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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第85話 食劇の聖夜

 クリスマスが近づいた。今年も渡辺のマンションでパーティをやろうと、誰ともなく言い出した。

「また賞味期限切れの回収品かよ」と佐川。

「今年は私、ケーキを焼いて行こうと思うの」と言い出したのは水上だった。

「それは楽しみだ」と男子達。

「けど、人数が多いから、全員には回らないだろうな」と渡辺。

「私も焼いて行こうかな」と薙沢が言い出す。

 家庭科部らしいと鹿島は思った。

「私も」「負けないわよ」と、女子が口々に言い出す。

「食べ物は各自持参って事でどーよ」と村上。

「賛成」とクラスメート達。




 24日当日。10時前頃からクラスメート達が渡辺の部屋に集まり始める。

 間もなく水上到着。後ろをついて来た直江が大きなホールケーキの箱を抱えている。

「これが手作り? すごーい」と片桐。

「売ってるのと変わらんな」と村上。

「イチゴ幾つ乗ってるんだ?」と芝田。


 そのうち米沢が到着。後ろをついて来た矢吹が大きな台車を押している。台には三段のケーキが載っている。 

「まるでウェディングケーキだな」と直江。

「いや、まるで、じゃないぞ。ケーキの上に乗ってる人形見ろよ」と村上。

 新郎新婦姿の渡辺米沢人形だ。

 更に薙沢と坂井も、それぞれの手焼きのケーキを持参。


「やっぱり手作りケーキは女子の独断場だな」と直江。

「そうでもないぞ」と村上と芝田。彼等が持ってきたケーキを見せる。

 一口サイズの立方体に切り分けて厚くクリームを塗ったケーキが小さなプラスチック皿に乗って箱の中に並ぶ。

「かなりクリーム使ってるな。どうしたんだ?」と矢吹。

「クリームってのは分離濃縮した牛乳なのさ。それを脂肪だけ分離するとバターになる。残りが脱脂粉乳だ。つまりコービーに入れる脱脂粉乳をバターと混ぜると、元のクリームになる」と村上。

「手作りクリームかよ。すげーな」と直江。



「で、これは中条さんの手作り料理だ」と芝田が重箱を出した。

「お祖父ちゃんに手伝ってもらったんだけど・・・」と中条。

「なるほど、御馳走の類も必要だよな」と直江。

 重箱を開けると、海老天にきんとん、黒豆に、なると巻き・・・。

「おせちにはまだ早いんじゃ・・・」と坂井。

「お祖父ちゃんに手伝ってもらったら、こうなっちゃったの」と中条。


「クリスマスの御馳走なら、やっばりこれよね」と言って入ってきた秋葉・杉原・津川の持参はフライドチキンだ。

「スーパーで売ってた鶏肉を揚げたんだけど、どうかしら」と秋葉。

 蓋を開けると、香ばしい匂いが立ち込めた。

「さすがは秋葉さんの女子力だな」と矢吹。


「あら、被っちゃったかしら」と言って入ってきたのは岸本。一緒について来た内山が持っていた大きな包みを開けると、七面鳥の丸焼きだ。

「やっぱりクリスマスはこれが正式よね」と薙沢は言った。


「クリスマスには合わないかも知らんが・・・」と、武藤と松本が入ってくる。持参したのは握り寿司だ。

「武藤が握ったのか?」と津川。

「そうだよ。私も教わりながら、握ったの」と松本が言う。

「お前んち、蕎麦屋だろ?」と村上。

「日本料理は一通り扱うんだよ」と武藤が答えた。



 山本と水沢が入って来る。山本が持参したのは、うまい棒だ。

「お菓子の定番っていったら、これだよな」とドヤ顔の山本。

「クリスマスだぞ。空気読め」と一同。

「小依のは、これ」と水沢が出したのは、雛あられと桜餅。

「雛祭りとは、また水沢さんらしいな」と芝田。

「山本も、どうせなら柏餅にすれば良かったんじゃ・・・」と村上。

「俺はガキじゃないぞ。男子高生だ」と山本が口を尖らす。

 すると水沢が「小依も女子高生だよ」


「お菓子でも、やっぱり手作りよね」と言いながら入ってきたのは吉江だ。

「お、手作りクッキー登場だな」と武藤。

「いや、手作りチョコだよ」と言いながら箱を開ける吉江。

「バレンタインデーじゃないんだからさぁ・・・」と坂井。



 そこに賞味期限切れ回収品の段ボール箱を抱えて渡辺登場。

「食べ盛りが大勢居るから量は必要かと思ってな」と渡辺。

「その心配は無いと思うが・・・」と矢吹。

「渡辺君は場所を提供してくれただけで十分よ」と米沢。

「みんな拘って持ってきてるんだから、渡辺も、ちっとは空気読めよ」と芝田。

「俺は実業の世界に生きるんだから、仲間内で空気がどうのと機嫌取り合うなんて無用だ!」と渡辺。

「けど、消費者の空気読むのは必要だと思うぞ」と津川。

「・・・」

 反論に詰まり、落ち込む渡辺を片桐と米沢が慰める。 


「どうやらお菓子は場違いのようでござったな」と菓子箱を下げて入ってきたのは小島。そして清水と鹿島だ。

「バレンタインの時に持ってきたのと同じ代物だが、KYだってんなら、無理に食べなくていいぞ」と意地悪そうに笑う佐川。

 バレンタインデーの時の美味しそうな地方銘菓を思い出して、その場に居た奴等は慌てて言った。

「いや、誰もそんな事言ってないから・・・」



 キッチンでは片桐がサラダとスープを作っている。数名の女子が手伝っている。材料は園芸部で作った冬野菜だ。

 大根やキャベツを刻んで軽く蒸し、水気を切ってドレッシングをかける。人参とネギのスープに卵を溶く。

 男子達は部屋の飾り付け。


 大谷と佐川がシャンペンを持ち込む。他の奴等もそれぞれジュースやお菓子を持ち込んだ。

 大野が持ち込んだ飲み物はいかにもアルコールが入っていそうな代物だが、本人はただのジュースだと言い張る。

「高橋の持ち込みはプロテインドリンクか。これは有難い」と武藤。その隣に、あきれ顔の内海と困り顔の松本が居た。



 場所が整い、食べ物と飲み物が行きわたる。

 シャンペンを開ける段になり、はしゃぐ山本。

「この栓を飛ばすんだよな。お、いい的があるぞ」と山本が照明器具の電球に狙いを定める。

 片桐が飛んできてハリセンで叩き、「危ない所に飛ばしちゃ駄目でしょ」と言った。

 そして開宴。

「メリークリスマス」の掛け声とともに、何本ものシャンパンが景気のいい音を立てた。



 吉江と篠田が水上に恋バナをねだる。

「千夏ちゃんは直江君に、どんなふうに口説かれたの?」と篠田。

水上は「どうしてそんなに優しいの? って聞いたら、好きだから、だって。学校に戻るって言うまでここを動かない・・・とも言ってたわよ」

「うわぁ、直江君って情熱的」と吉江。

「それ、付き合って欲しいって口説いてるのと違うんじゃ・・・」と清水が笑った。


「それとね、心を閉ざしてる私に、いっぱい笑い話をしてくれたわ」と水上。

「どんな?」と篠田。

「秋葉さんが温泉に行く地図間違えて遭難しかけたとか、村上君が中条さんにビキニを勧めたのがバレてムッツリスケベ認定されたとか・・・」と水上。

 思わず赤面する秋葉は「誰が直江君にそんな事、バラしたのよ」

「ごめんなさい。直江君が困ってるから、噂話で笑わせてあげたらいいかな・・・って思って」と中条。

「そういう優しいのは里子ちゃんらしいんだけどさぁ・・・」と困り顔の村上。



「じゃ、そのムッツリスケベ君の手作りケーキ、頂こうかしら」と水上が一口ケーキに手を伸ばす。

 つられて鹿島も・・・。

 だが一口齧った水上が、何だこれは・・・という顔。

 鹿島が、言った。

「おい村上、この生地、食パンだろ?」

「所謂パンケーキって奴さ」と村上と芝田が涼しい顔で声を揃える。

「パンケーキって、これよ」

 そう言って吉江は溜息をつくと、スマホでパンケーキのレシピを検索して二人に見せた。

「ホットケーキみたいなものじゃん」と村上。

 鹿島は「お前等のは、ただのクリームパンだ」と言った。



 大野が持参した怪しげなジュースを呑んだ渡辺と片桐がうとうと始める。渡辺の目がすわっている。

「大野さん、これお酒じゃね?」と小島。

「いや、ジュースだし。うちら未成年だし」と大野。

 小島がラベルを見ると、アルコール20%のカクテルとある。

「やっぱりお酒じゃん。去年のバイト慰労会の打ち上げの時も、これだったんじゃね?」と小島。


 酔って眠った片桐を彼女の部屋に運ぶ高橋。

「片桐さんの部屋も、ちゃんとあるんだね」と清水。

「2LDKって奴だな。去年来たばかりの頃は物置になってたらしい。そりゃ年ごろの女子がいつまでもリビングのソファーで・・・って訳にいかんさ」と鹿島。

 酔って眠った渡辺を大谷が彼の寝室に運ぼうとすると、米沢は自分が運ぶと言い出した。矢吹に手伝わせて、渡辺の寝室に彼を担ぎ込む米沢を見るグラスメート達は言った。

「米沢さん、渡辺をどうするつもりなんだろう」

「言わぬが花って奴だ」と鹿島が笑う。



「やっぱり一番有難い御馳走は、これだよね」と、武藤が握った寿司をつまむ牧村。

「お寿司握るのって修行とか必要なんでしょ?」と岸本。

「ずっと親父に修行つけて貰ってたからね」と武藤。

「私も最近、おじさんに修行見てもらってるけど、まだまだ武藤君には遠く及ばないかな」と松本。


「松本さんが武藤君の所で料理の修行?」と坂井。

「調理師志望だから、って言ったら、秘伝のタレとか料理のコツとか教えてくれるって・・・」と松本。

「それって将来、自分の所で働いてくれるって期待してるって事なんじゃ?」と柿崎。

「うちに人を雇う余裕とか、あまり無いけどな」と武藤。

「そうじゃなくて、松本さんがお嫁さんとして来てくれる・・・って事じゃないの?」と岸本が興味津々な表情。

「それ、武藤の親、絶対期待してると思うぞ」と大谷。

「そういうのじゃなくてね・・・」と松本は真っ赤になる。


 松本が「博子ちゃんがね、自分以外にも大事な人が居たほうがいいよ・・・って言ったの。私、今まで博子ちゃんしか見てなかったから・・・」

 武藤も「そうだな。何かに集中し過ぎるのって良くないかもな。俺も今までバスケの事しか頭に無かったから・・・」

 岸本が「で、松本さんは武藤君の事、どう思ってるの? ちゃんと言葉にしないと、通じないわよ。特に武藤君みたいな人にはね」と問い質す。

「武藤君はいい人だと思う」と松本。

「いい人と好きな人は違うわよ」と岸本。

「そうよね」と松本。


 松本は武藤に向き直ると、言った。

「あのね、武藤君、私を・・・」

「何?」と武藤。

 思わぬ展開に、周囲の面々が身を乗り出す。

「私を武藤君の・・・料理の弟子にして」と松本。

「いいぞ。頑張ろうな」と武藤。

 その場で聞いていた全員が前のめりでコケた。

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