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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
93/343

第93話 湯の街の春

 村上たち四人は秋葉の母から貰った宿泊券で星山温泉に行った。


 旅館にチェックインすると、村上達は四人で温泉街に出る。

 行き先の食堂は目星をつけてあるが、他にも美味しそうな所がいくつもあった。

「ここ、入ってみたいな」と中条が言うと、芝田が「明日、入ってみようぜ」

 すると秋葉が「明日と言わず、小腹がすいたら食べ歩きしようよ」


 目的の食堂に入る。事前調査のネットに出ていた日本料理店だ。

 四人で郷土料理の定食を注文する。

「真夏だったら、また拓真君は熱いラーメンなんだけどな」と悪戯っぽく笑う秋葉。

「勘弁してくれよ」と芝田は口を尖らせた。


 食べ終わって食堂を出ると、はす向かいに小さな公園がある。源泉公園だ。

 背後が高台になっていて、何かを祀る小さなお堂がある。その向こうは丘陵となっていて森が広がる。

 中条がそれを指して「あれは神社?」

「薬師堂だよ。元々温泉は病気の人の療養所だからね。古い温泉町なら大抵、温泉の守り神になってるんだよ」と村上が解説する。


 公園に入ると台石の上に小さな二体の狸の石像。

 小さな解説板がある。

「ここのマスコットは狸か」と芝田が言う。

「縁結びだってさ」と秋葉。

 中条は村上と芝田をちらっと見ると、解説板に書かれているように、二匹の狸の頭に手を置いて、そっと目を閉じ、二人と一緒に笑っている自分の姿を思い浮かべた。

 さらに歩くと石積みをコンクリで固めた小さな水槽があり、そこに水口からお湯が注ぎ込まれている。

「これが源泉?」と秋葉。

「隣のポンプ小屋で汲み出しているみたいだね」と村上が言った。


 その隣に石碑と解説板、そして小さな祠がある。解説板には温泉の由来にまつわる伝説。


 昔、ある猟師が狸を見つけてそれを射た。矢は当たったが狸は血を流しながら逃げた。

 猟師が血の跡を辿って狸を追うと、小さな水たまりの中にいる狸を見つけ、漁師はそれを射ようと狙いを定めた時、かすかに湯気が立ち上っている事に気付いた。

 狸が温泉で傷を癒そうとしていると知った彼は猟師を辞めて、そこで温泉を始めたという。


「それで狸がマスコットって訳だ」と芝田が納得したように言う。

「狸に出会うと幸運がある・・・だってさ」と村上。


 いくつか小さなコップが置いてある。

「飲湯だってさ。飲んでみる?」と秋葉。

「あまり美味くなさそうなんだが」と芝田が尻込みする。

「まあ、健康用だからね」と村上が笑う。

「効き目はあるの?」と中条が口を開く。

「こういうのにはプラセボって成分があって、大抵の症状には効くみたいよ」

 悪戯っぽい笑顔で解説する秋葉に、村上は言った。

「それ、真水を薬だと言って飲ませると、思い込み効果で病気が治るって意味だよ」



 四人で裏手の薬師堂へ続く石段を登る。小規模な境内に入り、お堂の前で手を合わせる。

 その時中条は、一匹の狸がこちらを見ている事に気付いた。

 思わず狸の方に向かって三歩歩くと、狸は三歩逃げる。さらに中条が三歩近付き、狸は森に入る小道に向かって三歩逃げる。

 中条は狸に誘われるように森に入り、気付くと誰も居ない森の中に居た。

「戻らなきゃ」と中条が思った時、向こうから彼女を呼ぶ声が聞こえ、中条は精一杯の声を上げて応答した。

 向こうから仲間達の姿が見えると、中条は駆け寄って先頭に居る村上に抱き着いた。


「どうしたの?」と村上が訊ねると、中条は「狸が居たの。思わず追いかけちゃって」

「幸運の狸って訳か。なら、きっといい事があるぞ。戻ろうか」と言って芝田は中条の頭を撫でた。

 その時彼等は、離れた所から聞こえる水音に気付いた。

「近くに滝でもあるのかな?」


 森の奥に続く道の脇に小川が流れている。そちらに向かって小道を歩くと、滝が見えた。

 高さ10mほどか。それなりに水量もあり、滝壺も美しい。

 しばらくそれを眺めると、秋葉が言った。

「まさか幸運って、これの事じゃないわよね?」と秋葉。

「秋葉さん。あまり欲張らないほうがいいと思うよ」と村上。

「そうね。それと真言君、秋葉さんじゃなくて睦月お姉ちゃん・・・ね」と秋葉。

「はいはい睦月お姉ちゃん」と村上。

「もう一回」

「それはもういいから」と苦笑しながら村上は言った。



 温泉街に戻った彼等は、駐車場脇に設けられた足湯に浸かった。

 そして足を拭いて靴を履くと、温泉街を散歩し、食べ物屋を廻る。


 夕方近くに彼等は旅館に戻り、浴衣に着替えて、入浴しようという話になる。

「部屋にも小さいお風呂があるけど、みんなで入る?」と秋葉。

「それは後でもいいだろ。先ず大きいのに入ろうよ」と芝田。


 一階の浴室に行き、男女に分かれて入る。双方他に何人かの客が居た。

 女湯で秋葉と中条が並んで浴槽に浸かる。

 浴槽の中で秋葉が切り出した。

「ねえ、本音の所、里子ちゃんはどっちが好きなの?」と秋葉。

「どっちか・・・って言っても、芝田君と居ると楽しいし、村上君と居ると安心するの」と中条。

「そういうの、ニコイチって言うのよ」と秋葉。

「知ってる。けど村上君と居た時、幸せだったし、芝田君と居てもきっと幸せだと思うの」と中条。

「きっといつか、どっちかと結婚して子供を産むのよね」と秋葉。


「うん。だけど、もしどっちと結婚しても、もう一人とは友達だから。もちろん秋葉さんともね。秋葉さんはどうなの?」と中条。

「そうね。私もきっと同じだと思う。けど真言君は多分、里子ちゃんじゃないと駄目なんじゃないのかな。だから私は拓真君を選ぶ事になると思う」と秋葉。

「秋葉さん自身はどうなの?」と中条。

「拓真君は大好きよ。それに一般的に言って、モテるのは拓真君の方だと思うわよ」と秋葉。

「秋葉さん、そういうのを気にする?」と中条。


 秋葉は満面の笑顔で言った。

「気にしてたまるもんですか。ああいうのは自分で自信をもって男を選べない女が気にする事よ。そういう女って、結婚するのは自分の幸せを男に丸投げする事だと思ってるから、完璧な男をゲットするのが自分自身に対する責任だと思ってるのよね。けど、完璧って何だって事でうろうろしたり、人気の男の取り合いになって獲得しそびれたから、妥協させられたとか、こんな人じゃないと思ったのに騙されたとか、男運が無いとか。そういう事を言ってる人って、実は自分が相手を駄目にしてるって気付いてない人が多いものよね」

「男の人にだって自分の人生があって、男の人自身のための人生なんだものね」と中条。


「そういう人と協力するのが結婚なのに、それが解らなくて、挙句、だったら男なんか要らないとか、女は男と違って性欲なんて無いし異性なんて要らないとか強がってると、年をとってからすごく後悔するって聞いた。私の母さん、子種さえ最高な男から貰えば下手な男に頼らず自分で育ててやる、って若い時思ってたそうよ。それで、みんなが憧れてる男と捨てられる前提で付き合って、私を育てるのにすごく苦労したみたい。国が補助金を出さないのが悪いみたいに言う人もいるけど、そういう問題じゃないのよね。それで後悔して今になって結婚結婚言って・・・。馬鹿みたいな話だけど、私はそんな母さんが大好き」と秋葉。

「そうなんだ・・・」と中条。

「それとね、里子ちゃん。秋葉さん・・・じゃなくて、睦月お姉ちゃん、だよ」と秋葉。



 男湯では芝田と村上が並んで浴槽に浸かる。

 浴槽の中で芝田が切り出した。

「なあ、本音の所、村上はやっぱり里子が好きなのか?」と芝田。

「そうだな。もちろん睦月さんと居ると楽しいし、お前も居るともっと楽しい」と村上。

「俺はホモの気は無いけどな」と芝田。

「俺も無いわ(笑)」と村上。


「で、里子が好きなのは、守ってあげ甲斐が・・・って奴か?」と芝田。

「そういう事になるのかな」と村上。

「よく居るんだよな。守ってあげるって何から? って話で、どーせ他の男からとか言って独占したいだけざましょ? そんなの頼んでないざます・・・とか言ってる奴」と芝田。

「居るわな。そういう痛々しいの。けど本当は寂しさから・・・なんだよな」と村上。

「そうだよな。けどさ、もし仮に里子に友達とかいっぱい出来て、もう寂しくない・・・って事になったら」と芝田が言うと、村上は、芝田の割には痛い所を突くな・・・と思って笑い、言った。


「それで里子ちゃんが、村上なんか要らない・・・って事になったら・・・か。けど守ってあげ甲斐の問題って、その必要性があるかと必ずしもイコールじゃないからな。それにもし里子ちゃんが寂しくなくても、俺を要らないなんて言わないと信じたい」

「そうだな。寂しくないけど村上が居たらもっと楽しい・・・とか。けど守ってやるって、保護欲って奴だよな。男は自分の集団を守る義務があるって事から来る本能なんだろうけどさ、だから・・・って、義務と欲求の区別がつかなくなってないか?」と芝田。

「まあ、恋愛の意味なんてひとつじゃないからな。セックスだってたくさんある内の一つでしかない。そして繋がる形もいろいろあって、相手を守るとか恋愛とかも、繋がり形の一つでしかない。その繋がりの形は当然変わっていく。俺だって里子ちゃんに、寂しさから守ってもらってるんだからな」と村上。



 秋葉と中条が風呂から上がると、芝田と村上は既にあがって、浴衣姿で卓球をやっていた。

 村上は芝田に手も足も出ない。村上がミスする度に芝田は子供のように囃し立て、中条はそんな彼等を見て笑った。

「そろそろ交代よ」と秋葉。

「かかって来い。俺は誰の挑戦でも受ける」と調子に乗った様子の芝田を他所に、秋葉は「真言君、相手をお願い」

「普通、勝った奴とするんじゃないの?」と芝田が突っ込む。

 秋葉は「拓真君が相手じゃ、私、勝てないじゃない」と身も蓋も無い事を言う。

「村上なら勝てるって訳かよ。村上お前、相当馬鹿にされてるぞ」と芝田。

「いや、俺、女に負けたくないとか思ってないけどね」と言う村上に、秋葉は口を尖らせた。

「いや、負けたくないって思わなきゃ駄目でしょ。本気になって貰わなきゃ」


 結局、村上は秋葉を相手に手も足も出ず、気を良くした秋葉は芝田と対戦し、手も足も出なかった。

 最後に村上と中条が対戦したが、双方ミスを連発。

「お前、本当に運動は駄目だよな」と言って芝田が笑うと、村上は口を尖らせて言った。

「俺は頭で勝負する派なんだよ」



 風呂から上がると布団が敷かれており、夕食が運ばれて来る。豪華な食事に舌鼓を打つ四人。

 食べ終わると、布団の上に寝転んで雑談。

 中条が村上の足にじゃれつく。そんな中条を見ながら、秋葉が思い出したように言った。

「そういえば、室内にもお風呂、あったわよね。四人で入ろうか」

「賛成」と、他の三人で口を揃えた。


 浴槽は大きくないが、四人で入るには十分な大きさだ。

 村上が浴槽に浸かると、中条がその膝の上に座る。秋葉はそれを真似て、浴槽の中で芝田の膝の上に座る。そして一言。

「拓真君の、大きくなってるよ」

「そういうのはスルーするのが粋ってもんだ」と芝田は困り顔で言った。

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