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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
84/343

第84話 おかえりなさい中条さん

 週が明けて月曜、しばらくぶりに登校した水上はクラスメート達に囲まれた。


「立ち直ってくれて本当に良かった」と牧村が言った。

「牧村君には堀江さんが居るでしょ?」と水上は皮肉っぱく言う。

「水上さんは、俺の事は許してはくれないのかな?」と後ろめたそうな牧村。

「友達になら、なってあげてもいいわよ」と相変わらずの水上。

「なら、また遊ぼうね」と牧村が笑った。


 そこに篠田が飛んできて抱き付いて言った。

「千夏ちゃん、出てきてくれて、良かったよぉ」

「ありがとう、篠田さん、それに、みんなも。それで直江君は?」と水上。

「中条さんと大事な話があるって・・・」と坂井。

 水上は「そうなんだ・・・」



 空き教室で向き合う直江と中条。直江が切り出した。

「俺と別れて欲しい」


「水上さんと付き合うの?」と、中条は穏やかな顔で確認する。

「ごめんね」と直江。

「一つ聞かせて? 私と居て楽しかった?」と中条。

「すごく楽しかった。いっぱい救われた」


 そう言う直江に、中条はひと呼吸置いて、直江を見つめて言った。

「それで水上さんは、私の代わりには、なるの?」

直江は「ならないよ。でも、中条さんが俺を守ってくれたように、今度は俺が水上さんを守ってあげたいって、思ったんだ」

「そうなんだ・・・。水上さん、綺麗だよね」と中条。

「中条さん、本当にごめん」と直江。


 中条は左手を直江の肩に置き、右手で直江の頭を撫でる。笑顔に一粒の涙が浮かんだ。

 これが誠実というものなのだろうとかと思うと、寂しかった。



 村上と芝田が登校して、直江と中条が別れたという話を聞いた。

 村上は中条の所に行き、直江との別れを確認した。

「だいじょうぶ?」と村上。

「平気よ」と中条。

村上が「あのさ、中条さん」と何か言いかける。

「何?」と中条。

だが村上は「いや、何でもない」



 一時間目の後の休み時間、芝田は直江を空き教室に呼び出した。

「説明を聞こうか」と芝田。

「引き籠った水上さんを説得しているうちに、こうなった」と直江。

芝田は「そんな事は知ってる。お前は水上さんが好きなのか? 中条さんよりもか? それとも説得する方便なんてくだらない事で中条さんを泣かせたのか? どっちだって聞いてるんだ」

「俺は水上さんが好きだ」と直江。

「あの性格のきつい水上さんだぞ。大体お前、前に振られてるだろ」と芝田。


 直江は言った。

「それで酷い目にあったさ。入学初日に美人だってだけで告白して。確かに、水上さんの所に行ったのは説得するためさ。けど、俺の目の前で泣いたんだよ。あのきつい性格の女がさ。俺や中条さんに酷い事したって、泣いて悔やんだんだよ。そりゃ可愛いと思ったさ。目の前で女が泣いて心が痛むのが男ってもんじゃないのかよ」

 どこかで聞いたような話だと、芝田は思った。だが、それが男という生き物なのだとも・・・。

「なるほど、そういう事かよ」と芝田。

 直江は「けど、俺が中条さんを泣かせたのは事実だ。殴りたきゃ殴れ」

 芝田はドン引きし、「そういうノリは止めてくれ」と言った。



 その時、入口が開いて「そういう話になると思ったぞ」と声がした。

 佐川と篠田が立っている。

「何でお前等が居るんだ?」と芝田。

「仕組んだのは俺だからな」と鹿島。

「私が佐川君に頼んだの」と篠田。

「仕組んだって?」と芝田は唖然。

「何? 俺、仕組まれてたの?」と直江も唖然。

「今更気付いたのかよ」と佐川はあきれた。


「委員長だからプリント届けろ・・・って、そういう事かよ」と直江。

「千夏ちゃんが本当は直江君の事好きだから・・・なんだよね? 違うの?」と篠田。

佐川は「好きって訳じゃなかったろうけど、可能性は一番あったって事。言い触らして痛い目見せた相手だからな。それに男で出来た傷は男で治すのが早い」

「じゃ、引け目に付け込んだの?」と篠田が不審そうな声で確認し、佐川は説明を続けた。

「女ってのはさ、男の暴力に対して、本能的な恐怖心があるんだよ。だから女は、この人は絶対自分が何をしても怒らないって保証を欲しがる。それを確認したくて、男に酷い事言ったり理不尽な事をやったりする。自分が昔酷い目にあわせた直江がそれを気にせず優しくしたら、心を開きやすいだろうね」

「それで千夏ちゃん、直江君の事を好きになったのね?」と篠田。

 直江は慌てて「ちょっと待ってよ。そんな事言われたら、俺、水上さんに何されても怒れないじゃん」と言った。

「お前元々そういうキャラだろ」と芝田が茶々を入れた。

「そうだけどさぁ・・・」と直江。

 その時チャイムが鳴って、彼等は急いで教室に戻る。



 次の休み時間、水上が直江に言った。

「今日の放課後、一緒に家に来て欲しいの。母が御馳走作って待ってるから。そのうち、ご両親にもお礼を言いたいって・・・」


 男子達は面白半分に口々に言う。

「人生決まったな」と柿崎。

「これは逃げられないぞ」と内海。

「将来は出版関係に就職かよ」と清水。

「権力者の婿だな」と大谷。

 それを聞いて直江はちらっと渡辺を見ると、渡辺はわざとらしく視線を逸らした。 


そんな彼等を見ながら薙沢が「ねぇ、水上さん、雰囲気変わったと思わない?」と隣に居た鹿島に言った。

 鹿島は「そうだな。これが続いてくれたら有難いんだが・・・」

「直江君、大丈夫かな?」と薙沢。

 鹿島は「奴なら大丈夫さ。適応力ってやつが人一倍あるからね。振れらた後だってのに、牧村は別として男子で一番自然に水上さんに向き合えたの、直江だものな。佐川はどう思うよ」と、隣に居た佐川に振る。

「そうだな。直江の持ち味は軽さだが、軽いってのは風になびく柳の枝みたいなものさ」と佐川。



 そんな彼等を見て、村上は中条に声をかける。

「ねえ、中条さん」

 中条は期待を込めて「何?」

「いや、何でもない」と村上。


 そのうち、逆に中条が村上に声をかける。

「ねぇ、村上君」

村上は「何?」

「いや、何でもない」と中条。


 そんな微妙な空気が数日間、二人の間に流れた。



 放課後、芝田と秋葉が秘密基地に来た。

 夕食の支度を始めようという時、出し抜けに秋葉が村上と芝田に言った。

「私って一応は芝田君の彼女って事になってるけど、中条さんのポジション貰ったような状態なのよね。けど、中条さんもフリーになった事だし、そろそろ一対一の付き合いに移行しようかな・・・って思ったの。だけど芝田君も村上君も、二人とも大好きで、どっちか・・・って決めようとしても、困るの。それで、どっちが私と付き合うのか、二人で決めてくれないかな?」


 村上が呆気に取られていると、芝田が「俺が中条さんと付き合う」と言い出した。

 秋葉が「芝田君が?」と意外そうに言う。

「村上は一度自分を振った女を迎えに行くとか、ハードル高いだろーがよ」と芝田。

「馬鹿にするな」と村上は怒鳴った。


そして村上は「俺が中条さんと付き合う。迎えに行くのは俺だ」

「お前にできるのか?」と意地の悪い口調で煽る芝田。

「俺にだって成長ってもんがあるんだよ」と村上。

「だったら勝手にしろ」と芝田。

 村上は外に飛び出した。



 村上が部屋を飛び出すと、秋葉は笑いながら言った。

「結局、二人とも中条さんが一番なのね。私って、やっぱり可哀想な子なのよね」

「それはこっちの台詞だよ」と芝田は言うと、スマホを出してスピーカーモードにし、音声データを再生した。

 それは、昨年の屋上で村上と秋葉が対談した時のものだった。


芝田は言った。

「あの時、いろんな事を話したよな。俺もいろいろ考えたよ。けどあの話の中味なんか、どうでもいい。この時の秋葉さんの声、すごく楽しそうなんだよな。秋葉さん、村上を好きになったのはこの時でしょ?」

「そうね」と秋葉は笑いながら言った。そして言葉を続ける秋葉。

「あの時は楽しかったなぁ。村上君の言ってた事って結局、ある意味理想論なのよね。けどそれって善悪とかって話じゃなくて、双方無理無く幸せでいられる場所を、どう作るかって事なのよね。だからそれを実行とかすぐに出来なくても、前に進んでるみたいな実感があったの」


「要するに中条さんも秋葉さんも二人とも、村上が一番なんだよな。可哀想な奴は俺だよ」と芝田。

 その時、秋葉は大声で「そんな事無いよ」と言った。そして続けた。

「村上君がああなのは芝田君と中条さんが居たからだよ。彼がそうなれる居場所を作ったのは芝田君なの。だから私は芝田君も大好き」

 そう言って秋葉は芝田の頭を抱きしめた。



 中条の携帯が鳴る。出ると、村上の声。

「もしもし」

「村上君?」と中条。

「ちょっと出られるかな?」と村上。

「今、どこに居るの?」と中条。

「家の前で待ってる」と村上。


 中条が玄関を出ると、戸口から少し離れた所に村上が居た。

 しばし無言で向き合うと、村上は「あのさ、中条さん・・・」

「ごめんなさい」とその声を遮るように中条は言った。

 そして中条は「私、村上君を裏切った」

「裏切ったのは俺だ。中条さんを引き止めなかった」と村上。

中条は「村上君、引き止めたかったの?」

「中条さんが居ないの、俺は寂しかった」と村上。


中条は言った。

「私も寂しかったよ。けど、直江君と居る事での思い出ができたの」

「じゃ、中条さんにとって無駄じゃなかったんだね?」と村上。

「うん。だから村上君には感謝してる」と中条。

「もう一度、俺の彼女になってくれる?」と村上。

「私の彼氏になってくれるの?」と中条。

「うん」


中条は「これから秘密基地、行っていい?」

「いいよ。っていうか来て欲しい。それとね、秋葉さんと芝田が一対一で付き合うんだってさ。だからもうあいつら、秘密基地には来ないと思う」と村上。

「ちょっと寂しいかな。けど恋愛って本来、そういうものなのよね。それに学校では一緒に遊べるし。友達だからね」と中条。


 歩きながら、中条は言った。

「ねえ、村上君」

「何?」と村上。

「村上君は私に、スペックは求めないの?」と中条。


「そうだな・・・」

 そう言いながら、村上は遠い眼をした。そして言葉を続けた。

「スペックって結局、他の誰かと比べて、上か下か・・・って事だろ?」

「そうだね」と中条。

「だからさ、そんなのに意味なんて無いと思うのさ。中条さんは俺の事、好き?」と村上。

「大好きだよ」と中条。

「それで俺は十分さ」と村上。


「村上君は、私の事が好き?」と中条。

「大好きだよ」と村上。

 中条は嬉しそうに、村上の腕を抱きしめた。そして村上は中条の頭を撫でる。



 アパートには芝田と秋葉が居た。

「無事連れてきたな。お迎え御苦労」と芝田。

「これでまた、四人の秘密基地ね」と秋葉。

村上唖然。そして言った。

「ちょっと待ってよ。一対一で付き合うんじゃ?」


 秋葉は笑いながら平然と「あんなの村上君の尻叩く方便に決まってるじゃない」

 開いた口が塞がらない・・・という顔の村上を見て、秋葉ははしゃいで言った。

「それより四人でご飯にする? 四人でお風呂に? それとも・・・」

「そういうノリはいいから」と村上。


 そして秋葉と芝田は中条に笑顔で言った。

「おかえりなさい、中条さん」

 中条は満面の笑顔で答えた。

「ただいま、みんな」

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