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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第97話 吉江さんに三顧の礼

 吉江が応募した商店街のイメージガールのオーデション。

 清水が撮影した写真を貼った書類が発送された。書類審査をパスした吉江は二次審査の面接を受ける。


 清水に付き添われて審査会場に入る吉江に声をかける男連れの女子が居た。

「あら、吉江さんじゃない。久しぶりね」

「若宮さん、それと田所君も」と、反応する吉江の表情が曇る。


「そっちは吉江さんの彼氏?」と嬉々として彼等に絡む若宮。

「清水君って言うの」と吉江が紹介する。

「ルックスが今一みたいだけど、吉江さん、妥協した?」と勝ち誇ったように若宮が言った。

「若宮さん、失礼だよ」と田所は自分の彼女を窘めると、清水に向かって「ごめんね、この人、変な事を張り合ってるみたいだけど、俺から見て清水君は十分イケてると思うよ」

 どうやら本気でフォローしているらしい田所の様子に、清水も「いや、実際田所君はイケメンだから」

 冷や汗を浮かべながら、二人は場を繕おうと笑顔を見せあった。


 そして吉江は精一杯の強がりで言う。

「男は顔じゃないわ。彼、写真の腕が凄いのよ。一次審査通った書類の写真だって彼が撮ってくれたんだから」

 田所は自然な笑顔で「お眼鏡に適う彼氏なんだね。清水君、吉江さんの事、大事にしてあげてね」

「田所君は吉江さんとはどういう関係?」と清水

「俺達、中学の時の同級生なんだけどね、俺が吉江さんに告って振られたんだ」と田所。


 清水から見て田所はルックス的にはかなり上物と見えた。少なくとも以前に吉江と付き合った男子に負けない。

 受け答えからも、それなりにいい奴のように見えた。



 やがて若宮が面接室に呼ばれて席を立つ。清水は小声で吉江に、二人との関係を尋ねた。

「田所君、私が振ったすぐ後に、若宮さんと付き合い始めたの。信じられる? 私への気持ちは何だったのよ!」と吉江。

「それであの人達と喧嘩でもしたの?」と清水

「当然でしょ? 自分を好きだって言った男が一週間やそこらで他の女になびくとか、節操が無いにも程があるわ。そう言ってやったら、若宮さん、何て言ったと思う? 振っておいて今更惜しくなったのか?・・・だって。だから言ってやったの。私はずっといい男を手に入れてやるんだ・・・って」と吉江。


 なるほど、吉江が恋愛脳を拗らせたきっかけがこれか。

 吉江は延々と愚痴を吐き続ける。やがて吉江の面接の順番が来た。



 吉江が面接を終えるのを待ちながら、清水は考えた。

 よく聞くパターンだなと思った。


 恐らく田所は吉江から振られた後、若宮から告白されて受け入れたのであろう。

 告白して振られた男子を好きになる女子の心理とは何だろうか。あの男は恋愛する気がある・・・とか、あの女は大魚を逃したのでは・・・とか?

 そして自分が振った男が他の女に受け入れられる事で「自分は大魚を逃したのでは」という後悔が生まれたのでは?


 そもそも吉江は本気で田所を拒絶したのだろうか。

 何度振られても諦めずアプローチを続けて根負けさせる、そういう情熱を期待する心理が女子にはあるとも聞く。

 所謂「三顧の礼」というやつだ。吉江にもそうした期待があったのではないのか。



 面接が終わり、連れ立って帰宅の途につく清水と吉江。

 吉江はまた若宮達に関する愚痴を並べ始めた。

 相槌を打って同調を示し続けた清水だったが、次第に膨らむ疑問に耐えられなくなった清水は言った。

「ねえ、吉江さん、あの田所って人を振った時、三顧の礼ってやつ期待してた?」


 吉江は立ち止まり、俯いて口を閉ざした。

 (不味った)と感じておろおろする清水に、吉江は一言「帰る」。

「送るよ」と清水

「いい。ついて来ないで」と吉江。

 清水は早足で去っていく吉江を茫然と見送った。


 機嫌を損ねたであろう吉江の様子が気になった清水は、彼女に電話したが、着信拒否だ。

 清水は誰かに相談しようと、岩井に電話し、吉江を怒らせてしまった経緯を話した。

「馬鹿かお前は! 女は正論なんか求めてない。間違いでも何でもいいから、自分の感情をよしよしして欲しいだけだ」と岩井。

「知ってるよ。けど、それって吉江さんのためになるのか?」と清水。



 その夜、吉江から清水の携帯に電話が入った。

 辛そうな吉江の声が携帯から聞こえる。

「ごめんね。清水君の言った通りだよ。私が悪いのは解ってるの。田所君から告白された時、正直嬉しかった。それで調子に乗って、私の事諦めないって情熱的なアプローチ期待しちゃって、若宮さんに取られた時すごく後悔したの。私って最低だよね」

 どんどん涙を帯びていく吉江の声に、清水の胸が痛み、彼女を抱きしめたい衝動にかられた。

清水は「吉江さん、今すぐ会いたい、出てこれる?」

「これから? 駅前でいいかな?」と吉江。

「うん」


 二人は携帯を持ってそれぞれの家を飛び出し、夜道を駅に向けて走った。

 吉江が駅前広場に居る清水を見つけ、駆け寄ってその胸に飛び込む。

「ごめんね清水君。こんな私でごめんね」と吉江。

「俺はそんな吉江さんだから好きなんだ」と清水。

 自分の胸で泣きじゃくる吉江に、清水は言った。

「中学の時にやってしまった事は、吉江さんにとっては不幸な事なのかも知れない。けど、俺はそれに感謝してる。だってそのおかげで俺はこうして吉江さんと付き合えたんだもん。俺はあいつの代わりにはなれないかも知れない。けど、俺に出来る事は何でもしてあげる」

「何でも?」と吉江。

「うん。何でも」


 その後、広場のベンチに座り、飲み物を買って暫しの時を過ごした。

 吉江が笑顔を取り戻すと、清水は彼女を家まで送った。



 翌朝、清水は不安とともに目を覚ます。

「何でも・・・って言っちゃったけど、吉江さん、無茶な事を要求してこなきゃいいけど」


 不安な気持ちで登校し、教室に入る。

 吉江が「おはよう、清水君」と言いながら、駆け寄ってベタベタやりだす。 

 周囲の奴等の何事かという視線が集中し、清水は辟易するが、吉江は要求めいた事は何も言わない。

 (これが要求という訳でも無さそうだが・・・)と、清水は吉江の笑顔を見る。


 その時、岸本が教室に入る。待ってました・・・とばかりに、吉江は声を上げた。

「岸本さん、清水君が昨日、何でもしてくれるって言ってくれたの。彼氏の義務として、何かとっておきのものって無いかな?」

 青くなる清水を見て、岸本は楽しそうな笑顔で言った。

「そうね、急には思いつかないけど、とりあえず佐川君みたいに、一日五回好きだって言うってノルマを課すのは、どうかな」

「わーい。じゃ、下の名前呼びでお願いね」と吉江。


「解ったよ」と清水は言って吉江に向き直り、その両肩に手を当てて言った。

「奈々子ちゃん。好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」

 それを見て岸本は残念そうに溜息をついた。

「清水君、そこに座りなさい」



 その後、吉江の元にオーデションの結果が届いた。結局彼女は選ばれなかったが、まもなく若宮も選ばれなかった事を吉江は知った。

 商店街のイメージガールに選ばれたのは、アイドル活動の一環として応募した八上美園だった。


悔しがる吉江に清水は言った。

「まあ、まがりなりにもアイドル活動で実績積んでる人がライバルじゃ、仕方ないわな」

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