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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
96/343

第96話 鈴村さんの告白

「先輩、ちょっと相談事が・・・」

 そう言いながら篠崎が写真部のドアを開ける。

 中では清水が吉江を前に、表情やポーズを注文しながら盛んにシャッターを押している。

清水は「ちょっと待っててくれ。もう少しで何か掴めそうなんだ」


 ただの写真ではない事は篠崎もすぐに解った。

(そういえば吉江先輩、商店街のイメージガールのオーデションに応募したんだっけ・・・)

 篠崎は、清水の「もう少し」が一時間や二時間で終わらない事はよく知っていた。

「また今度でいいです」と篠崎。

「なら、明日の昼休みにでも教室に来てくれ」と清水。



 翌日、篠崎が三年二組の教室を訪れた。

「相談って何だ?」と清水が聞く。

「鈴村さんの事なんですけど、俺、告白しようと決めたんです」と篠崎。

「よく決心したわね」と吉江は思わず身を乗り出し、篠崎の両手を握る。それを見て苦笑する清水。


 篠崎も鈴村も、かなりの恋愛脳だ。

 そして先輩の清水と吉江は既に恋人関係にある。

 部活でしばしば二人の世界に入る先輩を眺める二人の下級生は、必然的に互いを意識し、仲の良い友人以上の関係を育て、恋人として付き合うのは時間の問題と思われた。

 そんな状態のまま、彼等が一年に渡って先に進まない事に、吉江はしばしば清水に苛立ちをぶつけていたのだ。


「で、何か問題でもあるのか?」と清水。

「それなんですけど、絶対、どんな所を好きになったんだ・・・って聞かれますよね。俺、何て答えていいか・・・」と篠崎。

「そんなの適当でいいんだよ」と清水が言うと、吉江がキレた。

「ちょっと待ってよ。清水君は適当だったの?」

清水は慌てて「いや、そういう訳では・・・」


「考えてみれば、そうよね。私がイケメンに告白するのを清水君に手伝ってもらって、その度に振られて、そうやって利用されてくれる清水君の優しいところを私が好きになって、付き合ってもらったんだものね。清水君にとって私なんて・・・」と吉江はまくし立てる。

 拗ねる吉江を前に、おろおろする清水。

「いや、だからさぁ・・・」

 そんな彼等を見て篠崎は「先輩達の関係って、そんなのだったんですか?」

「俺達の事はいいんだよ!」と困り顔で言う清水。



「何か揉め事かしら」と首を突っ込んだのは岸本だ。

「あ、岸本さん、何でも無いんだよ」と清水は迷惑顔だが、吉江は「聞いてよ岸本さん。清水君ったら・・・」

 そんな吉江を他所に、岸本は篠崎を見て「あなた、写真部の篠崎君ね?」

「そうですけど、何で俺のことを?」と篠崎。

「有名だもの。鈴村さんって子の事でしょ? いつ告白するんだって、みんな言ってるわよ」と岸本。

「みんな・・・って、吉江先輩でしょ?」と篠崎。

岸本は「私が相談に乗ってあげてもいいわよ。ただ、今は用事があるから、放課後に化学教室に来てくれるかしら。話はそこで聞きましょう」



 篠崎が化学教室に行く。実験用の大机がいくつも並ぶ。その一つで岸本が待っていた。

「話は聞いたわよ。鈴村さんのどこが好きか・・・って聞かれたら、どう答えていいか解らないのよね」と岸本は切り出す。

「女性って、そういうの気にしますよね」と篠崎。

「そうね。だけどそもそも、人が人を好きになるのに、理由なんて必要かしら」と岸本。

「・・・・・」

「普段その人と一緒に居て、相手がちゃんと自分に向き合ってくれて、その時間が楽しくて、だから・・・って事なんじゃないの?」と岸本。

「そうなんですよね。けど、それだと、もし一緒に写真部に入ったのが鈴村さんじゃ無かったら・・・って事になりません? だから考えちゃうんですよね、結局俺の気持ちって、ただの性欲なんじゃないかって・・・」と篠崎。

「そんな事考えなくていいのよ」と岸本はきっぱりと言った。

「そうなんですか?」


岸本は言った。

「だって、歴史にもしも・・・なんて無いもの。実際に一緒に写真部に入って好きになったのは鈴村さんなんだし、鈴村さんと居て楽しいのは事実でしょ? 付き合っておしゃべりしたりデートしたり一緒に遊ぶのも楽しいからで、その延長線上にセックスもあって、それに対する期待もあるかも知れない。女性はそれを嫌悪するかも知れない。けど最後にはそうなるって期待も、少なくとも私はあるわよ。女性のそういうのは矛盾かも知れないけど、それが許されるのはそれが目的じゃなくて、あくまでいろんな楽しい事の後についてくる、可能性のひとつに過ぎないの。だから変に意識して罪悪感持つ必要なんて無いのよ」

「そうですね」と篠崎。

「告白、出来そう?」と岸本。

「はい」

「だったら善は急げ・・・ね。鈴村さん、出てきていいわよ」と岸本は隣の大机に声をかける。

「へ?・・・」



 大机の下から出て来る鈴村を見て、篠崎は唖然とした。そして鈴村は言った。

「私ね、篠崎君の事が好きで、なかなか告白してくれない・・・って、岸本さんに相談したの。そしたら女は待つだけじゃ駄目だって、怒られちゃった。それでここに来いって言われて・・・」

「あのね、鈴村さん・・・」と篠崎が言おうとしたのを鈴村が遮って言う。

「いいの。私から言わせて。私、篠崎君のことが好き。私と付き合って欲しい」と鈴村。

「俺も鈴村さんが好き。俺、鈴村さんの彼氏になる」と篠崎。

「ありがとう、篠崎君」と鈴村。


 二人は笑顔で手を振る岸本に一礼し、化学教室を出た。手を繋いで廊下を歩きながら、鈴村は言った。

「私の父って、遅い結婚でそれまで童貞だったけど、本当はモテる人だったのよね。何度も人伝手で、あの人はあなたの事が好きなんだそうだ・・・って言われたけど、その人の勘違いかも知れない・・・って、スルーしてたんだって。その後、女性の告白はそうやって人伝手でやるものだ・・・って聞かされて、そうだったのか・・・って」



 篠崎達が出て行くと、岸本は反対側の大机に声をかけた。

「あなた達も出てきたら?」

 机の下から清水と吉江が出てくる。


 何だかなぁ・・・とでも言いたげな顔で清水が言った。

「よく、世界に何十億もの異性が居る中で、自分が好きになったたった一人の相手が、その人も自分を好きになってくれるなんて、ものすごい奇跡だ・・・とか言う人って居るけど、両想いってそんなに特別な事じゃないのかもね?」

 そう清水が感慨深げに言うと、岸本は笑って言った。

「そうね。人が人を好きになる・・・って、実はけっこう簡単だったりするんじゃないかしら。例えば何かのきっかけでこの人いいな・・・って思って、好意を持つから優しくする。それで相手もいいな・・・って思って好意を持って、優しくする。そうすると更に・・・って、つまり好きのスパイラルね。そうやって恋愛感情に育っていく。相手が自分を好きだから自分も相手を好きに・・・って」

「最高の相手を・・・とか変に身構えたりしなければ・・・なんだろうけどね」と清水。

「そういう身構えをマスコミが散々煽ったりしてるから(笑)」と岸本。


「けど、恋愛ってそんなに簡単に成立していいものじゃないと思うわよ。だって女性はそれに人生の価値をかけてるんだもの」不満顔の吉江。

「吉江さんは恋愛に夢を見すぎよ」と岸本が笑う。

 清水も「吉江さん、自分が何でゲットしたイケメンに一週間で捨てられたか、忘れた?」

「憶えてるわよ。私が重いって言いたいんでしょ?」と吉江。



 教室に戻ると、昼休みの騒ぎを見ていた数人の野次馬が岸本達を囲んだ。

 事の顛末を面白おかしく話す岸本。


 話を聞いた高橋が内海に言った。

「私のどこが好きか・・・って、去年の夏言ってくれた事、内海君憶えてる?」

 困った内海は「清水も吉江さんに言ってたじゃん」と、矛先転換を試みた。

「そんな事もあったっけ」とすっとぼける清水

「何の話?」と興味深々の篠田。

「みんなで海に行った時、清水と内海が自分の彼女の好きな所を十個言え・・・ってノルマを課されたんだよ」と芝田が他人事のように解説した。


「そんな事があったんだ。いいなぁ。佐川君は私の好きな所を十個言える?」と篠田。

「お前のどこが好きかって? そんなの決まってるじゃん。俺を好きでいてくれる所だ。他に必要か?」と佐川はそっけない。

「顔とかスタイルとかは?・・・」と篠田。

「お前より美人な女が来ても俺は乗り換えたりしないぞ」と佐川。

「じゃ、私以外に佐川君を好きになる子が来たら?」と篠田。

「女が男を好きになるのは、男が接待みたいな事をして機嫌とって惚れさせた時だろ。俺はそんな事をする気はさらさら無い」と佐川。

「けど・・・」

「薫子、俺はお前が好きだ」と佐川。

「うん」


 満更でもない風の篠田に、岸本が言った。

「篠田さん、それ今日で何回目?」

「あ・・・」

「佐川君、一日五回篠田さんに好きだって言うのがノルマだったわよね。ちゃんと守ってる?」と岸本。

 慌てて佐川は、篠田に向き合って両肩に手を置いて「薫子、好きだ好きだ好きだ好きだ」

「私、昨日も言ってもらってない」と篠田。

「解ったよ。薫子、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」岸本。

「一昨日も」と篠田。

「勘弁してくれよ」と泣きそうな佐川に、散々ネタにされた内海と清水は楽しそうに突っ込む


「佐川ってそういう奴だよな」と内海。

「ああいう残念な奴がぼっち上等とか」と清水。

 そんな彼等の様子を見て、吉江は新しい玩具を手に入れた子供のように、嬉々として自分の彼氏を追及した。

「他人事みたいに言ってるけど、あれだって普通に彼氏としての義務なんだからね。清水君、最近私に好きだって言ってないじゃない」

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