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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第88話 彼等の約束僕達の約束

 大晦日の真夜中、藤河がネット番組を見ながら年明けを待っていると、八木の携帯から電話があった。

「藤河さん、こんな時間だけど、今すぐ会えないかな?」と八木。

「この大晦日に何の用?」と藤河。

「俺達の恋が完結するんだ」と八木。

 藤河は「何が完結するって?」

 八木は「もう年明け待つだけでしょ? 神社かどこかで待ち合わせしない?」

 柄にも無い強引な誘いに押されて、とりあえず神社の鳥居で待ち合わせる事にして、藤河は急いで支度をした。



 神社は二年参りの客で賑っている。藤河が待ち合わせ場所に行くと、八木は既に着いていた。

「恋の完結って、告白でもする気?」と藤河は期待半分不審半分に聞く。

「そうなるだろうね。もうすぐバレンタインでしょ?」と八木。

「何、一か月先の事言ってるのよ? どうせなら、今すぐここでやったらどうなの?」と藤河。

「どんなふうにするかとか、どっちからとか、全然決まってないし・・・」と八木。

 藤河は「八木君がするんじゃないの?」

 八木は「何を?」

「だから告白を」と藤河。

「誰に?」と八木。

「私に、今ここで・・・って、何だか話が噛み合ってないような気がするんだけど・・・」と藤河。

「そりゃ、漫画はこれから書く訳だし、まだ単にアィディアが浮かんだってだけの話なんだからさ」と八木。

「漫画?」と藤河。


 八木は言った。

「マッキー&タッキーだよ。バレンタインまでに完結させるって言ってたじゃん」

 藤河は思い切り八木の足を踏んだ。


「何かと思ったら、そんな話? それでこんな時間にこんな所に呼び出したの?」と藤河。

「そんな話って、最終話のアイディアだよ。聞きたくないの?」と八木。

 藤河自身、ずっと悩んでいた問題である。それをここまで早急に、しかも直に会って伝えようというのだ。よほど自信があるのだろう。

 俄然、藤河は乗り気になった。

「聞きたい!」と藤河。

 八木は「その前に二年参りしない? もうすぐ年明けだし」

「そうね」

 そう藤河は答えて、二人は並んで神社の階段を上る。



 周りはカップルだらけだ。彼等には自分達もそう見えているのだろうか。

 そして何より、自分の隣に居る男には、自分達自身はどう見えているのだろうか。

 社殿の前で二人は柏手を打ち、手を合わせる。

 (良い作品になりますように・・・)

 藤河は隣で合掌している八木をちらっと見て、もう一つ願い事を追加した。


 お参りを終えると八木は出し抜けに聞いた。

「どころで藤河さん、さっき、そんな話?って言ってたけど、何の話だと思ったの?」

 藤河は赤くなって「そんな事より、さっさとそのアイディアとやらを話しなさいよ」



八木は言った。

「つまりさ、サヤももう高校生だろ? で、彼氏が出来るのさ」

「なーんだ。ノーマルじゃん」と藤河。

「そりゃサヤは女だから、ホモカップルになるのは無理だろ。それとも実は性別を偽って女のフリしてました・・・なんて言っちゃう?」と八木。

「それは確かに無理だろうけどさ」と藤河。


「で、異性愛なんて・・・とか親が葛藤する訳さ」と八木。

「で、そのサヤの彼氏って、もちろん普通の男じゃないのよね?」と藤河。

「もちろんさ。実はレズのカップルに育てられた男の子だったと」と八木。

「あの演劇部の劇かぁ」と、藤河は思い出したように言った。


「それで男女の同性愛者どうしが向き合って、子供の交際相手の家族として理解し合う」と八木は続けた。



 二人は年が明けてから直ちに作品作りにかかった。

 構想を練り、ストーリーを組み立て、伏線として使えそうなエピソードを探す。

 周囲の奴等はバレンタインの準備に熱中し始める。手作りチョコで盛り上がる女子。今年も逆チョコを計画する男子。

 芝田達は留年がかかって、それどころではない時期だ。


 やがて最終巻の内容が完成し、作画に入る。三年生は既に居ない。

 手の空いている一年生をアシスタントに使って、作業は進んだ。

 そしてバレンタインデー前日に原稿は完成し、コピーして製本する作業を徹夜で行った。

 バレンタインデー当日に各方面に配布。好評だった。



 騒ぎが一段落すると、八木は小さな板チョコを藤河に渡した。

「とりあえず友チョコって事で、貰ってくれる?」

「じゃ、私からも」と言って、藤河は八木にチョコを渡す。

 彼等はその場に居た一年生達にも、手伝ってくれたという事でチョコを渡す。

「これはサヤからの分。私達は生みの親なんだから、代行する資格はあるよね?」と藤河。

「生まれて初めて貰った」と田中と鈴木は大喜び。


 すると高梨は「私からも」と二人の一年生男子にチョコを渡す。

 見ると、ハート型の板状に、顔の七割が前髪で隠れている怖そうな女性の絵を白チョコで描いてある。

「食べたら一週間後に死ぬ呪いとか、かかってないよね?」と鈴木。

「そんなのじゃないです」と高梨。


 じゃ遠慮なくと、二人はその場で食べる。食べ終わると高梨は言った。

「実はあれには、食べたら一か月後に・・・」

「やっぱり呪い?」と、鈴木と田中。

高梨は「三倍にして返したくなるという呪いが」

「はいはい、ホワイトデーね? で、返さないと?・・・」と二人の男子。

「死にます」と高梨。

「やっぱりそういう呪いじゃん!」

 そう言って逃げるように自教室に戻る田中と鈴木を、高梨は追いかけるようについていきながら説明を続けた。

「あのチョコに書かれた絵は佐多子さんという、好きな人にチョコを受け取ってもらえなかったのを苦にして自殺した女の子の絵で、その絵が描かれたチョコには彼女の呪いがかかるんです。それで・・・」



 立ち去る一年生を見ながら苦笑する八木と藤河。

「終わったわね」と藤河。

「そうだね」と八木。

「元々私達、あの漫画を描くためにコンビを組んだのよね」と藤河。

「つまり、これでコンビ解消って事になるのかな?」

 八木がそう言うと、藤河の中の判然としていなかった物が、彼女の中で次第に形を現し始めた。


「あのさ、八木って、私があんたの足踏む理由、まだ解ってない?」と藤河。

 八木は一瞬戸惑った。だが、やがて真面目な表情になり、言った。

「こうじゃないのかな・・・ってのはあるけどさ、希望的観測だから。俺、前に、見るより自分で体験する方がいいんじゃないのかな・・・と思ったって、言った事があったよね? 藤河さんは藤河さんなりに考えた事って、あるのかも知れない。だけど自分はBL一筋だから男なんて要らない、ってスタンス、変えるって言ってないよね?」

「そんなの、男から迫って変えさせるものでしょ?」と藤河。

「それが嫌だからBLなんじゃないの? それに、人は他人を変えられない。変えられるのは自分だけなんだよ。つまり、藤河さんを変えられるのは藤河さんだけなんだよ」と八木。

「・・・」


 自分はいったい何を期待していたんだろうと、そう考えると藤河は、急に今までの自分が滑稽に思え、彼女は笑った。

 いきなり笑い出した藤河に、不審顔の八木。

「俺、何かおかしな事、言った?」と八木。

「何でもないよ。自分が馬鹿みたいだ、って思っただけ。ごめんね、八木」と藤河は言い、いきなり八木にキス。

 八木は驚いて「あの・・・藤河さん?」とおろおろする。

 藤河は「私、言葉より行動で示す主義なの」と言って笑った。



 園芸部の部室で、渡辺が片桐に小さなチョコケーキを渡す。片桐は小さな手作りチョコを渡辺に渡していた。

 そこに一年生の渋谷が入ってきた。

「先輩、手作りチョコなら、もっとちゃんとした物がありますよ」と渋谷。

 渋谷が渡辺に渡したチョコは印刷パッケージ付きだ。曰く「本物の手作りチョコはカカオ豆から」

 温室内のカカオの木の前でポーズをとる渋谷の写真が印刷してある。

「うちの農園の温室で栽培しているカカオの木で採れた豆から、作りました」と渋谷。

「そりゃ気合が違うな」と渡辺が苦笑すると、渋谷は片桐に言った。

「安心して下さい。クラスの男子全員に配ってきた品物ですから」

「一応これ、恋愛イベントなんだけど」と片桐があきれ顔で言う。

 すると渋谷は「ちゃんと、そういう意味も含んでますよ」

 パッケージに小さく印刷されたキャッチコピーに曰く「農家の婿募集"私も食べて"」


 苦笑する片桐に渋谷は力説した。

「市販のチョコを溶かして固めただけの、なんちゃって手作りチョコに飽きた人のための製品として、これは手作りチョコの革命です」

「つまり売り物として、って訳ね? けどそれ、買った人の・・・じゃなくて渋谷さんの手作りだよね?」と片桐。

「あ・・・」としばらく渋谷は悩んだが、やがて気を取り直して、言った。

「だったら、消費者の人に出資させて、カカオの木のオーナーになって貰うというのは、どうでしょうか?」

 (俺に農業会社を創らせようって話、まだ諦めてなかったんだ・・・)と渡辺は思った。



 芝田の家では、間近に迫った学年末試験に追われた芝田と、彼にハッパをかける仲間達の間で、バレンタインどころではない雰囲気があった。

 だが当日、村上はお茶請けとして一袋いくらの一口チョコを買ってきた。

「チョコの糖分は脳のエネルギー源に役立つそうだぞ」と村上。

「お前が買ってきたのかよ」と芝田。

「みんなにだよ。俺は男向けにチョコを用意する趣味は無い」と村上。


 すると秋葉がいくつものチョコを出して言った。

「友チョコとか貰ったから、おすそ分け」

「私も貰った。杉原さんとか清水君とか。それと私からみんなに」と中条もチョコを出す。

「俺も水沢さんから貰ったけど、用意して無かったからなぁ」と芝田が言うと、村上が「水沢さんには俺が代わりにあげておいた」

「お前は誰かから貰ったのかよ」と芝田。

「岸本さんから貰った」と村上。

「それは貴重品だろ」と芝田。

「普通の板チョコだけどね」と村上。

「分量はそっちの方が大きいんじゃね?」と芝田。

「男子には質より量でしょ? ・・・って岸本さん、言ってた」と村上。

「さすが解ってるな、あの人」と芝田は笑った。


「とりあえず、みんなからの激励チョコだよ。食べながら勉強しようよ。期末試験はすぐだよ」と秋葉。

「いいけどさ、こんなにあって、どーすんだよ。胸やけしそうだ」と、芝田はいささか辟易ぎみ。

 秋葉は「カフェインも含まれているから、眠気防止にもなるわよ」と言う。

 すると中条は「飲み物用意するね。ホットチョコでいい?」と、笑顔でみんなを見渡した。

「飲み物までチョコかよ」とあきれ顔の芝田。

 村上は「年に一度なんだから贅沢を言うな」と言って笑った。

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