる意見を調整する中で、障害物競走が新たに加わった。男女ペアの二人三脚でいくつかの障害をクリアしてゴールするものだ。


 三年二組で作戦会議。

 三年生は各学年をまとめた軍を指揮する事になる。一年~三年の二組をまとめたのがB軍だ。

 生徒会のメンバーは表立って団の先頭には立てない。

 B軍の団長になったのは大谷、副団長が岸本だ。


「去年は競技で一組に遅れをとったからな」と武藤が残念そうに言う。

「二年一組に陸上部が多くて徒競走で不利だからね」と柿崎が補足。

「全員リレーで挽回できたらいいんだが」と大谷。


 その時、佐川が口を開いた。

「こういうのはどうかな。足の遅い奴が足を痛めた・・・って事にして、足の速い奴が代走する」

「そーいや一年の時の全員リレーは大谷と牧村が代走したのが効いたんだよな」と八木が同調。

「で、誰を誰と?・・・」と藤河。


 全員の視線が中条に集中した。

「私、足手まといだものね」と中条の表情が曇る。それを見て芝田が言った。

「そういうの止めようよ。早い奴も遅い奴も一緒に走って、抜きつ抜かれつが全員リレーだろ」

「そうだよ。そうまでして勝ちたいかよ、佐川は・・・」と村上も口を尖らす。



「それより障害物レースは工夫の余地がありそう」と津川が話題を変える。

「二人三脚とか」と坂井も同調。

「練習が必要よね」と杉原。

「それよりいっそ体力のある男子が軽い女子を抱えて走るってのはどうかな」と提案したのは村上だった。


 とりあえず芝田と中条で実演してみる。

 芝田の右足と中条の左足を結び、芝田の右手が中条を抱える。右足を上げた中条の、力を抜いた左足を、芝田は右足に付けた状態で歩く。


 芝田は満足げに「歩調合せるよりずっとスムーズだぞ」

「いけるんじゃね?」と数名の仲間が期待を示す。

「けど、反則とか言われないかな」と内山が不安顔で言った。

「体育の先生に確認してみよう」と高橋。



 体育教官室に行き、辰野教諭の前で実演してみせる。辰野は言った。

「駄目だな。二人三脚というのは三本の足で走るから二人三脚なんだ。中条の足が地面に触れていないのでは二人三脚とは言えない」


 がっかりして教室に戻った面々だが、村上はしばらく考えると「これ、OKに出来るんじゃ・・・」

「いや、先生は駄目だって・・・」と内海。

「だからさ、女子のもう一方の足が地面に触れていればいいって事だろ。右足を上げずに地面に引きずるんだよ」と村上。

「なるほど。一年と二年にもやらせよう。この種目完全制覇だ」と大谷が言った。


すると柿崎が「で、うちは誰が出るんだ? 一クラス四組だろ。出来ればカップルだと抵抗無くていいんだが・・・」

「先ず芝田と中条さんだよな。あと、一番軽そうなのは水沢さんだが・・・」と内海。

 全員が山本を見るが、山本は「俺はやらないぞ」

「まあ、女が小さいからって男も小さかったら意味無いよな」と佐川。

芝田が「小島がいいんじゃね。元々デブだったのが体重が減って、搭載量に余裕があるだろ。ダイエットとか言って運動も続けてるし」


「次に小さいのは松本さんか?」と大谷。

「けど松本さんに彼氏は居ないぞ」と口を挟んだのは武藤だ。

「武藤お前、自分の立ち位置、まだ解ってないのかよ」と一同口を揃えた。


「あと、私が出たらどうかな」と高橋が言い出す。

「高橋さんを誰が抱えて走るんだよ。内海が?」と佐川。

「じゃなくて、私が内海君を抱えて走るのよ」

「いや、そういう男女逆転はちょっと・・・」と内海が尻込みすると、吉江が口を開いた。

「あの、私って小さい方だと思うし、牧村君、体力あると思うんだけど」

 女子全員の尖った視線を浴びて、吉江は「いや、何でもないです」



 団長の本来の立場は応援団のトップだ。

 下級生の応援メンバーの先頭に立って、昼休み後に行われる応援合戦の構成や選曲、ダンスの振り付けを決める。


「大谷にそんな頭、あるのかよ」と佐川。

「二年生の時は振り付けに参加してたわよ。それに岸本さんもいるから」と坂井。

「で、どんな振り付けにするんだ?」と芝田。

「去年はファンタジー風なイメージで衣装やバックボードも含めて統一したが またファンタジーか?」と柿崎。

「まあ定番だからな」と内海。

「マンネリだって言われね?」と山本。


 その時、教室に入ってきた小島がドヤ顔で「バックボードの原案が完成したお。快心の力作だお」と言った。

 原画を見た面々は声を揃えて「思いっきりファンタジーだな」

「イメージしやすいものな。またこれで行くか」と、みんなの意見が一致。



 そんな中で情報が入る。

「四組が強敵になるらしい。八上さんが振り付け指導してるんだよ」と岩井が話を持ち込んだ。

「あの人、セミプロだもんな」と内山。

 そんなクラスメート達の不安を他所に、担当者の作業が進み、やがて大谷がドヤ顔で「振り付けが完成したぞ」

「さすが経験者だな」と仲間たちは作業の進展を歓迎した。


 そして振り付け資料が配られる。それを見て佐川が言った。

「おい大谷、これ、動画の丸パクリだろ。しかも元ネタはエロ動画だよな」

「思いっきりエロいダンスに仕上がった。これなら優勝間違いない」と得意顔の大谷。


 女子応援メンバーから一斉にブーイングが上がった。

「あのな大谷、ダンスでの女子のセックスアピールは、無理強いじゃないかって事になるんだよ。衣装の露出度もな」と柿崎がたしなめる。

「マイクロビキニも?」

「駄目に決まってるだろ」

「私は構わないけどね」と横から岸本が笑いながら言ったが、柿崎は「それ以前に学校からの規制でアウトだから」


 その時、村上が「エロいのは大谷がやればいいじゃん。言い出しっぺの原則だ」と口を挟んだ。

「男がやって意味あるのかよ」と大谷が口を尖らせるが・・・。

村上は「その気になる女子も居るかもだぞ」

 大谷はその気になり、村上が振り付けを手伝わされる破目になった。



 ダンスに使う音楽が決まる。

 全員の前で曲データを再生する。肯定的な意見が相次ぐ中、津川が何気ない口調で言った。

「このコーラス、英語か? 何て言ってるんだ?」

「意味は無いらしい。適当に作った言葉だそうだ」と内山。


 その時、その場で聞いていた中条が、ぽつりと「何だか呪文みたい」と呟いた。

 (呪文かぁ・・・)と心の中で呟いた村上の脳裏に浮かんだものがあった。そして村上は言った。

「あのさ、適当にダンスを組み合わせるんじゃなくて、構成に物語風の意味を持たせたらどうかな。例えば俺達が異世界から迷い込んだ妖精の王国の民で、元の世界に戻るための儀式をやるんだ・・・とかさ」

「いいな、それ」と賛成する仲間たち。



 その頃、小島はバックボードの元画を作っていた。描き上げた原画をプロジェクターで拡大し、2.5m四方に貼り合わせた紙に転写して書き写す。これに色を塗って仕上げ、完成したらボードに貼って自軍の応援席の背後に飾るのだ。

 仲間とそんな作業をしている小島の所に、オタク仲間の田畑から知らせが入った。

「ネットの二次元画像投稿者のmkimki氏が1年3組に居て、バックボードのデザインを担当しているらしいぞ」

「そ・・・それは強敵ぞな」と小島。

「有名なのか?」と村上。

小島は「画像掲示板の常連で、毎度高評価貰ってる絵師だ」

八木が口を挟む。

「知ってる。切り絵風の作風と奇抜な構図が特徴的でね、構図なら小島も負けてないと思うけど、色のコントラストがはっきりして印象的なんだよ。遠くから見て分りやすいってのは、バックボードとしてポイント高いと思うよ」

「コントラストかぁ・・・」と村上は呟くと、一言、小島に提案。

「小島のこれ、色数減らせないかな。それで原色使って要所を反対色でくっきりさせる」

「やってみるお」



 応援の構成がまとまった。ダンスの振り付けも完成し、下級生を集めての練習が始まる。


 そしてもう一つ、新しく取り入れられたものがあった。フォークダンスだ。

 1年・2年の委員に教えて、クラス内で練習させたものの、問題が浮かぶ。女子の手を握れない男子が少なからず居るのだ。

 全体練習をやろうという事になり、応援練習の後、時間をとった。


 大谷団長の号令で全員が整列すると、米沢がその前に進み出た。そして矢吹から名簿を受け取る。

「これから名前を呼ぶのは、ランダムに選んだ男子だけど、呼ばれたら前に出るように」

 そして十数名の男子の名前を読み上げる。

 そうでない生徒も居るが、大半は女子の手を握れないでいると報告のあった生徒だ。女子に好かれないタイプ、自信の無さそうなタイプが多い。

 呼ばれた生徒が整列すると、米沢は「右手を出しなさい」と言った。そして順番にその手を握った。ざわめきが起こった。


 並んで右手を出している中に、一年二組の古村が居た。

 小柄で地味なルックスに自信の無い表情。周囲からは「陰キャ」と呼ばれ、クラスの女子からキモ連呼を浴びる事もある。

 クラスでの練習の時も、自分が触ると不快な思いをさせるのではと躊躇した。

 そんな彼に順番が来て、米沢に手を握られた。生まれて初めて女性の掌に触れたように感じた。


 全員の手を握り終えて生徒達を列に戻すと、米沢は言った。


「世間ではよく、男性に対して、気安く女性に触るな、って言う人が居ます。それでフォークダンスの時に手を握れない、・・・という人も居ると聞きました。抵抗があるというのは解ります。けれどもマスコミがそれを煽って、男女ともそれに流されている部分もあるんじゃないかしら。世界には伝統的にいろんな差別が残っていて、不可触賤民というのもあるそうです。そんなものを産む感覚に近いものが、誰かの心の中にあるとしたら、悲しい事だと思います。人口の半分は異性です。その間に壁があるとしたら、そんなものは少しでも低くしたいと、私は思います。それはフォークダンスの時だけの問題じゃない。私達は男女である前に、同じ人間なのだから」


 フォークダンスの態勢をとるため生徒達が散らばる中、二人の派手な一年女子が古村を見て言った。

「さっきの古村見た? あいつ一生右手、洗わない気だよ」

「家に帰ったら速攻あの右手で、三発は抜けるんじゃね?」

「きもーい」

 そう声高に言ってキャハハハ笑いを飛ばす彼女達を横目に、古村は(いつもの事だ)と呟いた。

 その時、二人の三年男子が彼女達を見て言った。


「見ろよ渡辺。うちの一年にあんなゲスい女が居るぞ。最低だな」

「まあそう言うなよ佐川。あんなのごく一部だ」

 二人の女子は、自分達にゴミを見るような視線を向ける彼等を見て、たちまち威勢を失い、そそくさとその場を去った。

 彼女達が去るのを見届けると、渡辺は古村に笑顔を向け、右手の親指を立てた。

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