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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第9話 人間観察マスターズ

 佐川修二は教室の後ろの席で、いつものようにクラスメイト達の様子を観察する。

 入学式の自己紹介では「自分、友達とか要らないんで」と言い放ち、以来誰にも声をかけず、声をかける者も滅多に居ない。「ぼっちをポリシーとする一匹狼」が信条だという。

 そのため、誰かを敵に回す事を何とも思わない。何か揉め事があると、言いたい事をズケズケと言う。

「イジメ? んなもん生活指導に言えばいいじゃん」「チクるって何だよ。犯罪者が露見を恐れて口を塞いで正義ヅラか? 頭ダイジョーブかよ?」のような物言いに、腹を立てる者は居ても反論できる者は居なかった。



 水上千夏はクラスで一番の美人とされている。その分気も強い。入学初日に直江悠也に告白されて、かなりきつい振り方をした挙げ句、周囲に言い触らした。

 直江はそれで孤立したが、それを救ったのが、クラスで突出したイケメンとされる牧村健太で、以来直江は牧村の親友を称して一緒について回り、彼に近付く女子にちょっかいを出して迷惑がられる、いわゆる「チャラ男」的存在である。


 牧村も直江を受け入れているが、彼には別に幼なじみがクラスに居る。柿崎一郎と坂井恵子だ。二人とも必ずしも目立つタイプではないが、柿崎は落ち着きがあって女子受けは悪くない。

 坂井も男子に普通に接し、好感を持たれているが、水上は入学以来盛んに坂井に話しかけ、一緒に行動する事が多い。


 他に水上のグループにいるのが篠田薫子と宮下莉奈、そして大野零未だ。篠田は水上の腰巾着的存在で、しばしばパシリをやらされたり、誰かを攻撃する時に先頭に立ったりする。

佐川はそんな水上を中心にクラスで形成される序列のようなものの醸成を、半ば忌々しい思いで眺めていた。



 その視線に気付いたのが篠田だった。

「佐川のやつ、またこっち見てるよ」と篠田が言うと、大野が「うっわ、拗らせボッチが誰狙ってるんだよキモッ」

 さらに宮下は「水上ちゃんだろ。身の程知らず過ぎだってのに、これだから飢えてる男は・・・」

 聞こえよがしにテンションを上げる彼女達に、佐川は(やれやれ、始まったよ)とあきれ顔で聞いていた。


 いつもは、ある程度の所で水上が止めに入るのが常だが、その日止めに入ったのは牧村だった。

「あのさ、何もしていない人をどうこう言うのは、さすがにどうかと思うよ」

 先を越された感の水上は一瞬とまどったが、牧村に同調して好感度を上げるチャンスと、仲間達に目配せして仲裁の言を言いかけるより先に、佐川が反応した。


「気にすんなよ牧村、こいつらが人をディスる時に誰がどう言うかってのも、結構興味深い観察対象だったりするんだからさ」

 矛を収めるつもりが逆襲を受け、宮下が声を荒げる。

「何だよ観察対象って」

 これに佐川がすまし顔で「例えばスクールカーストって奴?」と言うと、クラスの空気が一瞬で凍った。


 佐川はさらに言った。

「例えば水上さん、さっき牧村が止めに入る時、実は水上さんが止めるつもりだったでしょ」

 そう言われて水上はギクリとしたが、宮下は「何言ってんだこいつ。自分が水上ちゃんに庇ってもらえるだけの価値があるとでも思ってるのかよ」と3人で強気に笑い倒そうとしてみせた。

 だが佐川はせせら笑いながら「価値も何も、篠田さんが言い出して大野さんがキモ連呼して宮下さんが暴言吐いて水上さんが止める。いつものパターンじゃん。それで良い子役やりつつ主導権誇示って話だよな」


 これに心当たりのある男子が同調した。

「そういや、俺がやられた時もそうだったよな。佐川の観察眼半端ねーな」と大谷が言うと、小島も同様な経験を指摘した。

 さらに佐川は「坂井さんを仲間に引き込んだのは、牧村を身内に引き入れるため。スクールカーストのクイーンって、男子のトップと繋がるのが常道だからね」



 水上の親は、この地域に本社を持つ中堅出版社の重役である。ファッション誌からスタートした雑誌社で、今でも主力は女性向け雑誌だ。

 そうした環境で育つ中で「金持ちのお嬢様」と「おしゃれのリーダー」としてのプライドが芽生えたのであろう。だが、そうしたアピールが中学では煙たがられ、浮いた存在になった苦い経験が、高校に入る時、自分がクラスで頂点に立つ事を彼女に意識させた。


 彼女が入学してクラスを見渡した時、牧村を「自分に相応しい相手」として意識したが、それ以上に、彼と付き合う事でクラスの女子の中で特別な存在になれると思った。

 そのため当初、牧村に盛んにアピールした水上にとって、坂井は目障りな存在であった。実際幼なじみとしていつも牧村と一緒にいる坂井は、牧村に最も近い女子であり、性格的にも男子から好意を持たれるタイプであった。

 そして同じ幼なじみの柿崎は、坂井が牧村のことを好きだと思っているようであったが、実際には坂井自身は必ずしもそうではない。

 それを水上が知り、また牧村も特定の彼女と付き合う気は無い事を知ると、坂井に近づいて、牧村を共通の友人としてグループに取り込む方向に転換した。

 その一方で、入学初日に直江から告白された事が水上の「モテ女子」として大きなポイントになった。そして上位グループの匂いを嗅ぎ分けた篠田がサポートに付き、目障りな相手を攻撃しそれを水上が庇って納める事で、頼られる立場として自分を印象づける。

 さらに攻撃的なギャル系の大野と男嫌いな宮下を味方につけて、特に宮下は男子に対する威嚇役として効果的だった。


「水上さんに嫌われたら女子全員を敵に回す」

 そういう立ち位置が武器の水上にとって、最初から女子に好かれるつもりの無い佐川や小島の存在は、極めて目障りだったのだ。



 図星を突かれた形の水上を見て、彼女を庇うのは自分の役目だと篠田は思った。彼女は精一杯の怒りを演出して佐川に食ってかかる。

「何こいつ。いくら牧村君がモテて妬ましいからって、まるで水上ちゃんが牧村君のことを利用しているみたいに言うとか。女子の好意を何だと思ってるんだよ。非モテの嫉妬ってほんとキモい」とまくし立てる篠田に対して、佐川は冷静だった。

「篠田さんだって水上さんと一緒に居るの、相手の事が好きでっていうより、クラスの中でうまくやりたいために水上さんの傘下に入れてもらおうってだけだろ。それでパシリみたいな事をやって・・・」

 今度は自分の事を言われて図星を付かれた篠田。一瞬水上に目をやると、立ち上がって佐川に「そんな訳ないじゃん」と叫んで、早足で教室を出た行った。慌てて篠田を追いかける大野と宮下。


 残った水上は佐川の所まで行って「ごめんなさい佐川君。私はあなたの事をあんな風には思ってないから、篠田さん達が言った事は忘れてもらえるかしら。それと、私は牧村君や篠田さんを利用しようとは思ってないし、自分がクラスのトップとかも思ってないから」

 作り笑顔でそう言うと、そのまま教室を出た。


 佐川は「やれやれ」と溜息をついて席に座ると、鹿島が佐川の所に来た。

「お前、すごいな」と鹿島。

「何が? あの程度みんな解ってる話だと思ってたけどな」と佐川。

 すると鹿島は「いや、あの集団にあそこまではっきり言えちゃう所がさ」

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