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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第83話 水上さん、カムバック!

 初恋の相手だった堀江が上坂市に戻ってきた事で、牧村は動揺した。

 堀江は牧村に連絡先を教える事はしなかったが、彼女を忘れられない牧村は、鹿島に調べてもらった。

 牧村は何度もメールを送って、堀江に会いたいと伝えた。

 堀江は根負けした。久しぶりに二人きりで再開し、子供の頃の話に花が咲いた。

 求愛めいた話は出なかったが、堀江にとっても久しぶりに楽しかった。

 彼女は、また会いたいという牧村の求めを承諾した。



 牧村は、子供の頃から近所の女の子に好かれ、女の子どうしで彼の取り合いになる事も、しばしばで、それが牧村にとっては頭痛の種だった。

 柿崎と坂井との交流も、柿崎を好きな坂井が牧村の取り合いに参加しない事が、大きかった。 

 そんな彼等の面倒を見ていたのが、当時女子高生だった堀江由香だ。

 牧村は周囲の女の子とは異なる母性のようなものに惹かれ、また堀江も、自分に懐くこの美少年を愛しいと思った。そして堀江が高校を卒業する直前に、二人は体の関係を持った。

 堀江は東京の大学に進学し、そのまま向こうの企業に就職するため、もう会えなくなる事は解っていた。

 そして、11才の子供に手を付けたという罪悪感が、堀江に牧村への想いを断ち切る事を強いた。

 だが牧村は、その後も堀江を想い続けた。モテるにも拘わらず恋愛に消極的なのも、そのためだった。

 そして牧村は、恋愛自体を諦めようとしていた矢先、水上の強引な求愛に遭い、それに応じたのだった。


 そんな牧村と堀江が再会した。

 堀江は、牧村が自分を慕い続けた事が嬉しかった。そして、成長した牧村の若さが眩しかった。

 そんな彼女が牧村の想いに答えるのに、時間はかからなかった。

 そんな二人の関係を知っていたのが、あの披露宴をきっかけに付き合い始めた坂井と柿崎だったが、彼等は何も知らない水上を気にかけつつ、口をつむぐしか無かった。



「水上さん、俺と別れて欲しい」という牧村の申し出は、水上にとっては晴天の霹靂だった。

「好きな人ができた。付き合う事になった。ごめん」と牧村。

「どんな人?」と水上。

「子供の時からの初恋の人だよ」と牧村。

「坂井さんは知ってるの?」と水上。

「うん」

 水上は「好きにするといいわ」と言って、その場を離れた。


 水上は坂井を人気の無い所に呼び出すと、彼女に詰め寄った。

「どうして教えてくれなかったのよ?」と水上。

「ごめんなさい」と坂井。

「私達友達だったわよね?」と水上。


 坂井を心配して付いて来た柿崎は、坂井を庇って言った。

「牧村も友達なんだ」

「つまり私とは友達じゃないって事よね?」と水上。

「ごめん」と柿崎。

 水上は「もう知らない!」と言って、その場を離れた。



 翌日から水上は学校を休んだ。


 クラスメート達は心配したが、内心本気で同情する者は少なかった。ただ、篠田だけは水上を本気で心配し、牧村や坂井を追及した。

「酷いよ、坂井さん」と篠田。

「悪いとは思うけど、牧村君も友達なの」と坂井。

「これは俺の問題だ。責められるのは俺だよ」と牧村は坂井を庇った。

「どうして千夏ちゃん裏切ったのよ」と篠田は牧村を追求する。

 牧村は「ごめん。自分の気持ちに嘘はつけない。ずっと好きだった人が、この町に戻ってきたんだ」


 騒ぎを聞いて様子を見に来た大野が「止しなよ篠田。強引に言い寄ったのは水上っちの方じゃん」と割って入る。

「大野さんまで千夏ちゃんの敵に回るの?」と篠田。

 一緒について来た佐川も「止めておけ。こいつらは俺達より、牧村と付き合いが長いんだ。もちろん水上さんよりもな」

「佐川君まで・・・」と篠田。

そして佐川は「それに、坂井さん責めた所で、何かが変わるのか? 仮に牧村が年上彼女諦めたところで、あのプライドの高い水上さんが満足する訳無いだろ?」

「それじゃ、どうすればいいのよ?」と篠田。



 しばらく重苦しい日が続き、気候も寒さを増した。期末試験が近い。


 その日、帰りのホームルームで、各教科の対策プリントを配ると、担任が言った

「水上の休みが続いているが、溜まったプリントとテスト対策を水上に届けてくれる奴はいないかな?」

 実は中村担任は二度家庭訪問し、水上に学校へ戻るよう、彼女の部屋の前で話したが、無反応だった。

 そうなるであろう事は彼も知っていた。高校生が相談相手として最も頼るのは、教師ではなく友人だからだ。


 中村が諦めかけた時、佐川が口を開いた。

「こういうのって委員長の仕事じゃね? 直江が行ったらどうよ」

「えーっ?」と直江は尻込みする。

「別に水上さんに会えって訳じゃないしさ。親に届けるだけじゃん」と佐川は続ける。

「しょーがないな。俺が行くよ」と直江。

「そうか。頼んだぞ、直江」と中村教諭。


「直江君、私も一緒に行こうか?」と中条が申し出た。

 だが直江は「俺一人で行くよ。中条さん、あの人苦手でしょ?」



 担任から受け取った地図を頼りに、直江が水上家に辿り着く。

 豪邸と呼ばれる部類に入るのだろうな・・・と直江は思った。


 チャイムを鳴らすと母親が出た。プリントを渡したら帰るつもりが、引き留められて家に招き入れられた。

 母親は直江をリビングに招き入れてお茶を出し、家での水上の様子少し話す。直江の事も多少は知っているらしい。

 やがて母親は二階の水上の部屋へ。直江を二階に上げて説得してもらうつもりだったらしいが、水上本人に誰とも話したくないと断られたようだ。

 また来て欲しいと、縋るようにな目で母親は言った。



 翌日、直江は再びテスト対策の残りを持たされて、水上家を訪問した。

 リビングでまた話を聞いた後、直江は言った。

「今日は部屋の外から話しかけてみます」


 直江は水上の部屋の前に座る。

「水上さん、調子はどうかな?」と直江。

「帰ってよ。どうせ学校に出てこいとか言うんでしょ? どんな顔でみんなの前に出ろって言うのよ」と水上。


 だが直江は「その話はいいよ。けど、とりあえず退屈だろ? あれからみんなも、いろいろあってさ・・・、聞いてよ、大谷の奴がさ・・・」

 そう言って、無関係な雑談を始める。部屋の中で水上が沈黙を続ける中、クラスメートの失敗談や、誰某がこんな馬鹿な事をやった等々を延々と話す。

 やがて一学期や一年次の時の噂話が出て来る。

 秋葉達が山奥の温泉に行くのに、地図を間違えて遭難しかけた事。

 村上が中条にビキニを勧めたと追及されて、ムッツリスケベ呼ばわりされた事。

 中条がおんぶして欲しさに、捻挫で歩けないと嘘をついてバレた事。

 芝田が真夏のプールで、女子の胸の話をしているのを聞きとがめられて、食べ物の話にすり替え、一人だけ熱いラーメンを食べる羽目になった事。

 杉原が津川とデートする時、秋葉を無理やり巻き込んで三人デートを続けた事。


 その時、水上が沈黙を破って言った。

「それ全部中条さん絡みよね。あの子が私に話せって言ったの? 私が中条さんに何をしたか、憶えてるわよね? 直江君だって私に振られて言い触らされて。それでこんなになった私をざまあみろって嗤いに来たの?」

「みんな心配しているんだよ」と直江。

「心配? そうね。私って可哀想な落伍者だものね」と水上。

「そうじゃない、僕等には水上さんが必要なんだ」と直江。

水上は「嘘だ!」と怒鳴る。

「嘘じゃないから中条さんも、いろいろ話してくれたんだよ」と直江。

「帰ってよ!」と水上。

直江は「嫌だ! 今帰ったら、もう話を聞いてくれないでしょ?」

「明日でも明後日でもまた話を聞くから、今は考えたいの」と水上は言った。


 直江は水上家を辞した。直江が玄関を出るのを、水上は部屋の窓から確認する。

 水上の中で張り詰めたものが緩むと、先ほど直江が話した諸々の笑い話の記憶が一気に脳内に蘇り、堪えていた笑いが噴き出した。

 水上はベッドの上で笑い転げた。



 直江はそれから毎日水上家に来た。クラスに関する雑談を続け、その日あった出来事や仕入れた曝露話を話した。

 最初は沈黙していた水上も、そうした対話に次第に馴れ、愚痴を言うようになる。直江は聞きながら相槌を打つ。

「大野さん、そんな事言ったのよ」と水上。

「そんな事言うんだ」と直江。

「それ言ったら、お母さんが言ったの・・・」と水上。

「お母さんがねぇ」と直江。


 週末には父親も母親と一緒に直江を迎え、娘を頼むと縋るような目で訴えた。

 週明けには期末試験がある。直江は覚悟を決めた。


そして、水上の部屋の前でひとしきり雑談を終えた後、直江は切り出す。

「学校に戻らない?」

「嫌」と水上。

直江は「このまま水上さんが戻らないのは、俺は嫌だ」

「そんなの委員長の責任じゃないよ」と水上。

「委員長としてじゃなくて、俺自身として嫌だ」と直江。


水上は「だから私に戻れって言うの? 私、あなたに酷い事したよ。振ったのを言いふらして晒しものにしたのよ」

「だから何だってんだ」と直江。

「そうじゃない。今は私がその立場なの。晒しものになりに来いって言うの? 私は報いを受けたのよね」と言う水上の声がどんどん涙を帯びる。

「そんなの俺が許すよ」直江は言った。

「中条さんにも酷い事したよ。村上君達との仲を裂こうとした。だから自分の仲が裂かれたのは自業自得なんでしょ?」と水上。

「そんなの中条さんが許してくれてる。俺が許してもらうよ」と直江。


水上は「どうしてそんなに優しく出来るの?」

直江は言った。

「それは俺が水上さんを好きだからだ!」


 水上は唖然としたが、言った直江も暫し唖然とした。勢いで口から勝手に飛び出した言葉だったが、後悔は無かった。

「私、あなたを振ったのよ」と水上。

直江は「また振ればいい。学校に来て、みんなの前で何度でも振りなよ。俺は何度でも立ち直ってやる!」

「それでいいの? それに直江君、今、中条さんと付き合ってるわよね? 私があなたと付き合うって事は、中条さんを振るの? また中条さんの仲を裂けって、そんな酷い事、またやれって言うの? いくら中条さんだって許さないわよ」と水上。

「許してもらうよ。許して貰えないなら俺が全部引き受けるよ」と直江。

水上は「もう帰ってよ!」

直江は「戻るって言うまで帰らない!」と言う。

「なら勝手にしなよ!」と水上は言った。


 水上はベッドの上で泣き声を押し殺しながら泣き、やがて泣き疲れて眠った。

 目が覚め、喉が渇いたと感じた水上は、飲み物を求めてドアを開ける。

 直江が壁にもたれて眠っていた。母親がかけたらしい毛布を纏っていた。


 水上の中でせき止めていたものが一気に溢れ、直江に取りすがって号泣した。

 やがて目を覚ました直江は、胸に顔を埋めている水上の頭を撫でる。

「ごめんね、直江君、ごめんね」と水上は直江の胸の中で呟いた。

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