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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第87話 芝田君留年の危機

 学年末試験が近付いた。

 芝田は社会科の成績が思わしくなく、特に地理が赤点続きだった。

 年明け早々、担任で授業担当の中村の警告を受けていた。学年末試験で挽回出来なければ、地理は不合格となる。

 村上達が秘密基地で芝田の勉強を見てやるが、遊び気分で身が入らない。

 場所が悪いのだろうと、芝田の家での勉強会になった。



「とにかく用語を覚えなよ。化学記号と違って日本語だから出来るよね?」と言う秋葉も、実は地理は得意ではない。

「偏西風は西風だから西って付くんだ」と村上。

「だからこっちに吹く風だろ?」と、開いている地図帳を見ながら芝田は言う。

「西に向かって、じゃなくて西から吹くのが西風だ。北から吹く寒い風を北風って言うだろ」と村上。

「西って、こっちだよね」と言う中条も地理は苦手だ。

「大阪の方を西日本って言うでしょ?」と村上。

「大阪ってどこだっけ?」と中条。


 芝田は時差計算がなかなか理解できない。村上が説明する。

「時差が出るってのは、どの国でも太陽が真上に来るのが正午だからだ。太陽は動いてるから、それと一緒に正午になる場所も動くんだよ」

「だからこっちに行くと時間が遅れるんだろ?」と、開いている地図帳を見ながら芝田は言う。

「逆だ。太陽は東から来るから西に行くと遅れるんだよ」と村上。

「そうなのか? だって言うじゃん。西から登ったお日様が東に沈むって」と芝田。

「それはギャグの主題歌がネタで逆を言ってるんだ!」と村上。


 芝田は気候や産業が理解できない。

「温暖湿潤気候の農業は?」と村上。

「温暖湿潤気候って、例えばどこだ?」と芝田。

「日本だよ」と村上。

「だったら自動車だ」と芝田。

「違うだろ。稲作だ。乾燥気候の農業は?」と村上。

「乾燥気候ってアラブだろ? だったら石油だ」と芝田。

「お前は先ず、農業と工業の区別をつけろ」と村上。


 そんな中、中条が部屋の隅で白紙のプリントを見付けた。

 それを見て思った。

(芝田君、宿題のプリント出してないのかなぁ)



 結局、芝田は学年末単体では赤点を免れた。

 だが、一学期二学期の赤点の解消には遠く及ばなかった。万事休すか・・・


 その時、「芝田君、これ、勉強会の時、部屋で見つけたんだけど・・・」と、中条がプリントを出す。

「それ、中村先生のプリントよね? 芝田君、提出しなかったの?」と秋葉。

「お前等、真面目に出してるのか?」と芝田。

 三人は唖然とし、秋葉は言った。

「中村先生は成績の三割はプリントで付けるのよ。全然出さなきゃ、そりゃ赤点になるわよ」


「もしかして、今から出したら、成績に加算してもらえないかな?」と中条が甘い事を言い出す。

「駄目でしょ。提出期限ってのがあるんだから」と秋葉は厳しい。

「いや、先生としても、赤点は出したくないと思うぞ」と村上が言い出した。

「中村先生、優しいからね」と中条。

「いや、赤点が出ると対処が面倒だからさ」と村上が身も蓋も無い事を言う。

「とりあえず交渉してみたらどうかな?」と意見がまとまる。



 中村の科務室に四人で談合に行った。

 これまで、ブリント提出期限の度、再三の催促にも馬耳東風だった芝田は、だから言わんこっちゃ無いと、中村にこってり絞られた。

 だが、赤点が出ると面倒になると困っていた中村にとっても、渡りに舟だった。

「お前、今まで何回プリントが出たか、解ってるか?」と中村教諭。

「たくさん出ました」と芝田。

「いや、真面目に聞いてるんだ。江戸幕府はいつ成立したか聞かれて、昔と答えるようなギャグは要らないから」と中村。


 ブリントは、一学期二学期に中間期末で各三回、計12回提出させるのが、中村のやり方だ。

中村は言った。

「遅れたので規定に沿って減点はするぞ。だが、全部ちゃんと正解で出せば、計算上はギリギリ及第になり得る。ただ、成績が確定するまであと三日だ。それまでに提出しないと、俺にもどうにも出来ん。やれるか?」

「死ぬ気で頑張ります」と見栄を切る芝田。

「ちゃんと自分の力でやれよな」と中村は念を押す。

「先生、俺を信用してませんよね? 村上に丸投げなんて考えてませんから」と芝田ドヤ顔。

「いや、俺はそこまで言ってないが。それと、不正しても筆跡でバレるからな」と中村。

「そうなんですか?」と芝田は冷や汗を流して慌てた。


 12枚のプリントを貰って芝田は帰宅する。

「一人でやれるか?」と心配顔の村上。

「大丈夫だ。武士に二言は無い」と芝田。

「けど先生、筆跡なんて解るんだね?」と中条。

「特に村上のは、な・・・」と芝田が言うと全員納得する。村上は成績は良いが、字はかなり下手だ。



「徹夜して仕上げたぞ」

 翌日芝田は満面の自信顔で、12枚のプリントを村上達に見せて、そう言った。

「大量にあったのに、よく終わったな」と村上。

「人間、死ぬ気でやれば、出来ない事は無い」と芝田。


 放課後、三人に付き添われて中村の科務室に提出しに行く。

 そして芝田は「先生、全部書いて来ました。これで大丈夫ですよね?」

 では早速と、中村は採点を始めた。回答欄に次々に×が付く。

「〇×つけるんですか?」と芝田。

「当たり前だ!」と中村。

 殆ど×のついたプリントを示して中村は言った。

「やり直しだ。×がついた所を直して提出するように。あと二日だぞ」


「適当に解答欄埋めただけかよ」とあきれ顔の村上

 芝田は「いや、プリントって、そういうものかと・・・」

「そんな訳あるか! 芝田は勉強を舐め過ぎだ」と中村は憤慨した。

「死ぬ気でやったんじゃ無かったっけ?」と秋葉は笑った。

 帰り道、村上が「まだ一人でやるか?」と聞く

「武士に二言は無い。ここまで来たら自力でやってやるさ」と芝田。



 翌朝、芝田は憔悴した顔で「ようやく終わったぞ」と、書き直したプリントを出して仲間達に見せた。

 放課後、四人で中村の科務室に提出しに行く。

 早速採点したが、正解率は三割ほど。

「×がついてる所を直せ。あと一日しか無いが、大丈夫か?」と中村。

「石に齧りついてでも、完成させますよ」と芝田は見栄を切る。



 帰り道、村上が言った。

「さすがに意地を張ってる場合じゃないと思うぞ。手伝ってやるからアパートに来い」

「けど、筆跡が・・・」と芝田。

村上は「俺に考えがある」


 村上は途中の文房具屋で、大き目の付箋を買った。

 四人でアパートに入り、コーヒーを入れて一服すると作業を段どる。

 先ず秋葉と中条が手分けをして、間違い部分を消すと、解る所を探して答えを書く。解答欄に付箋を貼って、そこに書き込むのだ。

 彼女達に解らない所は空けておき、村上に手渡されて、彼が付箋に書いて貼る。村上は地理も得意だ。

 それが終わると、芝田が付箋を剥いで答えを写す。

 四人はほぼ徹夜で作業を終えた。



 放課後、四人で中村の科務室に提出しに行く。

 速攻で丸点けし、採点して成績を計算し直す中村教諭。

「いくつか×が残ってるが、ギリギリ合格だ。プリント13枚分点数追加。落第が出なくてよかった」

 中村は、ほっとした様子の笑顔で言った。


 だが、その時、中条が口を挟んだ。

「あの、13枚って、確かプリントは12枚じゃ・・・」

「あ・・・」

 中村がプリントを数え直す。

「やっぱり13枚あるぞ。何でだ?」と首を傾げる中村。

 一枚づつプリントを見直す。


 やがて中村は、その中から異物を発見して言った。

「これ、世界史だぞ。一年の時のプリントだよ」

「駄目ですか?」と不満そうな芝田。

「当たり前だ! お前等、どうせ四人で手伝ったんだろ? 何で誰も気付かなかったんだよ」と中村。

「先生が採点する時に気付いて下さいよ」と芝田。

中村は「面目ない。だけど、どこでこんなものが混ざったんだ?」


 プリントを見た中条は「それ、私が芝田君の部屋で見つけたプリントだ」と声を上げた。

「あの時のかよ」と芝田唖然。

仕方なく、中村は成績の計算をやり直す。

「残念だが、ギリギリ不合格だ」と中村。

「そんなぁ・・・。留年なんて嫌だぁ」と芝田は泣き言を言う。


 そんな芝田に、中村は冷たく言い放った。

「ここまで放置した自分が悪い。こうなったら諦めて、追認試験を頑張れ」

「へ?」と芝田唖然。

「追認だよ。留年したくないだろ?」と中村。

「そんなのがあったのかよ」と芝田。

「知らなかったのか?」とあきれ顔の中村。

「村上、知ってたか?」と芝田は村上に振る。

「俺、そういうの必要無いから」と村上。

「それじゃ芝田君、留年しないで済むの?」と嬉しそうな中条。

「ちゃんとした点数取れば、だぞ」と中村は念を押した。



 その日の教員たちの成績会議で芝田の不合格と追認試験実施は決定し、試験勉強のための課題が出された。

 試験は一週間後。

「さぁ、課題を徹夜で頭に叩き込むぞ」と芝田は意気込んだものの、秘密基地で勉強を始めて五分で芝田は爆睡。

「なんせ徹夜が続いたからなぁ。今日は睡眠不足を解消して、明日から頑張ればいいさ」と三人は苦笑した。


 一週間後、芝田は辛うじて合格点を出し、進級は認められた。

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