第98話 それぞれの進路
三年生は一学期の間に進路を明確にするよう迫られる。
就職組は夏休みに求人が開始される。
進学組も志望先によって応募の時期が異なるが、同じ学校でも応募方法に何種類かあって、早く動くほど有利になる。
なので、決定の目途は父兄を交えての三者面談だが、早い者は早期に進路先を提出し、未提出の者には中村担任から矢の催促。
のれんに腕押しを決め込む生徒の場合は、担任から親に電話が行く。
三年の担任は進路指導部に編入されて進路指導室に机が与えられ、中村もここに常駐するようになったが、全体を取り仕切るのは進路のベテラン、相馬教諭だ。
三者面談が近づくと、クラスメート達の会話は進路の話でもちきりになる。
村上達四人は早々に大学進学として県立大学の志望を出した。
「津川君も県立大学?」と秋葉が言う。
「普通にサラリーマンを目指すよ」と津川。
「合格したら同じ学部ね。よろしくね、津川君」と楽しそうな秋葉。
「それは合格してから言う台詞よ」と杉原が口を尖らす。
「大丈夫よ。津川君が好きなのは杉原だから」と秋葉の例のからかい口調。
「その話はもういいから」と杉原は顔を赤くして言った。
「で、杉原さんは就職?」と芝田が話を振る。
「お姉ちゃんに負担はかけられないから。ちゃんと共稼ぎできるよう、公務員を目指すわ」と杉原。
杉原は両親が居ない。保護者は年の離れた姉だ。
「高卒で公務員に受かるのは競争が激しくて大変だよ」と村上。
七月中に地方公務員の採用試験の募集締め切りが来る。杉原は進路指導室で書類を書いた。
「内海君は就職?」と岸本が言う。
「バイト先でスポーツイベント関連が求人してるって言われてね。高橋さんがスポーツ選手になるなら、何か手伝えるんじゃないかと」と内海。
「博子ちゃんのために進路先選ぶんだ。内海って優しい」と柄にも無く言ったのは松本だ。
「松本さんだって武藤の実家のために調理専門学校決めたんだろ?」と内海。
高橋・武藤・大谷は地元にあるスポーツの専門学校志望だ。
「岸本さんは東京の大学?」と大谷が言う。
「そうよ。学生恋愛を満喫するためにね」と身も蓋も無い事を言う岸本。
「いや、大学は勉強するために行く所だと思うが」と大谷が柄にも無く言う。
「モテるためにバスケやってる奴が言う事かよ」と内山があきれて言う。
「そういうお前だって岸本さんについて行くために東京の大学行く訳だろ」と切り返す大谷。
「いや、俺はちゃんと勉強したい事があって行くんだよ」と内山。
「あら、私のためじゃないの?」と悪戯っぽく拗ねてみせる岸本。
「いや、そういう意味もあるんだけどさ」と内山。
「意味もあるんだけど・・・って事は、私について来てくれるのは、ついでって事?」
「あまり内山をいじめるなよ」と大谷は笑った。
「大谷君とは卒業までね」と岸本。
「プロ選手になってモテまくるさ。武藤、一緒にモテような」と大谷。
「お前と一緒にするな」と武藤はあきれ顔。
「で、大谷君は芽が出なかったらホストに転職って訳だ」と高橋が笑って言った。
「高橋さんは芽が出なかったら内海んとこで専業主婦だろ。旦那の給料は小遣い制で」と大谷がふざけて切り返す。
内海は慌てて「それはちょっと」
「そんな事考えてないわよ。それに私はスポーツ辞める気は無いし。指導員の道もあるからね」と高橋。
「宮下さんは専門学校?」と水上が言う。
「エステシャンの道を目指すわ」と宮下。
「いいなぁ。エステかぁ」と篠田が言う。
「それ、女の体に触れるからだろ」と佐川が口を挟む。
宮下はドヤ顔で「悪い? 女に触っていいのは女だけよ」
(この女は・・・)と周囲の男子が一様に苦笑した。
「就職したら、お店の名前教えてよね」とはしゃぐ篠田。
「もちろんよ。絶対来てね」
(いや、その店には絶対行かないから)と周囲の女子は一様に思った。
「藤河さんは漫画家を目指して美術系の大学に・・・だよね?」と八木が言う。
「八木君は?」と藤河が聞くと、八木は「公務員にでもなって、漫画は趣味で描こうかなと」
「公務員は採用試験が大変だぞ」と岩井が言った。
「短大に入って、そのための勉強をするよ」と八木。
「私の漫画が売れなくても専業主婦として養えるよう、頑張るのよね」と臆面も無く言う藤河にあきれる面々。
八木は困り顔で「そんな期待されても・・・ってか、芽が出ない時の事考えながらとか、いい漫画描けるのかよ」
「清水君も美術系よね」と藤河は清水に話を振った。
「写真家を目指して勉強したいからね」
「で、吉江さんは?」と藤河。
「アイドル目指すんだろ?」と山本が口を挟む。
吉江は「そういうのからは卒業したわよ」
「そりゃ良かった。分不相応な夢とか苦しいだけだからね」と清水が言う。
吉江は思い切り清水の足を踏んだ。そして吉江は言う。
「理美容系の専門学校に行くことにしたの」
「吉江さんらしいや。けど、自分が化粧できれいになるのと、客をきれいにするのは違うからね」と岩井が言う。
吉江は言った。
「解ってる。私、モデルとして清水君と仕事出来たらいいな、って思ってたの。けど私にそんな素質無いから、じゃ、どうやって清水君を助けられるかな、って考えたら、清水君が撮影するモデルのお化粧とか出来るんじゃないかな・・・って」
「小島はゲーム制作を目指して情報系の専門学校だったよな」と清水。
「二次元美少女の聖地に赴くでござる。けど、小依たんとお別れ、うぅぅぅ・・・」
「勝手に呻いてろ」と冷淡な山本。
「同じ街に居るんだから、いつでも遊べるよ」と言って、小島の頭を撫でる水沢。
「水沢さんは就職って言ってたよね?」と吉江が言った。
だが水沢は「保育士目指して専門学校に行く事にしたの。山本君が勧めてくれたの」
水沢は高卒で調理スタッフとして働く長兄に養われている。次兄は専門学校に通学中だ。
二人分の学費は無理と考えた水沢は、高卒で就職する他無いと感じていたが、保育士になりたいという夢があった。
資格を取るためには専門学校で学ぶ必要がある。
放課後、一緒に家路を歩きながら、それを聞いた山本は言った。
「奨学金貰えばいいじゃん」
「奨学金って借金だよ」と言って水沢は俯いた。
そんな水沢の頭を撫でると、山本は「俺が就職して金貯めて返してやる」
「山本君、小依のために就職するの?」
「ちげーよ。勉強続けたくないだけだ」
その日、水沢は帰宅すると、兄達にその話をした。
「小依、保育士になりたいの。だから進学したい。それで学費なんだけど・・・」
「学費なら出せるぞ」と長兄の達樹は事も無げに言う。
「だって、にいにの学費も出さなきゃだよ」と水沢。
「いや、俺は今年で卒業だ」と次兄の春樹。
「そうなの?」
「あのな、専門学校は二年で卒業。俺はお前の二個上だぞ。もう就職先の内定も出てる」と次兄。
「じゃ、奨学金貰わなくていいの?」
「これからは二人分の給料だからな。お前の学費なんて余裕だ」と長兄。
水沢は「それじゃ、山本君が小依のために就職して貯金しなくてもいいんだ」
「山本君がどうした?」
その夜、山本が自室でゲームをしていると、玄関から母親の声が響いた。
「幸作、水沢さんのお兄さんが見えてるわよ」
山本が階段を降りると、玄関に居た二人の兄が「山本くーん」と叫んで突進して来る。
「な・・・何ですか」と青くなって慌てる山本を、二人の兄が左右から抱きしめた。
「君って人は、そこまで小依の事を想って・・・」
事情を聞いた母親は涙ながらに言った。
「自分のお嫁さんになる人のために、そこまでするなんて、本当にこの子は。やっぱりあなたはお父さんの子ね。あなたのお父さんも・・・」
亡き夫とののろけ話を始める母親にうんざりする山本。
そして水沢兄も「だからね山本君、小依の学費はちゃんと用意できるから、君が就職してお金を貯める必要は無いんだよ」
「そうよ幸作、ちゃんと進学して、好きな勉強を続けなさい」と山本母。
山本は「だから、勉強続ける気も無いし、やりたい勉強も無いんだってば」
「大野さんも就職だろ? どんな分野行くんだよ」と八木が話を振る。
「給料が高くて仕事が楽で休みが多い所」と大野は身も蓋も無い事を言う。
「じゃなくて、サービス業とか製造とか販売とか事務とか」と藤河があきれた声で言った。
「事務いいじゃん。エアコンの効いた所で椅子に座って・・・」と大野。
「競争厳しいぞ。大野さんには無理じゃね」と小島が突っ込む。
「学科試験がある所は難しいと思う」と藤河も手厳しい。
「面接で態度悪いのを見せつけるのもなぁ」と突っ込んだのは山本だ。
「まあ、そのために面接練習ってのがあるから」と八木がフォロー。
「大丈夫じゃね? 人手不足のご時世なんだし」とお気楽な大野。
(こいつ、絶対三年以内に辞めるタイプだよな)と周囲の面々は思った。
「渡辺君は地元の国立大学?」「東京には行かないの?」と渡辺を前に女子達が口々に聞く。
「地元の経済で起業の手掛かりを掴むには、地元の大学の方が情報が集まるからね」と渡辺。
「国立は偏差値高いぞ」と村上が言った。
「片桐さんも同じ大学よね。学部はどうするの?」と秋葉。
「法学部にするわ。会社創るには法律面のトラブルは避けられないから、弁護士として渡辺君を助けたいの」と片桐。
「女弁護士って訳か。かっこいい」と芝田が言った。
「で、学費は渡辺君の私設奨学金?」と女子達が目を輝かせる。
「それがさ、米沢さんに怒られちゃって」と渡辺が頭を掻く。
「会社が奨学金出すなんて、軌道に乗った所がやる事よ。百年早いわ」と米沢は手厳しい。
「さすが銀行家の娘だな」と鹿島が笑った。
「米沢さんが北東銀行の給付型奨学金の世話してくれたの。返さなくていいんだって」と片桐が説明する。
すると米沢が「別に、こんな事で渡辺君と片桐さんの関係が深まるのが嫌だから、って訳じゃないんだからね。勘違いしないでよね」
「いや、そんな事誰も言ってないから」
「佐川君も同じ大学の法学部よね」と片桐が言う。
「お前、東京の大学に行くって言ってなかったか?」と渡辺が口を挟んだ。
「それが、篠田さんが泣いちゃってさ」と佐川。
「佐川君、私を置いて遠くに行っちゃうって言うのよ。酷くない?」と篠田が口を尖らす。
「で、お前も弁護士目指すのか?」と鹿島は言うが、佐川は「いや、司法書士くらいにしとこうかな・・・と」
「何言ってんだよ。イジメとか許さない正義の味方として裁判バトルするんじゃないのか?」と鹿島。
佐川は「お前等俺を何だと思ってるんだよ。そりゃ悪い奴は許せないから・・・って気持ちはあるけどさ、弁護士になったらイジメやる側からも依頼が来るんだぞ。そんなのを弁護とか、したかねーよ」
「そーいえば篠田さんは地元に残る訳よね」と片桐。
「準看護士の専門学校に行くわ」と篠田
「白衣の天使・・・って篠田さんの柄じゃないと思うが」と言って芝田が笑う。
「どーいう意味よ」と篠田は口を尖らせた。
「ってか、何でまた」と芝田。
篠田は「正義感の強い佐川君のことだもの。いつ誰に暴行されるか解らないから」
「佐川お前、さっきの台詞一番聞かせなきゃいけないのは、自分の彼女だと思うぞ」と言って鹿島が笑った。
「私も看護士目指すの」と薙沢。
「薙沢さん、男性恐怖症大丈夫? 男の脈とったり、下手すりゃ下の世話とかも必要だよ」と村上が心配そうに言う。
「大丈夫よ。私を好きになる人でなきゃ平気だから」と薙沢。
「けど白衣の天使もえーとか言う人もいるよ」と芝田が言った。
「病気で弱ってる人だもの。怖くないと思うわ」
(そう言っちゃう薙沢さんの方が怖い)と男子達は思った。
「けどまた何で看護士?」と芝田。
「傷ついた時助けてあげたい人が居るの。ハードボイルドのヒーローだから、いつ危ない目に遭うか解らないもの」と薙沢。
「篠田さんみたいな事を言うんだな。誰のことか解らないけど」とお気楽な事を言う鹿島。
(いや、お前の事だろ)と周囲の面々は思った。
「鹿島は親の跡継ぐんだよな」と佐川が言う。
鹿島は「そうだよ。だから別に進学とか要らないんだけどさ、米沢老がしつこく言うものだから」
「お前、あの人のお気に入りだからな」と渡辺が言って笑った。
「で、お前も地元の国立大?」と佐川。
「まあな。とりあえず法学部だ」と鹿島。
「矢吹も同じ所だよな。で、同じ探偵として将来張り合う訳だ」と佐川。
「まあな。潜入工作とか非合法すれすれな事をやるから、法律で武装するのは役に立つ」と矢吹。
「矢吹がそこに行くって事は米沢さんも地元の国立大?」と芝田。
米沢は「そうよ。私は経済学部だけどね。中央に行くとお父様の威光が届かないから、ちょうどいいのよ」
身も蓋も無いとはこの事かと一同思った
「で、渡辺君とは同じ大学の同じ学部なのよね」と片桐が拗ねたような声で言う。
「岩井君が東京の大学に行くのは何で?」と聞いたのは吉江だ。
「姉さんの監視から逃げたい」と、岩井は遠い目で言う
「それ聞いたらあの人泣くぞ」と直江が言った
「牧村君も東京の大学?」と篠田。
「堀江さんに相応しい男になりたい」と牧村。
「それで研究の仕事に・・・ってのは解るけどさ、大学まで年上彼女の母校にする事無いんじゃ・・・」と直江が笑いながら言う
「お前、本当にあの人が大好きなんだな」と柿崎も笑った。
「けど、その彼女と遠距離恋愛って事になるわよね」と坂井が心配そうに言う。
「平気さ。堀江さんだって、いつ東京に戻るか解らないからな」
「で、水上さんも東京の大学なんだよね?」と坂井が言う。
「まさか牧村に未練があるって事じゃないよね?」と柿崎。
「そそそんな訳無いじゃない。直江君だってついて来てくれるんだし」と水上。
「水上さんのお父さんにやたら期待されちゃってるからなぁ」と直江が困り顔で言う。
「柿崎君は地元に残るんだよね?」と坂井が言った。
「まあね。地元の私立大で地道にサラリーマンを目指すさ。けど坂井さんは進学する余裕も学力もあるんじゃ・・・。何で就職?」
「服飾の仕事で行きたい会社があるの。バイト先で紹介された所で、現場で勉強させてくれるっていうから」と坂井は笑顔で言った。